2017年8月6日日曜日

「我が家の犬はゲンキと云う名だった」。8月6日に思う事。

きょう、8月6日を前に、昨夜は中沢啓二の遺書をめくっていた。
「はだしのゲン わたしの遺書」と言う本。

著者の母親は広島で被爆後、しばらくして亡くなった。

“荼毘に付された骨はあまりにも軽く、喉仏がどれなのかわからなかった。
「放射能は骨をくいつくし、スカスカのもろいものにする。
原爆と言う奴はおふくろの、大事な大事なおふくろの骨の髄まで奪っていった“

“福島の原発事故は「やっぱり来たか」という感じで受け止めた。原発と原爆は違うと言ってこの地震の多い国で原発を増設してきた政府、それを黙って受け入れて来た日本人に憤りを感じて来た。

みんな「カネ」なのだ。

放射能の恐ろしさを知った広島・長崎の教訓が今回やっと認識されてきたのではないでしょうか“

中沢さん、違うよ。認識なんかされてないよ。そう本の中の活字に向かってそう言ってみた。

“福島の風評被害のニュースを聞いて、ぼくは広島・長崎の被爆者差別を思い出した。被爆者は避けられたのです。
唯一の被爆国なのに、放射能のことが正しく理解されていない。
なんと情けない事か“。

“ぼくは男の子の孫に「元」という名前をつけました。ハダシノゲンで書いた僕のメッセージが、これからも伝わって欲しいとねがっているからです。

「元」は「元気」の元、「元素の元」です。

「はだしのゲン」は「麦」が大きなテーマのひとつなんです。
ゲンの父親が語る「ふまれても ふまれても 逞しい芽を出すような麦になれ。

ゲンは麦に象徴されるように、踏まれて、寒い風雪に耐え、たくましく、まっすぐに伸びて豊かな穂を実らせます。

僕たちには、きっと負けない「麦の精神」があるのです。

「はだしのゲン」はわたしの遺書です。


昨夜、歌番組から氷川きよしの歌う「一本の鉛筆」が流れていた。歌手は涙ぐみながら、唇をかみしめながら歌っていた。

今朝、8時15分。毎年の如く黙祷を捧げた。

毎年めぐってくる8月6日、9日の事

70%の国民が8月6日は何の日だと問われてもわからないという時代になった。そんな報道があった。

72年・・・「知っている人」と「知らない人」が区分けされて語られる。

「知らない」のではない。「知ろうとしない」ということだ。
原爆も戦争も、体験していなくても学ぶことはいくらでも出来る。

広島の小中学校がこれまでは「登校日」だった今日を登校日とすることをやめたという。

学ぶ機会を「お上」が奪っているように感じる。制度上の問題点を都合よく当てはめて。

この国はどこか間違っているのだ。

平和祈念式典で平和宣言を読み上げた松井一実市長は7月に国連で採択された核兵器禁止条約に言及し、「各国政府は『核兵器のない世界』に向けた取り組みをさらに前進させなければならない」と訴え、その橋渡し役となるよう政府に求めた。
続いてあいさつに立った安倍首相は核兵器禁止条約について一言も触れなかった。

先頃の国連でも日本は核保有国と歩調を合わせるように、総会を欠席した。

唯一の被爆国であるからには、核兵器禁止条約に率先して賛同すべきなのに、欠席戦術、不参加を決め込む。

北朝鮮がどうたらとかを理由に挙げていたが結びつけるには難がある。

明らかにアメリカの顔色を窺っているとした思えない行動。
世界の「笑い者」にされているのをどう考えるのか。

近代史の中での日本の“汚点”だ。

相変わらず「核の傘論」に執着している。もはやそれは「破れ傘」のような拠り所なのに。

「日本が核武装することは憲法に抵触しない」。そんな解釈改憲が今の政権下ではまかり通っている。
核武装を真面目に主張する政治家や論壇がある。

核兵器禁止条約にむけて、その先鞭の道をとることが積極的平和外交と言えるのだと思うが。

核兵器は、核戦争は何ももたらさない。廃墟を生むだけだ。
核兵器を持つことは一部の軍需産業に膨大な富を与えること以外の何ものでもない。

中沢啓二さんは2012年に亡くなった。
我が家の「ゲン」もそれから間もなく旅立った・・・。

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