2017年9月11日月曜日

「11」という日

きょうは9月11日だ。今から16年前、時差の問題はともかく、アメリカ、ニューヨークの超高層ビル、世界貿易センタービル2棟にテロリストによってハイジャックされた民間航空機2機が突っ込むと言う前代未聞のテロ事件が発生した日だ。

世界の最強国、文明国アメリカを震撼させ、阿鼻叫喚の渦に巻き込んだ。
我々はテレビの画面を通して突入する飛行機、やがて崩れ落ちる文明の象徴ともいえる瀟洒なビルが崩壊していくさまを見た。

ビルの跡地は「グラウンドゼロ」と呼ばれ、このテロによる犠牲者は3千人にのぼる。

その跡地には犠牲者の名前が礎に刻まれ、追悼式が行われる。

16年前、2001年は世界の歴史の転換点だったのかもしれない。
テロという言葉が日々伝えられるということになった事からしても。

そして今、北朝鮮と言う国がアメリカに向けて「テロ」を仕掛けようとしている。

9・11のテロ実行犯はアフガニスタンに拠をおくタリバーンというテロ組織だとされた。
テロの報復としてアメリカのアフガニスタン侵攻が始まった。空爆も行われた。
数多くの民間人も犠牲になっている。

アフガンで亡くなった人たちの名前はどこかに刻まれているのだろうか。

アフガン戦争は泥沼化している。まだ終わってはいない。タリバンがISをはじめ、その他のテロ集団を生んだ。

世界は分断された。

難民が多数生まれている。
そして、時として難民は排斥される。

分断がさらなる分断を生んでいる。

東日本大震災も11日だった。2011年3月11日。あれから6年半。
その「後遺症」は依然として残ったままだ。

その被災者の亡くなった人の名前は国としての慰霊碑に刻まれていない。それは設けられていないからだ。
原発事故は、どれかは“正義感”によるものかもしれないが、デマと風評という人間が持つ「醜さ」を露呈させ、多くの分断と差別を生んだ。

たぶん解消されることのない分断と差別。

北朝鮮問題をどう捉え、どう理解すればいいのか。
何にしても、新たなテロに日本も巻き込まれるかもしれない。

21世紀に限っていえば、「核」を中心に世界が蠢いている。

唯一の被爆国、非核3原則を国是としているはずの日本が核禁条約の締結に参加せず、北の核に怯えながら、アメリカの核に依存する。
核の使用も辞さないアメリカに身を預け、もう破れているはずの核の傘を信用し、「異次元の制裁」を首相は口にする。

「戦争」は必ず金儲けをする人達を伴う。朝鮮戦争、ベトナム戦争で日本の経済は潤った。
北の脅威を前面に打ち出すことで防衛予算は増大する。防衛産業は潤う。

一枚のパンすら食べられない戦争の犠牲者となった人達が居る。
一杯のミルクを飲めない子ども達が居る。

沖縄返還時「核抜き本土並み」と沖縄の人たちは乞い願った。
冷戦構造時、沖縄には多くの核兵器が配備されていた。
ソ連や中国を“仮想敵国”として。
核持ち込みの「事前協議」という妥協案が「他策ナカリシヲ信ゼント欲ス」と密使に言わしめて・・・。事前協議とは妥協の産物であり、形骸化した外交の産物だ。その対象に沖縄は含まれていない。という“合意“が有ったとも聞く。

ナイキやトマホーク、それらの核兵器がどうなっているのか。真相はわからない。新たに持ち込まれているかもしれない。温存されたままかもしれない。
北朝鮮という“テロ国家”の脅威に対抗するために。

平和解決をドイツやスイス、スエーデンの首相は言う。日本はさらなる軍事力の強化をいう。トランプはアメリカの「死の商人」の如く、兵器を買えと迫る。

原発の汚染水問題は凍土壁が出来たからと言って解決には至ってない。汚染水は増え続けている。

「11日」はテロを想起し、自然災害、原発事故を考え直す日だ。
「11日と言う日は学び、知り、考えるために与えられた日なのかもしれない。

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