2010年3月31日水曜日

犬の入院

我が家には犬が二匹。メスの甲斐犬ミックスの澪とビションフリーゼと言われる牡のゲンキくんと。いずれも出自は定かならず。縁あって我が家の一員となった次第。


澪は推定年齢14歳余り。去年の秋頃から体調を崩し。いわゆる老化というやつなんでしょう。滅多に散歩にいかなくなった。あれほど好きだったのに。ここ一月余りは夜中に徘徊。家の中を。そして最近は歩くこともままならず。へたりこんで泣き、吠え、奇声を発し。昼間も寝ず、夜も寝ない。起きてる。飼い主も寝られず。食べ物も自分ではとれず。水も自分では飲めず。などなどといった具合でありまして。


亭主も完全に睡眠不足状態。まさに状況は老老介護なのであります。かかりつけの獣医さんにいろいろ世話になり。睡眠剤をもらって飲ませるのですが寝ない。睡眠薬の副作用で下血。自力のトイレも難しいような状態。


獣医さんの薦めで「入院」させることを決意しました。24時間観察しないと的確な治療はできないとうこともあり。愛用のクッション持参でついに入院。今朝もどこか痛いか苦しいのか鳴きっぱなしでした。


最近スポーツジムもあまり行かず。筋肉なまっている。その腕に8,5キロの犬を抱えて。近所ではあるんですが、その獣医さんのところへ。腕の力も限界に。澪は入院を察知したのかどうか。話しかけはしたのですが。腕の中で身体を固くする。普段は嫌がる診察台にもおとなしく立っていて。「楽しい入院ですよ」とやさしく声をかける先生。その腕に抱かれた時はいささか抵抗したものの「病室」へ。さてさて数日間どんな入院生活をするのでしょうか。なんといっても気になるけど。「環境変えたほうがいい場合もありますから」という先生の弁を信じて。


きょうは昨日までとはうってかわって春の陽気。腕の中で澪ちゃんは春の気配を感じていたのかどうか。春風にのってどこからか沈丁花の香りがしてきました。華やぐ香なんですがきょうはなんとなくはかない香に感じられ。子供の頃、いつも行っていた世田谷区野沢の叔母の家。そこにはいつも春になると沈丁花の香りが満ちていた。その叔母も長生きしたけど最後の頃は痴呆症気味だった。犬にもあると先生の説明。澪もその気ありと。


沈丁花の香りが悩ましい。一緒に行ったゲンキくん。家に向かう途中、何度も後ろを振り返る。後ろ髪引かれるかのように。まとわりついていた相手がいないことで彼も淋しい想いするのだろう。ま、しばし辛抱、辛抱。



2010年3月30日火曜日

信なくば立たず

改めて、こんな古語を持ち出し、論語を説いても致し方ないとは承知の助の上で。


信なくば立たず。論語、為政編だったか。いや、顔淵だ。政治家が好んで使う言葉。信という字は人の言と書きます。人の言うことが信じられなくなったらもう終わり。「信」とは言行に偽りのない「誠」ということ。誠という字は人という字に成るという字を当てる。


為政者の言が信じられなくなった民ほど不幸なものはない。しかし、今やそういう状況。毎日変わる鳩山の言動。過去に何を言ったかは記憶になく、当面のことでも朝令暮改、朝三暮四。


普天間問題。三月中に案をまとめると言った、断言したはず。ぐだぐだ多言を弄しながらも。きのうになったら「こだわる必要は無い」と。もうこの人の言ってる言葉が信じられなくなっている。


信なくば立たず。たとえば三木武夫も小泉純一郎も好んで使った。書いた。一応は座右の銘としつもり。鳩山くんはyou&iしか言ってないかも知れないが。何かと面倒な中国の古典には興味ないかもしれないが。政事に携わる人の心得には違いない。


孔子の弟子の子貢が聞いた。政治の要諦を。孔子は答えた。食料を十分にして軍備を十分にして、人民には政治を信頼させることだと。子貢はさらに問う。やむおえずその三つの中で捨てるとしたら何かと。最初は軍備、次は食料だと孔子は答える。何故ならば、食料が無ければ人は死ぬ。しかし、死は誰にでもあるもの。国民が政治を信じなければ国家が成り立たない、安定しないからだと。


うんうん、武士は食わねど高楊枝か。武士道の真髄か。


軍事は基地問題で揺れ、食料は食うや食わずの民もあり。その言や信ずるに値せず。国家の態を為していないのかとさえも。行き当たりばったりの発言に終始する、その言を発する鳩山くんの頭の構造を知りたい。いや、知ったらもっとがっかりするかも(爆)。



2010年3月29日月曜日

おお、二千万円

またぞろ亀が吠え、こどものケンカ状態の鳩山内閣。それはともかく。


郵便貯金の限度額を2,000万円に引き上げるという亀の主張。どこからはじきだされたのか。この金額。郵便貯金に2,000万円預けられる人って相当裕福。いったい何人いるのかしら。


たしかに国民総資産は140兆円あるとか。ならせば、2,000万円の貯金持ってる人が多いのではとは思うものの。亭主にはありません。2,000万円なんてカネ。


どうも金持ち相手の「政策議論」のようなやっかみ。はい、政治音痴承知での疑問なり。いや、逆に思う。やはり貧困だなんだかんだと言っても金持ちって多いんだなと。たしかに公務員含め、退職金2,000万円以上なんて人いるはずだから。


民主党の当初の公約は上限500万円に引き下げる案だったはず。生活優先を掲げて。生活第一主義を掲げて。


「了解してる」「してない」「数字は聞いてない」「「電話で言った」。仮に数字は聞いてないとしましょう。しかし、限度額引き上げは了解していたということになる。定見なさすぎ民主党と。


それにしても。亀井は自民党政治の渦中で活躍暗躍した老獪な政治家。素人集団では相手にできっこない。相手に出来るのはオザワイチロウくらい。


観測気球をぶちあげて、既成事実を作って「さ、どうだ」と迫る。自民政治のかつてのやりかたそのもの。


亀は単に郵政民営化反対で自民をクビになった男。その他は自民党そのもの。旧体質の。


民主党らしさ。それを言うなら連立が間違いだった。カメが自民党に残っていたら、古い体質の政治家というレッテル貼られ"放逐"ターゲットの第一人者だったはず(爆)。


鳩を意にも介さない亀。いや最早亀だけではないか。誰も総理大臣の意向を「忖度」しない(笑)。女房役の官房長官だって。だんだん裸の王様のようになってきた鳩山くん。


民間金融機関圧迫。そうなるでしょう。マジメな政策議論では。それとはかけはなれ。ああ、2,000万円。郵便局の持って行きたいもんだ。老後の安定。かなわぬ事。


お年玉つき年賀状。はい、ほとんどハズレ。切手シート数枚だけ。毎年、己の運の無さを嘆くのみ(笑)。貯金では行けないからシートと交換に郵便局行ってこようかな(笑)。



2010年3月26日金曜日

政治家と醜聞

記者に囲まれて言い訳、開き直りをする中井国家公安委員長。なんたるぶざまな姿と。官房長官に調べるよう指示した。あいかわらず丸投げの鳩山くん。


永田町用語。「チ○ポ」が立つというのがあります。猟官運動に精を出したり、たとえば自民党の総裁選に立候補しようとしたりすると必ず言われる。「あいつはチン○」が立った。


基本的に政治家はお元気です。元気の源は。もちろん気力なんでしょうが70歳過ぎてもかくしゃくとした人が大勢いる。政治というのは男を奮い立たせる仕事。昔からもそうだった。そして・・・。どういうわけか、その元気の要因の一つに女性がある場合多し。スンマセン。この稿、男性議員さんに限ってのこと。女性はよく知りません(爆)。


鴻池も然り、中井も然り。表にには出ていないけれど若い女性と懇ろになることで活力維持している方、大勢知っています。愛人騒動なんてのも表に出る出ないは別にして至極当然の事だった。いや、現在進行形の方々もありと。


英雄色を好む。西洋の格言。むべなるかな。


女性秘書と・・・・。これもままある、あったケース。表に出れば醜聞だけど、そうでなければ日常の事かもと思われるくらい。


いや、結構なんですよ。誰にも迷惑かけなければ。それで活力が養われるならば。もちろん、そうではない謹厳実直な方々もたくさんおいでになりますが。


今は亡き、財界の大御所。とにかく元気で精力的に動いて、働いておられた。夜の会合。料亭。傍らには常に若い芸者さんが。宴が終わるまで、彼は傍らの芸者さんの手をずっと握っている。「これでね、この子の精気を貰っているんだ」。誰憚ることなくそう申されていた。そんなもんでしょうね。


醜聞になるかどうかは表に出るか出ないか。あとは女に裏切られるか裏切ったか。路チュの写真とられるなんてなんと脇の甘い事。きっと慣れてないんですよ(笑)。慣れられても困るけど。


政治とカネで攻撃にさらされ続けの民主党鳩山政権。それに女まで加わっては・・・・。そう言えば鳩山くんにも過去、女性問題あったとかの話しありましたっけ。


因みに。亭主は政治家、財界人ではありませんので(爆)。



政治の「劣化」が許せない

極論するようですが。この国がどうなっていくのか、明日の政治がどうなっているのか、さっぱりわからない。あまりに激しい政治の劣化としかいいようがないのです。


ここ数日の話にしても。手練手管に長けた玄人の政治家が必ずしもいいというわけではないのですが。


民主党。生方なにがしの解任騒動。まさに茶番。一時はマスコミこぞって生方贔屓。小沢悪し。あげく職務放り出してテレビ出演。それの方がなんぼか得になるって魂胆か。これに関連した小沢の記者会見。あいかわらず木で鼻を括ったような答えに終始。おそるおそる質問を発する記者さんたち。小沢に一喝されると黙り込む始末。


小沢なにするっものぞ。どこが、なにがそんなに怖いのか。民主党の議員さんも恐れているとか。修羅場経験した政治経歴長い政治の達人ではあろうけれど、みんなで「神格化」してしまってる。単なる小心者のはずなのに。「上司」にあたるはずの鳩山も何も言えない。こんなバカな話ってありですか。


普天間問題。とにかく鳩山は「少なくとも県外」と言った。今や右顧左眄。定見はどこにも無し。


自民党政治を良しとするわけでは決してありませんが、政治には「筋書き」があっったり、「落としどころ」があってそれを見据えていろいろ体裁を繕ったりするもの。たして二で割るって手法は日本人的ではあるものの、それなりの手法ではあった。鳩山くんは「検討中、考えている」というが、真剣に考えて居る様子はまったく見えず。


外交の基本は信頼かと。鳩山外交の手法はまっったく信頼に足らず。内外共に。


郵政改革では亀井が吠えたら、それをやんわり打ち消そうする。閣内不統一。亀井はさらに吠える。「総理の了承得ている」と。どこかで言質を与えていたのでは。鳩ちゃん全くの政治音痴としか言えない。


これらは皆、連立政権に原因あり。参院対策の連立。国民の選択は民主党政権であって連立ではなかったはず。


国家公安委員長が女性スキャンダル。ああ、もうなにをか言わんや。


閣僚まとめきれず、ただ、ただ、多言を弄し、日を空しゅうする日々。


自民党の邦夫騒動も結局何だのか。


「劣化」。きのうのJR埼京線の事故ではないけれど、ケーブルの劣化が原因。劣化したものは取り替えないと。


鳩山くん消えなさい。小沢君消えなさい。民主党に投票した人達は泣いている。


昭和史発掘ではないが、腐敗政治には2,26事件や5,15事件があった。今時クーデターがあるわけもなく、エセ民主主義が定着したようなこの国。国会を取り巻くデモもなく。


本物の知識人なる人はあまり物を語らず。ワイドショー劇場に慣れた人達が勝手に吠えて叫んで。確たる定見も持たない人達が。


悪口言いすぎたかな。頭痛くなって来た・・・・。



2010年3月24日水曜日

ワクチン騒動、何だったのか。

びっくりしました。昨年末あれほど大騒ぎした新型インフルエンザのワクチン問題。インフルエンザはあっという間に終息。あの期間、休校やら学級閉鎖やらに始まって、罹患者は"差別扱い"までされて。優先接種を求める人に保健所の職員はイジメまくられ、寝る間もなく対応に追われ。経済活動にまで影響を与え。


ワクチンが足りない、足りないの大合唱。ところがなんと、いやはやびっくり。1億人分以上ものワクチンが在庫として医療機関には残ってしまっているとか。役所はそれを「備蓄」というが、多分、今年の秋以降のインフルエンザ流行期には、新しいワクチンが開発されるそうな。混合ワクチンが。在庫は無用の長物、使うとこなし。ジェネリックというわけにもいかず。無用の長物化。


"賞味期限"のようなものもあり、結局在庫は在庫。無駄。役所の見通しが悪かったと攻めたり、厚労省の木村なんとかという女性医官は「優先接種を解除しなかった厚労省が悪い」とまたまた身内攻撃。


結局儲かったのは製薬メーカーだけなのか。医療機関も財政圧迫となるのでしょうか。


ひるがえって見れば、あのインフルエンザ騒動。マスコミが過剰報道。ワクチン足りない、けしからんから始まって。流行が終わればニュースにもならず。で、気がついたら多くの無駄な在庫。これをまたマスコミは厚労省の見通しが悪いと攻める。


大騒ぎしたマスコミに責任はないのか。ありますよ。過剰反応、過剰報道。報道をもとに右往左往する関係者。まことに馬鹿馬鹿しい限りと言う他なく。亭主もその伝でいけば乗せられた一人かも(笑)。しっかり優先接種受けてしまっていた。高い金払って。(爆)。マスコミへの免疫力低下かも(笑)。


結局、あの騒動は何だのかと思う始末。テレビに製薬会社のCMが増えたとも思えませんが。このワクチン顛末記、だれかがしっかり検証しないと。24時間態勢、対応に追われた保健所職員さんの思いや如何。



2010年3月23日火曜日

手ぼろけ

最近よくあるんです。車の乗り降り時、家の出入り時。手にしているキーホルダーを落とす。ぽろっと手から滑り落ちるように落とす・・・。「あ、手ぼろけ、しちゃった」。つい言ってしまう。聞いた人は意味がわからないらしい。手から物を落とすことを手ボロケって言っていた。なんでか。よくわかりませが方言だとばかり思っていたら。どうも郡山ではないような。よく考えてみると山陰地方かも。誰かに教わった。というか使っていたのを聞いてそれを使い出した。まさか竹下登ではないとおもうけど。彼からはよく出雲弁を教わりましたが(笑)。


で、この「ぼろけ」「ぼろける」。郡山弁や東北弁に似ていると。郡山では落とすことを「ほろった」「ほろう」などと言います。財布ほろったとか。濁点があるかないかだけ。


そういえば昔、言語学者だったと思いますが、出雲弁と東北弁は訛りやイントネーションが酷似しているという話を聞かされたことあり。


出雲弁で人の悪口言うとき「だらくそ」っていいます。「だら」は小便のこと。「くそ」は、はい。そのまま。会津弁にも「だら」という表現があります。肥やしのことを言ったり。


方言の話はともかく。最近やたら起きる手ぼろけ。あと、シャツのボタンが留めにくい。飲料水のペットボトルのキャップがあけられない。要するに手先の神経が鈍くなっている。力が入らなくなっている。つかんだつもりの携帯電話を落とすこともしばしば。ライターを足の上に落として「イタイ!」って叫んだことも。脳の指令が指先に届いていないような。まいった、まいった。郡山弁では「あやまった」と。出雲弁では「よもよもダラぞね」。


寄る年波に抵抗中(爆)。



母の命日

週末は"憂国の士"たちと痛飲。土曜日は"例会"。ヒロキ画伯の還暦祝い。楽しく、にぎやかしく痛飲。昨夜は遠路からの来客と痛飲。焼酎「十四代鬼兜」を空け。毎夜。嬉しき人との楽しき宴と。


世は御彼岸。きょう3月22日は母の命日。仏壇にささやかな花を手向け。ろうそく灯し、線香焚き、リンを鳴らして合掌。南無阿弥陀仏と。「墓守」殿からメールあり。花で飾られた墓の姿が送られて来て。


仏壇の位牌。昭和61年没。行年70歳と。そうか。満では69歳だったんだ。まだ若かったんだと。仏壇の遺影はもっと若いし。


なんで死んだら行年とか享年とかで数えなのーーー。「ばあちゃんから聞いたんですが、母の胎内にやどった時からその人の人生が始まる。だから生まれた時はすでに一歳だと」。若い物知りが語った。数日前。そうですよ。満年齢なんていつのことから定着したのか。昔は正月になると一つ歳が増えていた。戦後だいぶたってからですよ。年齢の数え方の法律が出来て数えと満という二つの"名前"が出来たのは。亭主も小学校の時は"併記"で混乱させられた覚えあり。今は満が定着。


昭和25年以前は数え歳だった。還暦だって数えでやるべき(笑)。一年前のお祝いかいヒロキチャン(笑)。


朝に続いて午後にも仏壇に額づき。チーン。この母は凄かった。途中経過は省いても、女手一つで苦労して4人の子供育てあげた。男二人は大学まで出し。こども手当なんかなかったよ。三子以下の児童手当もなかったよ。とにかく頑張った。こどもたちも母の行年にアラウンド。一応皆生きているし。


仏壇の中からテレビを見てたのか。聞こえる声あり。「子供は親が育てるもの!」って



2010年3月19日金曜日

光る、光る、東芝♪

いわゆる白熱灯がなくなるという。とってかわるのは蛍光灯やLED電灯。消エネ、温暖化対策だというが。消える灯りに寂しさを覚え。


蛍雪時代なんていうと若い方はもちろんご存知ないだろうが、亭主の若い頃の最大の受験勉強書。電気はおろかロウソクの明かりも手に入らず、蛍の光と雪明かりを借りて勉強したーそんな故事に因んだ書名。


往時を思い出すと。確かに我が家には電灯はあった。電気はついていた。しかしよく停電した。フィラメントが見える電球。よく切れたし。いまでいうブレーカーはしょっちゅう落ちるし。ヒューズ交換はお手の物。電線は切れるし。日常茶飯事の停電。電気がつくと家族そろってなぜか拍手。晩飯の途中で停電。ろーそく必携。メシの味がわからない(笑)。


机の上には白熱灯の電気スタンド。夏はつらかった。だって熱い。電球の熱さに悩まされもし。そう言えば裸電球なんてのもあったっけ。傘がなく。いちいちスイッチひねり・・・。


いつの頃からか蛍光灯に慣れ。点灯までに時間がかかり。ちょっと間の抜けた奴につけられたあだ名は「蛍光灯」。ボケーとしている奴(笑)。


白熱灯のあの灯りが妙に暖かく感じられ、間接照明にすると落ち着き癒されるって人は今でも多いはず。白熱球の灯りと蛍光灯の灯りでは洋服の色も違って見えたし。


蛍光灯も今や種類豊富。暖色系の色を放つものもあるし。非常に高価だけどLEDにすれば持ちが違うって。電球交換もままならない老人家庭にはよいという人もいるし。時代は変わる。


東芝日曜劇場。今はどうなっているのか。アナログテレビで一時は毎週欠かさず見ていたけれど。光る、光る東芝♪ってCMソング、日曜劇場のテーマミュージックみたいだった歌。今もあるのか。


時代は何かを生み、時代は何かを消し。また何かを生む・・・。電球の変遷はテレビの変遷でもあるのか・・・。懐かしや。東京芝浦電気。



2010年3月18日木曜日

「心にぞすむ」

柏屋善兵衛さん、きのうが通夜。きょうが葬儀。親しくさせていただいたものとして参列。通夜の導師は郡山の浄土宗善導寺の坊さん。読経の最初はー。


「月影の至らぬ里はなけれども  ながむる人の心にぞ住む」。法然上人の弥陀の本願を詠んだ句。この一句で通夜の空気が出来上がる。引き込まれる。故人を偲ぶ心が増す。「ご一緒に念仏を」と。南無阿弥陀仏の唱和。口ごもりながらも唱えていると心が落ち着いてくるような。遺影を見詰めてつぶやいているといろんな想いが巡り。参列者、少なくとも亭主のこころは浄化されるようで。いい通夜でした。


最近、知人がこれと似たような句を教えてくれました。富山県の僧侶の句だとか。「重い墓の下には行かぬ。縁ある人のこころにぞ住む」。


果てさて、亭主はどこまで達観出来るのか。自らの身の処し方なのに何も見いだせず。きょうの葬儀でも自分の事に関してまた思いをめぐらすことになるのではないかと。


先日書いた越山会女王の死。やはり週刊誌には「淋しき越山会の・・・」と見出しが踊っていました。今年の正月、多分、病床からだったのか。彼女から来た年賀状を見返しています。


印刷された賀状の脇にペンで添え書きあり。「あまりの政治と学力の貧困にあきれ返っています 田中時代が懐かしく想い出されています」とありました。ふと浮かぶ古語。「人のまさに死せんとするや、その言やよし」。佐藤昭さんの心にも月影が住んでいますように。


天候不順。このところ月影は見えないようですが・・・。



2010年3月17日水曜日

カラスになった鳩

いつまでも名前をもじって嫌味を言っているのも語彙の貧困だと思われるでしょうが。


鳩山邦夫くんの自民党離党騒ぎ。すは一大事と押っ取り刀のマスコミでしたが。一晩明け、一日経って早くも沈静。与謝野にも舛添にも平沼にも袖にされ。新党結成のメド立たず。


所詮はぐれカラスなのか。自民党内のウルサイ若手にもそっぽを向かれ。行く当てなし。カラスになった鳩。兄貴のところに身を寄せるわけにも行かず。


どんな目算あっての行動かはわかりませんが、はかりごとは密なるを要すではありませんが、同士を隠密裡に募り、あるいは与謝野あたりと事前に根回ししてやった気配も無く。同調者いないとなればもうついて行く人いない。十分根回しして勝算ありと踏んでの新党宣言といくべき。新自由クラブはそうだった。動きは察知されていたが事前に公言した人なかったと。


同じ家に生まれ、なにかと割を食った弟だとは思うけど。兄弟揃って政治音痴と申し上げよう。


勘ぐり。邦夫ちゃんは"敵"にした自民党に塩を送った。邦夫ちゃんが居なくなれば、「鳩山家の子供手当」で自民は鳩山政権を追及するに弱みなくなった。自民党は大喜びなのではと。自民党を手助けするための捨て石になったと(笑)。


それにしても終わりの始まり自民党。「みんなでやろうぜ!」。ガキの使いじゃあらへんで。ホムルームじゃあるまいし。まだまだ与党ぼけの抜けない自民党。野党暮らしから抜けきれない民主党。


はぐれガラスよ何処へ行く・・・。政治の世界とは古今東西、冷酷な社会なんでございます。みんなの中に自分はいなかったりして(爆)。



2010年3月16日火曜日

いろんな「バカ」がいるもんで(笑)

バカ、ばか、馬鹿。字にするといろんなニュアンスありですが、ま、ちょっと通常では考えられないようなことをする人をバカと呼んで見ましょう。


亭主が通っているスポーツジム。最近遭遇する奇妙な光景。おもわつぶやく。バカと。


ロッカールームの光景。水着に着替えてやわら30分。鏡の前で準備体操。自己流なのか。腕をふったり、足をあげたり、腕を回した見たり。飽きもせず。鏡に映る己が姿にご満足の態。もちろん相応の年配者。ナルシストとは思えないいかつい面妖(笑)。


次のバカ。やはり水着に着替えて鏡の前や、ロッカーの前でゴルフの素振り。まことにへたくそなフォーム。今時はやらない人前での素振り。以前は駅のホームで傘をクラブに見たててやってる人よく見掛けたが。


お二人とも邪魔なんです。通行の妨げなんです。ローッカールームは共有の場所。多分暇持てあました連中かとも。マナーは現役社会に忘れてきたのか。もともと持ち合わせていないのか。


もう一人のバカ。ロッカールームのベンチシートに座りひたすら歯磨き、歯磨き。食後では無い時間帯。運動する前に歯磨きが必要なのか。部屋にこもる歯磨きクリームの匂い。これは若者。解せない行動。他人の歯磨きの光景見るのは気分のいいものでは無し。


スポーツジムのロッカーでみかける三大バカにあきれるのでありまして。馬や鹿ではありませんが、プールサイドにあるドライサウナ。窓から中を覗くとのもなく見ると。そこは動物園。トドがいる鯨がいる(爆)。トキを狙うテンみたいなのも(爆)。大体が知り合い。中に入って言いましたよ。おお、動物園だねって。誰も文句は言わず。トドのなすり合いしてましたっけ。(笑)。



2010年3月15日月曜日

訃報相次ぎ

季節の変わり目と世間ではよくいわれますが。体調崩すのも然り。この数日、親しかった人の訃報が相次ぎ。いささか滅入っている次第。


田中角栄の金庫番と言われ、越山会の女王といわれた佐藤昭さんが先日亡くなり。報道で知った次第。往時、よく行を共にし、楽しい一時を過ごした人。昭さんの近くにいる人に早速電話。入院一週間で亡くなったとか。周りの者にこころの準備をさせる時間を与えて。以前からガンで体調崩しているとは聞いていたものの、今年の初め、電話で話したのが最後。だいぶ耳が遠くなっていたけれど。話せば往時のこと必定。「あの時代は終わったわね」。最後の会話だった。入院前、麻雀やろうなんて言っていたとか。気丈な人だった。角さんがかつて言った。「金庫番は女に限る。裏切らない」と。まさに田中角栄と一緒に歩んで来た人・・・・。越山会に出入りしていた頃の亭主の一つの時代が終わった感あり。


「ゴメンね、知らせなくて。マスコミがウルサイから誰にも教えなかった」と近くにいるひとの言。「お別れ会も止めようと思う。死んでも"淋しき越山会の女王"って週刊誌に書かれるかもしれないけど」。「それがいいと思うよ。表に出るのが得意なひとじゃなかったから」。「そう思ってくれる。ありがとう、そうする」。


小沢一郎は密かに訪れ、枕辺にぬかずんだとか。そう、小沢一郎のことは気にかけ心配していた。小沢の胸中、忖度の限りではないが。


郡山の饅頭屋。柏屋の会長、本名善兵衛さんが昨日逝去。まだ若い。満78歳。病床で自宅の裏にある公園の花見を企画していたとか。前日まで元気そうだったのに急変したとか。ロウソクの火が消えるようにと。仲のいいご夫婦だった。奥さんのまり子さんがいつも影のように付き従い。車椅子を押し。おしどり夫婦の典型。十年以上前の入院時には夫婦で一緒に入院。片時も離れられないといった様子。にもかかわらず・・・・。昨日はお二人の結婚記念日だったと。ご自宅弔問。別れの挨拶をさせてもらい。いろいろ教えられた御仁。ありがとうございましたとの言葉しか浮かばず。


親しい人の死にあうと自らの死を思う。いつ、どんなかたちで訪れるかは見当もつかないものの。残されるはずの者への負担をなるべく軽くするために、なんらかの始末や整理、留め置き書を残さねばとも。


本日も陽光ささず。こころうち沈み。今、この瞬間にも、日本で、世界で、多くの人が現世と別れている。幾多の死を思うことしきり。



2010年3月12日金曜日

幸福度調査

なにかと腰が定まらず迷走続きの鳩山内閣が成長戦略作りの一環として「幸福度調査」というのをやるとか。このニュース見たとき思わず思い浮かんだのが明石家さんまの顔。醤油のCM。「幸せってなんだっけ、何だっけ♪」。CMは時々、面白いことやってくれる。意図したのかどうかはわからないが、作り手と受け手の気持ちが一致する事がある。


幸福、幸せって「感情」を数字で、指数で表せるものなのか。嫌だね。理数系の総理大臣は(笑)。


金があるから幸せ?。欲しいものが手に入ったから幸せ?結婚出来て幸せ?・・・・。幸せって気持ちは時間ともに変化する。定義もないし。はてさてどんな調査をすることやら。どんな設問を投げかけてくるのやら。どんな分類の仕方するのやら。結果、誤った価値観がはびこるかも。


言わせていただければ、政治家が投げかけた幸福度調査に対しての答えは一つ。たとえ貧しくても、苦しくても、信頼出来て、安心感を与えてくれる政治がある国家が幸せだよと。


明石家さんまの「幸せってなんだっけ」っていうCMソングの歌詞は含蓄あり。


幸せってなんだっけ何だっけ ポンと生まれたシャボン玉ーーーで始まり、終わりがよろしい。あほとアホとの思いやりだって(爆)。


思い出した。鳩山さんの奥さんの名前は「幸」さんだった。奥さんの前でさんまの歌をうたってみれば。振り付きで(爆)。



2010年3月11日木曜日

歴史は"焼却"される

日米安保、沖縄返還、核持ち込み。日米間の"密約"が公式に明らかになったこと、松本清張の「昭和史発掘」ではないが、平成という時代になって、やっと歴史の一コマ、外交交渉の隠れた部分が明らかになったこと。それは「新昭和史発掘」と言えるかも。


密約の存在は国民こぞって「あった」と皮膚感覚で思っていたと思う。いくら政権が否定し続けても。だからこの密約が「暴露(安部晋三言)」されたことは歴史を後世に伝えるためにもよろしかったことであり、それはやはり政権交代に因るもの。唯一政権交代が正しかったといえる出来事かと。だからと言って支持率アップにつながるかどうか(笑)。


人は秘密が好きです。日本人は「墓場まで持っていく」という事に美学さえ感じます。まして政治外交の密約に関係し、極秘と判を打たれた文書に接することはある意味「密の味」だったのかも。


外交交渉に密約は当然つきまとう。密約もどきものが無ければ交渉は進展しないし、成果も得られない。いや、外交だけではなく国内政治でも然り。民間でも然り。「はかりごとは密なるをもって要す」と言われているじゃありませんか。


「恋は秘め事」っていわれたじゃありませんか。アメリカの歌にだってある。「シークレットラブ」って曲が。


で、公開された日米の密約。しかし、すべてが明らかにされたわけではない。あるはずの「証拠」の文書がなくなっている。外務省役人による焼却処分。シュレダーにかけられ、リサイクルされてトイレットペパーとして流されてしまった文書がどれくらいの多さだったのか。歴史の証言が流されてしまった。ビロウついでに言えば、証拠が消されてことでトイレ終わっても残る残尿感の如きものあり。


消された歴史の中に真実があり、その真実は証拠が無い故に後世に伝わらない。幾多もあるでしょう。人類の歴史の中で。残されたものだけを手がかりに歴史は語り継がれ、書き残される。真実はトイレノ中。いや、煙とともに消え。


隔靴掻痒たる思いが無きにしもあらずの今回の「公開」。そこから見えて来るものも多々あり。日米安保とは何なのか。アメリカの核の傘は日本にとって有効に機能しているのか。抑止力って何なのだい。誰に何処に何に対しての抑止力なのか。安保締結時は比較的明白だった。仮想敵国と称する国や国際情勢があったから。今は冷戦時代ではなくなっており。


今回の密約問題。それはいみじくも民主党政権の真の外交の第一歩にしかすぎない。民主党政権では確固たる日米安保、同盟、抑止力をめぐる指針が明示されていない。日米同盟深化とか非核三原則堅持と概念だけ言ってもどうするのか何をするのか見えてこない。


時期的に言っても普天間移設問題の行方に密約問題はかかわって来るはずと思うのだが。松本清張在りせば、昭和史再発掘と名付けて、戦後の日本をいかなる風に読み取り、書こうとしたのだろうか。誰かが再発掘のための更なる検証をせねばならないと。



2010年3月10日水曜日

三月十日なんですが

3月10日。雪が舞い。全国から雪の被害、影響も。春まだ遠きか。


友人の一平ちゃんが個展。いや、一平ちゃんなんて、申し訳なし。とんでもない。哲舟先生。書道家。もう何十年も書道家やっているのに個展は初めてだと。「増子哲舟×family展」が正式名。息子さんの哲平くんと娘の沙綾、史織ちゃん、沙綾ちゃんの旦那蒔絵師、坂根龍我氏、それに奥さんと愛犬そらの作品集めた家族展。きょうから郡山の文化センターで。会場行くとなんと上のホールでは郡山の専門学校グループの卒業式。大勢の若者がひしめき合い。袴姿の女性も多数。おお、卒業式のシーズンなんだと。卒業式と言えば最近の流行がレミオロメンの歌、3月9日だとか。高校生が涙流して歌うとか。


♪流れる季節の真ん中で ふと日の長さを感じます せわしすぎる日々の中に 私とあなたで夢を描く 3月の風に想いをのせて 桜のつぼみは春へと続きます あふれ出す光の粒が 少しずつ朝を暖めます♪


会場に入ってびっくり。なんとこの歌が書いてあった。もちろん哲舟先生では無し。息子の哲平くんの書。「詩が書きたくなって好きだったこの歌書いたんです」と。歌詞にあわせたような暖かい書体。


「蛍の光」と「仰げば尊し」しか知らない亭主の世代。レミオロメンが言えない。レモンメロンと果物と間違えそう(笑)。


3月10日に見る3月9日というタイトルの歌詞。


いつもはメルヘンタッチな細い線で墨絵と短文を書いている沙綾ちゃんの水彩とクレヨンによる画。なんとタイトルは「天使のはしご」。そう、まるで天国への階段のように青空とコントラストを醸し出す雲と雲。上手いタイトル。「画を友達に見せたらこの題名をつけてくれたんです」。うん、なんたる正直もの。思い出す小説。ドラマ化もされた白川道の「天国への階段」。それのモチーフが天使の梯子。北海道の空にあらわれるという。


家族展の呼称は「それぞれの路」。羨ましい限りの芸術一家。娘さん達の作品にあり。それぞれの路という作品が。姉は画、妹は刺繍で。


作品の全てが親子の絆で結ばれているのが伝わる。愛犬そらが食いちぎった紙を奥さんが張りつけて動物のパッチワークに。そう、家族展には犬までも参加とは。


嬉しい気分を貰えました。


きょうは"核密約"の話をするつもりだったのですが。それはまたにして。家族展にあたり親子で「書く密約」でもあったのか。こんな"密約"なら大歓迎。



2010年3月9日火曜日

鶏ならぬ風見鳩

毎日、言葉は丁寧だし、誠心誠意答えようとしているところは大変よろしいのですが。ぶら下がりと称する総理の立ち話。鳩の目のようにくるくる廻る言辞に辟易してきました。


総理だけでない。政権全体も。何が真意なのか、本音なのか、わかっているのか、何も知らないのか。毎日供される鳩山政権の日替わりメニュー。まともに食べていたらノロウイルスに犯されそうな気分。


子供手当なるものの「思想」が二転三転。支給だけは決まっているが、なぜやるのかの理由、政策的意味合いが全く不明。


沖縄普天間基地問題。大見得切ったものの緞帳降りるどころか舞台の幕も開かず。楽屋裏での百家争鳴。沖縄県民もアメリカも納得出来る案。そればっかり言ってはいるが、県民の思いを受け止めてとばかり言ってはいるが、県民の意見は官房長官が"否定"し続け。表に出してきて見える事象だけでも、この政権おぼつかない。沖縄問題の納得出来る解決案なんてあり得ない。


なぜか思い出す。成田空港問題。三里塚闘争。今も滑走路の脇にそびえ立つ反対派の団結小屋。砦。


これまでの発言すべてチャラにしてなんでもかんでも強行突破以外にないでしょうに。元の木阿弥。何だったのかこの半年間。


出来もしないことを声高に言いつづける。香具師でもあるまいし。風見鳩は鶏にもなりえずか。実態はともかく話題には上る世論なるものの風向計。あっちむいてほい(爆)。こっち向いてほい(爆)。


鶏で思い出す。荘子の字句。「木鶏」。かの名横綱双葉山が使った。「我未だ木鶏たりえず」。木鶏とは政治哲学の要諦かもと。


闘鶏は己の強さを誇張するがゆえに鶏冠を打ち振るわせ、威勢を張り続ける。木で作った鶏は何事にも動じない。まして風にも動じない。木鶏の心は不動心とでも言えばいいのか。


やがて春風。その風にも風見鳩は揺れ続けるでしょう。沖縄問題解決出来ず。鳩山退陣。あり得る構図。退陣するのは勝手だが行き場の無い民草は振り廻され、ある意味騙されつづけてさまようのみか。



2010年3月8日月曜日

話題が多すぎて

日曜日を週末と呼んでいいのかどうか。土日、週末は怒濤のような日々でありました。犬が具合悪くしたり、遠来の客対応などなど。


バタバタしながら垣間見るテレビ。トイレで読む新聞。なにかと話題が多く。見聞きするだけで頭が痛くなってきそうな(笑)。


きのうの朝日新聞。SF小説まがいの「20xx年日本沈没」の一文。書いてあることはごもっとも。あの内容のような講演をしてきた亭主。だけど新聞紙上であそこまで書くと現実味が有りすぎて不安感にさいなまれた御仁もさぞ多かったのかと。無策な政治に対する警鐘を鳴らしたという点ではクッション一枚くらいは・・とも思うのですが、なぜ、いま、あの企画記事なのか。解決への処方箋は誰も書けないのに。一家団欒の休日をと思っていたお父さんもめげてしまったのでは。


マスコミの世論調査。鳩山支持率、民主支持率、下降の一方。「なんでこうなっちゃうんですかね」。客人から素朴な疑問ぶつけられても咄嗟に応えること能わず(笑)。どこの調査も似たり寄ったり。"解説"も同様。政治と金、政治と金の大合唱。自民党、与謝野、舛添の"反乱"。コップの中の嵐とばかり無視するわけにも行かず。舛添人気高とか。そう、テレビの露出度高いもんね。


なにやらわからん愛子さまの"登校拒否"。真相はいかに。深層には何があるのか。昔いわれた「お坊ちゃま学校、お嬢様学校」という「名門」が瓦解してるということだけは見えてくる。学習院のセンセイは良家の子女の扱いは心得ていても、亭主のような、悪ガキの扱い知らず。子供の問題ではあるものの親の問題も多し。親たりえない親のなんと多いことか。家庭教育ゼロ。希有な話と言ってしまえばそれまでだが、親による子供の虐待死。本当に誰も手を出せないことなのか。見て見ぬふりのご近所とも思え。瓦解、崩壊。日本列島という投げやりな気分にも。


1500万年前に小惑星が地球に激突して恐竜が死滅したと。恐竜の歴史は億年前にさかのぼる。もしかして、地球に歴史が再来する予兆なのか。昨今の天変地異。


宇宙の、自然の、ちょっとした気まぐれや摂理で全てを失うはずの人類。その人類が明日を憂いて何やらもぞもぞ動いている。


ああ、頭の中がビッグバンになりそう(爆)。様々な事象考えると、いや、考えなくてはいけないのですが疲れてくる一方なのであります。



2010年3月5日金曜日

年度末恒例の

世上、物知りがよく言った。年度末になると役所は予算使い切らないといけないからって。


国も地方も"貧乏"なのに予算使い切りって発想まだあるのかどうかわかりませんが。そう言われても仕方ない。このところも毎年恒例の「行事」。道路が掘り返されている。


事務所の周りでも水道工事含め、通行止め道路が各所に。一方通行多く迂回もままならないような道路でも。交通整理のおじさん。旗ふったり棒持ったり。なんとなく偉そうに、当然だと言わんばかりに通行制限。もうだいぶ前からなんですがさすがにイライラしてきて。工事期間長すぎる。本当に必要な道路掘りなのかどうか。


ローカルで恐縮。きのう泉崎から白河までの国道で道路改修工事2件あったとか。なんと3キロを2時間かかったとか。大渋滞だったそうな。なぜ一度に二カ所もやるのか。道路工事やる国交省。工事の際の渋滞緩和ソフトって持ってないのか。


八つ当たり。コンクリートから人へを揶揄したくなる。コンクリート掘り返して人が大迷惑って。


この大渋滞。どれだけco2が排出されたのか。国道沿いには大量の排ガス蔓延かとも。燃費も相当悪かったでしょう。ガソリン減ったでしょう。この渋滞に巻き込まれた人。普段は一円でも安いガソリンスタンドに行って居る人も有りと。


大げさかも。敢えて言う。インフラ整備に振り回され、戸惑い、イライラさせられる子羊達の群れと。工事が不可避だとしてらそれの影響を最大限すくなくする効果的方法ってないものなのか。


これまでは「年度末恒例」といってあきらめて来たのだけど。なんせコンクリートから人へなんてお話しを声高に申されているものですから。ちょっと場違い、見当違いの論法だということは十分承知の上で。



2010年3月4日木曜日

ミュージクフェア♪

♪歌おう、今夜は夢のミュージックフェア♪。あのテーマソングが懐かしいです。ずっと昔、フジテレビで日曜夜11時から放送されていたミュージックフェアという番組。毎週のように見ていました。素晴らしい音楽番組と。いろいろ実験的なこともやっていました。たとえばポップス系ジャズ系の歌手本田美奈子に演歌を歌わせたり。塩野義製薬の一社提供番組。


で、この番組、今も続いているとか。夕方枠の放送となったけど。


残念なことに福島県ではこの番組が見られません。ネットしてないから。フジ系列の局、福島テレビ。だからもう20年以上もこの番組をみていないことになります。もっとも東京にたまに帰った時は見ていたのですが。なんでネットされないのか。福島テレビは当初はTBSの系列。フジにネットチェンジした時、この番組はうけなかった。なぜだかわかりません。福島テレビの人に聞いてもよくわからない。良質で申し分のない音楽番組なのに。視聴率のせいか。


番組も好きだったけど他にも思い出が。当時司会は星野知子さん。けっこう長い間司会をやっていた。どういうわけかテレビ朝日の夕方のニュース番組のキャスターの彼女を起用することになり。ミュージックフェア降板をお願いした記憶あり。"転身"が彼女にとっていいことだったかどうかわかりませんが。もともとはドキュメンタリーものをやりたいとの話も聞いたことありですが。


先日、テレビの告知や福島県に届く中央紙の番組告知、宣伝に2,300回記念とあり。今度の6日土曜から4週連続での記念特番とか。新聞の多分ラテ欄下の番宣広告にあったけど、福島県ではこの番組見られない。


新聞記事は県版あるけどその他は広告含め全国一律。なんたる"格差"(笑)。デバイス。見られない番組の広告だけを見さされる。くやじい。


福島テレビはその時間はローカルニュースと。日曜OAの時は番販ものか時間違いのフジ系番組。ネットをローカルに枠解放ってのはいいことなんですが。この番組だけはやって欲しい。


4夜記念番組。生演奏でメンバーもそうそうたる顔ぶれ。ね、東京の人にお願い。DVDで録画して送ってよ(爆)。


見ていないから忘れかけていたけれどこの番組がご長寿で健在だったこと喜ばしく。シオノギさんも凄い。偉い。


はい、本日は無い物ねだりの亭主でありました(爆)。



2010年3月3日水曜日

水五訓

水五訓という言葉があります。誰の作かは定かではないようですが、永平寺にもあるとか。


一.自ら活動して他を動かしむるは水なり。

二.常に己の進路を求めて止まざるは水なり。

三.障害に逢ひて激して勢力を倍加するは水なり。

四.自ら潔くして他の汚濁を洗ひ清濁合せ入るる量あるは水なり。

五.洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり
  雪と変じ霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)
  たる鏡となり而かも其(その)性を失はざるは水なり。


チリを襲った地震と津波。津波のすさまじさを見るにつけ、また、集中豪雨などの水の勢いを見るにつけ、水の凄さ、恐ろしさを感じます。


人類がこの地球上の姿を現す前から海には水があった。人類が住む前から、海に注ぐ水は山の中の小さなわき水だった。木の葉をぬらしていた雨水だった。


もしかして、水には水の世界があって、勝手に暴れたり、休息したりしていたのではないか。いつの間にか人類が水の領分に近づきすぎた。水の領分を侵したのかも。


水五訓は、しばしば人生五訓にも擬されるが、やはり水は畏敬の対象かとも。


「君は舟なり 人は水なり 水能く舟を載せ また能く舟を覆す」。貞観政要の一節。


政事。人を国を治める人の教えを説いたもの。政治の要諦。猛威をふるった水に政治家は思いを馳せるべきかとも。


毎夜のようにアルコールの入った水のお世話になっています。水商売の方にもお世話になっています。ゆめゆめ水をおろそかにせにように心得おり(爆)。



2010年3月2日火曜日

95歳、なかなかやるじゃん

知人の話。「うちのじいちゃん95歳なんですが、最近あることを始めたんですよ」。どことなく誇らしげに話し出し。「何だと思います」。「なんだろう、体操かい、いや、車買い替えたとか」。90歳になっても大好きな車の運転は辞めなかったって聞いていたから。


「違います。さすがに車は辞めました。残念だったようだけど、子供に諫められて」。「で、なんと、95歳ではじめて携帯持ったんですよ。親爺が電話してきて、じいちゃん携帯持ったから電話してやって」って。「すぐ電話したけど耳が遠くなっていてどうもよく聞こえないらしい。で、切ったんですが、すぐにメールが来たんですよ」。「さっきはごめん、よく話せなくて。元気かいみたいな内容だったんですが、びっくりして」。


凄いですね。この爺ちゃん。95歳始めてメール。好奇心旺盛なのか、負けちゃいられないって気概なのか。


「オレはそんなチャレンジあり得ないよ」と亭主。「だいたい90まで生きるって気力もつもりも無いし」。


「それじゃダメです。いくつになっても何か始めるって気概ぐらい持たないと」。また若者に諫められ。


60歳代で携帯メール放棄している人多々あり。この爺ちゃんを見習うべきかいなか。あらためて思う。年寄りあなどれない。



2010年3月1日月曜日

そして「物語」が・・・

バンクーバー冬期オリンピックが終わり。またまたテレビがつまらなくなる(笑)。


閉会式。会場を歩き回る選手達は、皆、普通の若者の戻っているように見え。そのほほえましさに"余韻"を楽しんだ次第。皆、いい笑顔をしている。


女子スケートのパシュートという競技で控えにまわった高木選手に他のお姉さん3人がメダルをかけてやった。田畑選手は美帆ちゃんの手袋をはめて滑った。


競技の結果だけではなく、その影にあった「物語」に惹かれる。物語に涙する。田畑、穂積選手を雇っている富山県の小さい会社の話も。会長、社長が給料減らして彼女達を支援したとか。ありきたりだけど「絆」感じる。


祭りが終わり、宴が終わり。そのあとは余りにも寂しい。それを癒してくれるのは選手達にまつわる余談。エピソード。閉会式の終わりとともに、もう一つの五輪物語がつづられることを願う。


テレビはテレビが出来ることを。活字には活字でしか描けない筆力のある物語りを期待。


選手達は、それぞれに「日の丸」にこだわっていた。国歌を聞きたがっていた。それを観衆も期待した。国家の方は。余りにも貧しいスポーツ振興政策。ロクに金も出さないで期待や要求だけする政治。貧しい選手達も多いとか。他国と大違い。とてもじゃないがスポーツ先進国なんて言えない。


用もないのにぞろぞろバンクーバー入りしたJOCの役員と称する面々。


お世話になった会社の社旗でも掲げてウイニングランでもすればよかったのに。


選手達の"豊か"な笑顔を見る度に、この国の"貧しさ"を思う。帰国した選手達はテレビに引っ張り出されるでしょう。オバカなタレントに高額のギャラ払うのならオリンピック選手のギャラをはずみなさいよ。そしてー。選手だけでなく選手を支えた影の立役者にももっとスポットを当てた番組を作りなさいよ。儲かっている企業は提供すべき。


チーム競技の人達は皆一つになっている。この国はなぜか一つになっていないとも。アシアで言っても韓国や中国は国を挙げてスポーツに力を入れている。


スポーツは景気浮揚にもつながる。メダルの数がそれを決める。人々のやる気や頑張りを引き出す。生き様を写し鏡にする。文化と景気は無縁ではないと。


もちろんアマチュアではないがプロゴルファーの宮里藍の活躍はゴルフ産業繁栄に寄与しているはず。藍ちゃんモデルの用具は人気商品。政治家よ、知恵を廻せと。