2015年5月6日水曜日

「夢之丞(ゆめのすけ)」に想ったこと

災害救助犬として活躍し話題になっている犬に夢之丞という子がいる。
彼はたぶん、柴犬系の雑種だ。色は若干白が入った茶色のブチ。

2010年11月、彼は広島の動物愛護センターにいた。殺処分されるはずだった。その日は処分場が彼の前の犬で満杯になり、彼の処分は翌日以降に“延期”された。

犬には予知能力や察知能力がある。たぶん、「殺される」ことをわかっていたのだろう。人並みに言えば「眠れぬ夜」を明かし、ケージの中で順番が来るのを恐れていたはずだ。

たまたま、広島の動物保護のNPO法人の人が来て、彼を連れて行くことになった。彼を災害救助犬として訓練することにした。
人間を恐れる夢之丞(この名前もNPOの人が付けた。希望を託して)は、なかなか人間になつかなかった。

まずは良好な関係を維持することから始めて、やがて災害救助犬に育った。
広島の土石流災害に出動し、一人の遺体を発見した。瓦礫の山を走りまわり、土石の隅に鼻を押し付けて・・・。

その後、フィリピンの災害にも出動した。そして、今度のネパールの大地震にも救出活動に参加、相棒のハルクと一緒に仕事をした。どうにかして人間を助けようと。

先日彼らは帰国した。今は犬舎でゆっくり休んでいるという。

人間に捨てられ、人間に殺されそうになった犬。その犬が、人間を助けようとけなげに“任務”をこなしていたということ。

そのNPO法人には福島の飯舘村から避難せざるを得なかった犬二頭を引き取っている。福島では殺処分された牛や馬や豚、そして犬も猫もいる。行き場が無くなった動物たちだ。

殺処分をせざるを得ない、ガスを流すボタンを押す係員の心中はいかばかりだろうと思う。好んでやっている人はいないはずだ。仕事として淡々とこなしているのかもしれない。

ナチスの収容所長、アイヒマンは、日常の業務として、ホロコースト、アウシュビッツで毎日殺人ガスを流すボタンを押していた。後に、それをアンナ・ハーレントは「悪の凡庸さ」「凡庸な悪」と書いた。

ドイツのメルケル首相が二月ほど前来日していた。メディアの扱いは小さかった。
メルケルは記者会見で過去を振り返り「ドイツが国際社会に受け入れられたのは過去と向き合ったからだ」と言い、ナチスの行為に反省の意を表し、謝罪した。“盲目”にはなっていなかったのだ。過去の歴史を修正することなく向き合っているのだ。

フランスの作家、フランク・パブロフが2003年に書いた「茶色の朝」という本がある。

//主人公の“俺”と友人の“シャルリー”はコーヒーを飲みながら、茶色くない犬や猫を安楽死させたことを話し合っている。
その国の政府が、ペット特別措置法を発効させ、茶色のペットしか認めないとしたからだ。
犬も猫も人間も“茶色”でなくてはならなかった。

茶色、それはナチスの制服の色。

日常は茶色に染められて行った。日常会話の中にも茶色を入れることに腐心した。そして、それに慣れて行った。違和感を感じなくなって行った。
「世の中から良く見られるし、放っておいてもらえるし」
“茶色”でいることは快適な時間だったし、街の流れに逆らわないでいることは安心を得られた」。「茶色に守られていること、それも悪くはないな」と思うようになっていた。

でも、それは甘かった。シャルリーは茶色の犬を飼う前に白い犬を飼っていた。それが罪科に問われ、国家反逆罪に問われて逮捕されてしまう。

「特別法が出来た時から警戒すべきだったのだ。抵抗すべきだったのだ。でも、面倒に巻き込まれるのはゴメンだとも思っていたし」。気が付いた時は遅かった。彼も以前は茶色で無い犬を飼っていた。ある“茶色い朝”、誰かが玄関のドアを激しく叩く・・・。

この本は反ファシズムへの寓話である。だが、しかし・・・だ。

夢之丞の話とこの本のこととはなんの連関性も無い。彼の次の出番を、それが無いのに越したことはないが。あったとしたら、その奮闘を祈る。

本の話だけにすれば、なんとなく思う。

我が家の犬は「真っ白」なんだ。

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