2013年10月31日木曜日

・・・そして新たな分断が生まれる

蛇の生殺しというか、なんというか。全村帰還、全員帰還を言い、除染でそれがどうにかなるようなことを言って来た国。

帰りたい、戻りたいと、メディアのインタビューには答えていた人達も本音は「帰れない」と思っていた。あるいは「帰らない」とも。

避難地域の広大な面積。広大な山林。それを「除染」するというのは不可能だと言ってきた。

あらためて書くのもなんだが、「帰還困難区域」「居住制限区域」「避難指示解除準備区域」。その三つの区域に線引きされた町村。線量によって。

すでにして除染費用は何百億円もが投入されている。除染の「完了」したのはどれくらいだろう。一割にも満たない。帰還困難区域は手つかず。

5兆円ともやがては10兆円にもなるとも言われる除染費用。

要するに、仮設暮らしが「精神的に限界」になる、「諦める」。そのことを、なんとかうまいことを言いながら月日の経過を待っていただけのこと。

国は事実上、「全員帰還」を断念させる方針に立ち位置を変えた。それはもっと早くに打ち出すべきことだったはず。

「何年かかるかの見通しを政府が示し、住民の判断材料にしてもらい、併せて移住による生活再建も示す」。

そんなどうにでもとれる表現の内容が示されるとか。遅すぎるのだ。疲れ果てるのを待っていたのだ。政治とはとかくそんな手を使う。

帰還困難区域には2万5千人の人が該当する。

簡単に言おう。もう帰れませんよ。除染は困難区域以外でやります。そこにカネを使います。インフラ整備も行い、早期帰還を後押しします。

待てよ、その区域の人たちだって帰らない、帰れないと言い始めているんだ。

除染にかかる費用を移住に充てる。困難区域の人たちへの賠償金も引き上げる。だから新居を購入してくれ。

もう遅いのだ。どこにその土地があるのか。不動産業者に探せというのか。

浪江町の町長は泣きながら言っていた。「分断させるんですね、悔しい」と。

一時言われていた「仮の町」なんていうのもとんと聞かれなくなった。復興住宅なんていうのも進んでいない。

ポーズと見せて、疲れ果てて諦めるのを待っていた。そうしか言いようがない。

除染の在り様はもう変えたほうがいい。業者だけが儲けている。事務所の隣にあった除染業者。儲かったのだろう。大きなビルに引っ越して行った。

国直轄の除染。大手ゼネコンだけが儲かる。欲を満たせる。東電の作業員だった人も、東電関連会社を辞め、除染会社に移った。

国が「集団移転」という方針を正式に決めたら、福島県の地価は急上昇するだろう。山林のところでも。

津波で仮設暮らしの人たちも、地域の人たちに“分断”が起きている。
高台移転しようにも、そこにあった土地は、所有者は東京の人。売買価格を東京の土地取引価格で提示する。一桁違う。

人が不幸であろうとなんであろうと、カネになることろはカネにする。

カネを中心に人間の欲望が渦巻き始めている。

自分自身の心を”分断“させ、住める家を持とうと決心した人も、おいそれと家が見つかるわけではない。建てられるわけではない。

除染にかかる費用を計算したら、移転費用に振り向けた方がいいという判断なのだろう。わかりきったこと。なぜ早くやらぬ。

どういう移転計画、移転作業が行われていくのか。もはや東電や国との交渉にもみんな疲れ果てている。
家族の規模、年代、職業の有り無し。百人百様なのだ。

国は国有地を開放するのか、銀行が不良債権として持っているマンションを買い上げるのか・・・。

おそらく、福島県内を希望するだろう。移転先は。見知らぬところには行きたくないはず。特に高齢者は。

そんな解決策、移転策を国が出来るとはとても思えない。今の内閣では。見せ掛けだけの復興庁。

原発難民が生まれた、生まれる。かつて自分の土地だったところを追われたパレスチナ人。彼らが住んでいるパレスチナ自治区。争いが絶えないのは「土地争い」。

福島に「原発難民自治区」でも作るのか。争いの火種にもなるそれを。

早くも県内の空き地や住宅地の「地上げ」に走っている欲ボケ業者が入り込んでいるとも聞く。

またまた怒りがマグマのようにたまっていく・・・。

2013年10月30日水曜日

「破壊」、「独裁」、「輪廻」

郡山に郷さくら美術館という日本画の作品を収蔵した美術館がある。展示室から展示室に移動する廊下に青銅で作ったオブジェのようなものが3点展示されている。作品は非常に抽象的だが、動物や貝類などの生き物を積み上げてのものだという。その「価値」は理解できる目はないが、その題名にひかれた。

「破壊」、「独裁」、「輪廻」と名付けられている。福島県三春町の遠藤裕さんという人が2006年に完成させたものだとか。
おもわず、「最近の作品ですか」とたずねてしまうくらいに。

一昨年、この国は破壊されたと思う。津波は三陸の地を破壊した。原発は破壊した。物理的なこととして。
そして、破壊された原発は、すなわち、この国を構築してきた社会システムをも破壊したのじゃないかと。電気と言うエネルギーに頼り切っていた国の在り様を。

その破壊された原発を持ち、生活を破壊させられた多くの人がいることを知りながら、他国に原発を輸出しようとする指導者。
原発輸出によって、また、多くの大企業が利益を得る。

オリンピック招致のために行って前回のトルコ訪問。歓喜に沸く安倍は、一つの歴史的事実を持ち出さなかった。エルトゥールル号事件のこと。

そのことを僕はここでも指弾し、他でも指摘し、その無知なることを“罪”でさえあると言った。

イラン・イラク戦争時、その事件の恩返しだと言って、トルコ国民は事件のことを皆、教科書で知っているとして、バクダット空港にいた日本人を救出した。
恩返し。この話を聞いた塾生は「恩送り」という言葉を僕に教えてくれた。
当事者ではなく、後世の人たちにも恩を送ることと。

安倍は、その日本人救出の“恩返し”に原発と言う”仇“を返そうとしているように見える。
なぜ、今回、エルトゥールル号事件の関係者を集めて“感謝”を伝えることをやったのか。誰かが入知恵したのだろう。

エルトゥールル号事件のことを、安倍がそれに感謝したことを、NHKは再三、ニュースで伝え、その関連の話題も伝えていた。まるで政府広報の如くに。

どうやら、感覚的に言って、安倍晋三なる男は“独裁”の道を歩もうとしている。破壊されつくした後に独裁者が生まれ、独裁がまた破壊を呼ぶ。まさに輪廻のような流れ。歴史もそれを物語っている。

不思議なものだ。過去に生み出されて芸術や文化は、今を見通しているかのようなことが数々ある。
黒沢明の夢という映画にしても、歌にしても、文学にしても。この美術館にある作品も、2006年に、作者は「今」を見通していたのかもしれない。

国中が経済成長に雪崩をうち、特定秘密法を作り、日本版NSCなる組織を作り、すべての機能を官邸に一元化するという。

独裁と言ってなんの不可思議やあるか。

かつての「師」の諫言にも耳を貸すどころか一顧だにしない。師に背いても己の考えを押し通そうとする。お茶坊主、お側お局さまは、その尻馬に乗る。
彼らを“破壊”することは不可能のようだ。まさに日の出の勢いなのだ。国民の半数がそれを支持すらしている。

君はボスポラス海峡を見たか
ボスポラス海峡を見ずして、ボスポラスを語るなかれ。

そんな詩があった。うろ覚えだが。安倍は視察した。その海ではなく、海の下に通された地下鉄を。技術の粋を見て、それが日本から輸出されてものかどうかはともかく、その上に長年ある海を見たのだろうか・・・。

2013年10月29日火曜日

「うそつき原発」

ちょっと久しぶりに「仮設」に行ってきた。毎度おなじみの例のばあちゃん。
やっと“つかまった”ので。

先週末、弟一家が郡山に遊びに来た。弟夫婦、その娘夫婦。一粒種の9歳の孫。

弟は東京の老舗の銘菓を持参。「あのビッグパレットで会ったばあちゃんに渡してくれ」と。そう、一昨年、新幹線が開通して間もなく彼らはやってきた。
避難所のビッグパレット行きを求められた。手持ちの「支援」を多少準備して。富岡と川内の役場に(当時はまだビッグパレット内にあった)それを届けた。

川内のばあちゃんの事はこのブログを読んでいて知っていた。そのばあちゃんとじいちゃん(当時はまだ健在だった)に差し入れ持って。

ばあちゃんに電話したが、出ない。折り返しも無い。まさか具合が悪くなって入院でもとちょっと不安がよぎったが。

今朝、電話がつながった。「川内に行っていた。電話はぶん投げていた。ゴメン」だと。このクソ・・・・。

菓子と、たまたま貰った郡山の大根葉(だいこんぱ)を持って立ち寄る。
「大根葉はナ、ちょっと油で炒めて、卵を合わせるとうまいんだ」。
「新鮮な葉だ、そのまま塩もみして食おうぜ」。

いつものような会話が始まる。

「川内はどうだった?」
「川内はいいとこだぞ、ほんといいとこだ。でもな、やはり不便だ。魚屋は一軒あるけど、刺身の鮮度は悪いし・・・」。

もう炬燵が入っている。ケージの中の愛犬は尻尾振りまくり。

炬燵の上の灰皿に見慣れたタバコが置いてある。ボクのタバコと同じ銘柄。
「タバコ変えたのかい?」
「あんたの忘れものだ。ほらライターも」。

マイルドセブン(今はメビウス)とフロンティアライトの煙が4畳半に溶け合う。

最近、医者に通っているという。薬を見ると高血圧の薬。
「川内には診療所はあるけど・・・」。

彼女も避難してきて知った“便利さ”。買い物、医療機関。連れ合いだったじいちゃんも”酸素“を抱えての避難だった。去年亡くなっている。それでも郡山では、病院に入院していた。

家に風を入れ、草むしりのために帰る村。

「この前、富岡の人と一緒に富岡の家に行ってみた。ネズミに食われて、土足であがるしかない。フンだらけで。新築だったのに」。
「川内の家は、水は井戸水だから問題ないが、ガスがね。釜ごとダメになっている。取りかえないと」。プロパンだからだ。

「川内には帰らない」と言う。娘さんたちが郡山に馴染み、戻らないというからだとか。「一人ではね・・・」。
車を乗らなくなった。廃車にした。車が無いと生活は出来ない。免許証だけがテレビの前に置いてある。こうすぐ更新時期だが、更新はしないという。

生産、出荷を始めた川内村のコメのことを持ち出す。
「コメは大熊のコメが美味かった。あとは郡山の米かな」。

そして言う。「うそつき原発のやろう」と。
彼女の言う「原発」には、原発そのものもあるが東電もその中に含まれる。国のことも含まれている。
「また、汚染水の話だべ、帰れないよ。もう懲り懲りだ」。
4畳半二間に日用雑貨が増えている。棚を作ってうまく収納している。居心地のいい場所になろうとしている。
「仮設の期限は伸びたけど、その先はどうするかな。娘は一緒に住もうと言っているけど、借り上げアパート。犬は入れないし」。

帰って帰れないことは無いけれど、帰ることへの逡巡。不便さへの懸念。
前途への不安。

「瀬川さん家に遊びに行きたいけど、犬の顔も見たいけど、歩いていくのは無理だ・・・」。「わかった、今度は送迎付きにする、お茶のみにきっせ」「うん、すまないがそうしてくれ。楽しみだ」。

長居した。いとまを告げると表まで見送りに来てくれる。開けた車の窓枠に手をおいたままた、まるで行く車を抑えるような感じで、名残を惜しんでいてくれるような。

「うそつき原発」か・・・。1ミリシーベルトは嘘なのか、本当なのか。20ミリシーベルトは嘘なのか本当なのか。

「帰村宣言は早すぎた」と彼女は言う。早期帰還は「ウソ」なのか、帰還困難は「本当」なのか。

「帰れると思っている人はいないと思うよ」という“当事者”の一人。

仮設暮らしの日々と、1ミリシーベルトの間に、ボクは「接点」を見出せない。

また忘れそうになっていたタバコとライターを持ってきてくれていた。箱の中には1本しか入ってなかったけれど・・・。

2013年10月28日月曜日

「真実に生きる社会」

天皇皇后両陛下が水俣を訪問された。
そこで天皇は、患者の実態を聞かれてこう言われた。
「真実に生きるということが出来る社会を皆で作っていきたいとあらためて思いました」と。

事前に用意されていた「お言葉」ではない。予定外の発言だという。

“真実”という言葉に初めて出合ったのは中学生の時によく読んでいた山本有三の「真実一路」という本だった。「路傍の石」もよく読んだ。
「真実一路の旅なれど、真実鈴振り思い出す」。この一行を今でも覚えている。

事実と真実は違う。事実の向こうに真実があるのか。真実とは「深い」言葉だ。

陛下が真実という言葉を使われた。それは「今の社会が真実に生きられない、生きていない社会だ」と”指摘“されたことにも等しい。

陛下はさらに言われた。
「今後の日本が、自分が正しくあることが出来る社会になっていく、そうなればとも思っています」とも。

ボクは勝手に解釈し、陛下の心中を推し量る。
「正しくあることが出来ない社会だ」と言われているようだと。
水俣病患者の語り部の会の人の話を聞いて咄嗟にそう思われたのか。前から思っておられたことなのか。

状況としての真実。事実としての真実。

大震災の後、原発の事故が起きて以来、多くの人は「真実が知りたい」と思った。知りたいと言った。
真実は伝わらない。すると“虚偽”の「真実」が登場する。特にネット上で。その鉾先は「福島」に向けられる。

日ごと、それの繰り返し。福島の人は、その虚偽の真実に酔う。ネットからそれを見つけ出してくる。例えば「真実のブログ」なんていうヨタを。

未だに流されている写真。大熊町の、町役場や消防署を退職したOBたちが、仮設から延々3時間かけて町に出向く。出入りの特別許可をもらって。町を見回り、わずか一反歩に満たない田んぼに田植えをする。防護服を着て。着なければならない線量地区。水田の汚染が作物にどう作用するか、影響するか、移行係数を計るための“実験”。
その写真を、そのブログには転載、引用、拡散ご自由にと書かれている。
その写真は去年のもの。
安倍が広野町のコメを使ったお結びをほおばったことにひっかけ、福島のコメは美味しいんです。いつも食べてますとか言ったことにひっかけ、「こんなコメを食わすのか。殺人だ」とわめくコメントを書く人が多々居る。

郡山の人もその写真を使って「おそろしい」とネットに書く。
そんなコメがどこかに出回るわけがない。まして稲は野性化した動物に食い荒らされている。

福島県人であっても福島のことを知らない。なのに“真実を知りたいだけ”と言いわけする。真実云々以前の常識でしょ。

名古屋の市民運動家とおぼしきおばさんはこんなことを書いていた。1年で終わりとされた賠償金のこと。どっかの記事を引用して。一人、毎月10万円、旧警戒区域の人たちを対象にして賠償金。

知らないよ、こんなこと。8万円でしょ。と。

8万円は避難区域でもなんでもない郡山や福島、中通の人たちを対象に一昨年支払われたもの、去年は4万円。こんなことは新聞に載っていたこと。事実だ。

ボクは8万円の受け取りに躊躇した。結果振り込んで貰い、何らの賠償金の対象にならない動物たちのために、寄付した。4万円も同じ。

その受け取りさえも拒否した若者がボクの周りにはいる。

反原発、脱原発を声高に言う市民運動家をボクは全く信用しない。それに与する人も「否」とする。

まして、国会の弁当はベクレル弁当だと言い、福島市や郡山市に防護マスクをつけて入ってくるバカ野郎。なんでこんな奴が当選するんだ、させるんだ。

ねじまげられた“真実”。それが大手を振ってまかり通っているこの国。

福島県は「真実」と地球の反対側以上の距離の、場所とされているような。

ネットをあさりまくっている人達。如何にも“教養”があるようなふりをして。
どう思おうと勝手だが、それを「正しいこと」として振り撒かないでよね。

多分、天皇陛下は「福島の真実」、デマや中傷に翻弄されている福島の真実を知っているのかもしれない。真実とか正しいことの意義を、あえて水俣の地を借りて言われたのかもしれないと・・・。

2013年10月27日日曜日

「がんばろう東北」だったはずだが・・・

2年半前、「がんばろう東北」という言葉が横溢していた。車にも、看板にも、垂れ幕にも、ヘルメットにも。「東北は一つ」だった。

「がんばろう」という言葉の理解や、意味合いや、受け止め方はともかく。
東日本大震災の“被災地”として、おおかた、6県の人たちの思いや、共同性は同じだった。

首都圏からの目も、関西圏からの目も、西日本からの目も「東北6県」だった。
東北六魂祭と銘打ったイベントも盛り上がり、東北は一つだった。

ある時期から、一つであった「東北」に微妙な亀裂が生まれたような気がする。

同じ被災地であっても、津波の被災地と、原発事故の被災地。福島県にあっても。

津波で根こそぎ家を流され、多くの死者を出した地域。生きてはいるが、前途に希望の見えない人達。

そこに温度差めいたものが生まれている。

例えば「寄り添う」という言葉がある。家族を亡くした人たちの喪失感に寄り添うということは、あり程度は可能だ。人は誰しも死者を得たという喪失感を経験しているから。

しかし、原発避難者にたいして「寄り添う」ということは、何を指すのか。難しい。

報道もそうだ。今は、ほとんどの報道は原発に目が行っている。根こそぎ街を家を流された三陸方面に関する報道は少なくなった。

同じ「応急仮設住宅」というところに暮らしながらも、そこから抜け出す方途が違う。

それは「支援」という、ボランティア含めた対処の仕方にも表れている部分がある。

津波で被災し、家族を失った人たちの多くの悲しみと苦しみ。あの津波の恐怖から抜け出せない人達。
わけのわからぬまま“強制避難”をさせられ、建物としての家はあるのに、そこに帰れないという「非情」さを抱えた人達。

風評被害なるものにさらされている福島の人達。

三陸の人たちは、「マスコミももう伝えなくなった。忘れられている」と感じている人達がいる。“復興”に向けて立ち上ろうとしている人達がいる。

前途に希望の見えない原発被害者たちがいる。

その“温度差”。それは「カネ」の問題になって具象化してくる。
いわき市はその渦中にあると言ってもいいかもしれない。
原発避難者には、一人10万円の賠償金が東電から支払われる。津波で家を流されて人たちには、賠償や補償は無い。うまくすれば生活再建資金が貸し出されることがあっても。

「家を無くした」。同じ環境にあっても、そこには乖離がある。カネの問題。それに端を発した”軋轢“。

原発は現在進行形。しかも放射能汚染という“差別”の対象。様々な制約の中、“復興”もままならない三陸。

共通しているのは“住民合意”という小さな民主主義だけか。

福島県の浜通りの一部は津波と原発のダブルパンチの被災地。宮城県にも放射能は飛散している。
風評被害は東北三県に及んでいる。

岩手や宮城でも沿岸部と内陸部には大きな温度差が発生していると現地の“地方記者”は見てとっている。

「東北は一つだ」。そんな言葉が色褪せて見えるような・・・。

敢えて言う。健康被害を恐れる人たちは、多くの死者に思いが及んでいるのだろうか。災害関連死した人達、つまり「避難によるストレス死」、そして自死した人たちの心情に思いが及んでいるのだろうか。

死者と生者の間に溝が生まれている。生者の中にも埋まらない溝が出来はじめている。

「がんばろう東北」「がんばろう福島」。そんな言葉に出合う度にやりきれなさを感じてしまうのだが。

2013年10月26日土曜日

1F、4号機の燃料棒取り出しが始まるという

未明の地震。寝入りばなの地震。起きて、やはりテレビを見る。震源地はどこだ。津波は・・・。

原発がどうしても気になる。過敏症ではないのだけど。4号機が気になるのだ。
大雨の汚染水よりも。

東電の「ふくいちライブカメラ」は4号機を望める場所に据え付けられている。
林立するクレーンを毎日見ている。

一昨年、原発爆発事故の時、4号機も爆発した。しかし、ちょっとした”偶然“で燃料棒は、格納庫にあって、損傷を免れた。もし、あの時4号機も他の号機のようにメルトダウンしていれば・・・。

菅が血相を変えて東電に乗り込み、怒鳴りつけ、「東北は終わりだ」と言ったのは、東北はおろか東京や関東一円まで大量に汚染され、人が住めなくなっていたからだ。斑目あたりがご進講したのだろう。その危険性を。

4号機にある核燃料棒はいちばん「量」が多いのだ。

来月8日に燃料棒の取り出しが始まるという。工程表の前倒しだと。クレーンで一本一本燃料棒を吊り上げ、キャスクという容器に入れるという作業。何の「覆い」もない中で。キャスクを水中に入れ、そこで”移動“させるということなのか。白日に曝した中で吊り上げるのか。

作業内容は8日までに明らかにされるのだろうか。

汚染水問題が解決していない中、その他の収束作業が進捗していない中、なんで4号機の作業を急ぐのか。
一日でも早くやりたい、一番”危険“なところだからだ。他の号機の燃料は溶けている。ここのは溶けていない。

もし、何かがあれば・・・。もしかしたら何かが起きる“兆行”があるのかもしれない。決して収束作業が順調に進行しているからの前倒しではない。そう思う。

4号機の危険性。現場にいる作業員の、前からいる熟練の作業員は、そのことを知っているはず。しかし、それをあからさまには言わない。いや、言えない。

東電本社も言わない。

クレーンの操作は手作業なのだ。一瞬の油断も許されない。極度の緊張を強いられる作業。

11月8日以降、もしカメラがそのまま据え付けられているのなら、カメラに釘づけだ。

燃料棒全体を収めたキャスクはどこに置かれるのだろう・・・。

毎日行われている東電の会見では、そのことは話題になっていると思うのだが。

汚染水どころの騒ぎじゃないんだぜ。

監視カメラどころじゃない。テレビは完全中継もんだぜ。許可されるかどうかはわからないが。
除染、イコール帰還。そんな状況ではなくなるはず。

一昨年、アメリカが80キロ圏内退避を言ったのは、4号機の爆発映像を見たからだと思う。燃料棒が無事だとわかって退避命令を解除したのだとも。

素人が危険を煽っているのではない。素人でもわかる危惧なのだ。

原発構内の様子は全くと言っていいほどわからない。一時投入された無人ロボットはその後どうなったんだい。まだ“活躍”しているのかな。

能天気なテレビはこぞって無人自動車の開発を技術の粋だともてはやしている。
ニュースの話題は特定秘密保護法のこと。とんでもない法律。原発のことも秘密の対象になるはず。

「原発」の現状から目をそむけさせようとでもしているのか。

当事者も語れない、語らない原発にしようとするのか。
安倍の思うがままにこの国は動いているような“恐怖”。

正確無比な無人クレーンなんて開発されているのか。いない。無人戦闘機は、もちろん人が遠隔操作しているのだろうが、無差別に人を殺す。

燃料棒取り出しに失敗すればこの国はどうなる。

もし工程前倒しに嬉々としている人がいるとすれば大間違いだ。嬉々じゃない危機なんだ。

やらねばならないことだが、やって欲しいようなやめて欲しいような。
でもやるっきゃない現状。

長々書くのはやめた。一言だけ。「あなたはそれでも原発を選びますか」ということだけ。

権力に不都合なことは「法律」を盾に封じ込まれるような国になること。そんな国を望みますか。ということ。

2013年10月25日金曜日

「風化と闘う」と彼らは宣言した。

いささか旧聞ではあるが・・・。
マスコミ倫理懇談会という集まりがある。年に一回、全国の新聞、テレビ、ラジオの関係者が集まって行う懇談会、討議の場。全体会議や分科会に分かれて。
今年は仙台で行われた。テーマは「震災被災地で問う、日本のあすとメディアの責任」。具体的テーマの一つが“風化”だった。

世の中のあらゆる事象には、常に、その“負”の問題として「風化」が伴う。
戦争は、戦争体験は風化した。原爆も風化した。水俣も風化した。阪神淡路大震災も風化した・・・。忘れてはならないと言っていた事件や出来事も。
風化とは世の習い。誰でもそれを知っている。だからか・・。

東日本大震災、多くの死者、途方に暮れた被災者。原発事故。15万人の避難民。
一昨年、それが発生して、国中が“騒乱状態”にあった時、多くに人は「風化させてはならない」と思った。誓った人もいる。

月日の経過は恐ろしいものだ。もちろん意図的では無いにしても、どこかで風化を招いている。それが“国難”であったとしても。
ある程度落ち着きを取り戻し、どんな形であれ“日常”を持った人たちは、日々の暮らしの中で、記憶が薄らいで行っているような。

マスコミ倫懇。略してそう呼ぶ。その大会宣言。
「メディアは手抜き除染など、多くの事実を発掘しただけでなく、被災者の声を報じ、震災の風化と闘ってきた」。
闘ってきたのかどうかを巡って彼らの中でも議論があったという。そう言い切れるかどうかという疑問を彼ら自身が持っていた。

表層だけを伝えていたのでは「闘った」ことにはならない。「隠れた、隠された真実」に迫らなければ風化は食い止められない。その覚悟と決意が有や無しやだ。

ボク自身の中でも“風化”は起きているかもしれない。それを食い止めるために、日々のすべてのことに優先してこの“亭主日記”を書いている。

風化に抗(あらがう)している人達もいる。

でも「被災地」の多くの人は風化が進んでいると感じている。

意図的では無いと信じたいが、永田町や霞が関では、マスコミの話題になりそうな、マスコミが好みそうなネタが提供されている。伝えなければならないことが次々と生まれている。
それはそれ、これはこれ。永久的に語り継がれなければないらないことはあるはずだ。区分けは出来るはずだ。

テレビはもっとあの日の津波の映像を間断なく伝えるべきだ。混乱の極みにあった避難所の姿を伝えるべきだ。

あの時、多くの被災者は、助け合いとか、人のために役立つとか、どうしたらここから脱却できるかを真剣に体験していたはずだ。
逆説的で皮肉な物言いかもしれないが、あんな状況があったから、人々は”希望“を見出そうとしていたのではないか。とも思う。

原発事故に立ち向かう人たちもそうだった。

「風化」とは、ある記憶や印象が時とともに薄れていくこと。手元の国語辞典にはそうある。まさにそうだ。

日頃、マスコミ批判に明け暮れている亭主。でも、このマスコミ倫懇の宣言を信じたい。その宣言をすべてのマスコミ人が心に刻んで欲しい。

多くの無念の死、その死者に報いるためにも。多くの原発避難者、その不条理さを他者として感じるためにも。

原発再稼働、それは「風化」のためのめくらましとも言えなくはない。風化させない限り、再稼働論議は起きないはずだと思うのだが。

伊豆大島の悲劇。それは次への教訓を生んでいる。「3.11」から学ぶことは多々ある。学ぶことで風化は防げるとも思うのだが・・・。

2013年10月24日木曜日

「数字が独り歩きしている」

大上段に振りかぶったようなものの言い方をすれば、今、日本人に求められているもの、いや、諸外国でもそうだ。国際機関でもそうだ。
「放射能、放射線について“正しい知識”を持つこと」。面倒なことには違いないが、核と付き合うことを、ある意味“求めた”人たちは、そして、国難であり、公害である原発事故と向き合っている人達は、それが“ブラックボックス”に入っている問題であろうとも、それを“知識”として学び、もろもろの“判断”の基準にしなければ「やってられない」のだ。とあらためて思う。

しかし、それを知識として習得し、理解するのは、これまたとんでもない困難を必要とするということ。

昨日、原子力規制委員会の田中委員長は記者会見でこんなことを言っていた。IAEA、国際原子力機関が出した報告書。そこにある「年間1ミリシーベルト以下の被ばく線量は、除染だけで短期間に達成できないということ、住民に説明する努力をすべきだ」ということに関連して。

「国が長期目標としている年間追加被曝量、1ミリシーベルトというのな、数字が独り歩きしている」と。

田中俊一を支持するわけでもなんでもないし、IAEAもICRPもWHOも、およそ、多くの人がありがたがってそれに傾倒する「国際機関」というものに、全面的に信頼を置いているものでもないが。

IAEAが言うように、いつの間にか、だれもきちんと説明しないから、マスコミの罪も大きいが、「年間1ミリシーベルト」という数字は、定着してしまった。
毎時0,23μシーベルト。

様々なことの判断や意見の出発点はこの「1ミリ」。それと「100ベクレル」。
もちろん門外漢だが、放射能とは放射線を発する能力のこと。その能力を表すのがベクレル、人体が直接影響を受ける線量をしめすのがシーベルト。
ベクレルは主に食品や水・土壌の中に含まれる放射能の総量を表す場合に使い、単位はパーキログラム。
シーベルトとは、外部被曝や内部被曝で実際に人体が影響を受ける線量を表す単位で、時間あたりで示される。

避難基準は20ミリシーベルトと100ミリシーベルト間、100ミリ以上は人体の健康に影響ありが国際機関が示した基準。だから、帰還の判断基準も20ミリ。

その線量を計るのは空間線量計なのか、積算値をはかる個人線量計なのか。それによって計られる値は、なぜか違う。

あちこちに空間線量計が、モニタリングポストは置かれている。そこに示されるのは毎時のシーベルト値。0,23μ以上のところもある。そこは“危険地帯”とされてしまう。

米の収穫期。全袋検査。キロ当たり100ベクレル。90ならOK,
120ならダメ。その差30ベクレルの意味は・・・。しかもその120の農家は2年間使っていなかった脱穀機を使ったからだという。脱穀機を洗って使いなおしたら100を下回っていたという。

セシュウム検出という。そのセシュウムが134なのか137なのかは言わない。134なら、今の原発事故由来のもの。
もともと自然界にあった放射能と核実験などによって存在していた放射能をどう区別するのかの指針は無いに等しい。

ALPS、多核種除去装置が除去できるのは62の核種。トリチウムだけは除去出来ない。トリチウムがどんな影響を及ぼすのか。

内部被曝が健康に与える影響という。その健康とは何か。癌か心筋梗塞か。

数字は示される。しかし、それが及ぼす結果については学者や医者の間でも議論が分かれる。多くの健康被害の原因だとされるストレスなるものには言及されない。

数字だけが独り歩きしている。数字だけが伝えられる。数字の意味は伝えられない。だから風評の温床にもなる。

例えば放医研のホームページを見ても、素人には読解不能だ。

だからキュレーターとしてのマスコミの、特に新聞の出番がある。放射線の“基礎知識”を分かり易く伝える。普通の言葉にして伝えるという、いわば“義務”が。

数字の意味がきちんと伝えられれば、1ミリシーベルトの意味が、それが及ぼす影響が伝えられれば、「福島県には人が住めない」なんて話は無くなるのではないかと思うのだけど。1ミリの中で10年、2十年住んでいたらどうなるのかも。

ゼロシーベルトやゼロベクレルなんてことはあり得ないということ。

原発事故をめぐる様々な議論の中で、その要点が、判断材料の説明が抜けているような気がしてならないので。

近づく台風27号。またまた排出されるであろう汚染水。基準値の何万倍とかいった、何万ベクレルを検出といった数字だけが見出しに踊るのだろう。その影響や意味は。数字を並べるだけが報道ではないということ。

2013年10月23日水曜日

“汚染瓦礫”の行方

台風27号の行方が気になる。大型で強い台風、進路予想は難しいとも。
26号で被災した大島のことも気になる。気にしてどうなるってことじゃないけど。土砂崩れが、土石流が。避難しない町民も多いとか。

原発事故直後、避難を断った住民がいた。「足腰が不自由だ。避難所に行って皆に迷惑かけたくない」と。高齢化社会の一つの断面。

1F構内の汚染水問題。またも堰に水が溢れ、排出、流出ということになる予感。
27号に備えてどんな対策が打たれているのか。様子は、詳細はわからない。見えない。

わからない、見えないという事は人を不安と恐怖に陥らせる。被災地の人多くが体験済みのこと。

進路が変わろうとも、また1Fに雨は大量に降るのだろう。地下水と降ってくる雨と。一日400トンと言われる“汚染水”。雨では倍になるってことだと思うけど。
タンクへの移送も悪天候ではままならないこと必定。

台風はまだまだ来るという異常気象。タンクの容量はやがて、満杯になる。たぶん東電の敷地内では収容出来なくなるだろう。
東電も政府も規制委もわかっているはず。増設しか方法は無い。それにはきっと人が足りない。阿武隈山系から流れてくる地下水のルートを変えることが出来るのかどうか。

コントロールされている、政府が前面に出てオールジャパンで取り組む。そうなら、土木工学の専門家や業者を大量に投入すればいいのに。
前面に出ると言ったのに、やはり東電任せの感あり。

汚染水を収容したタンクは林立している。一昨年の光景をちょっと思いだしてくらないかな。
爆発で構内には多くの瓦礫が散乱し、しかもその瓦礫は相当程度「汚染」されていた。作業員も手を出せないぐらいの線量のものが。
放水作業を一番困難にさせていたのも瓦礫。

それらは今、どれくらいが片付けられ、作業員の環境はどれだけかわったのだろうか。「視察」は「水」だ。瓦礫に目は行かないのか。

取り除かれた「汚染瓦礫」はどこにあるのだろう。もちろん1F構内だけど。
「地面を掘って、土で覆って保管してる」。東電はそう説明するけれど。かなりの濃度のものもあるはず。地中に埋めてあるというだけではなんとも心もとない。そこに地下水がしみこまないという保証は無い。

爆発後に発生した高線量の瓦礫の数々。あの放置されたままだった車や機材。どう始末がつけられたのか。
汚染水に目が行って、それしか問題点が無いような情報の数々。

まさに落とし穴じゃないかな。構内の瓦礫。

除染で出た廃棄物。仮置き場を経て中間貯蔵施設へとの予定。中間貯蔵施設の「青写真」は示される。完全密閉の。それでも地元には危惧がある。

それよりもはるかに高い濃度の廃棄物というか瓦礫というか、それは単に土の穴に埋められているといった様子。除染で出た“廃棄物”の線量とはきっと桁違いのもののはずなのに。

本音を言えば、東電ももうお手上げ状態なんじゃないかな。

まだ「高濃度汚染の瓦礫」は構内に放置されたままなのかもしれない。構内は今だ“藪の中”なのだ。

高濃度廃棄物とは使用済み核燃料のことを指す。そんな“定義”は百も承知の上での疑問。

汚染瓦礫が“保管”されているところにも雨は降る・・・。

2013年10月22日火曜日

「心の汚染、心の除染」

ボクの事務所は約8畳のアパート一階。家賃3万8千円。だったか。机とパソコン台、知人から借りている応接セット。

隣の部屋は、大震災前までは「金貸し」だった。当座のカネの融通がつかない人を相手にしたような。
災後、しばらくして商号が替わった。除染業者になった。そこそこの人数を抱え、夕方には作業を終えた人達が“日当”を受け取りにゾロゾロ。

郡山では「たいしたことない」除染が日々行われている。手作業の、いわば庭仕事のような光景をあちこちで見かける。

「除染がまだ来ない」と言って怒る人あり。「意味がないと」無関心の人あり。
この中途半端な被災地の、ボクの周りにある除染の光景。

安心材料としての除染ということかとも。場所によってばらつきがあるが、今の郡山の空間線量で、除染効果ってどれくらいあるのか。健康にどういう影響を与えるのか。

誰も「わからない」。

汚染されたところであることは間違いない。その放射性物質の汚染の影響よりも”怖い“のが、心の汚染。

危険感を伴う不安を抱えている人達には、危険をアナウンスする情報が正しい情報として、自分の不安感の裏打ちとして簡単に受け入れらる。

告訴騒ぎになった週刊誌の記事を含め、そう、まったく無責任な週刊誌の、売れればいいという姿勢の中での「与太記事」。それも立派な情報になっていく。

ネットに依存する。危険を言う人達、多くは、その発信元は”部外者“であると思うけど、匿名のブログで言いたい放題。しかもそのブログたるや、しっかり体裁が整えられている。
新聞記事を「誤用」し、曲解し、真実は書かれていないと一刀両断。どっかの大学教授をいまさら引き合いの出すのもばかばかしいが、信奉者まで現れる。

そんなブログには、必ず載っている写真。例の写真。大熊町で、役場OBたちが大熊の田んぼで、試験栽培、移行係数を調べるための作付。防護服を着て作付、農作業をしている写真が張り付いていて。

防護服を着てコメを作るなんて、福島の農家は殺人者だと来る。

やってられないぜ。それがネットに“拡散”されている様を見てると。

ICRPの言う「1ミリシーベルト」が定見となってしまった。100ベクレルが「正しい」基準値になってしまった。

「今すぐ1ミリシーベルト」。それが除染の基準になってしまった。IAEAの調査団が来日して、1ミリシーベルトは長期目標、1ミリと100ミリの間をどうするかは、住民合意や政府が決めること、って言えば、「話が違う」という騒ぎになる。

「心の汚染」が判断基準になる。「心の除染」をしなければ、とてもじゃないが、普通の福島県人はやってられない。

プロメテウスの罠にはまり、あげく、シーベルト、ベクレルの罠にはまってしまったような。

リテラシー能力の問題だと思うんだけどな。

米一つとってみれば「全袋検査」が行われている。基準値を超えたコメも見つかる。例えば100袋中3件といった割合で。そのコメは当然出荷されない。農家は作付禁止にされる。リスク犯してまで、汚染米を作るバカはいないはず。

汚染水の流出問題は、きょうの話には介在してない。別問題だとお断りを。

きのう書いた天野祐吉さんのこと。CM天気図で6月に亡くなった、なだいなださんのことを書いていた。
「強い国より賢い国を目指すべき」という言葉を引いて。

こと放射能問題については、福島県民は「賢い県民」になってくれればいいなと思うんだけど。

風評被害と情報の問題。あらためて考え直さねば。

2013年10月21日月曜日

「知」をめぐって

天野祐吉さんが亡くなった。最近の肩書はコラムニスト、以前は広告評論家。
以前の仕事柄、彼とは多少の付き合いがあった。80歳。今のご時世、まだまだ若いかも。なんか、一つの「つっかい棒」を失ったような。

CMは時代を映す文化である。彼の持論だった。広告批評という雑誌の編集長時を含めて、彼の広告論、それの延長にあるテレビ論。やわらかな口調で、やわらかな文体で語られる彼の論評から、いくつも教えられることがあり、「知った」こともはかりしれない。

彼は広告というものを通して時代を語れる唯一の人だったかもしれない。彼はテレビが好きだった。好きだったからこそテレビを、CMを批判した。そして、その目は世相にも行く。「知」の人だった。

朝日新聞に連載されているCM天気図。10月16日付けが“遺稿”となった。病床からの寄稿だと思う。こんなことを書いていた。
「スーパーで売っている野菜なんかに作っている人の顔や名前が出るようになった。いいねえ、あれも」。
これは「生産者と消費者の親近感を生み出そうとするCMの一種だが、それは同時に、アンチグローバリズムのささやかなCMだったりして」と結ぶ。

そんな話から始まって。グローバリズムの動きが進めば進むほど、我が家の食卓にも外国でとれた食べ物が増えてきている。ま、ある程度まではいいことだが、このままでいくと、巨大な企業と政治の圧力で、地球はどんどん文化のデコボコを失い、のっぺらぼうの星になってしまう。
たとえば、地球上の人たちがみんなユニクロを着て、みんなマクドナルドのビッグマックを食べ、みんなトヨタのクルマに乗って走っている絵を、頭の中に描いてみるだけで気持ちが悪い」。痛快な文明批判だ。
そして「エネルギーの大量消費で、大気汚染や異常気象などの環境悪化がどんどん進み、そこにつけこんで“クリーンなエネルギーです”と、この国が輸出に熱心な原発が地球上にあふれるようになったら、そんな地球にあたしゃ住みたくないという人が、結構でてくるんじゃないか」と。

住みたくなくなったのかもしれない。遺言だったのかもしれない。

もう一つ。20日付けの紙面に載った書評欄。1964年に売れた本、”日本“から”ニッポン“へ。という一文。
1964年は言わずとしれた東京オリンピックの年。こう書いている。
「ぼくの実感からいうと、この64年を境にして、東京から“江戸”が消えてしまったような気がする。建築物だけじゃない、江戸の臭いを遺す文化的なものは、人々の歩き方や表情も含めて、どんどん姿を消していったように思う」。
この「知」の人はいろんなことを知っていて、自分の中で消化している。
こうある。「企業は金儲けのためにあるんじゃない。この世界を“生きるに値する楽しいものにするためにある。ヘンリーフォードの言葉を引いている。

そして「美しい日本語を書ける人が、いま、何人いるんだろう」とも。

天野さんの言っていることがすごく納得できちゃうんだよな。

昨日の「まちヨミ」という読書会の事。僕の”仕事“は安積開拓について話すことだった。読書会のテキスト本は福沢諭吉の「学問のすすめ」。

「地」の開拓と「知」の開拓を結びつけた話をしたかった。持ち時間も少なかったし、その場に作られていた雰囲気とはどうもそぐわなかったような。テキスト本の学問のすすめは、いわゆる現代語訳。
「天はひとの上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」と言えり。僕は中学3年生の時にこの言葉に触れ、震えた。
現代語訳では、“言われている”となっているらしい。わかるな~天野さんの気持ちが。

そういえば、CM天気図というコラムで以前天野さんは「カタカタ語」の氾濫に大いなる懸念を示していたなあとも思い出す。

学ぶも、知るも、考えることの一環。
知るとか、学ぶとか、考えるということを、自分の主体的意思で取りに行こうとすることを、取り組もうとすることを、今、この国は、どこかで“避けている”ような気がして。

2013年10月20日日曜日

街ぐるみ読書会

きょうは早めの投稿。「まちぐるみ読書会、まちヨミin 郡山」というイベントに参加するために出かけます。ほとんど一日“拘束”の予定。

この読書会、一冊の本を参加者みんなで読んで、感想を述べ合ったり夢やヴィジョンを語り合うものとか。なんか面白そうな集まりのようで。

課題本は福沢諭吉の「学問のすすめ」、それに各自が一冊ずつ本を持ち寄っていくつかのグループに分かれて話し合いをするという企画らしい。

キャッチコピーは「まちヨミで広がる市民の輪」、そして、「まちヨミで“知”の開拓を!“」と。

補足にはこうある。
「信じる、疑うということについては、取捨選択のための判断力が必要なのだ。学問というのは、この判断力を確立するためにあるのではないだろうか」。
教材の斉藤孝訳、「現代語版 学問のすすめ」の抜粋。

以前、「知るという支援」というタイトルで書いたことがある。

知らなきゃ始まらないと。3・11後のさまざまな世相。原発にしても津波にしても、いわゆる被災地の事を知らないと、いや知ることが理解を深めることになり、それが支援につながるというようなことを。

“友人”に作家兼音楽家の鐸木能光という人がいる。“友人”としたのは本人と直接会ったことはないが、ネットを介在してしばしばやりとりし、彼にテレビ出演を依頼したり、彼の著作物を送ってもらったりしているから。

彼の作品に「マリアの父親」というのがある。あの3・11に由来する原発事故を想定していたかのような文学作品。もちろん10年くらい前に書かれたもの。すぐれた文学だと思っている。

彼が先日、フェイスブックに転載していた阪大生へのアンケートがある。教授が学生に聞いたアンケート。

今、日本で稼働している原発は?という問いに、それが「ゼロ」であることを多くの学生が知らない。113人中17人、15%しか知らなかったということ。原発が今も使われているという誤解は、それが無いと電気が足りないという結論に達するとその人は危惧している。

そのためか、今すぐ原発の稼働を停止し、廃炉にするを選択した学生は113人中たったの6人、5%だったと。

福島の農産物に対して、食べと応援、気にしないと答えた人は66%。流通しているのが食品の安全基準とされている100ベクレル以下だということを知っていた学生は113人中10人だったとも。

阪大の学生であっても、原発の現状や、事故にまつわることについては多くが「知らない」。この実情。

それは学生だけではないだろう。大人と言う人でも大方そうではないのかと推察してしまう。

「子供たちを守ろう」と言う親世代のどれくらいが知っているのかとも。知らないがゆえに、デマや風評が流布されるということもある。

「知の歩みが未来を読み解くカギになる」。しばしば塾で話していること。

これから出かける「まちヨミ」で、どんな「知」に向けた話し合いが展開されるのか、ある意味楽しみにして。

小にして学べば壮にして為すことあり、壮にして学べば老にして衰えず、老にして学べば死して朽ちず。

塾の理念。佐藤一斉の言葉を引いた。

若者から逆に学びたいことも数々ある。そういう若者もいる。

そうそう、きょうのイベントは中抜けする。駅前でやっている「あぐり市」に行く予定。郡山産の野菜の市。市、開催されていたら、それにも顔を出し、しこたま野菜を買ってこなくっちゃ。

生憎の雨。開催されるのかどうか。気になる。
大島も避難、捜索中断とか。

地元の農業関係者の作った野菜はほんとうに美味いのだ。

身土不二だ。

都会では味わえなかった野菜の本当の味。日持ちのする芋類は今度の週末に東京から来る弟一家への土産にする。弟の孫もいる。もう何回も送ってはいるが、人間の味覚は子供の頃に作られるという。その子の味覚は研ぎ澄まされてきたそうな。

あらゆることに於いての、さまざまな意味に於いての「知ることのすすめ」。

2013年10月19日土曜日

「風評」の発信は“福島”にもあるということ

きのう、ある中央紙の記者と話をした。彼は丹念に福島県を取材している。仮設にも通い、“帰還”で揺れる地域の住民集会にも顔を出し。

僕は彼に言った。「風評被害」って必ずしも「外」の人が言っている事だけとは限らない。県内の人も風評を撒き散らしている場合だってあると。

ここ数日、なぜかネットに出回っている写真がある。たった一枚の。川内村の米の栽培の様子。稲の横で防護服を着た人たちが水田の中でなにか作業をしているような写真。

今年の風景として拡散され、防護服を着ての稲刈り。そんな米は食えるかといた類の。

写真は去年、一昨年の試験栽培の時のものだ。
今、今年、防護服で田んぼや畑にいるのは帰還困難区域で、汚染された土壌が農作物にどういう影響があるかを調べるために作付した、わずかの農地だけ。汚染の移行係数を調べるためのもの。食べているのは野生動物。人のための収穫なんて考えてもいない。

現状としてあり得ない実相をあたかも今のことの如くネットに載せて何を得ようとしているのか。

偏執という言葉がある。偏執狂という言葉もある。手の込んだ「デマ」を喜んで流した人。それを真に受けて拡散に努める人。まるでそれが「義務・責務」であるかのように。意味不明なコメントまでつけて。

“福島”から自主避難したという人の話もよく登場する。なぜ福島に“カッコを付けたかというと、その人が、本当に福島の人かどうかはわからないから。

エセふくしま人も多く登場してくる。

今朝たまたま見たのが福島県大玉村から新潟に自主避難したという女性の話。それらをブログに書いている人がいる。「ずくなし爺さん」というHNだったか。「ずくなし」というのは長野県の、信州の方言。

その女性のいたところは「O村」と書かれている。すぐに大玉だとわかるのに。
なぜ伏字を使うのか。

大玉はいかに線量が高かったか。でも自主避難を「阻害」する村の雰囲気があった。非難をためらっていた時に体調を崩した。こどもが心配だ。新潟に来たら体調は戻った。福島にいるときに動植物の放射線による奇形をたくさん見た・・・などなど。

そのブログにコメントが寄せられている。「福島に人は住めない」という言葉が並ぶ。

大玉村には20キロ圏内から避難してきた人達の仮設住宅がある。日々普通に暮らしている。

もし、この女性が実在の人物ならば、なんで敢えて「告白」をするのか。人目を忍んで新潟で暮らしているとも書いているのに。

「福島には人は住めない」。学者さんも言った。まともに受けた人を責める気はないが。

事実と違うことを言って何を得ようとしているのか。

僕は純粋な福島県人では無い。東京の人間だ。たまたまこの地に居ついてしまっているだけ。福島に対して特段の愛着も無い。

自主避難者は僕の周りにもいっぱいいる。知り合いに。その人達を非難する気は毛頭ない。

福島、福島と言い募る。福島県と言うには明治政府が勝手に決めた行政区域。
被ばくの問題を「福島」という二文字で括ってほしくないのだ。

郡山とて“汚染された地域”であることは間違いない。でも、そこに多くの人が暮らしている。そこにいる人を「無知無能呼ばわり」されるのはとんでもないことだ。

県外に行って「福島から来ました・・・福島の汚染は・・・」。福島を貶めることに何の意義を感じているのか。

風評被害に拍車をかけるだけのこと。と思う。

福島の農作物はダメ。酒もダメ。線量の低い観光地も敬遠される。いわきでは昨日、事故後初めての魚の水揚げがあった。検査は施してある。でも漁師は「消費者の風評」を一番懸念している。

ヨーロッパ産のジャムから140ベクレルという線量が検出された。ブルーベリージャム。チェルノブイリの影響だともいわれる。

これは多くの人が問題にしない。

被害者である人が、ありもしないような“被害”を言い募り、あげく補償、賠償金の多寡を言う。福島から来た人が、福島にいた人がそう言っているんだから、福島って本当に怖いよね。

それが拡散されていくという風評被害なるものの一つの断面。

偏執狂というか被害妄想というか。どこかで言いふらされているヘイトスピーチなるものに“同質性”を感じる。

ネットの功罪。ネットに依存症が撒き散らすデマと虚報。「知る」ということは「個の確立」。流されないでと言いたくて。

2013年10月18日金曜日

大島の惨事と「3・11」と

倒壊した家屋、一面を覆う瓦礫と汚泥。懸命の救助作業。瞬く間に汚泥に呑み込まれ、逃げることもかなわなかった人達。無念の死・・・。

大島の光景は「3・11」と重なる。2年7か月前に見た光景に。

消防庁にしても、警察にしても、自衛隊にしても、「救出力」は優れている。それをもってしてもかなわなかった実態。

「72時間」が言われ、もっと、どうにかならないのかと言う人達。
救出がかなわなかった救助隊の人たちの無念さはいかばかりか。

テレビでは早くも「つるし上げ」「悪人さがし」が始まっている。いつでもそうだ。

今、あの町長を責めてどうなる。まだ不明者がいるという現在進行形の中で。
スタジオのコメンテーターなる人は、時には声を荒げて町長をなじる。
町長や町役場に瑕疵があったことは、だれでもわかる。が、しかし・・・。

なじることが、今、正義なのか・・・。

現場は現在進行形なのに、マスコミは早くも防災計画がどうだったとか、災害情報の在り方がどうだったかと。
家族には「非情のマイク」が突きつけられる。

当事者の視点と、傍観者の視点。

「3・11」が、「福島」が、日本の悲劇の「縮図」であったように、大島も「縮図」なのだ。

不明者の捜索、足の踏み場もない現場の復旧。それが最優先なのだと。

今、今日現在、「悪者つくり」や「つるし上げ」をやっている時ではないはず。
新たな台風の発生も伝えられている。その対策に町役場総出で当たらせるのが急務。

事実は逃げない。追及は後からでも出来る。

もちろん、我々は報道で現場を知る。殺到する報道陣が、現場の作業を阻害してないか、、家族を失った人たちの心を傷つけていないか。

天災に備えて、今度の事故を踏まえて、おそらく全国の自治体では対応の再構築を図っているだろう。

警鐘としての大島の事故。教訓としての大島の事故、大島の悲劇。

津波で多くの命を奪われて地域の人たちは決して他人事とは思っていないはず。

「国民の生命、財産、安全を守る」。国の使命だ。

気象予報技術も格段に進化した。その中で、「守る」ためにどうそればいいのか。指揮、指示系統をどう確立すべきか。既存の対策で可なのか不可なのか。
ハザードマップという一枚の紙切れを配っただけで対策としているのか。

他国で地震が起き、100人単位の人が死んでいる。マスコミはほとんどネタにしない。

揶揄するつもりはないが、「ガラパゴス化」した日本の報道。

天災は地球規模で起きている。そんな“世紀”に入っている。アメリカのデフォルトは大ニュースになる。天災事故は多くの死者を出してもニュースにならない。

3・11で我々は多くの「死」に出合った。死を悼んだ。“整えられえない死”に対して、もっと敏感であるべきなのだと思う。

つるし上げは決して”正義“ではないと。

2013年10月17日木曜日

「想像力」の欠如した国

一昨年、我々は「想定外」という言葉に何度も出会い、それが単なる言い訳に過ぎなかったことを思い知ったはず。その言葉とは「おさらば」した筈だと思っていたが・・・。

一昨年も盛んに言われた政治家の想像力の欠如。こうすればこうなるという洞察力の無さ。既存のマニュアルの中で事足れりとしていたことの罪。

台風26号。伊豆大島の惨事。言葉を失う。

致し方ないことかもしれないが、メディアは結果を持って、原因を探り、責任を追及することに走る。
専門家と言う人たちも、火山灰で出来た地域の土地の脆弱性を言い、避難指示を出さなかった行政を責める。

「今後の教訓にしたい」。その一語で事を収めようとする風潮。「想定外のことは起こり得る」。それが原発事故も含めて、東日本大震災が残した大きな「教訓」だったはずなのに。

地球温暖化、異常気象、自然界には「想定」は通用しない。自然界の動きはもはや人知を超えているのかもしれない。

想像力の問題だ。
自然災害だけではない。想像力を働けせていれば、防げた「事故」は多々見受けられる。

将棋でも囲碁でも、何十手先まで「読む」、つまり想像力を働かせるもの。こうすればこうくる、こうなったらこうする。
もちろん人間相手ではない、自然を相手にして「読み」が出来るかどうかは別物化もしれないが。

想像力を働かしていれば、大島の悲劇は軽減されていたかもしれないということ。

原発事故現場でもそうだ。想像力の欠如が、緊急的措置として、堰の雨水を排出せざるを得ない事態にしている。

懲りていないのだ。

大島の事故を“教訓”にして、各地で「防災計画」の練り直しが行われるだろう。「訓練」の見直しも行われるだろう。
起こりえないことを想定してのものになればいいのだが。

「結局、自分たちの身は自分たちで守るしかない」。そんな思いを抱いた人も多かろう。

またも「報道ヘリコプター」の事が問題視されている。ヘリの音が救助の妨げになるということ。
瓦礫に埋まった人のかすかな息遣いや、呼びかけ。それを聞きとるのにヘリの音は妨げになるということ。

これとて想像力の問題。

メディアが伝えなければ事故の模様はわからない。伝えようとする手段が、被災者の消息を伝えにくくしてもいる。そんなジレンマ。
この問題はかつて阪神淡路大震災の時も言われた。協定で自粛したこともあった。

現場に着いた報道陣は必ずといっていいほど聞く。
「これまでにこんな経験は・・」。経験して無いから被災したのだ。
「いや、はじめてですよ」と答える。そうじゃない。「経験してたらとっくに逃げてる。バカなことを聞くな」。そんな答えをしてもいいのに。

自戒も含めて、「想像力」、考え直してみないと。

2013年10月16日水曜日

「ふくいちライブカメラ」は揺れている

東電が4号機側に据えている固定のライブカメラ。台風とか大雨となるとその映像を見入っている。

今は雨はあがったようだ。風は強い。カメラが揺れている。まるで地震の最中のように。
このカメラ、ズームもしなければ、パーンもしない。言ってみれば付けっぱなしみたいな。リモコン操作でいくらでも動かせるだろうに。そういうものにしておけば。全く動かない固定カメラ・・・。

この映像しか1Fの様子を知る手だてはない。たしかに台風に備えて林立していたクレーンは畳まれているようだ。4号機と3号機の一部しか見えない。まして人の動きなどは。
これも「公開」ってことなのか。全容が全くうかがえないのに。

台風26号、日本中の関心を引き付け、死者を出し、多くの被害を与えて行った。

まだ風の轟音が聞こえる。郡山でも。風の音は不気味だ。

1Fには多分大量の雨が降ったのだろう。堰の水が放出された。規制委員会の了承を得ての汚染濃度が低いものだと言うが。基準値を大幅に下回ったものだというが。
気持ちいいものではない。1Fの敷地内だけでなく港湾にも流された。
監視員を増やし、パトロールを強化したという。それくらいしか出来ることは無いのだ。
多くの作業員が動員され、徹夜での作業もあっただろう。激しい風雨の中で。

台風を伝えるテレビは、木々が大きく揺れる光景を映す。多分、20キロ圏内の山林も風で大きく揺れたことだろう。除染されていない木々。そこに付着している放射性物質は「拡散」されているのだろう。風に乗ってどう飛散していくのか。雨がそれを“移動”させるのか。

線量が下がっていた地域でも、またも測定のやり直しってことになるのか。

何も終わっていない。何も終わっていない。

学校の教材にも使われると言う朝日新聞のコラム「天声人語」。今朝の記事には驚いた。

「台風の中、家庭に届けられるのは新聞配達の人たちの労苦をねぎらったもの。頭の下がる思いだ。どうか無理せずにと祈りたくなる。多くの地域で嵐をついての配達、その安全を願うのに自社も他社もない。お手元に届いた新聞、皆さんの前で少しほっとした風情かもしれない。人の心を映すかのように」。

結語の文章、人の心を映す。その意味がさっぱりわからない。それよりも、台風を押して配達される、その人達への感謝を“強要”しているかのような文脈。
自分が書いたものが届くのだから嬉しいことだろうが、もちろん編集と販売、新聞店とは別物だけど、届いてなんぼ、の新聞。一つの枠の中でなぐさめあっているような、ある種の“いやらしさ”。
書いてなんぼの新聞記者、届けてなんぼの販売店。なんか昨日の休刊日への下手な言い訳臭いような

配達員の労苦は多とする。でも、それはある意味仕事としての当然の使命。徹夜で河川の水位を見張っていた消防団員とて同じ。

せめてあのコラムに欲しかった原発作業員への労苦へのねぎらいの一行。命がけで働いている現場の人たちへ思いを馳せること。

新聞の論理と永田町の論理に、どこか共通しているようなものを感じる。

原発の現場で何かあると、いた、異変や異常がある時だけは伝える。日常のことは伝えない。伝えなければいけないことはまだまだあるだろうに。

台風の被害はその深刻さを増してきている・・・。死者の数が増えてきている・・・。

ライブカメラはまだ揺れている・・・。

2013年10月15日火曜日

「遅すぎる」ことのいくつか

きょうは新聞休刊日。いったい年に何回あるかこの休刊日。毎日発行してこそ新聞のはずなのに。
もともとは「新聞配達少年に休日を」という理由だったはず。今、新聞少年はいない。

休刊日だけは、その慣行だけは守られている。日々伝えるべきことは山ほどあるというのに。

世の中の慣行をぶち破れ、既存の考えを打破しろ・・・。そんな論調を掲げる新聞が「休刊日」という慣行だけは、当然の“権利”のように勝手に決めて実行していることの可笑しさ。

きのう、IAEA、国際原子力機関の専門家チームが来日した。福島県の除染に的確な助言をするためだという。
その記者会見の詳報を知りたかった。でも、新聞は無い。明日では遅すぎる。こっちには夕刊はありませんから。

テレビニュースでそれを知る。

なんで今頃の除染アドバイスかと。遅すぎる。もう巨費を投じて、効果があるなしにかかわらず除染は進められてきた。
アドバイスするならもっと早く来るべきだ。

IAEAってそもそも何だ。一昨年も来日していた。事務局長は天野さんというれっきとした日本人。
なんか「権威」に胡坐をかいているような気がする。国際機関って。
WHOだってそうだ。食品や被曝の安全基準を決め、それをありがたく押し頂いた日本政府はそれを根拠の一つにする。

どうも除染に関しては、森林からの飛散があることを承知していなかったから、再度の来日、現地調査っていうことらしい。

そんなこととっくにわかっているはず。そこに暮らしていた素人目にも明らか。

調査団訪日は日本政府の要請によるとか。体験しているその地の人たちの発する実情には耳を貸さず、国際機関がなんか言えば、それを押し頂くということか。

だいたい、今も拭えない不信感。原発の建屋の中には24時間監視しているIAEAのカメラがあったはず。いや、あった。それを見たし、案内してくれた東電の社員も言っていた。とにかく「常時監視されているんです」。事故前の話だが。
爆発でカメラも吹き飛んだだろう。しかし、その直前までの映像はIAEAにはあるはずなのに、誰もそのことについては触れない。
常時監視は嘘だったのか。カメラはダミーだったのか。まさか・・・と言いたい。

なんで今頃、除染アドバイス。遅すぎる。不可思議だ。

ニュース、報道は、早いに越したことはない。しかし、早ければいいというものではない。じっくり腰をすえて取材し、伝えるべきこともある。

福島第一原発の現場。過酷な労働環境。それはずっと前から指摘されていたことだったが、汚染水問題が表面化してから、中央のメディア、新聞はとりあげ始めた。重い腰を上げた。

全国紙が取り上げてこそ、福島の事故はこの国全体のものとして伝わる。ローカルの問題ではないということが。ローカルにしてはならないのだ。

今に始まったことではない。現場の過酷な労働環境。被曝からはじまって、賃金の問題まで。

人為的ミスは士気の低下によるもの。当たり前だ。それがやっとわかりかけてきての作業員の問題への言及。
政治家のおざなりな視察をいままで批判することも無く。作業員の声も聞かない視察は無意味だということははっきりしているのに。0,3平方キロの港湾内の風景を見るのが視察だったことも。

作業員の多くは現地、双葉郡の人たちだ。「被曝隠し」を責めるだけでは、その報道は生ぬるい。そうせざるを得ない実情を掘り下げないと。
にわか作業員も増えている。賃金の高い“除染”に行ってしまう人たちもいる。
このままでは「人がいなくなる」、その恐ろしさへの警鐘を鳴らし、問題点をあぶり出し、白日の下にさらす。調査報道の真骨頂じゃないのかと。

もっと早く伝えていたら、職場環境は変わっていたかもしれないのに。

遅すぎるのだ。遅きに失しているのだ。

休んでいる場合じゃないよ。元新聞少年だった僕はそう思う。

2013年10月14日月曜日

スピードと時間と安全と

なんかばかばかしくて笑えてくる・・・
今更ながらだが。

東京品川と名古屋がリニア中央新幹線で40分で結ばれる。2027年開通。東京オリンピックに合わせて。建設費用は10兆円に及ぶという試算。

昭和39年の東京オリンピック時は東海道新幹線。今度はリニア新幹線。またも“夢の超特急”かと。

運賃も今の東海道新幹線よりも3倍するとかしないとか。所用時間40分。
使われる電力量も3倍とか。

言ってみれば時間を金で買うということ。

時間は金で買うものなのか。「そうだ」ということなのだろう。

早くも停車駅をどこにするかどうかの綱引き。模型図見て嬉々とする人達。
これも「便利」ということばであがめられるのか。

なんかばかばかしい。

なんで人はそんなにスピードに憧れを持つのだろう。あらゆるところにスピードを求めた結果の今の日本の体たらくって思うのだが。

仕事にもスピードが求められ、スピードが善とされる価値観。

かたや「のんびりした時間」をもとめ、「ゆったり時間が過ぎて行く自然」を田園風景に求める精神性。

二律背反じゃないのかな。

かたやスピードと追求する人たちがいる。そんなに必要性が無い人のはずなのに。
かたや、スピード感の全く無い被災地の復旧・復興。一昨年からまったく時間が止まったままの、事実、とまったままの時計が放置されたままの原発避難地。
錆びた瓦礫や伸び放題の雑草だけが時の経過を教えると言う事実。

人生の時間を少しでも長くしようと、長寿大国ニッポンを謳い、高齢者を「エサ」にしたような悪徳介護ビジネスの横行。

「狭い日本、そんなに急いでどこへ行く」。

そんな交通標語があった。車のスピード違反を諌めるために。

でもあの標語は、車だけではなく、社会全体を風刺したものだったのかもしれないのに。

車屋さんたちは考える。安全な車を。人が運転しないで車が自動的に危険を察知して停車やハンドルを切るという技術革新の粋を。
人があっての「道具」なのに、人の意志や技量とは無関係に自動化される「道具」の数々。

だから、突き詰めて言えば、科学技術の進歩、発展は、人間を、究極「疎外感」に陥れるのかとも。

鉄道のATSでもそうだ。それのスイッチを入れるのは人間のはずなのに。装置が自動的に停止させる。それに安心すると人間は考えることを、その労力をやめる。

家電製品も全自動。ドアの自動ドア。なんでも自動。センサーが察知し、人間の手を煩わさずに機械が全てを判断する。
医療機器もそうかもしれない。医者はいなくても機械が判断する。PETだ、陽子線治療だ。金持ちだけが“恩恵”にあずかる。

パソコンは「さくさく」と動かなければストレスになる。

早いことはいいことだ。そうなのかな・・・。

仮設に住む環境は遅々として改善されない。

どっかでは時間がとまったまま。どっかでは時間を金で買う。必要としているのかどうかは無関係に。それに人は慣らされていく。

機械が作り出すスピードに人間が慣らされる。

なんだか変なんだな。

そしてテレビの番組では、リニア新幹線を賛美するニュースの後に、「のんびりゆったり各駅停車の旅」なんてのをやっている。

どことなく笑えてしまうんだ。スピードを真に必要なところにそれは無く、さして必要でもないところにそれが持って行かれる。

やはりおかしい・・・。

2013年10月13日日曜日

「おもてなし」と「おたがいさま」。

二つとも、昔から、日本人の中にある精神であり、それに基づく習俗である。
「おもたなし」、「お互いさま」。それを持って社会を維持してきた。

「おもてなし」。くどいようだが「お」は接頭語。持て成しの丁寧語、謙譲語。
持って為す。モノとコトとがある。
モノとはいわばおいしい料理であり、綺麗な建物。コトとはそれを為す人の心、気持ちとでも解しようか。“サービス”の有り様と捉えようか。

東京オリンピック承知で脚光を浴びた「おもてなし」という言葉。メイン会場になる8万人収容の新国立競技場建設を巡って異論が噴出しているという。

巨額な建設費、壊される明治神宮の景観、環境。宴のあとに残される建造物。

建設工事の業者はまだ決まっていないと聞く。応札を渋っているとも聞く。
その費用は手に負えないぐらいの巨大なものになるらしい。

建設が決まれば多くの機材や資材、人材が投入される。またも東京に多くの人が集めさせられる。
それが、いわゆる東北の“復興”を阻害することになるのではないかという危惧。ただでさえ、復旧工事や復興への動きは鈍化していて、遅々として進まないというのに。
原発の廃炉に向けた作業にも影響をもたらすことは必定だとも。

モノとしての“おもてなし”。その中に日本人の一部は除外されている。

マレビトという言葉がある。そういう思想が日本人の中にはある。稀人、客人と書く。遠来の客をもてなすという風習。それはもともとはあの世から帰ってきた父祖の霊をもてなすということからきているのだろうが、東北にはそんな精神性がある。少なくとも遠野物語りの作家、柳田國男文学の世界にはそれが語られている。哲学者の折口信夫も説いている。

「おもてなし」は流行語のようになった。もともとあった精神文化を、新しいもののように言い、半ば強制するかのように言い募る。
それをことさら言うということは、それが失われているということの証左ではないかと。

そう、高度経済成長の中で、成長、金儲けが優先され、それが美徳であるかの如くいわれた時代を経て、消えて行った事なのかもしれない・・・。

「までいの村」として知られ、「日本一美しい村」を目指し、「おもてなし」の心を持っていた飯舘村。そこに「放射能が降った」。村長自らが記しているように。

その村には「お互い様」という精神が生きていた。その「までい」と「おたがいさま」が住民を支えていた。
そして全村避難となった今でもそれは生きている。

原発事故によって汚染された可燃性廃棄物の減容化するための焼却炉の設置を村は受け入れた。周辺6市町村の廃棄物も受け入れる。

村長は言う。「自分たちでできることは自分たちでやることと“お互い様”が村の考え。復興に向かうため、やむにやまれず決めたぎりぎりの選択」だったと。

多分、村民の中には“反対”する人もいただろう。しかし、村の精神がそれを受容した。

被災した人たちを支えたのは「お互い様」の精神だった。おすそわけの風習だった。

今、この国のすべてに「お互い様」という心はあるのだろうか。無いと感じる。あるのは「ご自分様」のようだ。
自分さえよければ、自分さえ安全ならば、自分さえ・・・。

「お互い様」の精神は、あの大惨事を受けても、東北の小さな村には生きていたこと。失われていなかったということ。決して消えていなかったということ。

なぜか「おもてなし」と「おたがいさま」という二つの言葉に時折こだわる。

昨夜、「おすそわけ」の大根が我が家に届いた・・・。持って来てくれた・・・。

2013年10月12日土曜日

何かを捨てなくてはならない

「新しい物を手に入れるのには、それまでの何かを捨てなくてはならない」。災後、そんな意味のことを言っていた人がいた。
誰かの格言らしい。

原発。それは新しいものだった。そして人間は、これでもかこれでもかと新しいものを手に入れようとした。結果、多くの自然を「捨てる」ことになったのかもしれないが。

なんでもかんでも欲しいものを手に入れる。そんな生活から脱却すべきだという警鐘かもしれないが。

時代の変遷をいうのかもしれない。

一昨年、2年7か月前、多くの人が「変わること」に気付いていた時、あの3・11が時代への警鐘かもしれないと思った時、自分で「捨てるもの」を考えた。

一番好きだったゴルフを「捨てた」。やめた。一番好きなものを捨てないと意味をなさないと思ったからかもしれない。

テレビ中継のゴルフ番組は大体見ている。そこに見られる美しい光景。芝生。芝の上に立った時の高揚感や興奮、そして楽しい時間。

大いなる未練。運動でありストレス解消であり、懐かしい思い出の数々。
それらを捨てて、「新しい」時代を語らねばならないと思った、このクソ自己満足。

3.11後、自分で出来ることを考えた。出来ることをしょうと言った。出来ること、かなりの時間を使うこともあるが、この「ブログ」なるものを書き続けることを決めた。

被災地、その表現は被災地の人たちには使ってほしくない言葉かもしれないということを承知で、被災地に関わること、それから派生する世の中のこと、政治のこと。書き続けていこうと決めてしまった。
多分、3・11後の菅政権の有り様や、福島県知事を見ていて、「ああ、この国は終わった、この県も終わった・・・」。そんな怒りがふつふつと湧いてきたからかも知れない。

ゴルフは「一日仕事」になる。特にコンペだと。一日の大半を費やされる。
「ブログ」を書き続けるためには時間が必要だったから。捨てたというより引き換えにした。時間を。ということもある。

かつて清貧のすすめという言葉が流行り、本も売れていた。清貧なる言葉もいつしか消えた。

「断捨離」という言葉も登場した。それに賛同した人たちは、それを実践していた。その言葉も今は消えた。

富岡町にリベラルヒルズというゴルフ場があった。よく言った。泊りがけでも。
早朝、ホテルの窓を開けると、玄関先の花にスプリンクラーで水がまかれている。爽やかな空気がある。
綺麗で大好きなゴルフ場だった。メンバーには東電の社員や関連会社の社員が多く加入していた。平日でも夜勤あけであろう作業員の人たちがゴルフに興じ、楽しそうに食堂で歓談していた。

富岡とは地続きのリベラルヒルズというゴルフ場もあった。郡山から288号線を通って川内村を抜けて。
そのゴルフ場はもう「無い」。

「無主物」という撒き散らされた放射性物質の帰属を裁判所に判断させたゴルフ場は、小浜城カントリーとかつては言われたゴルフ場だった。

「最近、ゴルフはやってますか」とよく聞かれる。「やってない」と答える。「どうしてですか、あれほど好きだったのに」。返答しづらい。

ゴルフをやらないと決めた自分の“決断”がばかばかしくも思える時がある。プレーをすることを誰も咎めるわけでもないのだし。
「ブログ」は夜書いてもいいのだし。

津波で家を丸ごと流されて人もいる。家族を失った人も大勢いる。その当事者では無い。家を捨て、故郷を捨てざるを得なかった原発からの避難者でも無い。当事者ではない。
当事者にはなりきれない。

だから、自分も何かを捨てないと、その人達のことを語れないと思ったからかもしれない。

秋晴れ。絶好のゴルフ日和だ。だから、こんな愚痴ともぼやきともつかないことを書いているのかもしれない。つまらない“自己満足”だなと思いながら。

2013年10月11日金曜日

「人為的ミス」には必ず“土壌”がある

解決されることの無い原発の汚染水問題。度重なる汚染水漏れ。
このところの度重なる事故は、すべてが「人為的ミス」だとされている。
配管の繋ぎ間違いや、バルブ、傾き・・・。

どうも気になる。こと人為的ミスによる事故は、東電は素早く発表する。汚染水についてはすぐ発表する。
しかも、港湾内だけではなく外洋に流れ出した放射性物質の測定値まで。

汚染水に目を向け、もっと大きなことが隠されているのではないかと疑いたくなる。
原子炉そのものの、溶け落ちた燃料の事など。

なにかに目を向けさせ、目をそむけておいて隠していることがあるのではという疑念。

安倍の「コントロール発言」は全く無視だ。言及することもいまいましい。

多分、工程表だと来月から4号機の燃料取り出しが始まるはず。そこで「人為的ミス」があったらどうなる。事故があったらどうする。
とんでもない事態を招来するはずだ。

人為的ミス、学者や専門家や、やたらと横文字。ヒューマンエラーだと。
なぜそれが起きるか。
人為的ミスのおきる根底にあるものは。

作業員の質、そう今、現場を知悉している作業員がどれほどいるのか。
東電社員、関連会社社員含めて。

頭数が揃っていればいいのではない。質の問題。

まだ経験豊富な練達の士がいたとしよう。彼らは疲弊しているはず。士気は後退しているはず。

簡単な話だ。寝不足や過労。萎えた気力。その状態に置かれると人間の思考力は極端に低下する。正常な判断さえし難くなる。

作業員の労務管理は極めて杜撰だとも聞く。起こるべくして起こった人為ミスなのだ。

そういう土壌になっているということだ。組織の在り様の問題だ。現場優先、そこの人をいかに厚遇し、ミスが起きないような環境づくり。それが今の東電に欠けていること。だから収束なんて覚束ない。4号機の燃料取り出しへの危惧も生まれる。

JR北海道の相次ぐ「人為ミス」。その根底にあるのは労組の問題。4つの労働組合がお互い反目しあい、対立し、組合同士で軋轢を生んでいる。

組合に会社側は手を出せない。社長がいくら謝っても「改善」の兆しは見えない。

国鉄の長い歴史の中で生まれた鬼の動労含め、圧力団体労組の余韻が今も尾を引いている。
組合の問題になれば、彼らの言う「組織の維持」が大命題。客の存在は存在しない。視界から外されている。会社の意識も常に組合に向く・・・。

かつてあった国鉄や私鉄のゼネスト。そこに「客への迷惑」「客の安全」なんていうことは、腹の中には存在していなかった。闘争のための闘争。

その残滓が生きている。

東電にも電力労組に加盟している労働組合があるはず。東電労組が関連会社の労働者のために、待遇改善問題も、安全確保の問題についても何か物を言ったのか。

聞いたためしが無い。

東電労組からの“内部告発”は無い。内部告発と言う危険を冒してでも物を言い、原発事故現場の真相を明らかにするのは関連会社の作業員だけ。

人為的ミスの土壌。そこに隠れているのは労働組合の存在だとも。

連合なんていう組織は、今や、どこであろうと政権の枠組みの中に取り込まれている。
これもこの国の在り様の一つなのかもしれないと思い。

そして思う。
ミスも含めて、情報は人為的に操作されているのではないかということ。

2013年10月10日木曜日

あえて「中央紙」への“苦言”を

被災地のことは、あまねく全国に伝えなければなりない。そうあって欲しいと思っている。マスコミがどう伝えるかによって、被災地への、原発問題への関心が違ってくる。

木曜日、東北ローカル放送のNHK,被災地の声を見た余韻からなのかもしれないが。

被災地の声を被災地だけに伝えていても、それは「傷のなめ合い」。一時、多くのボランテアが被災地を訪れ、中にはその地に居ついて結婚し。そんな人もいるのだが。

多くは忘れ去られて行こうとしている。“原発問題”は、文部科学省の桜田副大臣が発言したように、それを「口頭での厳重注意」にとどめた官房長官の発言にも見られるように、「汚染されたゴミの焼却灰は人の住めなくなった福島県に置くべきだ」と本音を語ったように、福島県に閉じ込めてしまおう。そんな空気がこの国を覆っていると感じる。いや、事実そうなのだろう。

大きな要因は東京オリンピックの招致にあるのではないか。コントロールされている、ブロックされているという安倍発言がいみじくも語っているように。

きょうの毎日新聞を見て驚いた。東京 青空再び 1964 to 2020。
タイムスリップも甚だしく。そう、今日の新聞を包んでいたのは1964年の10月10日に夕刊紙面。“世界は一つ”いまここに。天高く美しく開会式。
そう、国民の祝日である10月10は、東京オリンピックを記念して設けられた祝日。それも“振替”で毎年の“日替わり休日”。

本紙の中に”付録“として、その縮刷版の拡大を入れておくならまだしも。包んでしまっている。

”原発”をオリンピックで包み込むなよ。

2020年の東京オリンピック、手放しでは喜べない。そのムードにはとてもじゃないが浸る気になれない。
プレゼンテーションなる物は「まやかしの舞台」だったとも思っている。明らかに原発の現状からして「うそ」なのだから。

なんで毎日が・・・。そんな思いだ。本紙の一面トップは汚染水漏れで6人被曝という記事。3面には関連記事。隔靴掻痒の感をぬぐえなくもないが。その解説記事は。
規制委員会が“苦言”を呈したと書いてあったが。
こっちも苦言だ。

オリンピックどころじゃないんだよ。こっちはね。

福島に届いた朝日新聞。一面トップは「みなし仮設入居延長へ。2015年以降も」。
首都圏版、最終版、縮刷版に保存されるのはこの最終版。そのトップ記事は「みずほ銀に追加報告命令」。みなし仮設の記事はその脇。

左右逆転の記事の扱い。

新聞の一面トップ記事に何を持ってくるか。読者の印象も違う。書いた記者の士気にもかかわる。

全国紙、中央紙が、全国ネットでテレビが伝えない限り、それは「風化」の一因になるのだということ。

両紙とも、良い記事を見かかる。たった一日の新聞の「出来」で、それを云々すべきではないだろうが。

読売。数日前の小泉純一郎発言、脱原発論への反論記事。これには開いた口がふさがらない。よくもまあここまで恣意的になれるもんだと。反論の態をなしていない反論。

朝日に寄稿していた。元日本原子力発電の理事だった人が。2020年東京オリンオピックへの限りない疑問を。
富岡町の出身だった人。
「2020年、原発はどうなっているのだろう。避難しているわれわれはふるさとに戻って五輪をテレビ観戦できるのだろうか。現状を見ていると7年後も大きく変わらないのではないか。開催を手放しで喜ぶ気にはなれない」と書いていた。
「安倍首相は招致で世界に見せたあの情熱を、福島にも示して欲しい」とも。

これを書いていた途中、来客あり。名乗らず。出てみると新聞の勧誘。読売と地元民友新聞の合売店主らしい。どっかで見かけたような顔の奴。
「社長、社長、助けてやってくださいよ」。手に持っている品物をかざしながら。お引き取りを願う。助けるために新聞をとるのではない。新聞には助けてもらいたいのだ。
その馴れ馴れしさと押しつげましさ。読売新聞がますます嫌いになる。販売店と紙面とは関係ないのだが。

昼下がりの亭主の周りの光景・・・。

2013年10月9日水曜日

「仮設で死ぬ」と父は言った・・・。

飯舘村出身の子と会った。カメラマンをしている。
「最近、飯舘に帰っているかい」
「あまり帰りません。時々寄ってはみるけど。家の周りは3マイクロあるんです」。
「ご両親は」
「仮設にいるままです。父親は最近こう言ってます。俺らは仮設で死ぬんだと」

それこそ彼は“寂しそうに笑って”言っていた。

飯舘村で生まれ育ち、福島市で仕事につき、今は郡山に居を構えている彼。
妻子は半分“自主避難状態”だとか。

「大変だな」。それ以外に掛ける言葉もなかった。

仮設住宅。仕様は場所や施工業者によって多少の違いがあるが、基本的には2DK。6畳二間のところもあれば、4畳半二間のところも。

一昨年、引っ越しを手伝った、といっても避難所からの移動だけだったが、そこは4畳半二間。

そこには「古いもの」は何も無い。思い出の品や、過去を共にしたものは無い。

あらかじめ用意されていたその部屋にはおよそ不釣り合いのテレビ。冷蔵庫、エアコン、洗濯機。
東電がそろえた家電製品。

そして自分たちで買ってきた、間に合わせの生活必需品。小さいテーブル、座椅子。百均ショップにあるような棚。

それまであったものは何もないという生活。慣れ親しんだものは何も無いという生活。60年も70年も生きてきて・・・。

そこに居ざるをえないということは、それまでの人生を否定されていることなのかもしれない。

仮設では死にたくない。多くの避難者は言う。しかし、現実、その選択肢しかないことも頭のどこかではわかっている。

在宅看護、在宅での看取り。かつて、いや、今もそうか。自分の家で、自分の布団の上で死にたい。病院では嫌だと皆思っていた。

仮設は「自分の家」なのか。

例え、復興住宅が出来たとしよう。入居率はどれくらいになるのだろう。
今の仮設よりは広い家に住める。

しかし、元あったものが何も無い住宅。とてもついの住処とは思えない。

古くからあったものは、ほとんど持ち出せない。持ってこられるのは位牌だけ。

柱のキズも無い、古時計も無い。思い出のアルバムも無い。古い本だって一冊も無い。

雨露しのげるのが、手足を伸ばして寝られるのが、それだけで良しとするべしという事か。

飯舘の家には帰れない。孫たちが遊びにきていた家には帰れない。復興住宅なんて出来っこない。子供たちの世話にはなりたくない・・・。

「仮設で死ぬ」。それしか残されていない人生の終末。

1、600人とも言われる原発事故の関連死。その死がどれだけ無念であったことだろうか。その一人一人が。

友人が音楽仲間の葬儀の葬儀委員長を依頼されて、その挨拶分を「手直し」してくれと持ってきた。
故人は知らない。でも、そこで見知らぬ人と死との関わり合いと持つはめになる。
友人になりきらなくては・・・。

他者の死に“感情移入”をさせる。

手直し、書き上げに集中すること数時間。疲労度は極限に達する。安らかな死なんてあるのか。

極限と向き合って、考える「死」。

飯舘村には、全村避難が決まった直後、潔い死を選択した古武士の精神を具現化したような102歳の人の覚悟の死の出来事もあった。

いつかは誰にでも、どこかで訪れる「死」に想っただけ。ただそれだけ・・・。

2013年10月8日火曜日

「差別」で思う“在特”と“福島”

在特会、在日特権を許さない市民の会が行っていた、いわゆるヘイトスピーチなる物に対して京都地裁は「差別」と認定し、賠償や禁止命令を出した。

およそ下卑た、野蛮な、ヘイトスピーチなるもの。ほとんどそれに言及したことは無いが、もちろん気になっていた。
国籍とは何か、出自がどうした。

平たく言えば、「朝鮮人は帰れ」みたいなことだろうし、人格を否定する言辞だった。

関東大震災後も、「朝鮮人が攻めてくる」とのデマが流され、それに似たことは終戦直後にもあり、いわゆる「やくざもの」たちの手を借りた銀座警察なるものが存在していた過去を思い出す。

京都地裁は、簡単に言えば、司法が「差別」に対しての判断を示したということか。差別はいけませんよと。

3・11後、福島は放射能問題で、まさに、いわれなき差別に見舞われ続けてきた。今も続いている「差別」「蔑視」。そのほとんどは根拠の無い、デマや誤解に、いや、曲解にも等しいもの。

福島の県民は、直接、その差別に言及しなかったが、東電と時の政府を相手どって裁判を起こした。裁判所は、それを取り上げなかった。
「司法になじまない」といわんばかりに。

福島への「差別」、それは今後も続くだろう。

ヘイトスピーチなるものに共通して見えるのは、「ネットが介在」しているということ。

今更ネットの功罪を云々することではないが。

およそ人類とは「差別」がお好きだ。極端に言えば「人類の歴史は差別の歴史」ともいえる。アメリカの黒人差別、黄色人種差別、ナチスのユダヤ人差別・・・。

今でもある「人種差別」。

沖縄、広島、長崎、水俣・・・。それとて差別の歴史だ。

だいたい、日本人はどこから来たのか。核は誰が持ち込んだのか。

ヘイトスピーチをもってして「言論の自由」を絡める論調がある。言論の自由を持ち出すこととは異次元の問題だと思う。

福島への誹謗中傷、差別発言。それらも「言論の自由」という御旗のもとでは許されのだという論調もある。論調というより、身勝手な「砦」なのだが。

差別をすることによって味わうであろう優越感。それの醜さを人間はずいぶん学んできたはずなのに。

表現の自由と差別は相容れない。

福島にいて差別を考える。何回も書いてきたが、福島と広島、福島と沖縄。

福島県人が風評被害、差別、放射能汚染について、様々考えるチャンスを与えてくれたのかもしれない。この京都地裁の判決は。

県人同士でも、形は多少違っても「差別」の萌芽がある。それにどう対処するかも含めて。

大袈裟かもしれないが、“地獄”を見た人達は、人間の“根源”を見たのかもしれないし。

被差別者は常に「受け身」であらねばならないのかということも含めて。

まさに「空気の研究」の大テーマなんだとも。

2013年10月7日月曜日

消費税引き上げを5割以上が「評価」している

消費税8%に引き上げ。それをめぐるマスコミの世論調査が出揃った。
大方の傾向。50%以上がそれを「評価する」と答えている。数字としては。

その分析や解説はあまり見かけられない。評価と支持とはどう違うのか、賛成ということなのかも含めて。

半数以上が「評価」。その結果は“事実”としてついて回る。過半数の評価、流れは止められまい。

なぜ「評価」するのか。調査への判断は、端的に言えばマスコミの報道によって決まる。
一見、賛否両論を伝えているようでも、引き上げ効果のマインドをうまく“刷り込ませて”いたような。

報道の仕方、それをもとに各人が下す判断、その結果は国民の意思。今に始まった連鎖の構図ではないけれど。

世論調査を解説記事にしよう。数字を伝えるだけでなく、それをどう読み解くか、どう理解すればいいのかも含めて。

併せて行われる関連した調査の結果の読み解き方も。
消費増税が景気を回復させ、賃金アップに貢献すると思っているのかどうかも含めて。更に進めて、経済成長ってやつをどれくらい理解し、必要だと思っているかどうかも含めて。

8%は評価するが10%は60%以上の人が反対っていう根拠はなにか。
内閣支持率との関係は。
社会保障の安定に役立つと思っている人は39%なのになんで「評価」なのだとも。

雇用や賃金の増加につながると思うと答えた人は21%しかいないのに・・・。

かたや復興法人税の1年間前倒しで廃止という問題。
賛成は30%弱、反対は50~60%。東北地方では反対がもっと上回る。

数字をどう言葉や文章にして伝えるか。数字の羅列だけではわからないことが多すぎる。ちゃんとした文章の記事にするのが世論調査報道じゃないかなと。

数字はさまざまを物語る。しかし数字が全てではない。

空間線量から汚染水の放射線量の報道にしてもそうだ。

「高い数値」として、数字を上げられてもその意味を伝えていないと報道にはならない。

数字の事実と、実際の事実とは違う。数字が語れるもの、数字では語れないもの。

世論調査の伝え方もそろそろ新しい機軸を打ち出してくれないかなとも。

国民の50%以上が「評価」という数字の事実だけが残されることに違和感ありと。

それは国民の意識とも大いに連関してくることなのだから。

2013年10月6日日曜日

「町内会ゴミ拾い」と「核のゴミ」と

朝6時半から町内会、いや、市なのか。「クリーンアップ作戦」。
家の周りや道路のゴミを拾って集積所に運ぶ時たまの行事。道路脇にはまだ刈り取りが終わっていない稲が。すでにJAが立てた印の期限は過ぎているのに。

田んぼには数カ月癒されて来た。水が張られ稲が植えられ、蛙が泣き、たわわに実り、小金色に染まり・・・と。

その田んぼにはおそらく通りすがりの車から投げられてと思われる吸殻やコンビニ弁当の袋。

心無い奴らの仕業と言ってしまえばそれまでだが、よりにもよって田んぼに「ゴミ」を捨てるとは。

狭い抜け道のようなところ。中には缶ビールも。運転しながら飲んでいたのかどうか。

トングで吸殻を拾いながら、ただただ嘆かわしく・・・。農地に、自分たちが口にする、それを「戴かなければ」生きていけないコメにゴミを・・・。

何処にでもある光景とは思いたくないが、やはり“風潮”というのか、習い性というのか。

綺麗だった田んぼにゴミを捨てる。

クリーンエネルギーと称して受け入れて来た原子力発電、それが出す核のゴミ。
どこか「同じ構図」にも思えてきた朝。

田んぼのゴミは人の手で拾うことが出来る。処分は出来る。核のゴミ処理は手に負えない。その違いはあるのだけど。
人が捲いたものは人が始末できないと。始末できないものを背負ってしまった我々。

耕作放棄地がある。わずかな面積だけど。セイタカアワダチソウが生い茂っている。町内会長が電動の機械を持ってきてくれ、刈る。
放棄地の持ち主は「禰宜さま」だという。神職にあるものが無責任な放棄地を作るということ。農転だった可能なところだというのに。

ゴミ拾いの途中で思う核のこと。

きのうも書いたが小泉純一郎の「脱原発発言」。思惑を推測するのはやめよう。
それに気付いて考えを大転換させたのだから。

昨日、長年勤めていたテレビ局の創立30年プラス2という記念の集まりがあった。

30周年はちょうど「3・11」の年。二年後の式典。

「一言」と言われてまた余計なことを言ってしまった。

「3・11でこの国は変わると誰もが言った。変わらねばならないと皆思った筈。だけど、今、何も変わっていないよ。テレビも。変われよお前たち」。

「あいかわらず辛口ですね」と言われた。当たり前だ。通り一遍の挨拶めいたことなんかしてられない。

お開きになった時、一人の若い記者が見送ってくれた。
目を潤ませながら、手を握って来てくれた。「もっと勉強します」。そんな事を言っていたような気がする。

彼がいてくれて、その集いに出かけてよかったと実感できた。

一人の若者の声が、人のこころを揺さぶってくれる。

小泉進次郎のことを書いた記事が今朝の新聞にあった。復興政務官に就任して石巻を訪れた彼。

なぜ復興にこだわるのか。

大震災発生直後、燃料が足りないことを知った彼はタンクローリーを手配し、ドラム缶に移し替え、寒さに震える避難所に配って回ったという。
「これで生き延びられる」と避難所の人たちから感謝されたことが忘れられないという。

「震災を政治家として迎え、人生観全てを揺さぶられた」と語る。と記事にはあった。

小泉構造改革にはもちろん大反対だった。進次郎というその息子のことは知らない。多分政治姿勢も違うだろう。

もちろん小泉シンパでも無い。だが・・・。

二人に共通しているのは東日本大震災を、原発事故を直視したということ。見て、聞いて、知ったということ。

真夜中に吸殻を投げ捨てていった人も、昼間、その光景を見たら、田んぼを汚しているという光景を知ったら、どう思っただろうかと。

昨日のテレビ局の集まり。関連会社の女子社員で、自由書をたしなむ子がいた。その道ではそこそこ名の通った人らしい。

ステージの上で、彼女は音楽に合わせて「書を遊んで」いた。揮毫していた。

そこには、見る、聞く、知るという字も、書かれていたと記憶している。

2013年10月5日土曜日

「家に帰ろう♪」

大船渡出身で仙台を中心に活動しているLAWBLOWというユニットがある。
大震災後、彼らが作った曲の一つ。

「家に帰ろう」

♪いつか家に帰ろう いつか家に帰ろう
僕の心の中でいつも暖かい光を照らす場所へ
僕が生まれ育った町を呑みこんだ奴は
奇しくも僕の大好きな海だった・・・♪

♪前を向いて歩こうとテレビで誰かが叫んでた
変わり果てた景色の何を見て歩けばよかった・・・
カバンの中には必要なものだと思っていた
使えない携帯と財布
必要なものだと思い込んでいた・・・♪


そんな歌詞だ。被災者の彼ら自身が作った・・・。

LAWBLOW。バンド名。なんと訳すのか。法律に背くものではないはず。
復興者と置き換える人もいる。

一昨年作られた歌。その光景はまだ多くそのままだ。歌は今に生きている。


ハイスタ系のフアンである若者は、原発事故の故もあり、家族とともに余儀なく郡山を去った。
横山健のライブに行った。そのミュージシャンンはそこでこう言っていたという。

「音楽では世界は変わらない。音楽にケツを蹴り上げられて、熱い気持ちになった人が行動して、そうして世界は変わっていくんだ」。

この言葉を送ってきた彼には、もう帰る家が無い。郡山には。
ケツを蹴り上げられるために時々郡山に来る。

家に帰ろう。帰りたいけど帰れない人たちが15万人もいる。汚染された土地、汚染された家。野生動物に食い荒さえた家。

建物としての家はある。しかし、そこは家では無い。
「暖かい光の照らす場所」では無いのだし。

秋、夕暮れが速くなった。薄暗い町。人家の灯りとぬくもりが恋しい季節。

季節すら無情なるかの感あり。

コヒー豆を買いに行きつけの店に行ってきた。雨のせいか人影はまばら。

店内の有線から流れていた音楽。カバー曲を集めたものらしい。若い女性歌手が歌っていた。
♪上を向いて歩こう♪

その淡々とした歌い方が、余計に曲を引き立たせる。

思い出す夏の日、思い出す秋の日・・・。
悲しみは星の影に、悲しみは月のかげに・・・。

出されたコーヒーを飲みながら、聞き慣れていた歌が新鮮に聞こえる。コーヒーの香りとともに。

束の間の心地よい時間を持ったことにすら、どこか戸惑いを覚える。

家に帰る。犬が心地よさそうに、自分の居場所で寝ている。

何にも終わっていない。そして、何も始まっていない・・・。

2013年10月4日金曜日

「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」

論語にある言葉。「過ちては改むるに憚ること勿れ」。論語に接したことがある人なら誰でもしっている言葉。そして教え。

人は誰でも過ちを犯す。その過ちに気付いたら、誰に気兼ねすることもない。直ちに改めるべきだということ。

安倍はオリンピック招致のために大見得を切った。
「汚染水は完全にブロックされている。原発は完全にコントロールされている」と。
それを“鵜呑み”にした人たちは東京に票を入れた。招致が決まって国中が湧き返った。
ばかばかしい。コントロールされていない事態が続出しているではないか。

ここ数日の汚染水を入れたタンクからの水の漏えい。しかも高濃度。堰を越えて海に流れ出している。外洋に。
タンクが傾いていた。なぜ傾いたか。重量オーバー。つまりタンクの増設は追いついていない。タンク増設の動きが緩んでいるという話も聞く。

それを問われたお茶坊主、菅官房長官はこうはぐらかす。
「全体としてはコントロールされているという認識だ」と。言葉の使いわけも甚だしい。
コントロールされていないことは明明白白なのだ。

言い方をかえれば「嘘の上塗り」ってことにもなる。

ALPSはまたもや運転停止、それ以前にタンクのホースのつなぎ間違い。

東電に万全の対策をと指示し、東電はタンク回りの監視を強化した。人員を増やした。その結果汚染水漏洩が見つかる。なんと皮肉なことなのだろうとも。

多分、現場は疲弊し、士気衰え、人員不足、過酷な仕事・・・。

だから、論語の言葉を充ててみたくなるのだ。そして、「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」という類似語も。

この話は痛快だった。分かり易かった。小泉純一郎の「脱原発宣言」。菅は“言論の自由だ”と相変わらずのはぐらかしだったが。

猿は木から落ちても猿だが、政治家は選挙で落ちればただの人。それは政界の「格言」。

ただの人になった。選挙で落ちたわけではないが、出処進退をわきまえていた“小泉美学”とでも言おうか。政治家を辞めてはじめて見えたことと言えばいいのか。過ちを認めるに憚らなかった人。彼の“原発発言”への異論はない。まさにその通りと言いたい。

名古屋の講演で言い切った。脱原発を。

彼は在任時、原発推進派だった。それが「3・11」を経験して、原発擁護、推進は「過ち」だったと気づいたという。

その気づきは確信に変わった。ドイツやフィンランドを視察して。同行した原発推進を言う経済界の大御所にも「ダメだ」と一喝したという。

フィンランドで「オンカロ」という最終処分場を見学した。10万年核廃棄物を保管すると聞かされた。

「10万年だよ。100年じゃないよ。そんなことが現在の知識と技術で許されるのか。日本にはそもそも捨て場所が無い。原発0しかない」と。

毎日新聞にあった小泉語録を拾う。
「今、ゼロというのは暴論ではない。逆だ。今ゼロって方針を打ち出さないと、将来ゼロにするのは難しいんだ。総理が決断すれば出来る。あとは知恵者が知恵を出したらいい」。
「昭和の戦争だって、満州から撤退すればいいのに、出来なかった。原発を失ったら経済成長は出来ないというけれど、そんなことはないね。昔、満州は日本の生命線と言ったけど、満州を失なったって日本は発展したじゃないか」。
「必要は発明の母って言うだろう。敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。自然を資源にする循環型社会をつくればいい」。
講演ではこうも言っている。
「原発ゼロは無責任だと言うが、処分場のあてもないのに進める方がよほど無責任だ」。

過ちを改むるに憚ること勿れ。それを実践しているとも、論語を実学に取り入れているとも。

小泉構造改革には大反対だった。郵政民営化にも大いに疑義を呈してきた。が、この原発発言だけには信を置く。
小泉政治への評価が「過って」いたかどうかはともかく・・・。

2013年10月3日木曜日

日本人が「考え」「議論」すべきこと。ここ数日でもいいから。

東日本大震災以降、「人の死」「人が命をかけて他者を助けること」に敏感になっている。
事あるごとに「死の在り様」について語っているかもしれない。

JR横浜線の踏切で、線路上に倒れた老人を助けようとして自らが列車にはねられ死亡した女性の出来事。

周囲の状況はつまびらかにしないし、それはともかく。
人が人を助けようとして命を落としたということ。それだけは事実。

現場には献花に訪れる人が後を絶たないという。彼女がとった行動に胸打たれた人、その“勇気”を称えたい人・・・。
人が持っている心を、隠されていた心を、「覚醒」させたのかもしれない。

そこを訪れた人は手を合わせ瞑目しながら考えたであろう。
「もし、自分だったらどうしただろうか」という事を。

どうあるべきか。正解は無い。もし、それが僕だったどうしたか。わからない。
見過ごしたかもしれない。目をそむけたかもしれない。助けに飛び込んでいたかもしれない。

その場に置かれた時の自分の精神状態、心理状態にもよる。迫りくる電車を見ながら間一髪に期待したかもしれない。

でも、目の前で人が轢かれるのを見るのは嫌だ。何もせずに自分の心に傷を残すのも嫌だし。

テレビが伝えていた。自分ならどうするっていうことに対してのインタビュー。ある若い女性が言っていた。
「きょう一日職場でもみんなで議論しました。結論はありませんでしたが・・・」と。

マイケルサンンデル教授の白熱教室にあった討論のテーマを思い浮かべる。
人の死にかかわる「正義の在り方」を考えさせた討論を。正義とは人の道と思いながら・・・。

献花に訪れた若い男性が言っていた。
「このことはきっと忘れないでしょう」と。たぶん、献花に遠くから訪れた人たちの、その後の人生に大きな影響を与えるだろう。

命を賭して人を助けるや否や。ここ数日でもいい。日本人が議論してほしいこと。
亡くなった女性の行為は、どこかでこの国の人たちの在り様を変えるきっかけになるかもしれないから。

10年以上前、東京の新大久保駅で酔っ払って線路に落ちた日本人男性を助けようとして、日本人カメラマンと韓国人の青年が轢かれて死亡した。
新大久保駅には彼らの顕彰碑が建っている。
その新大久保駅周辺では「ヘイトスピーチ」なるものが繰り返されているという・・・。

東日本大震災。津波が迫る中、多くの人たちを救助しようとした例えば消防団員。自らの命と引き換えに多くの人たちの命を救った。
震災直後はそのことが様々話題になり、称賛の声もあった。

今、それらもその地での記憶になり、多くは“風化”という渦の中に呑み込まれていった感がある。
消防団に数々の「教訓」を残しながらも。

これを書きながらNHKの被災地からの声を見ている。オープニングには一昨年の3月の避難所の光景が使われている。
唯一のテレビがテレビの役割をはたしている番組だと思う。
あの「避難所」。毎日これを書いている原点なのだ。
心に刻まれている光景が、あらためて“覚悟”を思い返してくれているような。
僕の中では何も風化していないと思う。むしろ怒りが増している。

議論すべきこと。もう一つは消費税増税、復興増税廃止のことだ。
毎日新聞が早速世論調査を書いていた。
消費税増税賛成が46%。反対が45%。この調査をもとに言う限り、国民の半分は反対なのだ。
復興増税廃止には賛成が35%、反対が53%。

安倍のフェイスブックページ。昨日見ただけでも厳しく「増税反対の声」を、声ある声を上げていた人たちがずいぶん居た。
安倍がそのコメントを見ることはたぶん無いだろうが。

もっともっと議論すべきことなのだろう。政治家や官僚の議論ではなく、国民としての議論を。
安倍が「真面目」にフェイスブックに取り組んでいるのなら、そこに顔や名前を「晒して」意見をいう国民の声に目を注いでもいいのではないかと思うが。

所詮、お遊びのフェイスブックだったのか。パフォーマンスとしてだけの。格好付けだけの。

まだまだ「まとも」な日本人がいるということ。一人の人の行為が、声が、この国を変える力にもなるかもしれないということ。

新大久保事件が風化していなければ、もしかしたら、今のような日韓関係になっていなかったのかもしれないとも。

一人の人間の行為に政治はまったく無関心だということ。

2013年10月2日水曜日

「世論調査」がどう出るかだな

消費税8%に増税。決めてくれましたな。やれやれ・・・。

待ってましたとばっかりに、各メディアはその特集。経済政策から語り、庶民の暮らしから語り、社会保障の観点から語り、家計から語り・・・。

今朝のテレビのワイドショーには驚いた。諸外国との消費税、付加価値税との税率比較を一生懸命伝える。

日本は低い。110番目くらいだとか。軽減税率に触れる。品目にも。

見た人の印象。「そうか日本は低いんだ」。意図せざる“洗脳”とも。

復興増税の廃止。歯切れ悪い。安倍の話を聞いていても。
雇用が生まれ、被災地の復興にも役立つ。復興予算そのものは確保する。とはいうものの。

復興増税。その根本には国の財政の問題もあろうが、あまねく「痛みを分かち合う」って精神があったものと理解している。

カネだけ国がかくほすればいいってもんじゃない。痛みがなくなる分だけ、痛みを忘れるっていうことにはならないか。

税制改正による「3・11」の風化。

そう言ったらおかしいだろうか。

増税によって、法人税減税によって、雇用が確保されるし、賃金も上がる。消費が増える。経済成長だ。
未だ「絵に描いた餅」って印象ぬぐえず。

ズル軍鶏だらけの世の中、そうは問屋が卸すまいって思うんだけど。

朝日新聞にあった記事。
「汗して働く人々に成長の実感を届けたい」と安倍は会見で言った。が、賃上げを実現するまでの具体策は最後まで語らずに終わった。

語らずにではない。語れないのだ。
だいたい、額に汗して働く人々って誰を指すのか。

原発事故処理にあたっている人達に賃上げってあるのか。もし賃上げしたら、マスコミは騒ぐだろう。この前の東北電力の「隠れボーナス」を批判したように。

もう一つあった記事。
強気の首相は最近、周囲にこう漏らしている。
「俺の経済政策のおかげで増えた税収なんだから、どう使うかは俺が決めるんだ」。
それが本当なら、その権力欲を、独裁的考えをどう見る。

8兆円の使途はよくわからない。なにせカネに色は無いのだから。

いわゆる市場の反応もそこそこ芳しいという。そうすると思う。

金持ちの、金持ちによる、金持ちのための政治。と。

たぶん、今週末にはこの増税問題を巡っての世論調査があるだろう。
その結果がどう出るか。
安倍も心待ちにしているかもしれない。

とかく「風評」を気にする風見鶏的要素満載の彼のこと、挙げた手を下しはしないだろうが、どう出てくるのか。

経済政策や税制の在り方、どう理解するかは難しい。与えられた材料の中で、国民がどう判断するのか。意見の分かれるところだろうが「民度」が試される。

諸外国との比較は、税を論じる上での参考にはならない。

税と社会保障の一体改革。そのお題目も薄れてきた。
被災地の問題は、付け焼刃の感。1、000兆円にのぼる国の借金、企業で言えば赤字。どうするのか。本音が見えない。

身を切る改革ってどうなったのか。

おかしなことが多々あるはずなのに。

そして大義名分。「景気の腰折れを防ぐ」。腰折れってどういうことなのか。
役人が使い、政治家がそのまま使い、マスコミもそれの意味を解かず、使われる永田町用語、霞が関用語だけが独り歩きする。

8%の消費税にどう対応するのか。生活防衛をどう図るか。そんなことに思案投げ首の日々が続くってこと。

テレビは新商品の売り込みに躍起になるだろう。華やかなCMが垂れ流されるだろう。家だ車だなんだかんだと。

大手企業の経営者の高笑いが今から聞こえてきそうな気がして・・・。

とりあえず世論調査を見てみましょう。結果に付和雷同する気はさらさらないが。

2013年10月1日火曜日

「10月」に想う

10月1日。今日夕方消費税増税が正式に決まり発表されるという。来年四月からとりあえず8%。
経済財政諮問会議とかなんとか、言ってみれば「隠れ蓑」。初めに結論ありきのことども。

デフレからの脱却、景気回復、経済成長・・・。思惑通りに事が進むとは思えないのだが。

「日本経済を成長路線に乗せた男」「日本をデフレから脱却させ、経済大国の地位を取り戻した男」。そんな“勲章”を後世に残したんだろう。名誉欲の帰結。名を残したんだな・・・。

昨夜遅くまで、自公の税調が開かれていた。党内で“疑問視”されていた復興増税の廃止。
どうやら、わけのわからぬ“条件”だとか“言い訳”をつけて政府の方針を了承するとか。

昔は自民党の税調は大きな権限を持っていた。山中定則が会長時代は党の了解無くして税制改正はあり得なかった。政府税調はそれを追認するのみだった。

時代は変わった。「政高党低」と言われるようになった。政府のいう事には結局だれも従う。

安倍は飛ぶ鳥を落とす勢い。

鳥と鶏は違うけど、たまたまのタイミングなのか。卵の値段が急騰している。なぜか。農水省の考えかた。供給過剰になって値崩れを起こさないために”生産調整“を進め、補助金を出して卵の生産量を抑える。つまり鶏を殺したってこと。その他の生活必需品の値段も上がる。

一時あった「軽減税率」の話は出てこない。

「法人の復興増税を廃止、実効税率の引き下げ」。それをもって企業の収益を上げ、賃金を上昇させ、消費を拡大して、景気をよくする。経済成長を図る。

そうはならないと思うが、そうなったとしよう。

賃上げの“恩恵”に浴する人たちはどれくらいいるのか。サラリーマンと呼ばれる人たち全部なのか。全部としよう。それは人口の何割を占める。
彼らは一般的に「消費者」と呼ばれる。テレビがお決まりのように街頭インタビューする東京の新橋駅前。なんでどこもここも新橋なのか。

10月。年金給付額は引き下げになる。平均2349円。それが引き下げられるってことでの対象者である僕が鬱憤を晴らしているわけでは決してない。

年金生活者も物を買えば消費税は払う。
復興増税の撤廃含め、法人税引き下げは個人商店にも及ぶのだろうか。

消費税が上がれば当然買い控えが起きる。大手スーパーは“吸収”出来ても個人商店は無理だ。もろに売上げ減。でも消費税は払わねばならない。

“恩恵”に浴さない人たちはどれくらいいるのだろう。消費税は誰にも平等にかかるのに。

原発避難者に対する東電の賠償金、慰謝料か。それは一人月10万円。避難指示が解除されても1年間は支払われることになったようだ。
10万円は生活費だ。消費税は払わねばならない。

経済とは経世済民ということ。民を救うということ。金儲けのことでは語源としては無いはず。その言葉の意味を政治家は知らない。

山崎豊子が亡くなった。彼女の本はほとんど読んだ。「運命の人」っていうのを除いては。

反骨の作家だった。社会の矛盾をついていた。反権力だった。不条理を許さないとした人だった。

そういう人が徐々に消えていく・・・。受け入れざるを得ない人間社会の在り様なんだけど。

10月・・・。美しい季節を語る気分にはなれない。