2013年6月7日金曜日

続 この国の姿、その4 「ネットと“孤”」

たとえばツイッター。
「3・11」前と後では、その内容が大きく変化した。3・11前、ボクのツイターは、若者に勧められて始めたものだが、いや、それ以前に田原総一朗がツイッターの神々なんて本を書いていたからかもしれないが、なんでも興味だけは湧くこの性格。
HNこそ様々だったけど、皆、顔見知り、知り合い同士だった。フォローという関係が。
どこにいるなう、何食ったなう。「なう」が嫌だったが。
何かを答えると「あざ~す」。わからん。あざといという意味の延長かと思って本人に聞く。「ありがとうございますって意味ですよ」と答えられてギャフン。
その他、ネットスラングというかツイッター用語というか、とてもじゃないが、ついて行けないような表現が散乱していたが。

それぞれの消息を知る一種の「遊び」だった。ボクにとっては。「バスに乗り遅れない」ような。140文字の世界は「平和」だったような気がする。

「3・11」後、その世界は一変する。たしかに、ボクのような、かなりの“ネット音痴”でさえ、ツイッターで情報を得、リツイートされてきた先をフォローし、様々な様子を知り得た。

しかし、間もなくそこに「嘘」や「デマ」が山のように積まれていく。「知り合いの、親戚からの“情報”ですが、内密の情報ですが・・・」。内蜜をなんで書く。しかも大流行りだったのは「拡散希望」。その大方は「ガセ」。
やがて始まる罵声の、いや、罵言か、それの応酬。

いつの間にか、気が付いたら、以前の「友達」はツイッター上から消えて行った。顔を合わせた本人に聞く。もちろん若者。「いや、馬鹿馬鹿しくって・・・」。

山形に住む福島県人の「何処を向いても山」さんはどこに行ったのだろう。
行動記録と綴っていた姪の旦那もそこからは居なくなった。

デマと中傷、罵詈雑言が溢れる中、それでも収穫があった。
作家兼音楽家と知り合えたこと。ドキュメンタリー映画の監督と知り合えたこと。旧知の人と“再会”出来たこと・・・摩訶不思議なネットの世界。

時々反論したくなるツイートもある。我慢する。無視する。ほとんど自分からはつぶやかない。このブログの告知くらい。あとは「知り合い」とたまにちょっと“会話”する程度か。

なんかすごく長い前置きだった・・・。

もうだいぶ前から思っていること。ネットというものに対して。それは「孤」ということ。ネットの発言に対して誰も反応してくれなかった、それが大きな理由で秋葉原で大量殺人を犯した奴の例を挙げるまでも無く。

3・11後のデマ、福島への“偏見”。在りもしないことを書き、嘘を並べる。
簡単に言ってしまえば「目立ちたい」からだ。ネットは「目立ちたりがり屋」の欲望を満たす。
なぜそこで目立とうとするのか。匿名に身を隠して、ありもしないことを、とにかく世間の耳目を集めそうなことを言う。それは、その人の実相が「孤独」だからなんだと。

強がり言いながら垣間見えるその人の「孤」。そして、反論を待っている、いや反応と言えばいいのか。反応があることがその人のアイデンティティーを勝手に“満足”させている。他人の迷惑や関係無い。

もちろんまともなツイートの多々ある。しかし、それをも凌駕するような物の数々。

これが今のこの国の姿の一つ。

ネットでつぶやくことでなんか溜飲を下げているのか。

反応含めて、ネットでの繋がりと求めている。ネットにつながりを求める。

広場の孤独、群衆の中の孤独。そんな映画や小説が昔あった。先日書いた街中スマホのこと、まさにこの映画や小説と同じではないか。

一昨年のいつか、「孤独」ということについて書いた。3・11前までメディアがしきりに取り上げていたテーマ。「孤族」。そして「無縁社会」。災後、それらの言葉は消えた。
しかし、また“復権”しそうだ。

仮設住宅での「孤独死」が問題にされる。都会でもビルの谷間での「孤独死」が社会問題とされる。

孤独死をどう捉えたらいいのだろうか。
生ぜしも一人なり、死するも一人なり。一遍上人の言葉をどう理解すればいいのか。
ふと思い出す。深沢七郎の小説、いや、映画化もされたか。「楢山節考」。

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