2013年3月3日日曜日

終の棲家

ついのすみか、終の棲家とも書くし、終の住み家とも書く。要は一生、人生の終焉を迎えるまで住む家のことと。

3・11まであと8日。こんな書き出しで、ここしばらくは書くことになるのだろうか。どことなく定型文のような気もするのだが。

新聞、テレビは、例によって、3・11に合わせての企画や特集を始めている。例えばそれが、被災者一人一人の、今語るあの日のことであったり、今の思いであったり、さまざまではあるのだが。

「風化」という言葉が好まれる。風化させないために伝えるのが使命だとも言う。まさにその通り。しかし、それは、何かの節目に合わせてのことではなく、極論のようだが、毎日のことでなくてはならないのだとも思うのだが。

人間社会っていうのは、あらゆることが節目、節目に合わせて行われているのだから。

終の棲家、人間誰しもそれを求めるもの。例えばそれが山中の寓居であろうとも。
そして、それを求めながらも、それが叶わぬ人たちの居ると言う事。
都会にあっては、その片隅で、ホームレスという人がおり、ドヤ街があり、また、住む家を持たない人達もいるという現実の中にあっても。

一人一人の声を聞くと言うことは不可能であり、勢い、伝えられることをもとにしての話になるが、一括りと言われるだろうが、被災地では多くの人が、そう思って建てた、住んでいた「終の棲家」が失われた。追われた。

だれしも仮設はあくまで仮設。終の棲家を求めている。公営復興住宅が建てられ始めている。考えられないくらいの遅々とした動きの中で。

多くの東北人は思う。終の棲家で、先祖と一緒に住みたいと。亡くなった家族と一緒に住みたいと。

家とは何か。それは、人にとっての出発点であり終点でもある。朝、行ってきますと声をかけ、ただ今と言って帰ってくる日常の在り方も含めて。

多分、“異郷の地”で終焉を迎える人が、もっともっと増えるだろう。「仮」の場所で。3・11以前にあった終の棲家はもうあり得ない。そんな人たちの群れ。

新たにそれを求めるのか、叶わぬ願望をいだき続けるのか。2年と言う節目の大きな課題。それぞれの人の生き様。
そして、相変わらず、コミュニティー論が「正論」として語られている。

終の棲家について、決断をしなければならない時期に来ているのかもしれない。

経済成長を求め、スピードを良しとしてきた日本人の価値観を揺さぶった3・11。そのスピードは否定しながらも、“復興”ということでは、可能な限りでの終の棲家が求められるなら、それのスピードは求められて然るべき。

必要なスピードと必要でなかった、必要でないスピードの“仕分け”。

昔、高度成長の真っただ中、こんなコピーが流行っていた。
「狭い日本、そんなに急いで何処へ行く」。

福島の地が汚染されて怖いと言って、何処まで行けば、その“怖さ”から逃れられるのか。行き詰まり。狭いんだもん。前には海しかないんだもん。

その「狭い日本」の中にあっても「急いで」行かねばならないことの一つが“終の棲家”論。

雀が巣を作るように、そこから出て、そこに戻ってくる場所。それは巣であり、家。

家が無いと何も始まらない。被災地だけでは無い。家を持たない、持てない人がこの国にどれくらいいるのか。

政治は、それらの人たちが居なかったかのごとく、いないかの如く、「復興」だとか、「救済」だとか、「支援」だとかの言葉を“保身”のごとく垂れ流し・・・。

テレビでは、豪華で瀟洒なマイホームのCMが日常として流され、快適な住空間が流されている。

別に、ハウスメーカーの悪口を言うわけではないが、仮設暮らしの人達は、テレビしか“娯楽”の無い人達は、あのCMを、高級老人ホームのCMをどんな思いで見ているのだろうかな・・・と。

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