内閣改造人事が終わった。永田町は、しばし、また平穏さを取り戻す。
安倍晋三の高笑いが聞こえてきそうだ。
人事権を行使し、あるかもしれない“反逆”の芽を摘んだ。自民党はこよなく彼に追従するのだろう。
地位の安定を保った。思うがままの「まつりごと」が推し進められていくのだろう。
安倍の天下は揺るがないような。
新内閣が始動し始めた。早速、復興大臣が福島にくるという。
とにかく、何処を見て、誰と会うのかはわからぬが、まず「見ること」から「聞くこと」からはじめるのだろう。
環境大臣にしても然りだ。
「福島」をわかっていない人達なのだから。
かろうじて「福島」を知っているのは、留任が内定しているという小泉進次郎政務官だけ。彼がもろもろ前面に出てくるのだろう。
改造劇が終わり、野党各党は“談話”を出している。毎度のことだが、「ひかれものの小唄」の類だ。
この男の言っていることも、遠吠えのようにしか聞こえないが、小沢一郎だけはまともなことを言っているともいえるかも。
「改造をしても何も変わらない。安倍自信を変えない限りは」。
つい2年前まで、政権をとっていた民主党。そのな政党があったのかと思えるくらいの存在感の無さ。
這い上がる気力も力のもはや持ち合わせていないかのごとき存在。軽い。
分散化されている野党。確たる反対勢力になり得ない野党。
安倍は自公にだけ気をつかっていればいい。まとめていればいい。野党など無いに等しいものだから。
そのうち国会が開かれる。安倍内閣を追及し、窮地に追い込めるような論戦を挑める野党は無い。
野党たるものの力量も落ちたものだ。まったくの「パフォーマンス」にしか見えない国会での質問。追及。ひたすら自己満足のような演説に終始するだけの委員会での“論戦”。
巧みな弁舌をもってすれば、追及はいかようにも出来るのに。
多分、選挙は無い。任期満了まで行くのだろう。このままで行けば・・・。
野党という座に安住しているような感。
そして「党内野党」すら存在しない現状。
マスコミはお決まりのように、今後の政権運営についての“不安材料”を挙げる。
でも、それとて意にも介されない。
不安材料として挙げられるのが福島と沖縄の知事選だ。
沖縄は「対立の構図」が鮮明に出来ている。福島はまったく不透明だ。
両方負ければ、永田町の論理からすれば、政権基盤が揺るいだとされるだろう。
しかし、致命傷とはなるまい。
その福島。雄平は知事選立候補出馬を断念したという。雄平後援会、支持してきた民主や社民。候補擁立出来るのか。他をもってきて、自民県連が推す鉢村に勝てるのか。
まさか「不戦敗」を決め込むわけではないと思うが。
「相乗り」の選択が今度は“野党”に迫られる。
鉢村推薦に腰が引けていた自民党本部はどう動くのか。雄平以外なら勝てると踏んで、“相乗り”を諦め、独自候補一本で行くのか。
福島は公明党が強い。公明がどう動くのか。
多分、県民の多くは、知事選そのものに興味すら失っているのではとも。
余計なことをひとこと。
新聞の見出しには「女性活用」「女性活躍」などの文字が並ぶ。5人の女性閣僚。
それが見出しに踊り、話題にされるということがそれほどニュースバリューがあるということ。珍しい事とされるということ。それ自体が、女性を活用してこなかったということの証左。マスコミの見立て。
言葉は悪いが”女性差別”の感覚があるから、残っているから、それを話題、目玉にしようとするということか。
活用ということは、活用していなかったということに等しい。
なにはともあれ、芽を摘み、お仲間に囲まれた晋三君、さぞかし居心地よろしかろうと拝察するなり。
♪はは、のんきだね~♪
2014年9月4日木曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
地に墜ちた「天下のご政道」。
菅義偉という“無能”な政治家が、何かの手練手管を使ったのか、とにかく内閣総理大臣という「天下人」に昇りつめた。 最近の総務省の役人を菅の長男による「接待疑惑」が報道され予算委でも疑惑がやり玉にあがっている。長男が勤務している「東北新社」の名前を久しぶりに聞いた。 創業...

-
1945年6月6日。沖縄根拠地隊司令官の太田實中将は本土の海軍次官に宛て打電した。 “本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが、相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却せられ、僅かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、...
-
東日本大震災から8年だ。毎年考えて来たのが「復興」という言葉、その事象。 未だもって、「復興」を言う言葉には“わだかまり”があり、自分の中で“消化”されていない。納得できる“回答”を持っていないのだ。 今も「3・11」は続いている・・・。 勤労統計の“偽装”は、この国の根...
-
昔、佐藤栄作が内閣総理大臣だった時、官房長官をつとめていた人に橋本登美三郎という人がいた。富ヶ谷に大きな家を構えていた。 富さんという愛称で呼ばれていた。茨城県選出の議員。もともとは朝日新聞記者。南京支局長の経歴もある。 富さんの後援会は「西湖会」と言った。富さんは朝日新聞...

0 件のコメント:
コメントを投稿