ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。
ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。
そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。
「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。
ウクライナの北部にあるその原発事故の名前を多くの日本人は知っているだろう。
日本にも原発が当初54機あった。
福島にある東京電力原子力発電所が爆発事故を起こした。2011年3月11日。昭和61年
福島の浜通り、原町市に住んでいた詩人はチェルノブイリに事故後むかった。悲劇の痕跡を見て回った。
詩人の名は若松丈太郎。チェルノブイリと双葉郡の様相や人々の悲しみが相似形のように描かれている。長いが引用する。なぜなら、ロシア軍はチェルノブイリを占拠したというから。石棺で覆われた原発の痕跡をロシアはどう見るかと思うから。チェルノブイリ事故時はウクライナもロシアもソビエト連邦の“友邦”同志だったから。
「神隠しされた街」
45,000の人びとが2時間のあいだに消えた
サッカーゲームが終わって競技場から立ち去った
のではない
人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり
消えたのだ
ラジオで避難警報があって
「3日分の食料を準備してください」
多くの人は3日たてば帰れると思って
ちいさな手提げ袋をもって
なかには仔猫だけをだいた老婆も
入院加療中の病人も
1,100台のパスに乗って
45,000の人びとが2時間のあいだに消えた
鬼ごっこする子どもたちの歓声が
隣人との垣根ごしのあいさつが
郵便配達夫の自転車のベル音が
ボルシチを煮るにおいか
家々の窓の夜のあかりが
人びとの暮らしが
地図のうえからプリピャチ市が消えた
チェルノブイリ事故発生40時間後のことである
1,100台のパスに乗って
プリピャチ市民が2時間のあいだにちりぢりに
近隣3村をあわせて49,000人が消えた
49,000人といえば
私の住む原町市の人囗にひとしい
さらに
原子力発電所中心半径30kmゾーンは危険地帯とされ
11日目の5月6日から3日のあいだに92,000人が
あわせて約15万人
人々は100kmや150km先の農村にちりぢりに消えた
半径30kmゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
双葉町 大熊町 富岡町
楢葉町 浪江町 広野町
川内村 都路村 葛尾村
小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約15万人
私たちが消えるべき先はどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
事故6年のちに避難命令が山された村さえもある
事故8年後の旧プリピャチ市に
私たちは入った
亀裂がはいったペーブメントの
亀裂をひろげて雑草がたけだけしい
ツバメが飛んでいる
ハトが胸をふくらませている
チョウが草花に羽をやすめている
ハエがおちつきなく動いている
蚊柱が回転している
街路樹の葉が風に身をゆだねている
それなのに
人声のしない都市
人の歩いていない都市
45,000の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は搜しまわる
幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上のひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに
日がもう暮れる
鬼の私はとほうに暮れる
友だちがみんな神隠しにあってしまって
私は広場にひとり立ちつくす
デパートもホテルも
文化会館も学校も
集合住宅も
崩れはじめている
すべてはほろびへと向かう
人びとのいのちと
人びとがつくった都市と
ほろびをきそいあう
ストロンチウム90 半減期 29年
セシウム137 半減期 30年
プルトニウム239 半減期 24,000年
セシウムの放射線量が8分の1に減るまでに90年
致死量8倍のセシウムは
90年後も生きものを殺しつづける
人は100年後のことに自分の手を下せない
ということであれば
人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか
捨てられた幼稚園の広場を歩く
雑草に踏み入れる
雑草に付着していた核種が舞いあがったに違いない
肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない
神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない
私たちの神隠しはきょうかもしれない
うしろで子どもの声がした気がする
ふりむいてもだれもいない
なにかが背筋をぞくっと襲う
広場にひとり立ちつくす
当時はソ連の枠の中にいたウクライナ。チェルノブイリはその共和国の中。
ウクライナに侵攻したロシアは首都キエフを襲っているとか。
チェルノブイリにミサイルを撃ち込んだとか。
石棺で覆われているとはいえ、ミサイルで破壊されれば放射能は放射線を撒き散らす・・・。
発電所にもっとも近い従業員の居住地であったプリピャチ市の全人口4万5000人は事故翌日の27日午後から1100台の大型バスにより移住した。また、事故後数日間にチェルノブイリ市(人口1万6000人)をはじめ半径30キロメートル圏内に居住する住民、計9万人が新たに移住した。
詩の冒頭の光景。
農家の家畜もいっしょに移動した。
従業員はその後、発電所から50キロメートル東に離れた所に建設された町スラブチッチに居住し、そこから最後まで運転していた3号機が2000年12月に運転停止されるまで鉄道で通勤したという。
ウクライナには原発があった故か、各所にシェルターが完備されている。
沖縄のガマの比ではない。
日々のニュースに、プリピャチの人たちのことを想う。
「今度は神隠し」には合わないぞと。