2006年11月17日金曜日

100円ライター

とにかく「物忘れ」がひどくなっています。先日、新幹線に乗ることに。切符を買ってちょっと一服。ドトールコーヒーの喫煙席へ。無い!!タバコもライターも。隣の席では若い女性がプカプカ。「ちょっと一本下さい」ってわけにもいかず・・・。出かける荷物は持ってきたのに肝心のタバコとライターを忘れたのです。コーヒーもそこそこに改札を入ってキオスクへ。タバコは買いました。でもラーターのこと忘れてる。週刊誌買った時に気付きました。またレジへ。100円ライターを買うのはすごく悔しいことです。家にも事務所にもいっぱいあるのですから。でも背に腹は変えられぬ。ライターと手に取り100円出すと「130円です」とのお返事。ぎゃ〜〜〜。ライター130円。凄い損をした気分。吸えないのならしょうがない。130円払いましたが・・・。
なんで100円ライターがいつの間に130円になったのですかね。なんの変哲もないやつですよ。困った人からのぼったくり!!。タバコはどこで買っても、週刊誌はどこで買っても同じ値段なのに、ライターは違う。まるで富士山頂での飲み水状態。だけどライターにはなんの労力も使われていない。ゴルフ場の飲み物状態かも。食い物状態かも。ゴルフ場で1,000円以下のラーメンに出会ったことない。そこでしか食べられないから値段はいかようにでも付けられる。そして、まず不味い。

キオスクで買ったライター、ご丁寧にシールまで貼られました。みっともない。
もう絶対忘れないぞ、ライター。
ちょっとした物忘れは大損した気分にさせられる。ばかばかしいお話でした。
タバコ吸う人、こんな経験おありですか(嘲笑)。



「責任論」をめぐるあれこれ

落ち葉の季節である。枯葉が舞う季節だ。 道路にも玄関にも庭にも、落ち葉の“饗宴”が季節を感じさせる。 ある家の庭に落ち葉が、枯葉が大量に飛んできていた。 その家の主は隣家の樹が枯れて落ちたものとし、それを片付けるのは樹の所有者である隣家の「責任だ」と怒鳴りこんだ。 枯葉は...