2011年12月20日火曜日

報道の違和感。あらためて・・・

北朝鮮の金正日総書記が死去。たしかに昨日の報道には驚きました。
で、それを伝える日本の、諸外国のメディア。あの行方不明が懸念とか言われていたおばちゃんアナウンサーの御尊顔久々拝見。そのアナウンスで死去を知った。「列車の中で〝病死“と」。

さ、それからの映像。朝鮮中央テレビの映像。〝号泣“する市民や軍人。どっかの部屋の中。金日正の銅像の前で整列して号泣する人たちの映像。

全部が全部、朝鮮中央テレビの「引用」でしょ。どうみてもあの泣き叫ぶ映像は「演出」としか映らない。新聞の写真だって然り。朝鮮日報のものか。

そりゃ仕方ないですよ。外国人の報道陣はいないのだから。だったらせめて号泣映像に「朝鮮中央テレビより」ぐらいのキャプション入れてよね。出所不明の映像って嫌だ。

そんなこんな、北朝鮮を伝える報道にいつもつきまとう違和感。そこにある「テレビ」を利用した演出。

そしてスタジオに紙面に〝参加“した事情通。政治家、外交官、学者・・・。
みんな、わかってないのにわかったことを言う。訳知り顔での解説だらけ。

きょうもそれは続いています。病死という報道にはついつけてしまいたくなる“”かっこ。

報道の違和感。一番違和感があったのが原発事故一時帰宅の光景。例えば川内村。あの頃郡山の避難所は1,2マイクロシーベルトくらい。川内村は0,4くらい。

村の「体育館」に集められて、大仰にタイベックススーツ着せられ、ビニール袋一つ持たされ「帰宅」。レポーターは「決死行」を真顔で喋る。
あのスーツ、防御服。放射線を防護しません。せいぜい汚れ落とし程度のもの。

郡山ではTシャツ一枚で暮らしていて家に帰るときには完全防備。保安院なのか、東電なのか、県か国なのか。完全防備の指示出したのは。テレビ映り、写真に写ることを想定しての完全な「演出」だった。住民はそれに乗せられただけ。ご丁寧に体育館に帰ってきたら全員「放射線量測定」。出るわけないでしょ。高い数値が。

この異形、異相をどのメディアも言及しない。遠くに住む人たちはその格好見ただけで「凄い、やばい」ということになる。

はい、今は川内村に関してはみなさん適宜用事がある時は普通の恰好で帰っています。ただ、何にも無くなった生活手段。帰れないだけ。住めないだけ。

原発に関して政府や東電が隠している、何か裏があるって書くのなら、自分たちが取材しているそのものに「隠された意図」があるのではないかとくらい思ってみたらどうだろう。ありのままがいい。当然です。だったら北朝鮮を放映する映像には出所を明記しましょうよ。

金親子の出生の秘密だとか、謎のベールの覆われれた国の素顔だとか、瀬戸際外交が得意だとか。隠されたものを知りたがるのは人間の常ではあるけれど。

しばらくは北朝鮮報道の「違和感」とお付き合いってことでしょうか。

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