2019年11月18日月曜日

「桜を観る会」で思う安倍の軽さ、嘘の強弁

安倍首相主催の桜を観る会のことが連日、報道されている。
中味は周知のような事だ。

“一度嘘をつくとそれをごまかすため、また嘘を言う。
「ウソの上塗り」。よく言われてきた言葉だ“。

桜を観る会には行った事がある。
内閣総理大臣名の案内状を貰って。

いわゆる官邸記者会のキャップには送られていたもの。
“観桜会”(かつてはそう呼ばれていた)はきらびやかな風情も無く、人もまばらで、テントに設えられたテーブルの飲食物も簡素なものだった。
写真を撮る人もいた。
しかし、今のスマホブームとは大違い。
スマホとはまことに“不行儀”な文明の“利器”だ。

新宿御苑は子供の頃の遊び場だった。たしか20円くらいの入苑料を払い、新宿高校の側から入り、遊びまわって、四谷側の大木戸門から出る。
常に閑散としたところだった。


桜については複雑な心境がある。「3・11」以来だ。
あの年も桜は見事に咲いた。被災者と接しながら「それでも春は恨まない」と納得させていた。
梶井基次郎の作品に「桜の樹の下には」という短編がある。その中にある一節「桜の樹の下には屍体が埋まってゐる」という一行が頭に残っていた。記憶が呼び起こされた。
坂口安吾の「桜の森の満開の下」も3・11時に思い出された小説。山賊が、夜道の峠で、“鬼女”と出会う。妖艶でありながら残酷な女との物語。

誰を何に喩えたかと言うことでは無いけれど。

今回の疑惑の一つの前夜祭の会場、ホテルニューオータニ。
「角福戦争」時、ニューオータニは田中派の“本陣”だった。
連日、そのホテルに通っていた。

安倍の源流「清話会」、つまり福田派。その“本陣”は赤坂プリンスホテルだった。
どっちのホテルに行くにも弁慶橋を渡った。橋の近くは昔、貸しボートがあった。その濠にも桜が咲き誇っていた。

時代はめぐる・・・。

ニューオータニが安倍の後援会の定宿になったとは・・・。
そう、赤プリは無くなったと聞く。解体されたと。

ホテルで行われる政治資金パーティー。事前の振込が原則。おひとり様2万か3万円。手渡しの現金制度は無い。

安倍のパーティー。5千円。会費は会場で安倍事務所の職員が現金を受け取り、まとめてホテル側に払ったという。領収書は渡されてるのかどうか。

パーティーに関るすべての書類は無いと安倍は言う。
菅に至っては「遅滞なく、内閣府で破棄しました」とほざく。
日本語の使い方を間違っているし、必要とされている政治を遅滞なく行う、という使い方だ。

言葉の“誤用”がこの問題の全てを物語っているのかもしれない。

会費5千円の前夜祭。立食と言えどもあり得ない。ホテルにはそれなりの「格」がある。立食といえども5千円の会費だと言うにはニューオータニの「格」が下がる。

「現金貰い、ホテル発行の領収書を手渡した」。一人一人から現金貰い領収書を手渡す。その所要時間は?
子供に計算してもらえばいい。受付で1時間以上はかかるはず。
これはカネにまつわることのおかしさの一例。

桜を観る会は、総理大臣名のいわば公文書的招待状で成り立つ。
安倍事務所のツアー参加呼びかけ文書そのものが“インチキ”だ。
私文書に過ぎない。

安倍は連日の様に官邸内で「総理番」記者との立ち話で釈明に躍起だ。
立ち話を「ぶら下がり」と全メディアが呼ぶ。誰が何にぶら下がるの?

あれはかつてのテレビ、ラジオのいわば「業界用語」。一本のマイクコードから、記者たちの後ろに設置したカメラに音声を分岐することから付けた“造語”。

新聞はぶら下がりと言う言葉を使うのを止めなさい。

その立ち話しでも安倍は開き直る。
“いわばですね”“いってみれば”“ようするに”。しどろもどろの接続語。
紙を読んでしかしゃべれない奴が、即座に反応しようとするとしどろもどろの意味不明言語となる。

“うそ”をついている証拠。

そして開き直る。喧嘩腰で。これ以上なんかあるかと。
総理番は政治記者に成り立ての若者。二の矢、三の矢を放つ力量は無い。
でも、食らいつくべきだ。
マスコミが世論から非難されないためにも。

国会の議席からの醜い野次。どうもお育ちと関係してようだ。

安倍の所業で日本は醜い。異形の国になって来た。
芸能人よ、納得の上の参加ならともかく「偉い人」に「ぶら下がる」のは辞めろよ。
もっとも、芸能人、タレントの類は「昭恵夫人」のお気に入りだから。
おお、夫婦善哉か。

各界の功労者や業績のあった人が招待の対象と言うのなら、あの「ボラ爺」こと、尾畠春夫さんでも招待して見ろや。
ま、見事に断られるだろうけど。

もう安倍の話しはきょうはこれで終わります。

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