2014年12月2日火曜日

「福島」から選挙を語るは愚なりや

昨日東京新聞が書いていた。
福島第一原発から出る汚染水のことを。
「東京電力福島第一原発至近の海で、本紙は放射能汚染の状況を調べ、専用港の出入り口などで海水に溶けた状態の放射性セシウムを検出した。事故発生当初よりは格段に低い濃度だが、外洋への汚染が続く状況がはっきりした。一方、東電は精度の低い海水測定をしていながら、「検出せず」を強調する。事故当事者としての責任を果たしているのかどうか疑問がある」と。

汚染水は外洋に漏れているのだ。完全にブロックだ、アンダーコントロールなどと言った張本人はどう思っているのだろうか。

12万人、寒い仮設の冬が始まる。そこに戯れ歌のようなものも張ってあるという。
「毎日パチンコ屋に通えるのも東電さんのおかげです、東電さんよありがとう」のような。

除染が続く毎日。黒い袋がますます増えている。
1F構内では寒い中、作業が続く。浜通りにではもともとの住民と避難者との間で、軋轢がより深刻になっている。

国道6号が通行可能になった。常磐道がほぼつながった。そこを自転車で走らせる。そんな「明るいニュース」をメディアはこぞって伝える。

間違いではない。でも、その脇を見てくれ。
人はいない。草ぼうぼうの廃屋同然の家・・・。

あの時のままの光景が、そこにはあるということを。

全てが政治のせいではない。が、政治に結びついて行く問題だ。

今日からの選挙戦。アベノミクスが連呼され、かたや再稼働反対や集団的自衛権の問題が言われる。

福島も津波被害も、もう過去のことのように争点にはされない。

きょう安倍は相馬に入った。常磐道を来年3月に全線開通させると言う。
海江田も来ると言う。

福島は「ダシ」にされていると思う。

郡山市議が選挙応援で支持者回り。あまり関心が無いようだとの感想を言う。候補者のリーフレット渡すも反応は「いまひとつ」と。

アベノミクスの影響が及んでいるのかどうか。それらへの言及はその道の人に委ねよう。一言だけ言えば「及んで無い」と思うけど。

「選挙に行ったって意味が無い」「何も変わらない」。無関心な人が多いことは事実だ。

だから言う。「無駄なことは無い。今の政権は、それが福島と同じように、国民が諦めることを狙っている。無力感を味あわせようとしているのだ。みすみすその手に乗ることは無い」と。思う壺にははまるなと。

今はどうだか知らないが、昔、総理官邸には「日本丸」という帆船が飾ってあった。毎日のようにその船の前を通っていた。

福島の海を考えながら、海に浮かぶ船を想う。
言い古されて言葉のようだが。「日本丸よどこに行く」。

選挙の争点になるかどうかはわからないが、目くらましのような「経済」に埋没してしまうのかどうかも分からないが、安倍政治の行く先、目指す先を思う。

言いたいことも言えない、おかしいこともおかしいと言えない。普通に生きることもできそうにもない。そんな社会が待っていると。

物言う俳優が一人逝った。菅原文太。高倉健とは違った意味で、痛惜の念に堪えない。物言う人がどんどん亡くなっていくのだ。
彼の夫人はこう言っていた。
「落花は枝に還らざるとも」・・・と。

会津藩士、秋月悌次郎を書いた小説の題名だ。

菅原文太の“遺言”は、死して参政権を行使しているようにも思えてくる。

中島みゆきの歌は彼の死に相応しいものかもしれない。

♪宙船(そらふね)♪

・・・その船を漕いで行け、おまえの手で漕いで行け、おまえが消えてよろこぶ者に、お前のオールを任せるな・・・

「君たちが、あなた方が、政治を見捨ても、政治は、決してあなた方を見放さない。縛り付ける」。2年前の選挙時に書いたコラムの一行だ。

それしかない自らの権利を、自らが無視することなかれと。公示の日に。

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