2013年10月13日日曜日

「おもてなし」と「おたがいさま」。

二つとも、昔から、日本人の中にある精神であり、それに基づく習俗である。
「おもたなし」、「お互いさま」。それを持って社会を維持してきた。

「おもてなし」。くどいようだが「お」は接頭語。持て成しの丁寧語、謙譲語。
持って為す。モノとコトとがある。
モノとはいわばおいしい料理であり、綺麗な建物。コトとはそれを為す人の心、気持ちとでも解しようか。“サービス”の有り様と捉えようか。

東京オリンピック承知で脚光を浴びた「おもてなし」という言葉。メイン会場になる8万人収容の新国立競技場建設を巡って異論が噴出しているという。

巨額な建設費、壊される明治神宮の景観、環境。宴のあとに残される建造物。

建設工事の業者はまだ決まっていないと聞く。応札を渋っているとも聞く。
その費用は手に負えないぐらいの巨大なものになるらしい。

建設が決まれば多くの機材や資材、人材が投入される。またも東京に多くの人が集めさせられる。
それが、いわゆる東北の“復興”を阻害することになるのではないかという危惧。ただでさえ、復旧工事や復興への動きは鈍化していて、遅々として進まないというのに。
原発の廃炉に向けた作業にも影響をもたらすことは必定だとも。

モノとしての“おもてなし”。その中に日本人の一部は除外されている。

マレビトという言葉がある。そういう思想が日本人の中にはある。稀人、客人と書く。遠来の客をもてなすという風習。それはもともとはあの世から帰ってきた父祖の霊をもてなすということからきているのだろうが、東北にはそんな精神性がある。少なくとも遠野物語りの作家、柳田國男文学の世界にはそれが語られている。哲学者の折口信夫も説いている。

「おもてなし」は流行語のようになった。もともとあった精神文化を、新しいもののように言い、半ば強制するかのように言い募る。
それをことさら言うということは、それが失われているということの証左ではないかと。

そう、高度経済成長の中で、成長、金儲けが優先され、それが美徳であるかの如くいわれた時代を経て、消えて行った事なのかもしれない・・・。

「までいの村」として知られ、「日本一美しい村」を目指し、「おもてなし」の心を持っていた飯舘村。そこに「放射能が降った」。村長自らが記しているように。

その村には「お互い様」という精神が生きていた。その「までい」と「おたがいさま」が住民を支えていた。
そして全村避難となった今でもそれは生きている。

原発事故によって汚染された可燃性廃棄物の減容化するための焼却炉の設置を村は受け入れた。周辺6市町村の廃棄物も受け入れる。

村長は言う。「自分たちでできることは自分たちでやることと“お互い様”が村の考え。復興に向かうため、やむにやまれず決めたぎりぎりの選択」だったと。

多分、村民の中には“反対”する人もいただろう。しかし、村の精神がそれを受容した。

被災した人たちを支えたのは「お互い様」の精神だった。おすそわけの風習だった。

今、この国のすべてに「お互い様」という心はあるのだろうか。無いと感じる。あるのは「ご自分様」のようだ。
自分さえよければ、自分さえ安全ならば、自分さえ・・・。

「お互い様」の精神は、あの大惨事を受けても、東北の小さな村には生きていたこと。失われていなかったということ。決して消えていなかったということ。

なぜか「おもてなし」と「おたがいさま」という二つの言葉に時折こだわる。

昨夜、「おすそわけ」の大根が我が家に届いた・・・。持って来てくれた・・・。

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