2013年5月4日土曜日

天皇と憲法と

きょうは「みどりの日」だという。昭和天皇が崩御されて、天皇誕生日が今上天皇にかわったため、その日がみどりの日とされ、最近、昭和の日として、4月29日が祝日にされたため、意味不明のみどりの日という祝日になった。
先刻ご承知のことだろうけど。

4月29日の昭和天皇の誕生日の前日28日、「主権回復の日式典」というのがあった。安部晋三が強く働き掛けたもの。とにかく天皇、皇后両陛下は出席された。要請があれば憲法上拒めないから。
「お言葉を」という要請があったかどうかはわからない。多分あったのだと思う。陛下はそれを断られたのではないかと推察する。

あの日の映像。会場に入られる両陛下の表情。天皇陛下は笑みをたたえるわけでもなく、口を真一文字に結び、非常に不機嫌なご様子と見えた。
式典が終了し、両陛下が退場の途中、会場から「天皇陛下バンザイ」の声があがった。壇上の安倍らもそれに呼応して、万歳!。陛下は笑顔で答えることもなく、戸惑ったような表情で立ち止まり、会場を見ていた。
困惑の表情と見えた。

憲法の公布とサンフランシスコ講和条約の調印、主権回復とは無関係でない。
いわば“表裏一体”の関係だ。

昭和天皇と戦争。近年明らかにされてきている昭和天皇の真意。国家元首であっても“暴走”する軍部を止められず、逡巡しながらも開戦を決断した。
沖縄の悲劇、原爆投下を聞かされ、いち早く戦争終結への意を示されていた。

GHQの占領。戦犯問題。陛下はその罪を一身に負うとの意を伝えられた。

マッカーサーとてバカではない。日本国における天皇の存在。それがいかに大きいかを熟知していた。
象徴天皇という位置づけを甘んじて受けられた。そして、政治的発言は出来ないとされた。

自民の改憲草案。国家元首にするという。元首とは何をするものか。今、世上を賑わしている憲法論議を天皇陛下はどんな思いで聞いておられるのか。
もちろんそれを知りうる術は無い。陛下が自民党の言う“改憲”を望まれているとは思えないとも思う。

改憲を声高に言う人達に、天皇陛下、昭和天皇も含めて、その心情にいかなる「おもんぱかり」があるのかとも思う。

前文と9条があって、この国は好戦国ではなく、平和を希求する国家であるとして、国際社会に復帰を受け入れられるようになった。あの憲法がなかったら日本はどういう受け入れられ方をしていただろう。

その後のこの国の繁栄。それは、あの憲法に負うとことが大きい

9条.実態とそこに掲げる“理想”とに乖離がある。それは認める。

しかし、それがある故に例えばイラクに派遣された自衛隊員は人を殺さずに済んだ。そういう捉え方も出来る。

自衛隊が合憲か違憲か。その国会における論争は比較的つぶさに見て来た。それは内閣法制局も含めた、「専門家」による法解釈で、裁量で、違憲とはされていない。

昭和史を学ぼう。本土決戦に持ち込まずに戦争終結を決断された昭和天皇。多くの国民がその命を捨てずに済んだ。戦後に日本人同士が血で血を争う暴動は起こらなかった。

日本人にとって、その存在ははかりしれず大きい。

「3・11」後、両陛下は被災地を激励、慰問に訪れられた。あの段ボールハウスに暮らす人たちに、生の言葉で、一人一人に言葉をかけられていた。
陛下の被災地訪問。それによって救われた思いをした被災者たちのなんと多かったことか。陛下が見捨てていない。それが何よりの拠り所になったはずだ。

菅直人には罵声が浴びせかけられていた・・・。

仮に96条の改正がなったとして、それが「憲法改正」とはならない。それはあくまでも入り口の、手続き論だからだ。
だから敢えて問う。7月の参院戦。衆参同時選挙にしよう。争点は憲法改正ただ一点。各党はそれぞれが憲法についての明確な具体的な「公約」を掲げよう。
おそらく自民党の中からも、今の草案には反対と言う議員が出てくるはずだ。
民主党の中の改憲論者は民主党を離れればいい。
同床異夢の改憲をいう政党はどうするのか。そして、公明党は自民と連立をと言い続けるのか。

はっきりさせようじゃないか。憲法論議、政治家はもうこうなった以上、覚悟をもって事にあたって行くしかない。

衣の下の鎧なのか、帷の外での鬨の声なのか。それぞれが曖昧なままでの改憲論議は不毛にも見えてくる・・・。

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