2015年2月1日日曜日

「死」と「生」と

早朝飛び込んできたニュース。後藤さん「殺害」との報。言葉も無い。

彼の「死」を語るに言葉はあまりにも“無力”だとも思う。

これが、すべての意味を含めて、今の“世界”なのだと。
そして、それを“理解”すること、読み解くことも出来ない。

今日は僕の誕生日だ。74回目の。
誕生、そう僕が生まれた日に、一人のジャーナリストが無法にも”殺され“た。

74年の生を僕は受けている。彼は47歳で死を持った。

74年間、いろいろな死を見て来た。接してきた。最初に出会った死は、「戦争」のよるものだった。焼けた死体をこどもの僕はこの目で見た。

子供ながらに「戦争」を嫌悪した。やってはならないと思った。

肉親の死もあった。親や親せき。特に親の死をどう受け止めるかに苦悩した。

仕事柄もあってか、いろんな事故現場に行き、無残な死も見た。

幾つもの死が隣り合わせにあった。
でも、今度の見せつけられた「死」は、いささか異なるように受け止める。

「イスラム国」・・・。後藤さんを殺す必要はないはずだ。少なくとも彼はその「国」を敵視してはいなかった。

シリアの現状を伝えようとしていただけ。そこに苦しむ子供の姿を世界に伝えたいとしていただけ。だと思う。

彼を“殺害”したのは、あの地の人、アラブの民だったのか。他国、それも西欧からあの国に“憧れて”行った人なのか。

彼を殺す必要は無かった。でも、殺した。その狂気。

多分、この“暴力”に対しては、”暴力“をもって報いる、それによって償いを求めるという「死の連鎖」「負の連鎖」が始まるだろう。

西欧諸国だけではない。同じイスラムの国からも彼らは標的にされるだろう。

その“戦争”によって、シリアやイラクの子供たちが被害に合う。
後藤さんは子供たちを救いたかった。それが結果、真逆に動く・・・。

「イスラム国」というテロ集団は、半年で1,900人もの人を殺しているという。

中東のあの地の惨状を後藤さんは伝えたかった。これからはよりあの地のことは伝わらなくなるだろう。

あの「犯行声明」にあった如く、あの集団は、日本と言う国を名指しで敵とした。首相の名をあげて。

我々は、あの地を再び「遠い国」としてしまうのか。彼の志した「子ども達を救う」という意志を無駄にしてしまうのか。誰かが受け継ぐのか。

世界は「軍事力」という「力」にものを言わせた動きとなっている。そこに日本も必定、組み込まれていくのだろう。

力をもって力を制するという・・・。

この事件が我々に突き付けた問題は大きい。

この事件を契機にして、日本の中でどういう声が、動きが出てくるのか。
人道支援とは何なのか、何をすべきなのか・・・。

数日前、東日本大震災シリーズで「傷ついた人に寄り添って」という番組で、阪神淡路大震災から3・11に至るまで、被災者の支援を行ってきた看護師、黒田裕子さんの“物語”が放映されていた。癌で亡くなるまで、彼女は「仕事」のことを言い続けていた。

現場にしか真実は無い。見るべきものを見ないと真実はわからない。聞くべき耳を持たないと真実の声は聞こえない。と。

そして「生き切る」と何度も病床で言っていた。

74歳。どこまで生き切れるかはわからない。彼女のドキュメンタリーを涙して見、後藤さんの全くの不条理の“死”を知って、「生き切る」ということに留意したいと、何を為せるかはともかく、何かを為していかなければと、「新たな覚悟」を決めた。

自分の「死」は脇に置いておこうと・・・。言いようの無い「74歳の誕生日・・・」。「生」を受けた日・・・。

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