2014年3月27日木曜日

そして「再放送番組」が消えた

今月19日、夜10時。NHKに「3・11万葉集」という番組があった。
「3・11」を経験した、家や家族を失った人、原発事故で家を失った人・・・。
その人たちの中で短歌という形で、三十一文字に言葉を凝縮させて、10数人の市井の人たちが、(市井を“しい”と平然と読んでいたアナウンサーがいたな、番宣で)泣きながら詠み、泣きながら吐き出した言葉。

番組に見入っていた。時々、その詠まれた短歌をメモに書きとめようとしたが、見ることがおろそかになる。だから、ただ見入っていた・・・。

正月、家に一時帰宅した人。立派な門松を据え、「この家は壊される。地震で半壊以上になっているらしい。終わりだな。これは“死化粧”ですよ」と門松の前で言っていた。その家だったか。庭にはゆずり葉が植えてあった。

避難するときに家に飼っていた犬の鎖を離した。「生き抜けよ」と言って。
いわきの高校生がつらい胸中を詠んでいた。書いては消し、書いては消し、本心を書いた。
生活の音も何も無い。足音も何も無い。

再放送があると告知されていた。再放送を見ながら、歌の数々を書きとめようと思っていた。

再放送は、NHKのホームページでも3月26日午前1時25分と書かれていた。番組で取り上げられていたいわきの高校生も、学校のホームページで、再放送の告知をしていた。

26日、つまり一昨日、いや昨日の早朝。
その時間にその番組は無かった。やっていたのは国会中継の録画。NHK予算の審議風景。延々と・・。総務委員会。
今夜も放送があるみたいだ。録画の委員会の模様が。

誰が見るのだろう。深夜の国会中継録画を。誰も見ない。そこにあるのは「放送した」という足跡だけ。

この中継録画放送。籾井会長の発言問題の余波なのだろう。かつて今は総務委員会、昔は逓信員会。NHK予算は国会承認マター。放送された時もそうでなかった時もあった。野党の一部が、本来は全会一致を建前としているNHK予算委に反対する。

もちろん成立するだろうが、「国会対策」としての深夜の録画放送・・・。

横道にそれるが・・・。安倍人事。安倍好みの人事。日銀の黒田総裁、NHKも籾井会長、内閣法制局長官の小松。
どこか似てると思いませんか。その驚くばかりの傲慢さ。発言も態度も。強い感じの人ばかりですよね。安倍さんは強い人がお好きなんですね。
自分も強い政治家だと思っているんでしょうね。

国会議員をバカにしきっている。舐めている。歯牙にもかけない。共通項として。舐められっぱなしの「おらがセンセイ」。悔しくは無いのでしょうかね。

3・11万葉集を見ながら、メモした一句だけは手元にある。
「あの道もあの角もなし閖上一丁目 あの家も無しあの庭もなし」

番組の前後に、新聞の歌壇だったか。出会った句がある。
「山なりにカーブを切れど三陸の 見慣れた町のどこにも着かない」

きょうは木曜日。東北地方だけは見られる「被災者の声」のOA日。
岩沼市の高台移転、集団移転にかかわる悲喜こもごもの話題だった。

「3年前より、今の方が涙が出るね」。一人の年寄りが言っていた。

嫌いな言葉だが。風化ということが日常の話題にもならない、語られないから、伝えられないから忘れてしまっている。それに一因があるとするならば、NHKはその「使命」を果たして欲しい。会長がどんな人であろうとも、ニュース番組には介入し、現場は意向を忖度するとしても、被災地の人たちの姿、日常を伝えることになんの異があろうか。

テレビが出来ることをテレビがやる。テレビでしか出来ないことをテレビがやる。長年禄を食んできたものの一つの“哲学”。
ただひたすら再放送を待つ。

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