2017年5月27日土曜日

官僚たちの“反乱”

かつて中曽根内閣時、官房長官には後藤田正晴が起用された。
後藤田は就任要請を固辞したが、国のために身を投げうつという思いで就任を受け入れた。

中曽根も後藤田も旧内務省の官僚。しかも後藤田が先輩。二人きりの時は後藤田は「中曽根くん」と呼び、中曽根は「後藤田さん」と呼んでいたと言う。

自論の憲法改正、自主憲法制定を表の議論に持ち出そうとする中曽根を後藤田は強く諌めた。国民の多くはそれを望んではいないと。
その進言を入れ、中曽根は憲法論議を“封印”した。
中曽根は長期政権を築いた。

かつて城山三郎の書いた「官僚たちの夏」という本があった。テレビドラマにもなった。
主人公のモデルは佐橋滋。ミスター通産省と呼ばれた男だ。
彼を含め、時の通産官僚はこの国の産業政策がいかにあるべきかについて知恵を出し合い、時には言い争いにもなったが、常に念頭にあったのは国であり、国民だった。政治家にも立ち向かって行った。この本はノンフィクションだ。

そんな時代もあったということ。

今、安倍1強政権と言われている。彼が何かに秀でている訳でも無いのに、そんな政治状況になっている。
安倍の側近として、安倍を支え続けているのが菅官房長官だ。
究極の「イエスマン」だ。

森友問題と加計問題はその「構造」が全く同じだ。酷似している。
安倍をとりまくこの国の「構造汚染」だ。

“天下様”の御意向に服従する官僚。それこそ白を黒と言いくるめる官僚。
国益よりも私益を優先する官僚。
かつて官僚に付されていた「公僕」という言葉は安倍の辞書から消された。

加計問題を巡り、安倍の意向を受けた、あるいは忖度した内閣府と文科省の文書。
前の事務次官が「反旗」を翻した。どこかに官僚としての意地と経綸を持っていたからか。

彼の行動を「官僚たちの反乱」と位置付ける。彼に賛同する官僚たちもいるからだ。

菅はその文書を怪文書とし、無視を決め込もうとしている。最近、テレビに映る菅の表情は醜さを増しているようにも見える。表情は全く冴えない。

おかしな理屈を官邸や自民党は言う。退官したのだから民間人だと。
現職で有ろうと退官した身であろうと、言っている“事実”には変わりはない。

もし官僚が入省時に「官僚とは」というまともな教育を受けていれば、政治家の言うがままに動くことは無いはずだ。

今の自民党の国会議員はまともな教育を受けていない。まともな人間は育っていない。“教育機関”であった派閥が無くなったからだ。

ある時期、派閥解消は「天の声」のように叫ばれた。マスコミもこぞってそれを主張した。

現代政治史の逆説的悲劇だ。

福島県会津若松市出身の政治家で伊東正義という人がいた。東大卒の官僚経験者だ。
農林省にいた時代、時の農林大臣河野一郎に歯向かったこともある。
後年、竹下内閣が退陣した時、自民党総務会長だった伊東に「後継」の要請があった。伊東は固辞した。
「本の表紙を変えても、中身を変えなければだめだ」。中身とは自民党の腐敗体質を指している。

会津藩士の末裔だ。会津に今も語り継がれる「什の掟」。その結語は「ならぬものはならぬものです」。

因縁めくが長州藩の血を引く安倍晋三は、このことを、この史実を何と聞くのだろう。

“怪文書”扱いにするのがおちなのだろう。

敢えて言う。今の無能な議員達の集団である自民党がなぜ生まれたか。
「自民党をぶっ壊す」と豪語し、選挙で大勝し、なんら抱負経綸を持たない“素人議員”を誕生させてしまった小泉純一郎にその責任の一端があると。

だから「他に適任者がいない」という項目に丸をつけてしまう有権者が多数存在すると言う世論調査の結果。

蟷螂の斧があってもいい、いや、あるべきなのに。

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