2007年2月4日日曜日

漢字への「変換」

私メは昔から変な"癖"がありまして・・・。
「音(おん)」だけ聞いただけではなかなか覚えられない。特に人の名前。音を聞いて、それをしらずしらずに漢字に変換しているー。そんな作業を脳がしているようです。だから、名前を聞いて「音」だけだと覚えられない。漢字に直して、その字が記憶に残る・・・。万事がそうではないにしてもなぜかそんな"癖"。
例えば「ワタナベエミ」さんという名前の人を紹介されても、名前がいまいち覚えられない。「渡辺恵美」。恵むに美しい。こうやってその漢字を知ると覚えやすい。漢字を使う日本人はどこかそういう脳の作用を持っているのではないでしょうか。最近、漢字に関する議論が交わされています。漢字を知らない若者が増えている。学校でも漢字教育にあまり重きを置いていない。
「漢字文化はやがてすたれるであろう。平仮名でも意味がわかるものはかなにすべきだ」。そんな説を説く学者さんもいます。ちょっと変。ひらがなだけでは日本全国言葉が通じない場合があります。アクセントの問題ってのがありまして・・・。例えば「かき」。柿と牡蠣。いわゆる標準語と東北弁ではアクセントがまったく逆。会話していて時々通じない時があるんです。
音を、かなを、漢字に置き換えることによって意味が通じたり、漢字を覚えることによってそれが字画と共に脳に記憶される・・・。
名刺を貰った時以外は、名前をなるべく漢字で聞くことにしています。人には時々変だと言われることもありますが。
この記憶法。間違いを犯す時があります。例えば「木村」と「小林」。字画というか字の感じが似ている。字で覚えると木村さんを小林さんと覚えてしまうという失態を演じるlことがあるんです。
日本画は同音意義語が多い。たとえば「せんせい」。パソコンで変換してみてください。「先生」「専制」「宣誓」「先制」・・・。これは記憶するという作業とは関係ありませんが、同じ「音」でもいろんな漢字があるという典型。

きょは月一回の「中国古典」の勉強会。読み下し文にしてある漢文を読むんですが、その字の難しいこと。愈々ーいよいよ。薨ずーこうず。みまかる。死ぬってこと。でも、なんか味わいがあるんです。