2013年5月5日日曜日

薫風の五月、その中で考えていること。

田んぼに水が入った。水が入るとあたりの景色は一変する。鳥が来る。水が張られた田んぼは“池”のようにも見える。道路が浮き上がったようにも見える。

ゴールデンウイーク、それは米作農家にとっては苗を植える時期である。すでに苗床が敷かれた田んぼは命をはぐくんでいるようにも見える。

やがて蛙の声が聞こえるようになるだろう。

水がはられた田んぼに、近くの家に掲げられた鯉のぼりの泳ぐ姿が投影されている。

命をはぐくみ出した田んぼ。命を吹き込まれたように泳ぐ鯉のぼり。
歳時記としての風景でもあり、一番うれしい季節なのかもしれない。日本人にとっては。

子どもの日。各所でさまざまなイベントが行われている。郡山の開成山公園では子ども祭りが。何万人の子どもたちでにぎわう。

中には子どもたちに田植え体験をさせるところもあるという。子どもたちには泥だらけの姿が一番似合うのだ。

津波に襲われ根こそぎもっていかれ、海の塩だけが残った田んぼ。“復興”の証はその地に田植えが行われることだ。いくら農機具が機械化されたとはいえ、そこに田植え唄が流れてくること。それが“復興”の第一ステップなのだ。

日本人は農耕民族なのだから。

全町避難をしていた広野町。帰還が可能になり、田植えが行われたという。避難所に暮らしていた農家の人たちは、この2年間、どんな思いでこの季節を迎えていたのだろうか。

スポット的に放射線汚染度が高く、作付の出来なかった二本松の東和町。土の中の実態はわからなかった。試験栽培。作付け。

土は凄い。セシュウムを吸着させて、そこから生まれた稲の線量はNDだった。未検出だった。ベクレルも安全基準値を下回っていた。

農家の執念だ。不屈の魂だとも思える。研究者の力を借りて、農地を再生させた。

 「福島、東北の農家はあきらめてはいけない。風評を超えて放射能を克服できる事実、農家の努力を、これまで電気も食料も人も東北から恩恵を受けてきた首都圏の人たちが受け止める番だ」
東北人を貫いているものに「和」の精神がある。東和という地名の「和」もその精神に沿って付けられた地名かもしれない。

「和」という言葉にはいろんな意味がある。もちろん「平和」の「和」から始まって。

なごむ、やわらげるという意味も。

大和の国の「和」と言う字も東北を意味していると考えている。

東北は常に中央から襲われ、さまざまなものを奪われてきた。古くは岩手の鉄、平泉の金。
そして、近代社会と言はれる時代になっても、人も東京に運ばれた。資源も食料も、奪われたとは言わないが、多くが中央に運ばれた。

「核と人類は共存出来ない」。そんな自明の真理も、ある意味“奪われた”。
無残なあの跡地と、核のゴミだけがこの地に残されている。

多分、東北人の魂は、その一つ一つを地道に片付けていくのではないだろうか。

5月のこの日、東北の地にあって、東北の光景を見ながら、さまざま考える。

原発の輸出、技術の輸出。それは、ある意味「死の商人」の行為だ。それを是としている福島の人達が果たして何人いるのだろうか・・・・。

「和を以って尊しと為す」。その和は何を指しているのか・・・。
薫風と蛙の声、それがボクの思考のための一助となって欲しい。

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