2015年11月30日月曜日

「活」に「喝」

あすから12月。世間は“慌ただしい”歳末へと向かうのだろう。
今や恒例になった“行事”もある。
やれ「流行語大賞」とか「今年一年の漢字」とか。

別のどうでもいいことのことなんだけど。

どうでもいいことを書く。
「活」という最近もっぱら多用されている字のことだ。

いつの頃からか、言葉に対して真摯でなければならない新聞であっても流行り言葉のように「わけのわからない」言葉を乱発する。

就活。就職活動のこと。それが何で短絡化された用語になるんだろう。
終活。人生の終わり方を指す言葉のようだ。
朝活。朝早く仕事をして、職場に行って一日を“有意義”に過ごすと言う言葉のようだ。
夕活。夕方の時間を“有意義”に使うという意味のようだ。

どうも残業を減らすという視点から編み出された言葉であり、時間の使い方であるようだ。

部活。昔はクラブ活動って言われていたけど。そして、婚活。結婚活動のことらしい。結婚するたに活という字が使われる違和感。結婚って“活動”して得られるものだろうか・・・。

「活」とは辞書には、いきること、勢いよく動くこととある。

不活動、不活発の日々を送って入る者にとっては、なにやら“疎外感”をもたらしてくれるような。

一年の終わりの時期。今年は何があり、それが何を意味し、どう捉え、どう考えるべきなのか。脳内を活性化させ、想いを巡らせてみてはいかがかと。

この国をどうしようとしているのかわからない「安倍政治」。安保法制を強行可決したあと、その尻拭いをするわけでもなく、言い出したお言葉は「一億総活躍社会」。
生産人口である成人はとにかく働けってことか。
お国が言っているのはそういうことではあるまい。一億の国民が「皆、働けるようにする」ってことなのだろうとは思うけど。働けばどうにかまともな生活が送れるような社会にする、しようってことだとは思うけど。

まさか「働かざるものは食うべからず」てなことではないと思うけど・・・。

どうもこの思いつきのような「活躍」って言葉に引っ掛かるのだ。しかも「総」がついていることに。

なんか、国家があって国民があるのか、国民がいて国家があるということなのか、“民主主義”の根底、その理念にかかわることのような気がしてくる。

戦国時代に活躍した黒田如水の言葉とも言われる「水五訓」。

一.自ら活動して他を動かしむるは水なり
二.常に己の進路を求めて止まざるは水なり
三.障害にあい激しくその勢力を百倍し得るは水なり
四.自ら潔うして他の汚れを洗い清濁併せ容るるは水なり
五.洋々として大洋を充たし発しては蒸気となり雲となり雨となり
雪と変じ霰(あられ)と化し凝(ぎょう)しては玲瓏(れいろう)
たる鏡となりたえるも其(その)性を失はざるは水なり

言葉が生きている。訓えが活きている。

だから、というわけではないが、京都のお寺の坊さんが立派な袈裟衣をまとって大書する漢字一文字は「活」とするのがよろしかろう。
それは前向きの意味では決して無く、日本語の衰退を嘆き、活き方がまったく不透明な現世への警告の意味で。

「喝」を入れるという意味でも。

2015年11月27日金曜日

牛のはなし

毎日牛のステーキを食べているから元気なんだと言う高齢者もいる。
ステーキ、素敵なご馳走だ。
牛のステーキにはとんとご無沙汰だけど。特別な日でもないと手が出せない。

ステーキ屋さんは「和牛」を売りにしている。
その和牛の子牛の数が減り、せりの価格が上昇しているという。7割以上もだとか。牛肉の小売価格も2割ほど高くなっている。

牛を育てる農家が高齢化などで減ったからだ。

TPP交渉でも重大案件だった牛肉の価格。
国はなんだかよくわからないけど「攻めの農業」とかなんとか言って和牛の輸出を強化する方針だというが・・・。

酪農家の高齢化。米農家に補助金をばらまき、生産者の負担を軽減しようと言ってはいるが、米も牛も同じ。
成り手が減っている、高齢化で、ということへの措置は取りようがないだろう。

和牛は希少価値の高嶺の花にますますなって行くのか。
オーストラリアンビーフやアメリカンビーフがスーパーに並ぶことになるのか。

福島の浪江町と南相馬に「希望の牧場」というのがある。
原発事故で放射能汚染された牛、牛の飼料の牧草。
牧場の主は事故後、行政から指示された牛の殺処分を拒否した。

出荷するわけではもちろんない。我が子のように育てた牛を殺すのに忍びないということだ。
300頭ほどの牛が生きるために毎日餌を食む。

どうしても牧草が足りない。災後は全国からの支援も寄せられてはいたが。

隣県宮城の白石市にも汚染された牧草がある。白石市はその牧草を希望の牧場に搬出することにした。
多分、牛は喜んだに違いないと思うけれど。

それに農水省から「待った」がかかった。「汚染物の持ち込みは復興の足かせになる」というのがその理由。

搬出に違法性は無い。白石市は国の要請を拒否した。
浪江の町長も搬入に異論を示している。

本格的冬がくる。餌がなければ牛は餓死するかもしれない。
搬入は続けられていると聞くが。

遠藤周作の著作に「お馬鹿さん」というのがある。その中で著者は牛の眼だったか馬の眼だったか、記憶は定かではないが「イエスキリストの眼に似ている」と書いていた覚えがある。

福島牛・・・。飯舘ミートバンク。福島の和牛は人気が高かった。避難地域の酪農の実態はつまびらかにしないけど。

牛と社会構造・・・。食う、生きるということにつながっているはなし。

2015年11月25日水曜日

“断捨離”としての原発

断捨離という言葉がいつの頃から言われ始めたのか。
流行語にもなった。
誰が言い始めたのかは不明だが。どうも”原点“は仏法にあるらしい。

断捨離とは一つの生活の術だ。「もったいない」という概念の対極語ではないようだ。

不要なモノなどの数を減らし、生活や人生に調和をもたらそうとする、そんな考えだとか。

それは個人の生活の在り様を言ったものだが、広く、社会全般についても言えることかもしれない。

原発がそのいい例だ。
核燃料サイクルの一環として、夢の高速増殖炉として開発された「もんじゅ」。
結局は使い物にならなかった。

核のゴミを減らす科学技術の一つの到達点であったにもかかわらず。

その“稼働”には、あの原子力規制委員会ですら匙を投げた。
運営主体を変えろと。

もんじゅ、一日の維持費が5千万円、年間200億円。

全くのムダ金が注ぎ込まれていたということだ。

維持費を垂れ流す核のゴミを運搬する船だって係留されたままだ。
コスト、コストを言うのなら、これほど採算に合わないものは無い。

これは一例だ。

コストに見合う利益を果たして原発が生んでいるのか。

福島に投じられている廃炉に向けての作業費。様々な機械が投入されている。
そして、何よりも汚染対策、住民対策。

何兆円ものカネが投じられる。

間尺にあって無いはずだ。だから、「原発」断捨離の勧めといいたい。
原発と言うのは、それで“潤う”人がいようとも、結局「無駄な物」なのだと。

人生の調和を限りなく崩していくものだと。

何を今さらと言われるかもしれないが、人間はあまりにも余計なもの、いろんなものを求め過ぎたのだ。

拡散された放射性物質。それに汚染された「指定廃棄物」。
それは決して福島だけのものではなく、宮城・茨城・栃木・群馬・千葉をも巻き込んでいる。

捨て場の無くなった指定廃棄物。16万トン以上だ。いずれも仮置き場に一時保管されたまま。
その処分方法は・・・。その仮置き場を巡って、住民は“分断”されていく。

そう、その“分断”こそが、4年半以上を経過した、あの事故の最大の災禍なのかもしれない。

指定廃棄物は当該県が処理すると国は決めた。それに応じる自治体はない。
福島では富岡町に「処理場」を作ることになりそうな気配だ。
補助金まで県は用意するとか。

もし、富岡が応じれば、他見の「ゴミ」も福島でお願いしますってことになりかねない。

臭いものは大本を断て。処理出来ないゴミを出すものはその施設を捨てろ。
原発に依存する生活様式から離れろ。
再稼働を求められる地域の人はそれを断れよ。“便利”に慣れ過ぎた生活、それがエネルギーに依存している。そんな欲望は捨てようよ。


もんじゅとは文殊菩薩から、ふげんとは普賢菩薩から名づけられたもの。なんとも罰当たりのような。

断捨離とは現代の「文殊の知恵」かもしれない。

2015年11月20日金曜日

国境とは・・・県境とは・・・。

今日も多分、ISを殲滅するための、いや、それだけではないかもしれない。
シリアや中東への空爆が行われているのだろう。
多量な物量作戦にものをいわせて。有志連合なるものの名誉にかけて。

そしてテロリストの掃討戦が展開されているだろう。

パリでは無辜の死者に向けての祈りが捧げられている。テロを機に人々はあらためて団結と連帯を誓う。

ベイルートの難民キャンプへの空爆も然りだった。国境なき医師団への空爆も然りだった。

戦いの犠牲になるのはそれを防ぐ手立てを全く持ち合わせていない市民・・・。
イラクへの空爆もそうだった。9・11後のタリバン殲滅もそうだった。
もちろんパリでも然り。

犠牲になるのは普通の市民・・・。

嫌な表現だが、きょうもまた彼の地では多くの死者が出ているだろう。
「パリ」の扱いは大きい。その他の地での“死”の扱いは小さい。

数字だけで語られる死。

「わからないこと」の理由の一つだ。

フランスは国境を封鎖した。これ以上のテロを防ぐために。テロリストは国境外からやって来るとは限らない。「自国民」の中から生まれている。

国境とは何か、を考える。
シリアを中心にひかれた国境線。存立する多くの国。その国境線は第一次世界大戦の中で生まれた、イギリス・フランス・ロシアが勝手にひいた国境線だ。

サイクス・ピコ協定。秘密協定が今のテロの要因を作っている一つだ。
オスマントルコ帝国を破ったイギリスやフランス、ロシア。
第一次世界大戦の時。イスラムの民は三分割された。分割統治された。そして国が作られた。国境が作られた。

その線引きはそこに住む“住民”の意志とは無関係だった。戦勝国が、それぞれの”利権“を計算して、いわば「机上」で引いた線。

民族は分断された・・・。その“歴史”が今に続いている。

多発するテロを憂いながら、中東の地の歴史が頭をよぎる。

そして思う。

実存が本質に勝るのか、本質が実存に勝るのか。

フランスの哲学者サルトルは21世紀のこの出来事をどう読み解くのだろうか。

県境とはなにか・・・。原発事故は福島で起きたことだ。誰しもがその事故の被害を「福島」という言葉で括る。

福島県は明治政府によって、明治の官僚の「机上の線引き」によって、その歴史とは無関係に出来上った県だ。

放射能は地図にある県境は無関係に降り注いだ。
宮城県丸森の筆甫地区。飯舘村の北側に隣接する部落。

県境とされるのは一本の道路。丸森の人たちの生活圏は南相馬だった。数歩歩いての福島県。

原発事故被害の「対象」から外されている。線量は飯舘と同じだ。
「福島」という限り、国の支援や“復興”対象には筆甫は入っていない。

県と町が意を用いている程度だ。いわば“忘れられた地”なのだ。置き去られた地なのだ。

沖縄も琉球処分によって日本に編入された地だ。琉球民族の意志とは全く無関係に。

イスラムにしても沖縄にしても。「歴史」に「もし」は無い。しかし、その「もし」を考えて見ることも必要なのかもしれない。

パリを想い、沖縄を想い、フクシマを想う。なんら“結論”を持ち得ないままに。

2015年11月16日月曜日

悲しみと怒りとしての“沈黙”

11月13日。パリで起きたテロ。たまたまテレビでそれを知り、テレビはその特番にでもなるかと思いきや通常のニュース扱いに過ぎず、その事実と現象だけが伝えられ、真相を窺い知る解説や識者の意見や見方などはほとんど無かった。

日本人に“犠牲者”が被害者がいないとわかるとその傾向は続いていた。
ISによる日本人二人の殺害時の、あのワイドショー的な(興味本位という意味で)情報の“氾濫”も無く、9・11時の時のような異様な雰囲気すらもなかった気がする。

テロが起きる前日、アメリカの空爆でISの“殺人犯”だとされるイギリス国籍を持つ「ジョー」が空爆で狙撃されたというニュースに接していた。

報復はあるなと感じていた。そしてあの事件。

テロと書いたがまさに戦争なのだ。

この事件を、戦争の発端をどう読み解けばいいのか全く分からなかった。多数の犠牲者を出したことへの悲しみと怒り。それを語れない、書けないと言うことの沈黙に支配されたここ数日。

未だ持って自分の中での思考の整理が出来ないのだ。

咄嗟の思考と想像力に中では、戦争への予感、ある意味での世界の終わり的な感覚に身体中が貫かれていたのだが。

報復の連鎖、憎しみの連鎖という言葉が新聞紙面には踊る。それとても。そうではあるのだが、どこか「ありきたり」の言葉のように思えてならなかったし。

どこか3・11の時に覚えた感覚とも似ているのかもしれない。犠牲者の視点でものを語るのか、国の視点で俯瞰してものを語るのか。

なぜこれは戦争だと書いたか。それは戦争は必ず無垢の市民を人々を犠牲にするということだ。武器を持った人同士の戦いでは決してないということだ。

だから3・11の時の思ったように、そこにあることを、そこから派生することをしっかり見なければならないということ。
テロとの戦いということは何かということを考え続け、あらゆることに想像力を働かせること。テロとの戦い、いや、テロそのものの中での本当の犠牲者は国民、市民、弱者であるということ。
なぜテロが起きるのかということも当然含めて。

沈黙は無関心に通じ、沈黙は差別にも通じる。原発事故と沖縄の現状からいつも思っていることだ。
しかし、視点を変えれば、このパリでの出来事はしばしの沈黙をも許されることではないかと思っている。

シャルリ・エブドのテロは言論の自由への挑戦と言う位置づけが出来た。今回の事件は・・・。

ISはじめ、今の中東・イスラム問題に対して声を上げねばならないと思う。西側先進国なるところの一員である限り、我々だって「当事者」の一員であるのかもしれないのだから。
しかし、どこに向かって、誰に対して声を上げればいいのか。その“わからなさ”が“沈黙”を選択させたのかもしれない。

トリコロールを掲げ、事件は愛国者を生む。戦争に向かってトリコロールが打ち振られるかもしれない。

フランスはある意味「多民族国家」だとも思う。フランスに住むイスラムは迫害の恐怖におびえているだろう。
非常事態宣言、国境封鎖は、いまだ絶えないシリアの難民の問題ともからんでくる。

テロは日本に及んでくる可能性だって当然ある。防ぐ手立てがあるのか。
わからない。だから「語れない」。

ベイルートで難民キャンプが襲撃された。数百人の死者が出た。日本ではあまり報道されない。ISに対する空爆は再開され、激しさを増してもいるとか。

3・11の時、世界各国からは「pray for japan」の声が届けられた。
今は「pray for paris」なのだが。

対イスラム問題。それを一概に「宗教戦争」とは位置づけ難いが、仮にそう思うとしたら、遠藤周作の代表作「沈黙」に“思考”の出発点をも置いてみる。

2015年11月8日日曜日

♪沖縄を返せ♪ということ

歌と言うものは時に数奇な“運命”をもっているのかもしれない。

辺野古で連日のように繰り返されている「強者」と「弱者」の衝突。
屈強な警視庁機動隊の若者が老人をごぼう抜きに半ば暴力的に扱っている光景。

地べたに座り腕をしっかりと組みあう沖縄の人たちから歌が聞こえてくる。

♪固き土をやぶりて 民族の怒りに燃ゆる島 沖縄よ
我らと我らの祖先が 血と汗をもて 守り育てた 沖縄よ
我らは叫ぶ 沖縄よ 我らのものだ 沖縄は
沖縄を返せ 沖縄を返せ♪

かなり古い歌だ。
そして、沖縄で何か事があると歌われる歌だ。

沖縄にはその歴史を語るとき、必ず「琉球処分」という”歴史“が語られる。
琉球処分はなにも一回だけのことではない。

今、沖縄にあること。それはもう何度目かの「琉球処分」だ。
民主党政権時、鳩山は「沖縄」を間違えた。
菅直人は国会の答弁で「今、琉球処分という本を読んで勉強しているところです」と言い逃れをしていた。その本は大城立裕の本を指していたような覚えがあるが。
その本を読んだのか、読後感含め、彼の口から琉球について聞いたことはない。


この歌は時には、その最後、沖縄“を”返せの部分を沖縄“に”返せと歌われる時もあった。

“を”と“に”の二文字の語るものは・・・。

日本の中にあって、日本でないような地としての沖縄。

この歌は多くの場合、反米、反安保の「運動」で歌われていた。それらの“闘争”は何かを切っ掛けに終焉することが多々あった。

そして歌も消えた。今、またその歌が蘇っている。だから“数奇な運命”と呼ばせてもらう。

今の沖縄の辺野古を巡る問題。これまでのイデオロギーとしての反基地、反米、反安保とはその在り様を異にしているとおもう。

根底にある“哲学”。それは人間の尊厳だ。翁長知事がしばしば言っているように。
だから、沖縄を返せではなく沖縄に返せという表現だって成り立つ。
尊厳を取り戻すという根底、人間本来の姿。

人間の、人間としての尊厳は、広島・長崎でも奪われてきた。そして福島もそうだ。

人間の尊厳を奪う。それは“差別”ということに通じる。
琉球処分、東北処分。差別として捉えることだって無理ではない。

原子力発電という文明の進歩、科学技術の進歩。それがもたらした恩恵。そしてそれが奪ったもの。福島の自然は戻らない。

安全保障の名のもとに押し付けられた米軍基地。それがさらに沖縄の自然を破壊する。


福島県民の歌というのがある。県民でも知らない人は多いが。
しゃくなげ匂う山なみに
呼びかけよう若い理想をかざして
あしたの夢がはてなく伸びる
明るいふるさと福島をつくろう
みどりひかる この空いつまでも
ああ 福島県

あゝ福島県という歌詞のあとに続けたいフレーズがある。

「福島を返せ、福島を返せ」と。

二番の終わりにには“フクシマ”を無くせ、とも付け加えてみたい心境だ。

フクシマで奪われたもの。人間の尊厳だけでは無い。田畑、森林、水、魚・・・。生きとし生けるものの尊厳が奪われている。

奇しくも今日の新聞の投稿欄にあった句。拝借する。

“ヒロシマとナガサキは核フクシマは原子力ならオキナワはなに”
枚方市の方の作だ。

短歌とて歌なのであり。

2015年11月5日木曜日

“糸”で“縄”を買った

沖縄を考える時、1960年代から70年代はじめの「政治の姿」が思い起こされる。

1960年代、日本の対米輸出は好調であり、貿易収支は常に黒字基調だった。
その象徴だったのが繊維。
1ドルブラウスなんて言葉もあった。とにかく安い日本の製品がアメリカ市場を混乱させ、大きな政治、外交課題となっていた。

時の大統領ニクソンの悲願は、どうにかして日本製品の輸入を規制できるか。それは政治生命にもかかわる課題だった。

池田勇人の病気退陣のよって成立した佐藤内閣。佐藤栄作の掲げる政治課題は沖縄返還、祖国復帰だった。
悲願と言ってもいい政権公約だった。
「沖縄の復帰なくして日本の戦後は終わらない」。繰り返し佐藤栄作が言っていたのをよく承知している。

本格的な返還交渉が始まる前、沖縄に行ったことがある。アメリカの施政権下にある沖縄を見た。
沖縄に行くには「パスポート」が必要だった。初めて手にしたパスポートは沖縄行きのものだった。「外国」に行くためのものではなかった。

那覇空港にはPXがあった。アメリカの煙草や酒が免税店で売られていた。税関があった。

で、沖縄返還と繊維交渉。

佐藤栄作は大平や宮沢では埒が明かなかった通産大臣に田中角栄を起用した。
田中は“荒業”をもってして繊維問題を解決した。

国内の繊維業界に当時のカネにして2000億円以上を払い、業界を「補償」し、繊維機器を国が買い入れ、壊すと言う角栄ならではの手法。

アメリカのサンクレメンテで行われた佐藤・ニクソン会談で沖縄返還が決まった。

「6・15」という日にちをTBSが抜いた。

東京から「同行記者」が数多く行った。その一人だった。政局記者の関心は、「角福戦争」にあった。佐藤が後継を指名するのではないかという予測の中で。

会談の主要議題は「沖縄」であったにもかかわらず、政治記者の関心は沖縄では無く政局にあったということ。

繊維交渉の妥結、決着が沖縄返還の実現に結びついていた。
だから言われたのだ。

「糸を売って縄を買った」とか「糸で縄を買った」とかと。

核抜き本土並み。それが佐藤の毎回言う「丁寧な説明」だった。沖縄返還が彼をノーベル平和賞受賞者にもした。

だけど今にしてもあらためて思う。
「核抜き本土並み」というのがいかにいい加減なものであったかと言うことを。

“密約”は暴かれることとなった。密約は今では公然たる事実となっている。

「他策ナキヲ信ゼムト欲ス」。密使、若泉敬が書き残した著作だ。彼を自死においやった遠因には沖縄があったのかもしれない。

佐藤の沖縄返還問題には陰で実兄の岸信介の尽力もあった。

沖縄返還と相前後するかのようにニクソンは「電撃的」に中国を訪問した。お膳立てをしたのは策士のキッシンジャー。
キッシンジャーは中国に対して「日米安保条約は日本に核を持たせないための条約だ」と説明したとも言う。

なんで“古証文”のような話を思い出しながら書いたか。どこか今のアメリカを中心にした、たとえば日米同盟の強化という話しに通底しているように思えるから。

戦後は終わらない発言は、福島の復興なくしては日本の再生は無いと見栄を切った大叔父とその系譜にある総理大臣に重なるから。

今の沖縄の現状を佐藤栄作はどう見ているのだろう。彼の家にあるであろうノーベル平和賞のメダルはどう思っているのだろう。

安倍の祖父は安保改定を批准させるために国会内に機動隊を投入し、野党議員をごぼう抜きに排除した。孫の晋三は辺野古に警視庁の機動隊を投入している。

なにをかいわんやの感・・・。