2017年4月1日土曜日

「3・11」と政治家たち

昨日、飯舘・川俣・浪江の一部が避難解除になった。今日は富岡。
帰還率はいまのところ1割にもみたない。

「選択」という問題の中で人々の苦悩は続いているはず。
政府の支持を受けて住民が”分断“されていくさまを見ながら帰還に舵を切った当該町村の首長も、政治判断も含めて苦悩と葛藤があったと思量する。

政治家として彼らが背負う難題の数々・・・。

いま、大方の政治家は国会議員という政治家は「3・11」に関心が無い。
昨日をもって被災者や避難者への国の支援はおおかた打ち切られた。

10万人と言う「棄民」がそんざいする「フクシマ」。

3・11時、日本の政治は、日本の統治機構は機能不全に陥っていた。
窮地を脱すべく、時の民主党菅直人政権は自民に「連立」を持ちかけた。

自民党の谷垣総裁はその申し出でを拒否した。

「確かに同期に菅直人というのがいるのは知っている。しかし、彼とは話をしたことも無ければ、一緒に酒を飲んだり、メシを食ったことも無い。そんな男と連立は組めない」。

多くの被災者が“塗炭の苦しみ”に暮れている中、政治の中枢での物事の判断基準がメシを食ったか食わなかったか、ということ。
党利がすべてに優先していたこと。泥舟には乗りたくないということ。

政治家の視線の先には「国民」が存在していなかたということ。

失政のゆえに民主党政権は終焉する。代わって登場したのが安倍晋三政権だ。
国民が安定的で無難な政権を選択したからだ。

安倍夫婦は時折東北3県に足を運んでいた。それは自らを利するという判断があったからだろう。
一強多弱の安倍内閣が誕生した。安倍政治とは何か。
「気に入った、好みの政治家や官僚、経済人などを身の回りに置き、その中にいることに安堵し、言いたいことを言い、やりたいことだけをしようとしている。気の小さな、幼児性を持った男だ」。旧知の元官僚はそう“解説”してくれた。

幼児性は異論を排斥する。痛いところを突かれると攻撃性を帯びてくる。
都合の悪いことは前政権だった民進党のせいにする。
激しい口調で、長広舌をたれ、保身のためにクロをシロに言い換えようとする。

周囲をお仲間で、いわば身内で固めようとし、結果、その身内から寝首をかかれそうな状況をも作る。
古人はそれを「身から出た錆」と呼んだ。

四月、郡山では市長選挙がある。四年前の選挙。現職と挑戦者との間で醜い選挙戦が行われた。
争点は「逃げた」。
現職原発事故を恐れて他県や海外に逃げていたと言う”噂“を振りまいた。

ネットを使っても拡散した。

数日間娘が療養している栃木県に行っていたことはあったが。

逃げたかどうか。市役所には市長の動向を記録した公文書が存在するはずだ。
“破棄”されていなければだが。

現職を破った新人、つまり今の市長。聞くところによると周りはお気に入りの人事で固めていると言う。異論を言うものは”飛ばす“という。
今の市長の頭の中には「原発事故」は過去の事とされているようだ。
カタカナを連発する彼の市政を理解するのはあまりにも難解だ。

どこか安倍晋三との相似性も覚える。

フクシマを知らずしてフクシマを語るなかれ。そんな詩人の言葉を借りて「福島」を思う四月の始め・・・。

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