2017年5月10日水曜日

読売記者の気持ちを“忖度”する

またも政治ネタで恐縮ですが・・・。

衆参両院の「集中審議」が終わった。
議論は安倍の“完敗”と見たが、この時点で安倍は改憲に“御執心”とうことをまざまざと、改めて見せつけてくれた。

なりふり構わず、“失言”の数々も棚に上げて。失言とはまさに失った言葉。
今までとは違ったことを平気で言う。

失言ではないが、「暴言」の最たるものは「読売新聞に言いたいことは書いてある。いまさら国会で言う必要は無い。読売新聞を熟読しろ」。

読売の“インタビュー”で語っていることが本心だ、と。

発言から忖度出来ることは、いや忖度では無い、読売は安倍政権の「広報紙」だということ。読売には本心を言ったということ。
国会で発言をせずに一介の“御用新聞”の方が大事だと言わんばかりの思考。

読売の読者は政府広報紙を読まされていたということになる。
すくなくとも読売はジャーナリズムではないということになる。

読売のどこの記者がどこの指示で安倍の発言を取材し書いたのか。デスクは黙って通したのか。

取材では無い。言っていることを書き写しただけ。いかに社主であり主筆であるナベツネがある意味日本の政治を牛耳り、安倍の政治指南役を果たしているとはいえ、読売の記者はこの一連の経緯をどう受け止めてるのか。

“読売新聞、ジャーリズム放棄宣言”

総理・総裁の使い分けと言う安倍の“浅知恵”。
三大紙と言われる中で、朝日、毎日は安倍を批判する。特に毎日は厳しい。

ちょと視点を変えれば、安倍の狡猾手法よりも、それに乗った読売の姿勢こそ問題ではないのか。

一昨日の夜、読売本社のある界隈の飲み屋で、社の姿勢について嘆き悲しんだ記者とていただろうにと思いたい。

ナベツネの意向を“忖度”した読売の記事。いや、忖度では無いかもしれない。
あの「憲法発言」はナベツネが付けた知恵なのかもしれない。

政治記者になた時、初めて勉強の為に読んだ本はナベツネ著の「派閥」という本だった。参考になった本だった。自民党政治を知る上での“知識”をもらった本だった。

父親より年上であろうナベツネの進言を入れるのに安倍は躊躇することは無いはずだ。

新聞社を排斥して臨んだ引退会見の佐藤栄作がだぶる。

日本のジャーナリズムが壊れて行くさまを見たような気がする。

安倍政権のメディア対策。げに怖ろしか。

さすが報道の自由度72位の国だけのことはあるなと。


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