2017年8月5日土曜日

やはり「永田町」は藪の中

安倍は新しい内閣の看板政策として「人づくり内閣」という言葉を繰り出した。
ひねり出してきた。
そして、この内閣を「仕事人内閣」とも称した。

「人づくり」ということの意味が、内容がさっぱりわからない。「人づくり」ということが、素養を高める、優秀な人材を作るということであるならば、それはまず政治家や一部の“悪質官僚”に対して言えることではないか。

内閣をあげてお粗末な政治家の再教育を行う。「人づくり内閣」とはそういう意味だと、“好意的”に理解する。

「仕事人内閣」だという。仕事をして結果を出す内閣だと言う。
当たり前でしょ。仕事をするのは。

じゃ、前内閣の閣僚だった人は「仕事の出来ない人」だったということになる。
たしかにろくに仕事も出来ない無能な人が多々いたのは事実だが、それらを任命したのは安倍さん、あなたでしょ。

河野太郎や野田聖子という安倍政治に異論を唱えてきた人を登用した。
「俺は懐が深いんだ」というところを見せたかったのかどうか。
閣内に取り込む。一つの人事の手段だ。
かつて、総裁選を争った佐藤栄作が河野一郎を取り込んだように。

河野一郎の孫の河野太郎を外務大臣に起用した。彼は自民党内にあって「ごまめの歯ぎしり」と称して、反原発、原発政策にかなり専門的知識をもって疑義を呈してきた人物だ。

組閣後の記者会見で、核燃料サイクルのことを問われた。
「所掌外のことについては発言を差し控えます」ときたもんだ。

持論を封印したようだ。

「大臣」とは「国務大臣」というのが最初の肩書だ。国務大臣として担当が決められる。彼の場合、いわば「外務省担当」といことだ。
国務大臣である以上、国政のすべてのことについて、例えば閣議の席でも意見を述べる権能を所持している。いや、そうするべきだ。

所掌外と言って逃げたところに彼の、彼自身の「人づくり」の限界を見た。

「コメントを差し控えます」「答弁を差し控えます」。
今や政界、官界の常用語だ。それで大方がまかり通ってしまう。

おかしい、けしからん。無責任きわまりない“言葉”だ。

それが許されているという“藪”。

そんな答えが返って来たとき、質問した記者はなぜ二の矢を放たないのか。
「何でコメントできないのか、コメントしないという事の意味は何か」と。

コメントを控えると言う言葉。控えると言う曖昧語。
総理大臣様が“改心”して申し述べた「丁寧な説明」の真逆の“言”だと思うのだが。

改造に合わせたように民進党の細野豪志が離党した。離党者続出の民進党。
結局「烏合の衆」で出来上がっていた集団ということか。
いくら声を張り上げても政権の受け皿にはさらさらなり得ない。

安倍政権は“安泰”なのだ。

野田聖子は「言いたいことは言う、総裁選挙には出る」といった。有言実行を待つとするか。

しかし、民進党よどこへ行く。昔、面倒を見た吉良の仁吉は居ないぜ。

で、取りあえずなんだかんだと。藪の中は怖くて覗けないので。

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