2011年4月30日土曜日

わからないことばかりで・・・

文部科学省や県は福島県内の大気中の放射線濃度を常時公開しています。テレビの画面ではスーパーで流されています。

とりあえず何の対象地域にもなっていない郡山市や福島市。このところ微減。だいたい毎時1,5とか1,6マイクロシーベルトで推移しています。

郡山市や福島市には原発30キロ圏内から避難してきた人であふれています。安全地帯と思いきや。計測結果は、この両市よりも少ない放射線量の20~30キロ圏内の地域多々あるということ。少なくとも大気汚染の数値は少ないのです。そこの住民が、汚染数値の高い所に「避難」してきているという”矛盾”。

まだら汚染を同心円で括ったことの皮肉な結果。

数値には問題なくても生活環境に問題多々ありで帰りたくても帰れない人達。物流無し、人気無し、医療機関無し。避難所の方がとりあえずは食えるって。いつまでこの生活続くのか。先は全く見えない。わからないこと。

小佐古という東大教授が内閣官房参与を辞任した。内閣のやっていることは「場当たり的であり、ヒューマニズムの精神に反する。小学校の子供に年間20ミリシーベルトという許容基準を押し付けるのは、法と正義の観点からも許し難い」と。

内閣官房参与って菅に呼ばれて適切な助言を行う立場ってことだった。はい、やはり出ました「身内の反乱」。
「これを許せば私の学者生命は終わり」と言っているとか。実際の帳簿や会計書類見たわけじゃないけど、東大にはかなりの研究費が東電から渡っていたはず。その時点で、すでに学者の良心や生命は終わっていたのと言いたくもなる。

彼の言っていることが正しいとしよう。たぶん、正しい。ただ、わからないのは記者会見して自論を披歴して、これが”正義”だといわれるとなんだか、わからない気持ちなる。

少なくとも彼の発言を受けて郡山や福島の子を持つ親は不安の極致。「我々は不正義のもとで犠牲を強いられている」。混乱はさらに広がる。

今は「戦時下」だ。大本営発表を信じることの愚かさを、あの第二次世界対戦を経験したもの、学んだものは知っている。だから大本営発表に異を唱える人がいることは大歓迎なのだが。

学者にもピンからキリまで。いろんな立場の人、いろんな考えの人がいる。そしてすべての学者に共通していえることは、すべてが未体験ゾーンだということ。

学者の正義と、国家の正義とは。人類の正義とは。

わからないことばかりだ。己の信ずる道を行く。それだけが正義なのか。

東電の正義とは。毎日のように露呈される東電の隠ぺい実態。東電の発電所の中での正義と東京本店の正義には、格段の温度差がある。下請けの作業員の正義。また違う次元が存在している。

すでに終わったことだろうが、東電の社長が東京に戻るために自衛隊機を使ったところ、「俺は聞いてない、知らない」と搭乗を、運送を却下した大臣。なにがなんでもあらゆる手段を使って本社に戻すべし。陣頭指揮に当たらすべし。それが国家として、政権として、あの時の正義の行使のひとつだったのでは・・・・。

結果、帰京を遅らせておいて、東電が悪い、社長がいなかったと責めることで事足れりとしていたような政権。もし、社長不在が、あのベントの遅れの一因になっていたとしたら・・・・。

メディアは一日だけ、この事の顛末を、なんとなく書いただけ、放送しただけ。後追い記事は見かけず。だいたい、自衛隊機に乗って離陸寸前まで行ったのはたしか。乗ることを許可した人がいるはず。
パトカー先導で、通行止めになっていても車は走れた東名をなんでひた走りにはしらせなかったのか。

あれやこれや思いつくまま。わからないことばかり。

2011年4月29日金曜日

会議は踊る、されど進まず

200年も前にヨーロッパで使われた言葉が、今、日本で通用してるなんて。故事に倣うってことか、習って改めるべきと思うのですが。

フランス革命後のヨーロッパの秩序回復を目指したウイーン会議。各国それぞれの「我」を言いあい、まとまらず。会議というものの有り様を言った箴言とも。会議は踊る、されど進まず。

震災後、菅が立ち上げた、多分、自分でも覚えていないだろうくらいの数多くの会議、会議、組織、組織。なんとか本部、本部。

どっかで毎日、その目的に沿った議論が交わされているんでしょうか。はなはだ懐疑的なり。

無意味な会議の典型。菅首相の諮問機関「復興構想会議」。何をする会議なのやら。いまだに不明。しかも下部組織に「検討部会」とか。

メンバーは菅が選んだものだという。お気に召した人達ということか。関係県知事、学者、評論家、宗教者・・・。なんの構想を考えるのか。理想を語る、話しあうというなら、今はまだそんな時期じゃない。哲学者や宗教者が「生きるとは何か」を説くなら、そこに知事なんていらない。知事にも温度差、能力差あり。あげく財源の話までするときたら・・・。

政府と言う行政機能はどうするのか。

今、理念や夢物語を語っている場合か。あげく内輪もめ。検討部会と親会の復興構想会議とで。検討部会で具体論でも話されたら我々は何をやるのかって。まるで権益争いのような。これが有識者と言われる人達の実態。

そして官僚はすべて排除されている。今、官僚組織を使いこなさないで何が出来るの。別に官僚の味方してるわけじゃないけど、政治主導ってのは全くダメだったことを菅が証明したのに。

だいたい、20いくつもの会議や本部を立ち上げて、そこでの議論や内容を菅が聞いているのか。理解しているのか。対策に生かせているのか。

物事には優先順位というものがある。それを決めるのが指導者のつとめ。
まだまだ将来の夢を語っている時じゃないでしょ。

今、今日、この時に困っている人を救うのが政府という立場の人のシゴト。

まだ電気が無い、水道がない。生き死ににかかわることに全体であたりなさいよ。

原発処理に知恵を絞りなさいよ。政府と自治体が一体になって対処しなさいよ。

行きたいっていうボランティアを有効に活用する方策を整えなさいよ。

官邸を中心にした、永田町や霞が関で。机上の空論みたいなことばかりやって時間浪費させてどうするの。

ばかばかしいこと多すぎる。危機意識がまだまだ欠如している。官邸の内部でなにやらごちゃごちゃ「俺、聞いてない」「俺、しらない」「あいつが勝手にやってること」なんて言って、しかも男が男に”嫉妬”するような、足の引っ張り合いみたいなことやってるってのが今の日本の政界の姿。

なんとか復興会議。やるなら官邸を出てやったら。週一回、被災地周り持ちで。空論に少しは現実感が味付けされるかも。

「されど進まず」。もう何日、そんな思いをさせられてきていることか。原発処理。まさに。

なんかテレビでは今、自己満足に近いような、言いわけ並べたような検証番組やっている。

検証はいつでも出来る。今やることって他にもあるはず。家をさがしてあげなさい。満足な食事を与えてあげなさい。本来は善意であるはずの人達が、「不安」という二文字に踊らされて、いがみあうような状況を無くしなさい。

もう、政府に、政治に、踊らされるのは、ほとほと疲れてきましたよ。踊り疲れましたよ。

2011年4月28日木曜日

”一つである”ということ

ニッポンは一つだ。団結だ。みんなの力を信じてる・・・。正確なセリフは覚えてないが、ACのCMだけではなく、メディアからは「日本は一つだ、一つだ」という声がやたらと聞こえている。

たしかに、多民族国家ではない、一応単一民族国家なのだから。ひとつなんだろうけど。

郡山市長が、放射線量の多い小学校や保育所の校庭の土砂を削って、それを市内の産廃処分場近くに埋めようとした。校庭の放射線量はみるみる下がり、校長や父兄は喜んだ。

その放射能を含んだ土の受け入側になった処分場近くの住民が怒り出した。なんで、そんな危険な物を持ってくるのか。ここにも子供はいると。
事前に説明がなかったというが、これじゃ事前説明してたって、受け入れてくれるはずは無い。削りとられた汚染残土は校庭の脇にビニールシートかけられたまま山積みされている。

どっちがいいとか悪いとかの問題じゃないと。要は危険と思われる物は身近から遠ざけたいってことだけ。心理。真理にあらず。

市長も市役所も頭かかえているらしい。汚染残土の処理めぐって郡山市民はひとつではなくなった。

東電による、政府による”人災”は、県内のあちこちの町村がそうであったように、一つであるべきだった地域社会を二つにも三つにも裂いていく。

東北六県という一つのくくりがあった。東北地方は、言わば、東京という大消費地域への生産拠点。農産物から始まって、工場や、それこそ電気などなど。酒も然りかも。東京は東北という生産拠点によって潤ってきた大消費地。

生産と消費、需要と供給。本来循環した一つのサイクルであるべきシステムがこの原発災害によって壊れた。

一つではなくなったような。

本来は、いや、当然一つであるべき政府の対策本部とやら。みんなバラバラ。政権内も一つではないし。

東北内部でも然り。宮城や岩手。地震、津波の被災地。多くの人や家を無くした哀しみから立ち上がり、”復興”という言葉が前面に出てきた。人々は立ち上がろうとしている。

原発進行中の、いや、その実態は全く不明の中、見えざる敵との戦争に疲れ果てているような福島県民。

そう、進行中。復興という言葉はまだまだ先なのかも。

東北という一つの括りがほころびることを恐れる。

その原発。一号機では「水棺」という作業が始まった。その効果をめぐって学者の意見はバラバラ。それでいいのじゃないかという意見もあれば、無意味、危険という意見もある。

学者にとっても未知の体験。だから余計に皆、勝手な意見をいい、それを耳にした人達を悩ませる。信じる物が何も無い。専門家の意見は、何にしても、放射線の危険度含めて、一つではない。

様々な見解を咀嚼して、あとは、それぞれの人が自分で判断しろと言うことか。

「一つであること」。そんな簡単な事が、実は一番難しい。

今は強い北風。大気にある放射線物質はどこに流れていくのか。

”汚染”の風評を他所に、先週は東京から親戚筋の若夫婦が郡山に遊びにきてくれた。街中をふらついて帰っていった。
来週は弟夫婦が遊びに来る。避難所にいる子ども達に何かを持っていってあげたいと物色中とか。

ゴールデンウイークを”口実”に郡山を”脱出”する家族も多いと聞く。

2011年4月27日水曜日

市長の”決断”

少なくともここ福島県から見ている限り、国政はその本来の使命を忘れ、機能不全を起こしている。
県知事は首長に、いわば”丸投げ”の様相。東電を悪し様にいうこと終始しているような感がある。県知事のメッセージは県民に伝わってこない。県政が機能しているのか。例えば多くの原発避難民が身を寄せ合っているなかで、あらたな避難民が生まれようとしているのに、「仮設」一つにしても、遅々として進んでいないような・・・。

郡山市長の原正夫。一つの”決断”をした。汚染の基準値を超えた小学校の校庭の土を削って廃棄する。きょう行われたこの作業では、少なくとも現状は変えられた。放射線量が極めて少なくなった。また線量が増えたらどうするという声もあるらしいが、今、とるべき施策としては正しい選択だったと思う。市民に多少の安心感を与えられたのだから。

これに対してすぐさま国から、文部科学省から「異論」が出された。文部科学大臣の腹の中。「聞いてない」。「勝手にやるな」と推察。

原くんは、普段はあまり自分の意見は言わず、おとなしい、目立たない、地味な存在の人だった。俺が俺がと出ない人。友人だから、それなりに彼の性格を知っている。
原くんは、原発事故の直後、「廃炉」宣言を発した。それが彼の意図しないところで”拡散”され、得体のしれない反原発団体にまで”利用”されることになったが。廃炉宣言。国策に対する地方からの一つの反乱だった。

廃炉・棄土。原市長が一人で考えた方針かどうかは、まだ、彼に聞いていないからわからない。推察するに、それを進言した”ブレーン”がいたのではと。それを彼は受け入れた。いや、同感した。聞く耳を持っていた。

菅は多くのブレーンを抱えた。参与だとか補佐官だとか。しかし、進言を聞き入れた様子はない。独走しているようだ。

いわき市長は学校給食に県内産の牛乳を使うといった。いま、いわき市長は猛烈な抗議にさらされている。
原子力学者と称し、どことか大学の教授で、テレビでもお馴染みになった人からは、「いわき市長、あなたは神ですか」とまで書かれた。なんで学者である人が「神」という字を引いてくるのか。軽々しく神という言葉を使ってほしくない。身近にある汚染された牛乳と、遠くにある安全な牛乳、どっちをとりますか。そんな”問題意識”の投げかけ方をしている。
武田教授の発言を受けて、あっちこっちの「親」達から、いわき市長は抗議にさらされているという。

遠くの場所にいて、安全な場所に身を置いている人が、安全や安心、危険を叫ぶ。リスクばかり言い立てる。それが被災地にいる人を苦しめる。

そんな人っていっぱいいませんか。メディア含めて。

奥山仙台市長は小学校の修学旅行で恒例になっていた会津若松への旅行を取りやめたという。会津若松は山形県よりの放射線量少ない。
「父兄の心情を思って」と言い訳しているらしい。この”判断”が解せない。
会津若松は福島県。福島県は放射能で・・・。子ども達に刷り込まれる「偏見」。この決定が人間教育として正しいのか。会津には原発避難民がいるはず。その人達の暮らしを見せることの方が、真の教育、修学になるのではと。仙台だって被災地のはず。こう思うのは亭主の偏見だろうか。

2011年4月26日火曜日

情報という名の化け物

郡山で学習塾を経営していた知人から、突然電話がありました。

「瀬川さん、今どこにいるの?東京でしょ」。は??何で。「郡山に決まって李じゃない」。一瞬絶句する彼。
「大丈夫なの?」「何が?」。「いやしばらく東京にいたんだけどさ。郡山はひどいらしいね。放射能汚染。政府は情報を隠してるらしいね。東京の証券会社の人や、いろんな人から聞いたけど」。はい、彼の長い話が続きます。

「あのさ、アメリカが80キロ圏内の人に退避を指示したでしょ。あれは菅政権がアメリカに言ったらしい。危険だから国外退避させてくれって。福島市や郡山市の放射線量って実はとんでもない数字らしいよ。大丈夫?」。

適当に聞き流していたけど要約するとこんな話。あげく「本当のこと教えてよ」ときたもんだ。もう50歳を過ぎた大の大人だよ。おれが本当の事を知ってるわけもない。

「外国人を非難させて自国民を見殺しにするなんてひどい政権だけ」と来ましたね。驚きました。

「あのね、アメリカだって80キロ退避を、後になって間違いと訂正してるじゃないの。原発の内部がどうなっているかはわからないけど、放射線量は発表されてる数字、少しは減ってきているし・・・」。
「いや、その数字自体がおかしいって話だよ」。

百歩譲って国や東電が嘘をついているとしても、県や市が嘘の数字を出すわけないでしょ。まして、最近は個人でサーベイメーターもって計りまくっている人もいるくらいだからと言う亭主。だんだん政府の擁護してるみたいになって自己嫌悪。

「安全だって保証するの?塾に通ってくる子ども達を安全なとこに避難させるのは当然でしょ」。はい、子供に対してはそうかも。でも、それは亭主が保証云々の話でない。学習塾をやっているのはあなた。

どうも、彼の周りというか、東京の中のそれなりの”エリート”といわれるような立場にいる人達が言ってまわってるみたい。もちろんごく一部の。

「大使館関係の確実な情報源からきいたんだけど」。まだまだ彼の話は続く。
「あのね、あなたに届くほどの情報が政府から漏れるってことは無いよ。どこの誰が言ってるのか名前言ってごらん。そいつに直接聞いてみるから」。

やっと電話を切ってから気づきました。こんな類の情報がけっこう飛び交っているんだということを。だから「福島いじめ」「福島偏見」がまかり通っているんだということを。風評被害が蔓延してるってことを。

放射能。目に見えない怪物。おなじく目に見えない情報という名の化け物が増幅されているんだなと。

情報隠し。たしかにあった。東電。それは明らか。保安院も然り。だからか。
細野補佐官が東電と保安院を陪席させての記者会見。情報の一本化だと。

あのね、東電と保安院は相対する存在の筈。一緒になってやる記者会見って・・・。

亭主の世代では思わず言いたくなる「大本営発表」。嘘で塗り固められた大本営発表。炉心溶融。崩壊を損傷と言い換える東電の如し。
政・官・業の一体化した記者会見。まさか、バラバラの会見で人手さかれるのを嫌がったメディアが一緒にやってと言ったわけでは無いと思うけど。

新聞・テレビ・ネット・ツイッター・・・・。あらゆる媒体を通して、それを受けられる環境にある人達は、もはや情報の洪水で頭の中が”汚染”されてしまっているかも。

欲しい情報と、いらない情報が交錯している。安全か安全でないか。学者という人達の意見もマチマチ。正反対だったり。

どうやら原発事故は放射能災害に続いて情報災害という新たな災害を産んできた。

どうすっぺ。

2011年4月25日月曜日

信頼出来ない人の下で生きていくっていうこと

統一地方選。またも民主は「大敗」でした。もはや「頽廃」した政党かとも。

信頼を無くし、支持も減り、信用できない政権のもと、なにしろ、かにしろって指示され、命令され、右往左往、生活を翻弄される人々。

信じていない人から、何かを言われて、黙々と、唯々諾々とそれに従わねばならない哀しみ。

首相はおろか、政権自体が信を失っている。避難地域の解除めぐる枝野発言。いわき市を除外。「いわき市長から強い要望があったから」と記者会見で言った。いわき市長は抗議。すると、訂正、謝罪。

この不様さにはあきれるばかり。たしかにいわき市長は「屋内避難地域」の時におかしいと抗議したよ。特にテレビ使っては。だから県民は思った。「おかしい」と言えばどうにかなると。南相馬の町長も声は大きかった。「NHKさん助けてくださいよ」と連日言った。

誰かが大きな声で抗議すれば、おかしいと言えばどうにかなるんだ。だったら飯舘の村長も、浪江も川俣も葛尾も言えとなる。町長、村長の苦悩は深まる。

少なくとも、国や行政に対しての、政権にたいしての不信感は強まるばかり。信じていない、信用出来ない、信頼していない。そんな政権の、それを「国」というなら、それを甘んじて受けなくてはいけない民百姓は・・・・。

福島県知事はいかに。東電の社長に怒りをぶちまけたような顔して、泣いてみせて。あげく「国と各首長と住民でよく話し合って」。官邸にのこのこ出かけて言ってなんとか会議っていう意味不明の会議に出て、「現在進行形だから、復興についての意見は持ち合わせていない」と仏頂面。だったら、最初から、こんな変な会議のメンバーになることを拒否すればよかった。東電の社長の面会は何回も”拒否”してるんだから。

「知事は何もしてくれない、何もしていない」。そんな声が最近多くなっている。

誰の言うことを聞けばいいのか。原発について誰が正しいことを言っているのか。誰を信じればいいのか。それがさっぱりわからなくなっているのが福島県民。だから、たとえば放射能情報だって、数字だって、発表されるものを「信じてない」となってしまった県民。そんな不安定な感情が住民同士や家族の間にひろがって行ったら・・・。ぞっとしてきます。

鰯の頭も信心から。なんてことを昔の人は言った。津波の後から持ちだしたのが先祖の位牌。警戒区域に入って持ちだしたいのが先祖の位牌。したいことは墓掃除。信心深いのです。民草は。信心の足るものが欲しいのです。

そして、人間を信じていた動物たちが、そう、あの宮崎の口蹄疫の時のように、あの嫌な言葉。「殺処分」にされようとしている20キロ圏内。殺処分と餓死しか選択肢にない牛や馬や豚。行政命令によって殺処分に向かわなければならない獣医師達の心中やいかに。動物の命を守ることを職業としていたのに。

じゃ「自分」は信じられるか。無責任な情報飛び交い、予報、予測飛び交い、余震のアラーム音に飛び起きる毎日。見失いそうになる自分をどうやって確立するか、冷静さを、正常な思考を保てるか。日々、「自分」と戦っている人も多いはず。

2011年4月24日日曜日

「望」という字、言葉。

今朝は町内会の恒例、溝掃除。朝8時から約1時間。空は昨日と真逆。澄み切った青空。この空の青さの中に放射能がいるなんて・・・。そんな天気でした。今は、また雨・・・。

どっかのブログかツィッターに書いてあった。「町内会の表での行事に参加していいものか、迷ってる」て。馬鹿な。参加当然でしょ。なんで無意味に怖がる放射能。測定値みてよ。一年間表にいても問題ないはず。

大人は皆集まったけど子供の姿は無し。「外出禁止令」らしい。心配ごもっとも。御無用なんだけど。と思っている亭主。この太陽の下でこどもたちを遊ばせてあげたい・・・。

年間100ミリシーベルトでガンの発症率0,5%とか。可能性として。太陽で免疫力付けておいた方がいいのでは・・・。ま、これは年寄りの言いぶんか。だけど、おやじ。あんたの吸ってる煙の方が発ガン率高いよ。
とはいうものの、すべて学者の未経験予測。放射能の安全基準、健康への影響なんて、ちゃんとした学説は無し。だから余計にイメージで怖い。

昨夜は仲間たちとの恒例の酒飲み会。先月は中止。放射能のせいじゃないづすよ。会場が営業しなかったから。

佐藤眞人さんに依頼。フルートと歌詞持ってきてもらい。皆で、12人で歌いました。もう恒例の曲。見上げてごらんよるの星を。上を向いて歩こう。乾杯・・・。店の親父も加わって。
そしてみんな泣くんです。歌の力。一緒に歌える仲間の居ること。きっと「普通」の生活に戻れる。そんな望みをこめて。、星に願いを、望みを託して。

「こんな未曾有の大震災時に総理大臣であったことは政治家として”本望”だ」と菅は言った。
望みがかなって満足に思うことをいう。また、かねがね抱いている志をいうー辞書は本望の意味をそう書いている。本懐とも。ちょっとひねって解釈すれば自己満足の世界。あんたには本望でも、俺たちには絶望だわい。
見え隠れする、いや、まる見えの功名心。

希望を失い、それでも一筋の望みを何かに託している人達。それが、やがて無意味なかなわぬ望みとわかった時、いや、もうそうかもしれない。失望に変わる。

あんたには”望み”があっても、我々には”望み”が無い。

せめて月か星でも望むか。

新聞紙上にあったちょこっとした記事。今年度の政党交付金。

民主党42億円、自民党25億円。公明5億6千万、みんな2億7千万、社民1億9千万、国民新党など4党に数千万ずつ。総額800億円。通年では320億円。復興財源がどうだこうだの空回り議論の中で、政党にはこれだけ多額の金が無条件にわたる。少なくとも政治家はそれに異を唱えない。

政治にたいする失望の念はより増す。

この金が無ければ政治は機能しないのか。いや、そんなことは無い。今、この非常時には“無駄金”と言っていいのかもしれない。今年度の交付金なくても政党はつぶれない。

被災地では、被災者は、1,000万円の融資受けられず倒産するところ多々あり。

政権交代に望みを託した。何かが変わると願望した。なんか、すべてが灰燼に帰したような気がして・・・。

被災地の小学校の教室に貼ってあった生徒が書いた習字。「希望」という字。
一抹の希望であっても捨てないで歯をくいしばっている人達・・・。

2011年4月23日土曜日

夜の森公園の桜

郡山は今が桜の真っ盛りと思いきや。昨夜来の雨・・・。大雨ではないから桜もきっともちこたえてくれるでしょう。

花見るもよし、見ざるもよし。

東電原発の警戒区域に富岡という町があります。役場ごと郡山に避難してきています。先日、菅首相が訪れたビッグパレットという施設に。

富岡町の観光スポットに「夜(よ)の森公園の桜」があります。JR常磐線には夜の森という駅もあります。それはそれは素晴らしい桜の名所です。

2,5キロに及ぶ桜並木。ソメイヨシノを含む1,500本の桜が、そうですね、大阪の造幣局の通り抜けみたいな桜のトンネルを作っています。

昔、テレビ朝日で夜桜中継をやって居た頃、夜の森公園からもやりました。若林ってへんなレポーターの。郡山からは車で2時間。福島県は広い。国道288。街路灯無し。あの道は怖かった。それをきっかけに時々夜の森に行きました。

富岡にあるゴルフ場。たしかリベラルヒルズって言った。そこでJLPGA,女子プロの選手権があって、その打ち合わせの会場はリフレ富岡という公共施設だった。夜の森公園のすぐ近く。ゴルフ場もこの施設も東電の”恩恵”あったのか。たしかにゴルフ場の会員のほとんどは東電や関連会社の社員だった。

多分、きょうも夜の森公園の桜は咲き競っているはず。人気の全くない公園の中で咲く1,500本の桜・・・。

役場ごと避難してきた避難所のビッグパレット。”視察”に来た菅に住民の一人が人影の絶えた桜並木の写真を見せた。ここへ戻りたいと。

    人見るもよし、見ざるもよし。我は咲くなり。

桜花はそういいながら咲いているはず。

人影の全く絶えた桜のトンネル。もちろん明りもない。花明りだけが公園を照らす。不気味な光景かもしれません。

その光景を撮った写真を見ると、坂口安吾の小説「桜の森の満開の下」が思い起こされます。桜の妖気が人を殺し、男が悩む。

  桜の森の満開の下の秘密は誰にも今も分かりません。
  あるいは「孤独」というものであったかも知れません。
  なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。
  彼自らが孤独自体でありました。

  山へ帰ろう。山へ帰るのだ。
  なぜこの単純なことを忘れていたのだろう?
  そして、なぜ空を落すことなど考え耽っていたのだろう?
  彼は悪夢のさめた思いがしました。
  救われた思いがしました。
  今までその知覚まで失っていた山の早春の匂いが身にせまって冷めた
  く分るのでした。
 
富岡の人達の、桜にいざなわれた望郷の念やいかばかりか。
 
きのう、ビッグパレットを訪れた東電の社長には富岡の住民からの怒りがぶちまけられました。そんな中、一人の老女が清水社長の手を握って声をかけた。
 
「御苦労さまです。お互いさまです。体に気をつけて頑張ってください」と。
 
叱声や怒りの声は、聞き流そうとすれば聞き流せる。しかし、この老女の言葉は、きっと、きっと清水社長の胸にも刻まれたはず。坂口安吾の小説で出てくる山賊にだって届いたのだら。桜の声が。
 
東電の社長を怒鳴りつける宰相や県知事。怒鳴ってなにかが、いま、解決出来るのか。責めはあとからいくらでも追及出来る。今やるべきことは東電にその気をおこさせること。身命を賭してでも沈静化させること。
 
老女の一言は、どんな専門家やマスコミ人の声よりも重かった。人格者だった。
 
イソップ物語の北風と太陽を思わせる・・・。被害者が加害者を慰め励ます。冷えた心を温かくする。東電のベールを一枚剥ぐ。
もしかしたら、この老女の一言がこの国を救うかもしれない。

 
    

2011年4月22日金曜日

平成23年の「棄民」

平成23年4月22日。日本という国の福島県という地方の中でついに棄民政策が淡々と行われた。対象者7万8千人。
東電原発20キロ圏立ち入り禁止。警戒区域。災害対策基本法に基づくものだという。

なぜ、この時期に強制力や罰則を伴った法的措置が出されるのか。わからない。わからない。

理由は。「住民の健康と防犯」と枝野はいう。どんな健康被害があるの?起きるの?計測された放射線量。どれだけ浴びたらどうなるの?
誰もちゃんと説明してくれない。すべて「可能性」。圏内は同じ数値ではない。どれくらい浴びたら、いつ甲状腺癌になるの?
誰も教えてくれない。

防犯。あの広大な地域を何人の警察官で見まわれるの?
悪い奴はどこからでも行ける。
いや、すでに荒らされている。

多くの畜産農家があった。過去形になってしまった。牛の餌やりにもいけない。確実に牛は死ぬ。

罰金いいじゃん。拘留いいじゃん。理由も判然としないのに立ち入り禁止。
裁判やればいい。裁ける裁判官はいないけど。牛に餌をやろうよ。牛だって生き物。


だから、きのう、ボクは普段は自分から発信しないツイッターでつぶやいた。いや、叫んだ。「菅首相よ、ボクは仮にあなたが死んでも涙を流さない。流す涙を持たない。しかし、あの放置された牛の一頭でも死ねば、多分思いっきり泣くだろう」と。牛に最後の餌やりに行った酪農家が一頭、一頭の牛に「ごめんね」と泣いて謝ったというから。彼の涙をボクの涙として共有したい。

計画的避難区域、緊急時避難準備区域。わかんない。わかんない。ちゃんとした根拠がわかんない。
流浪の民は翻弄されるだけ。

菅のおざなりな避難所視察にあわせて出された区域設定。それに合わせて、これまでは官邸が止めていた文部科学省の放射線量測定結果発表。
だれかが決めた年間100ミリシーベルト。越えて無いとこ多数。

警戒区域設定。県外にはますます原発汚染の風評が広まる。広まる。燎原の火の如く。

舌の根も乾かぬ内に枝野は言う。「重大事故が発生するリスクは相当程度低下してきている」と。わかんない、わかんない。何が本当なのか、なにがどうなっているのかわかんない。

棄民達のあすは全く見えない。うつろな日々。

東京のテレビ局のスタジオでは警戒区域への一時立ち入りの方法について、まるで他人事のようにフリップ使ってアナウンサーが滔々と説明している。東京の人には関係ないじゃん。

東京にいる人による東京で見ている人達のための東京のテレビ。

テレビ局では50キロ以内に入るな、40キロ以内に入るなとキー局から指示が来る。現場の記者達の悩み。

だれが棄民に寄り添えるのか。


警戒区域設定が発令される数時間前。テレビの画面に流れた地震以外のニュース速報。キャンディーズのスーちゃん、田中好子さんの訃報。
キャンディーズ解散後、彼女が芸能界に復帰したおおきなきっかけが映画の主人公を務めたこと。その映画は「黒い雨」。数々の映画賞を受賞した。広島の原爆投下と、そのあとの放射生物質を含んだ泥のように降る雨を題材にした井伏鱒二原作の小説の映画化。

死因は乳癌。もちろん彼女は放射線被害は受けていない。放射線治療は受けたかもしれないが。

2011年4月21日木曜日

「福島県」、「フクシマ」

福島県は日本全国で面積は三番目の広さの県です。例えば新潟県が上越、中越、下越と分けられているように、浜通り、中通り、会津という三つの地域に分けられています。とにかく広い県です。

数年前、テレビのクイズ番組かなにかで日本の白地図を出して、「福島県はどこ?」という問題があったとき、殆どの回答者は答えられませんでした。それほど有名な県ではなかったのです。名前さえはじめて聞いたという人もいたくらい。

今や、福島県はすっかり有名な県になりました。外国にも知られる県になりました。なってしまいました。原発のおかげで。東京電力福島原子力発電所が、福島原発、福島原発。

「東京電力が東京方面に電気を供給している発電所なんだから、東京原発と呼んでよ」。県民の一人はそう言った。

福島は目下全国”ブランド”。恐怖の震源地。野菜も魚もダメ、ダメ。車の入れない、人が行けば疎まれる。放射能をまき散らすと。こころない”無知”な人がいうならまだしも茨城県では市役所の課長さんまでがスクリーニングしてこいと。

東北新幹線が復旧している。今月末には全線復旧。え、福島県民専用車両ってのをつくるのかい。大宮や上野、東京駅でスクリーニングさせられるのかい。

ゴールデンウイークという季節がやってくる。東京に家族で行く予定のひとがいる。真剣に考えているそうだ。行くのをやめようと。車で行くことにしていたが、あらぬ差別やいやがらせに耐える自信が無いとか。

車で言うと、一番”被害”受けているのが「いわき」ナンバー。続いてが「福島」ナンバー。会津は数年前から「会津」ナンバーに。会津ナンバーで”被害”の話は聞いた事無し。亭主は福島ナンバー。東京に家があったなら喜んで福島ナンバーで東京に乗り込んだのに。行くとこ、行く用ないから行かないけど。もし、行って、いやがらせでもされたらやりかえす。喧嘩になって警察来たらどっちが悪いか判定してもらう。まさか警視庁のお巡りさんまで公務執行妨害なんていって亭主を捕まえないとおもうけど。

昨夜。久しぶりに表で酒飲みました。塾生達と。10人。福島の酒飲んで、福島産の料理で。カンパ~~イの声もいつもより賑やか。そして話題は”差別”に。みんないろんな経験していました。悔しい思いを語っていました。

口害。口から吐き出される”放射性物質”。汚染度はレベル8だと。

だいちゃんにギターを持ってきてもらいました。みんなでうたいました。心を一つにして。上を向いて歩こう。見上げてご覧夜の星を。そして、自衛隊員も泣いて歌った長渕剛メドレー。お店の人も交じって。

みんな、こぼれそうになる涙をこらえながら、押し殺しながら、なんどもなんども歌いました。

塾生達もいささか心が晴れたようです。歌っていいな。音楽っていいな。

今日は菅総理大臣さまが来県しています。避難所では相当文句言われているようです。一晩、原発難民の避難所に泊まっていけばいいのに。避難所のメシを一緒に食っていけばいいのに。たった一晩。ダンボールの”小屋”で、普通の人達だった人が、もう、一ヶ月以上、暮らしているのです。
黙って、耐えて、寄り添って。

亭主がいきがかり上、福島県民、郡山市民になってから20数年。言ってみれば流れ者。住めば都というわけでもない。成り行き。福島県”産”の塾生達は、流れ者を慕っていてくれています。

成り行きでなってしまった浜通りの原発難民。中通りの避難所で何を思うか。住めば都なんて決して思っていません。

東北人は我慢強いから。ふざけんなよ。我慢するにも程があるって。やり場の無い怒りを菅にぶつけてみても、去った後には虚しさだけが残るのみ。

今の福島県は、明治政府によって、時の役人のさじ加減で線を引かれた行政区画。400年以上前に会津藩主だった蒲生氏郷が、伊達藩への出城として築いたのが杉妻城。今の県庁のあたり。浜通は岩代の国。中通りの一部も岩代の国。いわきは磐城。磐前の国と言った。磐前県と若松県と蒲生氏郷が名付けた旧福島県を無理矢理一緒にさせて出来たのが、今の福島県。気候、風土、気性、それぞれ違う。

福島・フクシマでなんでも一つに括るなよ。国境って誰が決めたの?。県境って誰が決めたの?役人の机の上でのちょっとした鉛筆の線のずれ。

20キロ圏の線の1メートル中か外かで何かがそんなに大きく違うの?

これまで気にもしてなかった福島県という呼称がなぜかいとおしくなってきた。

2011年4月20日水曜日

もうひとつの”絆”

大震災以降、「絆」という言葉が満ちあふれています。
ことば。人生はことばとの出会いからはじまります。言葉を通して想いを伝えること、その繰り返しが、人と人との絆を育みます。こんなコピーのようなものも最近見ました。

被災地へのボランティア活動。絆です。義援金も絆です。一通の手紙も絆です。絆プロジェクトと銘打ったキャンペーンも行われています。

絆という言葉の意味は、断つことの出来ない人と人との結びつきと。

たしかに。今、目に見える絆や、目に見えない絆で、我々は結びついているようです。絆を確かめ合っています。絆という言葉に支えられています。

郡山のデパートで、あすから一つのイベントが行われるそうです。写真展。「いぬ」。

写真家の岩合光昭さんの写真展です。その案内文にはこう書いてあります。

「走ること、待つこと、従うこと」。

自然の中で人間とともに生きる犬を、写真家・岩合光昭は「完璧な存在」といいます。人と犬の関係は古く、地球上、人の暮らしがある場所ではいつも犬が一緒でした。日本人と日本犬は、ともに約1万年を暮らしてきたといわれます。列島のうつろう四季のようなさりげなさで、長い間共に歩んできたのです。また、主人である人と犬とはよく似るともいいます。人が犬に似ていくのか、犬が人に似てくるのか、それとも似たもの同士がはじめから惹かれあうのか─。いずれにしても、人と犬の間には、歴史がはぐくんだ深く強い絆があるようです。

そうなんです。犬と人間には強い絆があるはずなんです。

絆という字の語源は、犬や馬などの動物を繋ぎ止めておく綱と言われます。

大震災は、原発事故は、この「絆」を断ち切りました。いや、例えば気仙沼で津波に呑まれ、屋根の上で漂流していたバンは救助隊に助け出され、飼い主のもとへ戻りました。絆は復活しました。絆を切らなかったシーズのバブは飼い主の83歳の老女を高台に導きました。

原発20キロ圏内。多くの犬や牛が、絆を失い、さまよっています。瓦礫の中を当てもなく歩く犬の後ろ姿・・・。飼い主の匂いをまだ、探しているのか・・・。仲間と小さな群れを作り、お互い、寄り添うようにさまよっている犬や牛・・・。30キロ圏外にまで来いよ。歩けよ。

動物愛護団体などがずいぶん保護したようですが、まだまだ。あの子達の運命は・・・。絆は・・・。一概に飼い主を責めるわけにもいかないでしょう。
でも、敢えて危険区域に残り牛や馬や犬に餌をやる。動物がいるからここを離れない。そんな人達の気持ちもわかります。その絆が伝わってきます。

郡山の避難所にも犬を連れてきた人が大勢います。避難所の中には入れないから寒い車の中で寝たり。ペット用に充てられた寒い駐輪場でケージの中にじっとしていたり。

避難所では人と人とが絆を感じ、犬と人とが絆を確かめ合っています。犬を介して人と人との新たな絆も生まれました。

非情のようにも見えるテレビの映像。首輪を付けて、絆であった紐をふりほどいて、かみ切って、多分、絆を探し求めている犬・・・。やせ細った牛・・・。

あの犬の後ろ姿を見たら、たぶん、山頭火さえ何も詠めないと。

余震に怯えながら、身をふるわせて抱かれに来るゲンキ。震える身体のぬくもりと体温にこっちの心が落ち着きを取り戻す。縁あって授かったゲンキとの絆。絶対に絶やさない、切らない。放さない。

放射能を懸念して”外出禁止令”をくらったゲンキ。待っているし、従っている。ちょっと待ってろよ。走ることを忘れるなよ。飼い主はだいぶ足が弱ってきたけど。一緒にな。

2011年4月19日火曜日

この「感覚」をどう見る

朝日新聞に「リレーおぴにおん」というコーナーがあります。きょうの紙面はニッポンの男たちへ⑤。前首相夫人の鳩山幸さんが登場しています。それの一部抜粋。

「私の元気の源と言えば、太陽なんです。太陽のエネルギーをパクパク食べるの。食べ物でも何でも、地球上の物はすべて太陽の恵みでしょう。だから、太陽に感謝の意を込めて、別に食べなくっても拝んでもいいし、とにかく太陽に意識を向けることが大切だということです」。

このコーナーの上段の記事は震災関連です。

今、福島県の人達は太陽をパクパク食べられないのです。太陽の恵みを受けた作物は食べられないのです。原発の収拾を祈り、拝んでいるのです。

幸さんの言う「太陽」を「原発」に置き換えてみたら。

この記事はインタビュー記事です。だから、いつのインタビューかわかりません。ずっと以前のものかもしれません。原発事故が起こる前に幸さんが喋ったことかもしれません。そうだとしたら、ちょっと幸さんは気の毒かも。
余りにもノーテンキ。脳天気、NO天気だから。

もし、事故後に喋っていたのならもうその感覚を疑う。許せない。太陽をパクパク食べるどころか、太陽の下で遊ぶことも叶わない子ども達がいっぱいいるんんですよ。

以前のインタビューなら、きょう、この日に掲載した新聞社の感覚を疑います。文化面だからって何を載せてもいいってもんじゃない。

いずれにしても理解不能。最悪の記事。

東電が工程表を発表したら一歩前進と評価し、明くる日には、燃料破損、作業は長期化と来る。

メルトダウン、炉心溶融があったとかなかったとか見解わかれる政府の言い分をそのまま記事に。今頃呼びかける風評被害に適切な対応とか過剰反応止めてとかの閣僚発言。国会でしどろもどろの目が泳ぎっぱなしに総理大臣。

正常な環境にいて、正常な判断が出来るで有ろう人達の感覚がわからない。
非正常な環境の中で、新たな、未体験の”日常”に慣れようとしている人達には、キミ達の言葉は届かない。

政局ゲームに再び登場し始めた鳩山由紀夫くん。「鳩山家の巨額な資産を被災地への義援金にすべき」と被災地の人達は言っている。政治資金規正法で寄付は禁じられているとかなんとか、既成の法律を語ってる場合じゃないって。

人災原発。菅だけの責任じゃない。鳩山も小沢も同罪。自民党も同罪。でも、政治に頼らなければならない現実。

3・11前と同じような国会論戦やってる政治家の感覚がわからない。
鳩は平和の象徴???。それはカタロニア地方だけのお伽噺。

2011年4月18日月曜日

この国の姿 その20

多分、中学生の頃だったと思う。島崎藤村の「破戒」を読んだ。主人公の名前は瀬川丑松。いわゆる被差別部落民。憤りと感動と不条理を感じながら、その本を耽読した。

それにしてもなんで主人公が瀬川丑松なのか。親に出自を聞いた。親は関西の出身。「うちは元は庄屋さんだったのよ」と屈託無く答えていた。

なぜかこのころからか。差別にこだわるようになっていた。日常では意識していなかったけれど。

戦後、ライ病患者は差別の対象だった。無知と偏見による。移ると言われた。昭和50年代だったか。ライ病患者の施設がある「島」に行った。プロレスラーのアントニオ猪木と。たぶん、そこを選挙区とする政治家に頼まれてだったと記憶している。患者の笑顔の心が満たされた。もちろん移ってなんかいない。猪木は相変わらず「ダー!」ってやっているし。

歴史をたどるつもりは無いが、士農工商という身分制度といい、貴族制度といい、さらには異民族に対する偏見。本当に異民族かどうかはわからないのに。日本人のどこかに潜む差別意識。いや、日本人だけではない。欧米の黒人差別。人類普遍の問題か。

今、福島県人は差別にさらされている。原発差別、放射能差別。前にも書いた子供のいじめからはじまって給油拒否やがれき拒否。そして農産物。いわきナンバーの首都圏乗り入れ拒否・・・。

どれだけの人を東京人というのかわからないが、東京にいる人は、おうおうにして地方蔑視の”思想”めいたものがある。

昔、登山家の田部井淳子さんと話したことがある。彼女は福島県の三春町出身。東京の昭和女子大に進んだ。上京するとき、彼女は自分に言いきかせた。まるで瀬川丑松のように。出身地を喋らない。訛りが出るからあまり人と喋らない。そんな生活をしてきたらしい。そしてある日、あの女性初のエベレスト登頂を成し遂げた時、山頂で彼女は思ったという。「これからは福島県出身であることを正々堂々と言って歩こう」と。山頂から見た雲海が晴れるように彼女のこころも呪縛から解き放たれるように晴れて行ったという。

関東人にとっては東北は未だ蝦夷の地なのだろうか。しかし、蝦夷だからといって差別される所以は無い。黄金を求めて奥州平泉には京都から多くの人が列を成していたのだから。

放射能差別。あらたな人災。農作物に対する不信感。国や県が安全と言っても、もう信用されていないかもしれない。こころない人達には。

福島県人や野菜を”差別”した人達も、もしかしたら宮城や岩手に義捐金を送っているかもしれない。

差別がありながらも、日本は一つだと言っている人達もいる。東電や政府も含め、この国は、やはり「寛容」な国なのかもしれない。

機会があったら福島ナンバーの車で東京に行ってみよう。わがふるさとへ。どういう顛末が待っているのか面白い。

2011年4月17日日曜日

見上げてごらん・・・

陽春です。
空は真っ青。流れる雲とて無く。
風もほとんど吹いていません。きのうの突風が嘘のよう。

あちこちで桜が咲いてきました。
でも、サクラの下に集う人は少ないようです。
見るもよし、見ざるもよし、我は咲くなり。

平和な光景。だけど、日曜日だというのに表で遊ぶ子供たちの歓声は聞こえてこない・・・。

外に出て外気を思いっきり吸いこんでみます。溜まった悪い気を吐きだし、この空のすがすがしさを吸い込みます。

昨夜の空は満月でした。星も綺麗にまたたいていました。星は今のこの地球という一つの星をどうみているのでしょうか。人類や生物があるいは死に、あるいは塗炭の苦しみにあえいでいるこの星を。

星を眺めて家に入るとテレビの、あの、不愉快なACの合間に素晴らしいCMが流れていました。

多くの歌手やタレント、女優さんたちのバトンリレー形式の歌。ノーギャラで出演している芸能人たちは総勢71人とか。4小節ずつか。それぞれがリーレーで歌い上げる曲。

坂本九が歌った曲。永六輔作詞、いずみたく作曲の懐かしい名曲。
「上を向いて歩こう」と「見上げてごらん夜の星を」。夜の星・・・なぜか聞いているだけで涙腺が緩みます。にじんできます。

あえて歌詞を記します。歌ってみてください。

「見上げてごらん 夜の星を ボクらのように 名もない星が ささやかな 幸せを願ってる。手をつなごうボクと 追いかけよう夢を 二人なら 苦しくなんかないさ。見上げてごらん 夜の星を 小さな星の 小さな光が ささやかな幸せを うたってる。ささやかな幸せを祈ってる」。

広告主はサントリーです。商品の名前は出てきません。ただSUNTORYというロゴが出るだけ。サントリーの企業文化か。

この二つの曲。いずれも1960年代に作られたものです。何をうたったか。日本が高度経済成長に向けてまっしぐらに歩んでいた時。金の卵と言われて、東北地方から多くの若者が東京に集団就職しました。定時制高校に通いながら東京の中小企業で働き、高度成長を支えてきました。担ってきました。時々、彼らは故郷を想ったことでしょう。そんな彼らの心の支えになれば。この曲のモチーフです。大ヒットしました。

それから50年後。この大震災。東北人を激励するには一番いい曲かと。一世を風靡したサントリー宣伝部。多くの文人、文化人を輩出したサントリー宣伝部。伝説の企業文化。今は亡き佐治敬三という優れたトップが作りだした・・・。

この曲に込められてメッセージは伝わる。それに比べて・・・
いや、今日はもう余計なことは言うまい。この青空を不機嫌にさせたくないから。

ソフトバンクのホワイト犬もいいですね。窓辺でじっと悲しい表情で夜空の星を見上げてる・・・・。あの犬の目が人間の悲しみや苦しみを全部掬い取ってくれるような。

2011年4月16日土曜日

すべてはあの「言葉」から始まった

「ただちに健康に被害を及ぼすものではありません」。枝野が言う。「念のため」という。外出を控えろ、水は飲むな、マスクをしろ、帽子をかぶれ、肌を露出させるな・・・。

「ただちに」とはどういう意味か、将来はどうなるのか。記者の質問に枝野の答えは要を得ない。菅も同じ。今のところと政府は言う。じゃ、今のところっていつ?明日は?。素朴な疑問が次々と沸く。

政権中枢のあやふやな表現、言葉づかい。これが、すべからく国民の不安を煽った。その言動力の軽さ、貧困さ。人災の第二次。政府による「口害」と。第一次人災はいわずもがな。初動ミス。災害を拡大させた。決断力の無さ。見通しの甘さ、己への過信、国民不在、自己顕示・・・・。枚挙にいとまなし。

ただちに。その「解答」は未だ示されず。テレビで池上某がなにやらただちにの意味を解説する。何を言っているのか判然とせず。

ただちに。この表現が風評被害を産んだ。風評被害はさらなる被害を産んだ。差別、偏見、いじめを産んだ。

根拠のない放射能への恐怖だけが喧伝される。

“汚染”された野菜や魚を一年間食べ続けても、通常、大気から浴びる放射能の4分の一だという。じゃ、通常値にそれがプラスされて時はどうなのか。それも「ただちに影響はない」か。だから外出を控えてとなるのか。わからない。だって言ってる本人だってわかってないはず。

原発に関して言えば、今、政府のやることは、きめ細かい大気や土壌汚染の調査を早急に実施して、まともな学者・専門家の意見を真摯に聞き、許容範囲一杯のちゃんとした基準を、納得できる基準を明示すること。各自治体と協議して、何をどうしたらいけないのか、いいのかをはっきりさせること。単なる退避命令だけじゃ事は収まらない。

家の裏の田圃では作付のための作業が始まった。きっとまた美しい稲穂が実るだろう。収穫された暁。それが市場に出回ること可能なりや。
補償すればそれですむというものではない。

暫定とは、とりあえずという意味である。腰だめの物である。未だに暫定基準値なるものに拘泥してるのはいかなる理由か。誰も決められないからか。

言葉の使い方にしても、すべての決めごとにしても、後から指弾されないことを考えた卑怯な言い回しややり方。責任回避に未だ終始してる、政権、政府、東電・・・。逃げ腰になっている人のもとには民の声は届かないのか。

この国の民は、いま、おそらく何も信じれらなくなっているだろう。権威、権力に対して。信無くば立たず。

為政者たちよ、その立場に立っている人たちよ。すべてをかけて願う。信じるに足る言葉を発してくれ。己の今置かれた立場での為すことを、為すべきことを、為してはいけないことを自覚してくれ。少しでも信じるに足る言葉が発せらる事を。

2011年4月15日金曜日

この国の姿 その19

震災が発生し、原発が大事故を起こし。通信環境が復活してから、時折は目先を変えているものの、この国の姿という題名で日々綴ってきました。もちろん、これからも綴っていきます。「この国の姿」。もちろん司馬遼太郎の「この国のかたち」を摸したものです。司馬遼太郎は、彼が書いた時代を、その土地の歴史などをまじえながら日本という国のかたちを的確な目線で見ていた。

亭主の目線はやぶにらみ。ただ、「姿」としたのは、人間模様を語りたかったから。この国とは、ニッポンという国の事を指している場合もあり、自分たちが住んでいる土地でもあり、町でもあり、家庭でもある・・・。「この国」という表現にいささか揶揄的意味合いが込められているとすれば、まさにその通り。

今、この国を統治している人達は、日本という国を統治しているに非ず。

「しばりょう以来、我が国を「この国」という言い方が流行ってますが、好きくないです」。ツイッターに書き込まれていました。書いた人はもちろんわかっています。別にこの国って言い方が流行ってるとは思ってもいないけど。
好きくないです。これって日本語じゃない。若者言葉としてはあるだろうけど。正しい日本語を伝えていかねばならない年代の人が、こんな言葉遣いを平然としてしていること。それこそが「この国の姿」の典型かと。

原発周辺、10年、20年は住めない。菅が言ったとか言ってないとか。ばかばかしいにも程がある。震災後東日本は壊滅すると言った人、それがいつか、東は東でも東電にすり替えられて。

「私が言ったのではない」。そう菅は言ったという。それじゃそうしよう。ならば、なんでそれを言った人を諫めなかったのか。叱責しなかったのか。うなずいたのなら言ったも同然。語るに落ちるってことか。

思いつきとしか言えないような指示を繰り出す菅。思いつきのようにいろんな組織を立ち上げ、なにも機能してない政府・官邸。やたらと参与なるもの任命し、役に立ってない人事。
参与とは、言ってみれば”お傍用人”。都合のいいことばかり耳に入れ、菅に安心材料を与え、人心を惑わす奴らとしか思えない。

言葉の重み、言葉の意味、言葉の影響・・・。かつて日本の宰相は一語一語言葉を噛みしめ、それの意味を考えながら物を言った。いま、この国の宰相と言われている人は、軽い言葉をくりだすことしか知らない。

まさのこの国の姿である。

復興構想会議なるものが発足。”箱庭造り”を述べた菅。原発問題は除外してと言った。今、この国で人心が荒廃し、何百年かかっても取り戻されないような人災を起こしている元は原発。原発事故に対処出来なかった菅の力量。出席者からは原発外しに異論が出たという。当然。
しかし、なんかこころもとない会議のメンバー。顧問かなんかの梅原猛さんが言ったという。「天災、人災に加えて文明災だと」。「原発が人間の生活を豊かにし、便利にする、その文明が今裁かれている」と。せめてもの救い。

哲学者よ、宗教家よ、文学者よ。もっと、もっとこの国の今を語りなさい。「こころ」を語って欲しい。今、この国の人々は生きる指標を道標を失いかけているのだから。

2011年4月14日木曜日

この国の姿 その18

これは立派な犯罪行為である。

原発10キロ圏内から避難し、千葉県の小学校に入った子。その子を「放射能がうつる~、怖い~」と言って、その学校の子ども達がなじったという。いじめたという。いじめた子供を責める気は毛頭無い。親である。親が家庭で怖いだの、移るだのと言っているのを聞いた子供は素直に口にし、行動したものと思う。

有る意味、予想された出来事。学校や教育委員会は「今後。こどもたちをちゃんと指導していく」と言う。違う。指導するのは親。大人達。

川崎市では福島県から搬入されたガレキの焼却処分に市民団体や都民まで交じって反対運動を展開中とか。放射能汚染物質だからと。

無知にも程がある。そして、無知なるものほど声が大きい。

株の取引では風説の流布という罪名がある。風評、噂、思い込み、デマ。これらも風説の流布。罰する法律はない。無ければ作るべき。

すべからく、既存の法律でこの国難は乗り切れない。政局には敢えて触れないが、既存の上に立っている限り、この難局は乗り切れない。

この二件、氷山の一角かも。まだまだ出てくる。

またもACのCM流れている。あまりにも空しい。

ガレキ。それはつい先日まで、人々が日々の生活を営んでいた場所。柱には人々の息吹や日常が染みこんでいる。家族の歴史がある。ガレキという一言で括ることへの違和感。悔しさ。

飯舘村で、102歳の老人が自殺した。先日は須賀川でキャベツ農家の主が。自殺者はもっと出る。

避難問題や摂取制限、出荷制限。すべて責任回避をしたいとする政府の、菅政権の「未必の故意」による殺人。

子を持つ親はイジメを懸念して県外避難を躊躇する。すでに避難した人達の思いは・・・。

千葉の人も神奈川の人も。年に一回、自らの健康に気遣って人間ドッグに行く。そこで必ず胸部X線検査をやる。結果「異常なし」。嬉々として家路につく。いま、原発敷地内や一部地域を除いて、限定的地域を除いて、福島県の空を覆っている放射線物質の量は、X線検査の何百分の一か、何千分の一にしか過ぎない。

2011年4月13日水曜日

この国の姿 その17

事務所の近所に住んでいるおばさん。金持ちで暇を持てあましておる。そして恐がり・・・。毎日、新聞を見て、テレビ見て、週刊誌買い込んで来て”情報通”になっている。
放射能に怯えながら帽子かぶって、大きなマスクして近所の喫茶店へ。週刊誌で得た、まったく事実や真実とかけ離れた奇想天外のような”記事”を吹聴する・・・。居合わせた人は街の噂として、口コミで喋りはじめる。どっか人のいるところに行って。おどろおどろしい風評、いや、嘘が”拡散”されていく。

テレビに出ていた、しかもNHKに出ていた解説委員か専門家か。ツイッターが災害時には大活躍した、もっと利用すべきだと言っていた。
たしかに、ツイッターにはマスメディアが伝えないような細かい情報や現場の状況も書かれている。逆にとんでもない嘘、デマがまき散らされている。あれを信じれば福島県民の死者は何百人にもなっている。町の一つや二つ消えている。避難所は機能しなくなっている。
大きな地震がくれば、電気が止まればパソコンもケータイも機能しなくなる。それを使えという専門家。
ツイッター。まさに諸刃の剣である。それは便利と恐怖をもたらす原発にあまりにも酷似している。

福島にくる新聞、中央紙は東京では、ほぼ、夕刊にあたる。今朝の中央紙の見出し。「福島原発事故、最悪レベル7。チェルノブイリ級に」。各紙とも最悪、最悪。発表直後にたたき込んだ記事なのか。書いている記者も興奮している、舞い上がっている。そう見える。
東京の今日の朝刊。はげしくトーンダウン。政府は後追い会見。実態ではなく数字の上での評価と。もう遅い。

放射性物質から新しい物が出た。テレビでアナウンサーが興奮気味に言う。新聞後追い。ベタ記事。本文最後にある。健康に影響ないと。最早遅い。不安は増幅されている。

今、この国に一番必要なもの。冷静な気持ち。人心の安定。

みんながいろめきたって、興奮して騒いでも、怯えてもなんの解決にもならないのに。メディアに求められるのは冷静な報道。きちんとした報道。一番先に目に入る見出しの作り方。

今、「メディア力」が求められている。メディアの正念場。

数日前、知り合いの結婚式があって東京に行って来た人の話。「東京の
人にとっては東北の事は他人事のようだった」と。そんな人達もいる。しかし、街頭で募金を呼びかける若者がいる。福島県産の野菜を販売すると列を作って買っていってくれる人達もいる。めげないでねって声をかけて・・・。

団結すれば乗り切れる。一人じゃないよ。みんな仲間だよ。相変わらずACは垂れ流されている。殆どの被災者はこんな言葉の虚しさに気づいている。テレビへの不信感が増す。

明治の海国以来、日本人は基本的には舶来崇拝主義者になった。外国が言っているんだから。それがまともだと信じている。
80キロ圏退避。アメリカがアナウンスしてから日本人はパニックになった。その後修正。30キロは適切な判断だったと言っても、もうそれを聞く耳を持たなくなっている。国外への脱出も相次いだ。アメリカという”権威”に弱い国民。

福島県民、只今漂流中。あらゆる情報の洪水の中で。大雨の中で。
一つなんだろうか、つながっているんだろうか。いや、そういう人達もいる。同じ境遇にある人達だけは。

2011年4月12日火曜日

最大不幸社会になった

菅は政権発足の時になんと言ったか。「最小不幸社会の実現」なんて大見得切りやがった。

彼のやっていること、言うこと全てが「最大不幸社会」の到来を招いているような。菅がその立場にいることによる国民生活の混乱と、彼がリーダーの地位を降りた時におこる政局の混乱と、どちらがこの国難の時期にかなった選択なのか。迷っている。

最近、一部新聞は主語に「政府」という言葉を使わなくなった。「菅首相は」という表現もしなくなった。彼個人の発言以外には。「菅政権は」と書き出す。これの意味しているところは・・・・。

原発問題。泥縄、後手後手、右往左往、思いつき・・・。どんな言葉をもってあてればいいのか、その対処方針なるもの。

保身に身をやつす哀れな政治家としか見えない。

原発避難問題。きのうの枝野の発表。噴飯もの。「計画的退避区域」を設ける。そこに30キロ圏外の飯舘・葛尾・川俣の一部、南相馬の一部を当てるという。どこがどうなるのか全くはっきりしない発表。枝野は言う。「一部報道にもれたから詳細を詰めないうちに発表しました」。一部報道のせいにする。責任転嫁。内容不明な「緊急時退避準備区域」。そこには学校は存在しない。なんだい、こりゃ。人の営みがわかってやってることかい。

屋内退避区域からいわき市をはずすことは言わない、忘れている。記者から質問あって、あ、っと認める。無知。とってつけたように言う。解除しますって。これまでの風評被害の責任については、言及無しだし。

累積の放射線量を計算して・・・・。なにを今更。地形みれば一目瞭然。それをこれまで指摘してこなかった、解説もしてこなかった気象屋さん達はなんなんだい。チャラチャラ明日の天気なんて言ってればいいのかい。気象庁だって、気象学者だって同じ。

一ヶ月以内に。じゃ、どこへどうして行けばいいんだよ。人間だけじゃない。家畜もいるんだよ。大事な牛だっているんだよ。こころのよりどころなんだよ。せめて避難先は方法まで十分話し合って決めてから言えよ。

住民から非難される自治体。だって無理だよ、答えられないよ。一方的なお国の指示。

場所も現場も、状況も何も知らないで、数字を根拠に民族大移動を命ずる政府。いや、菅政権。

これはね、こうやっておかないと国際的な非難を浴びるから。自国民よりも海外の評価を気にした判断じゃないかと。責任逃れ。政府の力及ばずなのになんでも東電に責任転嫁。保安院も安全委員会も。

そしてレベル7に引き上げってって唐突な発表。ま、抜いてた新聞も有ったけど。これだってチェルノブイリと同じ現象が起こるってことじゃ無い。現状の放射性物質の数値の合計。いわば後からやっても足りる評価の話。

海外を気にしての発表。いきなり言われて国民はチェルノブイリの映像思い浮かべ、あんな光景になると恐れおののく。

正確な情報開示といたずらに不安感を煽ることとは違う。今、菅政権がやっているのはいたずらに不安煽ることだけ。

もう誰も信用してないけど、毎日、記者団の前に顔を出してきちんと説明する、明日のやることを示す。ゴメンナサイと謝る。そんな事ぐらい出来るでしょ。やってみたら。菅さん。

福島県選出の国会議員。玄葉くんが枝野に苦言をていしたらしいけど、その他は何を考えてるの。何をしてるの。さっぱり聞こえて来ない。聞いてないのが、知らないのが亭主だけならいいんだけど。

「最大」不幸社会の実現に向けて、思いつきの、あとから指弾されないようにとの保身だけが働いた指示、指示。物言わぬ人達を狙った棄民政策が進行している・・・。

お答え下さい。「健康被害」ってよく言うけど。どういう病気なの、どういう被害なの。漠然とした言い方の健康被害。どの数字になったら、どんな被害になるの。

「健康被害」の前にすでに「精神被害」を蒙っている。疾患になっている。こころ病の方が怖い。

2011年4月11日月曜日

消費者とは誰を指すのか

トマトジュース作っているカゴメとデルモンテが福島の農協に対し、福島県産のトマトは買わないと申し入れたとの記事。

亭主は大のトマトジュース好きです。特にデルモンテが。しかし、きょうからこの二社の製品は買わないことにしました。県産のトマトからあのいい加減な暫定基準値なるものが検出されたわけでもない。なんでもないのに、福島県産というだけで仕入れないとは。

「安全性を担保出来ない。消費者の安全・安心に配慮した」というのが両社の言い分。

福島産。それだけでそんなに消費者って神経質になっているのか。怒りを通り越して馬鹿馬鹿しくなってくる。この企業の倫理観って何なんだろうかて。

放射性物質は検出されていないんですよ。

またしても思う、この「消費者」という化け物の存在、正体。勝手に推測すれば東京以西にいる一大需要者のことなのか。

なんでもかんでも消費者、消費者。後先考えず買い占めに走る人達が消費者か。

消費者って顔が見えない。トマト生産者だって例えばパンは買う。生産者だって、ものによっては消費者。消費者って言う人の旦那は別の食品の生産をしている。

消費者って言葉でくくり、福島って言葉でくくり、国民という名でくくり。

見えない、正体不明の消費者。カゴメやデルモンテが恐れる、はい、放射性物質よりも恐れる消費者って誰?何?

食品の安全、安全。安心、安心。安全神話はすでに崩壊しているんですよ。

テレビでACは相も変わらずパパポンって流し、みんなで支え合ってる、日本人は一つだとバカの一つ覚えのように流している。

テレビから流れてくる言葉の虚ろ。

ACのCMが流れる時間にも様々な”差別”が”偏見”が生まれている国ニッポン。

2011年4月10日日曜日

求めない

作家で画家の加島祥造さんの著作「求めない」。自然の力をタオの力を説く。1923年生まれ。奇しくも関東大震災の起きた年の生まれ。

求めないーすると、簡素な暮らしになる。
求めないーすると、いま、十分に持っていると気づく。
求めないーすると、今持っているものがいきいきとしてくる
求めないーすると、それでも案外生きていけると知る
求めないーすると、キョロキョロしていた自分が可笑しくなる
求めないーすると、ちょと恥ずかしくなるよ、あんなクダラぬ物を求めていた
       のかと。


彼の求めないはもっともっと続きます。

求めないーするともっと大切なものが見えてくる。それはすでに持っている
       ものの中にある。


東日本大震災、原発事故。一か月です。

あらゆることでこの国は大きく変わらなければならない。変わるということは環境や生活を含めて皆それないりにわかっているはず。
でも、個に立ち返った時、かつてあった日常をと思う。普通の生活に戻りたいと思う。当然のこと。だけど変わってしまったのだ。

求めても求められない。手に入らない物がいかに多いか。

一ヶ月間、物資を欲しいと求めた。これからは心の平安を求める時か。

その時に加島祥造のいう「求めない」こころが生きてくるのかも。

求めても求められないもの。ないものねだりより、あるもの探しへの出発。

変わろうとしないメディアは相変わらず。オウム返しにように。「心のこもった、きめ細かい対策が求められています」。なんでもかんでも「求められています」の連呼。ニュースキャスターは必ずそんな定型文で閉める。それで己の使命を果たしたと思っている・・・。

電話あり。これから避難所に行って犬を二匹預かりに行ってきます。飼い主は別の遠くの避難所に行っている子供に会いにいくとか。

犬が何を求めているか。犬の方が「求めない」ことをすでに悟っているのかも。   

2011年4月9日土曜日

暴力団だって・・・

知り合いの地元の暴力団組長から電話がありました。「ちょっと相談にのってくれ」。相談の内容は大体想像がつきます。金の無心じゃありません。

約束の待ち合わせ場所へ。ホテルのロビー。資料片手に待ち構えていた組長。

本題の前にやはり話題は原発問題に。なんたって街に人が出てこない。静かで死んだような繁華街。こりゃ暴力団にとってもまったくもって困ったこと。シノギがあるかどうかは別問題にして。

この組長はなかなかの勉強家。郡山で行われた長崎大学の山下俊一教授らの講演をしっかり聞きに行っていて。「いやあ、安心したよ。あの先生たちの話を聞いて。今の郡山の放射線量、なんら問題ないって。質問に全部答えてくれる。表に洗濯物ほしても大丈夫ですか?、布団干しても大丈夫ですか。答え。布団干したら取り込む時パタパタ叩くでしょ。それでもし放射能が付いていても落ちますよてな具合でね」。「大体俺らは今の放射線の何万倍も今まで浴びてきてるらしい。先生は長崎の被爆二世。説得力あったね。それよりも困ったのは解体したコンクリや鉄材を関東圏の産廃屋が受け取らないこと。どっかの穴掘って埋めるしかないって嘆いてる奴がいる。農作物もそうだ。風評被害で買ってくれない。あはは、地産地消だな」。やけ気味なり。

「大体だな、この福島県選出の国会議員ってあれ以来何してるんだ。某なんて最初に地元に戻ってきて行ったところが大病院の入社式。おめでとうって。バカヤロ!」。

で、依頼の件。震災直後、彼の所属する広域暴力団はすぐさま動いた。群馬。神奈川・静岡などなど。トラックに支援物資満載で郡山へ。13日の未明には避難所に物資搬入したとか。組員数十人の手渡しで。持っていた資料はその物資の詳細。半端な数じゃなかったです。よくもまあこれだけのもの持っていたなって。暴力団抗争に備えての籠城物資じゃなにかいって(爆)。

毛布が500枚。水は五千ケース。その他もろもろ。なんでもかんでもとんでもない数。

なんか勝手な名前で置いて来たらしい。「東京ボランティア協会」とかなんとか。暴力団の差し入れじゃ受け取る方も困るから。

「名前出すとまた世間さまから暴力団の売名行為って言われるからね。大変だよ若い衆は。小指隠すのに全員手袋。寒かったから長袖着てたんで手首の入れ墨は見られずにそんだけど。おろして積み上げるのに5時間かかった。さすがに疲れたね。でよ、一応受け取り貰わないと調達してくれた他県の組に顔が立たない。しかし、役所には言えないし・・・。ま、なんとかなったけど・・・」。ブツブツ。

「で、お願い。近々本部で全国の親分集めた例会あり。そこでお礼を申し上げねばならない。お礼のあいさつ考えてくれや」。

しらねえよ。暴力団に通じるあいさつ文なんて。

そうは言ってみたものの、彼らに避難した人達がいささかなりともお世話になったことも事実。役だったことも事実。

「なんとか考えてきてよ。あとはこっちで業界用語にするから」。あはは、やはり業界用語かい。

これも”ボランティア活動”の一環なのかな(笑)。どうすっぺ。

ま、オバカな役に立たない政治家よりも反社会的勢力の方がいささかまともだったような。そんなお話し。

2011年4月8日金曜日

「本震」と「余震」と

昨夜の余震は凄かったです。寝ようとした矢先の大揺れ。きょうは寝不足。被災地は皆さんもきっと寝ていないでしょう。体育館などに避難されて居る方、大勢の人がいるからさぞ驚かれたでしょう。まだまだ余震ありとか。終息の気配は見せない・・・。

更新のお知らせに書きませんでしたが、トップページの四季逍遥、更新しました。方丈記をもってきたのですが、「おほかたその名残三月ばかりや侍りけむ」と記されています。まだ続くのでしょう。

昔の人はちゃんとわかっている。記している。三陸大津波のことだって。多くの研究費使って、多くの学者集めての地震研究。予知連絡会。それはそれで否定するものでは全くありませんが、古文書の口伝の方が役立つ時もある。近代文明、科学技術を上回る先人の知恵もある・・・。

福島原発。とりあえず異常なしとか。一応安堵。されど・・・。

原発で怖かったのは、怖いのは本震という天災よりも余震と言っていい人災。この人災の凄さ。日々腹が立つことしきりであります。

人の口に戸は立てられないとか、人のうわさも75日とか先人は言い慣わしてきたけれど、今度の風評ばかりは先人の経験を越えているかも。

全く安心感を与えない総理大臣。言質とられないように言辞を弄し、もってまわったようなことを言う官房長官。
その片言隻句に惑い、動き回らされる避難民・・・。現地の人間。

人災と言う名の余震は拡散中。人の心を汚染しながら・・・。

福島県人と言っただけで追い出された居酒屋。いわきナンバーのトラックでは物資搬入してくれるなと言われた運送会社。人災に手立て打てないのが政府。

東電復旧に、被災地支援に、不明者捜索に当たっている自衛隊や警察。車両、機材。建設器機。これらの持ち帰りも当然拒否するんでしょうね。放射能汚染だと言って。心無い一部の都民は。23区立入禁止って、買いだめで太り、綺麗な服着て、バリケードでも張るのかな。一番醜いのがあなたがたの心のバリケード。

いい「余震」も見た。ボランティア。テレビに映る被災地での彼ら、彼女らの動機や活躍ぶりに涙を禁じ得ない。
郡山でも多くのボランティアが活動している。一生懸命に。彼らは皆、明るい。何がそうさせるのか。人のために役立つ。それを為したことにより自然と湧き出る明るさ。それが、また、被災者の心をいくらかでも明るくする。

2011年4月7日木曜日

この国の姿 その16

昔、そう、20年くらい前か。東京電力に那須さんという人がいた。社長や会長を務めた人。仙台出身。なかなかの傑人と言われた。原子力発電所建設が華やかだった頃。

雑誌か新聞の別刷りか。那須さんと当時の朝日新聞の編集委員との対談を読んだ記憶がある。

「我が国には厳然として原子力発電に反対する勢力がいる。その反対勢力に負けたくない。だから絶対に安全な原子力発電所を作っている、作る、そうする」。そんな発言をしていたのを思いだした・・・・。

那須さんの言っていた反対勢力とは、日本社会党のことだったと思う。社会党を支持するグループだったと思う。菅が師事した市川房枝さんは、市民運動家としてどんな立ち位置にいたのか・・・。

反対勢力。やはり必要な存在だったのだ。日本社会党が政界の中で、選挙民によって”抹消”され、厳然たる反対勢力はいなくなった。無くなった。対談を目にしてからしばらくのこと・・・。

日本社会党の役目はマスコミがはたすべきじゃないのか。健全な反対勢力として。そんな事を当時、書いたか喋ってまわっていた事がある。

社会党を支持してもいないし、消えたのは歴史の必然と思うが。

しかし・・・。マスコミからは、新聞論調からは、徐々に原発反対の声が消えて行った。何があったのか。電力量確保という至上命題の前で目をつぶったのか、クリーンエネルギーとして認めはじめたのか。たまに原発に懐疑的な報道はあっても大勢にはならなかった・・・。

多分、多分、国家の大きな枠組みの中に組み込まれていったのかもしれない。民放テレビにとっては大きなスポンサーになっていたし。電力会社が。

そして、こんにちの事態。集中砲火のように東電を責め立てる。原発反対の大キャンペーンを展開しようとしているような。

反対勢力。頼りにならない菅政権。機能しない首相官邸。それに対する反対勢力は自民党か。原発に対して物を言ってこなかった人達。個々人は生身の人間であり、国難を憂いているのだろう。が、永田町という”避難地域”に入ってしまうと党利党略の権力闘争に縛られてしまう国会議員。”反対勢力”を取り込み潰し大連立を模索する菅。

政権延命だ、マニフェストがどうだ。最早そんなことはどうでもいい。それが国家百年の大計を誤らすとも思えず。
政争はアタナ方の日常。東北の、茨城の、千葉の・・・。民草は日常を無くした。住まいも無くし、飢えにも苦しみ、一滴の水にも苦しんでいる。無策の政治によって命が失われ、脅かされている。自然の草木も農作物も牛も・・・。

2011年4月6日水曜日

この国の姿 その15

「これって泣ける」。友人がツイッターで紹介している”サイト”。開いてみたらYAHOO知恵袋。「福島県に住んでいます」という質問と言うか投稿というか福島を見捨てないで。また来てくださいという趣旨の投稿。

ツイッターで知った時、携帯からのアクセスだったので字が読みづらくあとでパソコンで・・・。と思ってなんとなく見ていたら、なんと当店のご常連さまの名前発見!!

あとでパソコンでと思っていて・・・・。さっき開けたら驚き。「解答」の多い事、多い事。お客様の書き込みまでたどり着けません。「解答」のほとんどは激励とまた行くよ~~のメッセージ。みなさん真面目な答え。
1分おきに書き込まれている。とてもじゃないが総数把握できない・・・。

ありがたいです。ネットの凄さ。

かたや噂まきちらし、罵詈雑言浴びせかけるサイト。特に2チャンネル。2チャンネル族ってどんな人達なんだろう。怖い。これもネットの姿。

被災直後に活躍したのはツイッターです。ツイッター活用しましょう。呼びかけるテレビ。でもね、どれだけの人がツイッター使えているの?

便利そうなものを教えればそれで事足れりとしているかのようなテレビ。ツイッターだって内容は真偽取り混ぜ。真面目に全部、リツイートまで真剣に読んでいたら頭の中は混乱の極致になること必定。

原発を杞憂するものにとってはリテラシー能力がややひび割れている感あり。

安心な情報の方になびいて束の間の精神的安静をもとめるか。危機感訴える方になびいて恐れおののくか。

どっちにしろツイッターを情報源にというマスコミの話題作りはおかしい。使えない、使い方知らない人の方が多いはず。

放射線情報、汚染情報。国や県のホームページでとこれまた新聞、テレビは”告知”する。パソコンなんて触ったことない年寄り多数。インフラ壊されパソコン機能しないとこもまだまだあり。

避難所には無料のパソコン置いてある。使っているのは若者。緊急連絡とも思えず。災害情報、放射能情報に見入っているとも思えず。

あらゆる行政機関さま。ホームページで公開しましたって言ってそれで責任を果たしたことにはなりませんよ。それで事足れり、情報はちゃんと発信してますというなら、新たな難民を生む。「情報難民」を。

ネットの功罪か。

昔、我が家に下宿していた人から「慰問」の品が届けられてきました。電話では生活物資は大丈夫と言ったのですが。横浜方面在住の子。水とお菓子を。

「原発の報道を見る度に辛くて胸が痛くなります。お菓子は一日も早く鳩が飛べるような平和な空になるように祈って鎌倉の鳩サブレを」と手書きの手紙添えられていました・・・・。

2011年4月5日火曜日

♪川の流れのように♪

原発20キロから30キロ圏内の人達が避難所にしているビッグパレット。

友人のフルート奏者、佐藤眞人さんの慰問コンサートをやってきました。
段ボールで囲まれた居住空間。その隙間の中で。

数曲演奏。その後リクエスト。配った紙に書かれた数曲。演奏に興味を持った方々からリクエストの声が。

「川のながれのようにをお願い」。吹きます。知らず知らずに歌声になって。
「この道」。すすり泣きの声が聞こえてきます。段ボールの陰から。

次々とリクエストの声が・・・・。

佐藤眞人さん、およそ一時間心をこめての演奏だったと。

音楽の力、避難所生活の人達にいささかなりともお役に立てたか。

「また来ます」「是非お願いします」。

いつ終わるのか見当もつかない不便で耐えがたいような日々。音楽に合わせた手拍子が、力強く感じられる。

避難所の人たちから何かを分けてもらったような気持ちになる。

一率に円を書いて避難させた菅のバカヤロ~~~。そう彼らは言わない。

こんな生活を強いている東電のバカヤロ~~。そうも言わない。

束の間の憩いに心と身をゆだねている・・・。

長い音楽家としても初めての体験。眞人くん。また、やるぞと気を引き締めていました。それがボクに出来ることと。

やがて皆さんが富岡や川内に帰ったら、そっちに伺ってコンサートやりますから。

大きな拍手をもらってきました。

人災。川の流れのようにと受け入れるわけにはいかず。数週間前なら、NHKの夜8時。歌謡コンサートを家のテレビで楽しそうにみていた人達・・・。

2011年4月4日月曜日

嘘とデマと批判と

事務所に来ました。通常にならないと。先週片付けた、片付けて貰ったのでなんとか居心地良し。やることは多々あり。

ポストは満杯でした。安否を気遣ってくれる元部下の名刺も。ありがとう。

きのうも書いたけど、嘘とデマ、ま、同じようなものだけど、ちと違うのはデマは蔓延するってことか。嘘っていうのは隠すことか。デマの蔓延にあらためて驚かされています。

新聞やテレビ、ネット、ツイッター。一応目を通すだけで疲れて疲れて。おびただしい原発関連の”情報”。

原発のことは原発に聞けってわけじゃないけれど、専門家の話に耳を傾ける、目を凝らすしかない。その専門家があてにならないってなったらどうする。毎回とっかえひっかえでテレビに出てくる専門家。誰が信用出来る人か。新聞には「原子力問題に詳しい・・だれそれさん」ってクレジット。詳しいってどういう意味なの。

テレビに出ている東大の先生。安全を言って人心をいささか落ち着けようと。すかさずネットやツイッターで中傷。東電から年間5億円の研究費もらってる奴のいうこと信用するなって。

きのうわかった東電下請け社員の死亡事故。地震当時から行方不明。やっと先日発見。津波のせいだと東電発表。これめぐっての噂、デマはひどかった。この二人は現場から逃走して郡山で酒飲んでいたと。ネタもとはゴシップ専門の某ネットサイト。それに悪乗りしたのがなんとかというすぐ怒鳴るコラムニスト。「噂ですが、信用できる噂です」と拡散したらしい。これにはツイッター族も辟易。テレビタックルのセミ常連。たけしさん、彼に番組の中で聞いてよ。事の顛末を。今朝も彼はどっかの番組に出てまるで原発評論家、専門家のような顔して、口調で喋りまくっていたけれど。

誰でも出演させて、誰にでも勝手に喋らせればいいというもんじゃない。メディアのリテラシーが問われている。この話、大手全国紙の記事も関係してる。

彼らに言わせれば多分、東電が今更言うのはそれこそ隠蔽。郡山から戻って来たところを・・・・なんて話つくるかも。怖い、怖い、怖い。

郡山発のネタもと、いささかわかなくもないのですが。この際止めましょう。訳知り顔の素人論議は。

っていうと東電や政府の情報開示が遅いからとか、隠蔽だらけって返ってくる返事は想定内だけど。

メディアの東電批判。たしかに誰がみててもきいてても東電の対処はおかしい。怒りを覚える。週刊誌などは凄い。でも、今、この時期。福島県民が一番望んでいるのは批判より収束。終息。デマと嘘と批判記事、報道に振り回され翻弄され生活をおぼやかされている日本人である福島県民。

当地に足を踏み入れて実際に現場を見た人と東京で騒いで入るだけの人の温度差。

東電に今やって欲しいこと。収束。批判の嵐の中ではみんな萎縮する。萎縮した気持ちでは事は前に進まない。嘘でもいいから東電の、特に現場で過酷な環境の中で働いている人達にはエールを送ろう。励まそう。今、この時点で、批判、非難、恨み節いってもなんの解決にもならない。批判や検証はいつでも出来る。しかも冷静に。

専門家さん、お願い。事象の解説だけでなく今後の方途についても知見を述べてくださいよ。

菅の視察に同行した原子力安全委員会の斑目委員長は「原発は安全です」と断言した。菅はそれに乗った。委員長はあとから「不明を恥じる」と釈明した。菅は別の学者に頼った。何を得られたのか学習したのかわからないが。

これから行って来ます。風評被害で廃業に追い込まれた老舗旅館の経営者を慰めに。何の役にも立てないと思うけど・・・。

2011年4月3日日曜日

複合汚染

昭和の時代にベストセラーになった有吉佐和子の小説の題名。複合汚染という名前を思い出しています。

原発事故。きょうも確たる”進展”などのニュース無し。東電敷地内の放射線量はかなりのものと。

大気に海水に土壌に排出された放射性物質汚染。大気の汚染は、目に見えない汚染は、人の心も汚染して行っています。公害ならぬ口害。

まさに頭脳の中までが犯されてしまったような。

新聞からテレビからネットからツイッターから。流される情報は真偽取り混ぜ。何を信じればいいのか。安心を訴える学者いれば、最悪だという学者もいる。

おもしろおかしく揶揄する人もいる・・・。

人々の善意は列島に広がり、一つになろうと呼び掛ける。一つになっているのか。心が善意がひとつであることを祈りたい。

善意を語り詐欺まがいの行為を働くやからもいる。

善意を届けたい、送りたいと思ってもままならない人もいる。

安全な不安の無い場所に身をおいて危険を論じる人たちがいる。危険を承知で現場に、より近いところに身を置き、実態を伝えようとしている人たちもいる。

何を根拠としているのか。海外メディアのヒステリックな報道。その通りならとっくに日本列島は汚染されめくり沈没してるはず。どっこい。おいらは皆生きている。日本は隠している、海外メディアが真実を伝えている。そう思い込んでいる“信奉者”もいる。

この国に来て恩恵に浴したにもかかわらず、我先に母国や他国に脱出する外国人の群れ。お世話になった日本を離れるわけにはいかない。そう言って介護に尽くす外国人の若い女性もいる。

日本のメディアもそうだけれど日本に駐在している海外メディアの方々。お願い、過剰な根も葉もない報道はしないで。日本のソースを見極めて。際物報道やめて。

ここ数日、メディアの報道ぶりはいささか冷静さを取り戻してきたかのよう。もっともっと冷静に。一事。一事に過剰反応しないで。

複合汚染。それをいくらかでも取り除けるのはアナタ達の力。メディアが今何をできるか。何をすべきか。アナタ達は余りにも大きな力を持ちすぎた。

その力のすべてを、民草の安寧の方向に向かえるように使って欲しい。

この東日本大震災によって、この国の姿は大きく変わる。もはや3・11前の日本は何処にも存在しない。しかし、存在していると思っている人たちがいる。旧態依然。今はもうそんな時期ではないはず。

2011年4月2日土曜日

倚りかからず

もはや
いかなる権威にも倚(よ)りかかりたくない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足で立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ

茨木のり子さんの詩。昨年亡くなった。彼女の卓越した、研ぎ澄まされた感性は、今の、この国を詠んでいるかのような。

人災であることが明々白々になった東電の原発事故。いまだ汚染された大気を吸って死んだ人は出ていない。放射性物質によって死者は出ていない。
しかしー。人の口から排出された言葉は人を殺す。殺す一歩手前まで行く。例えその言葉が善意から発せられたものだとしても、ちょっとしたミズが命取りにもなりかねない。

原子力の権威。IAEA。国際原子力機関。飯舘村の土壌汚染が国際基準値を避難基準の2倍にあたると発表した。先日。きのう訂正。土壌15サンプルを分析した結果7メガベクレルだったと。基準は10メガベクレル。

飯舘村の酪農家や野菜農家は真剣に自殺を考えたという。そう言って来た。村長の「村はおれが守る」と言った一言で思いとどまったという。
NHKに声で出演した村長は「NHKさんはじめテレビ局の人は冷静に伝えてください」と訴えた。NHKの夜9時のキャスターはしどろもどろのスタジオ。

IAEAの発表。鬼の首でも取っような大きな報道、扱い。そして訂正。繰り返す。IAEAは国際的な原子力の権威である。

天栄村の牛から基準値を超える放射性要素が見つかったと、これまた、大々的に報じる。天栄村は原発から100キロ近く離れた南西部。どう考えても放射性物質が飛散していく地域ではない。肉を採取した日にちと水素爆発で放射線がまき散らされた日との関連性が無い。少なくとも福島県の地図さえみればわかること。

国民の健康を扱う国家の権威、厚生労働省の発表。疑いもせずに飛びつき報道するメディア。小さな村としては死活問題。
翌日、厚生労働省は数値訂正。問題無しと。調査ミスを指摘する、結果を報道するマスコミの扱いのなんと小さく少ないことか。

天栄村の農産物は危険。第一報はすでに日本中に拡散されてしまっている。兼子村長は政府に抗議した。それを報じる紙面。ベタの数行・・・。

何を信じればいいのか。疑心暗鬼に陥った国家。
茨木のり子さんの声が聞こえてくるようだ。

いかなる権威にも倚りかかりたくはない。

菅が被災地を視察した。ヘリで来てヘリで帰り。避難所の被災者の女性の声。「来るのはいいけど、なんで会場を綺麗にしてください、とか、車を整理してくださいとかいうの。なんで、この大変な時に体裁をつくらなければいけないの、ふに落ちない」。

この女性の声が茨木のり子さんの声のように聞こえた。

大地震大津波から三週間後。自衛隊と米軍との大がかりな捜索。気仙沼沖で漂流物に乗っていた犬が救助された。

犬が倚りかかっていたのは椅子の背もたれならぬ屋根だった。4本の足でしっかり立って。波間に漂いながら・・・・。

2011年4月1日金曜日

この国の姿 その14

大震災から早3週間。そして今日からは四月。郡山も暖かい気温です。節電にはもってこい。
まだ余波は衰えず。ようやく復興の動きが見えてきたところもあれば全く手つかずのところも。原発は長引く気配。不安感を抱えたままの手近な日常の取り戻し。悪夢のような三週間の記憶は消せそうにもありませんが。相変わらずの風評被害は増える一方だし。

そんな中、テレビもいささか日常というか通常に戻ってきたようです。テレビ界恒例の4月改変。番組によっては出演者が「お別れ」の挨拶しているものもありますが、さて来週からどんな番組が登場するのか皆目見当もつかない。

テレビ局もかなり神経は使っているようです。時宜にかなわない番組は放送しないとか。しかしーーーふざけんなって番組も登場している。ドラマやバラエティー含めて。

替っていないのが民放のAC。旧公共広告機構。相変わらず。いくらか素材は差しかえたようですが、あの大量投下、もう鼻についている。内容もくらだないの一語。マナーを守ろうって節電編。携帯の無駄な通話やメールやめよう。あまりにもばかばかしく思え。なくならない「まほうのことばでたのしい仲間が・・・」。あれが流れてくると血圧上がりストレス倍加するって人多数。亭主も散々文句いったのですが。あらたまる気配薄い。

企業のCM自粛。どんな企業のどんなCMが可か否か。選別、考査難しいとこでしょうが番組復活とともにCMも復活させたらいかが。

このAC。もちろん新聞やテレビの役員さんも理事などという肩書で名を連ねている特例社団法人、会員社が運営。監督官庁は経済産業省。そして理事の中には東京電力はじめ各電力会社の役員さんも。

本編を伸ばすわけにもいかず。CM枠は確保しておかなければならず。民放各社苦渋の選択でしょうが各局ほとんど横並び。

とにかく嫌なんです。あの、ぽぽぽぽ~ん。そして元気出そうとかなんとかいうタレントさん達も。ほとんどメッセージ性が無い。

デマに惑わされないようにしよう。買占めはやめよう。もちろん正論。でもね、デマの元って、テレビで心無い人がまことしやかに言った一言が“発信元”になっていたり。買占め煽ったのもテレビの報道姿勢。

ACはもともとお金にはならず。民放の減収は大変なもの。キー局一つ当たりおおよそいままでで20億円弱。取材費というコストは大量にかかっていることだし。どうなる民放経営・・・。
コストはかからないけど広告代理店も大変。大手でも。中小はつぶれますよ。

やみくもに番組復活、CM復活とはいいませんが、ある程度、この広告産業も復活させないと、お金を回さないと、通常の経済活動の停滞以上にダメージ大きくなる。負の連鎖が続く。ローカル局だって大変だと思いますよ。

そして、未だ尚数十万人の人が飢えとか寒さとか不便さとかと闘っている。被災地、その映像を流しても、それを見ることがかなわない人も大勢。誰のために何にためにの放送か。自問する放送人もいる。

加えて7月に迫った完全デジタル化。被災地にはもはや無縁の話し。買い替え無理。他方では使えるアナログテレビ受像機が捨てられている。アナログ放送を続けなさい。被災地や避難所に使わなくなったアナログテレビを持って行きなさい。こんな議論もなりたってくる。しかし、サイマル放送を続ける体力は地方局には無い・・・・。

「情報」を取り巻く環境は多くの矛盾とジレンマを抱えている。