2006年3月1日水曜日

女子アナウンサーの"卒業"

福島放送の夕方のワイド情報番組に出演していた看板女子アナウンサーが昨日で"卒業"しました。卒業というのは一つの業を終えることであり、彼女は今後ともアナウンサーという仕事は続けていくのであって、卒業という言葉は必ずしも正確な表現ではありませんが、契約期間満了ということで会社を辞め、新天地を目指して旅立っていきました。
青森県むつ市生まれ。長らく仙台でいわゆるフリーアナウンサーをしていました。縁あって3年前に福島へ。3年間、福島放送の"顔"でした。決して派手ではなく、落ち着いた雰囲気が視聴者の方々に好感をもって迎えられていたようです。昨夜は彼女の送別会。顔を見に行ってきました。泣きながらの別れの言葉ー。涙の中には悲しさとともに一つの達成感もあったかもしれません。いわゆる局アナ(社員アナ)とは違い、フリーというのは努力と実力がなければ、なかなか仕事がありません。だから仕事に対してはハングリーであり、手を抜きません。たった一人の女の子によっていろんなことを学んだ"社員"もいることでしょう。極言すれば、たった一人のフリーアナウンサーによって、その会社のイメージも変わり、その人が出ているということで、その番組を見てくれた視聴者も多いはずです。一人の女の子によって会社が支えられていたー。それが地方のテレビ局の一面です。福島生活3年の思い出を財産に、彼女は仙台に戻り、再び、フリーアナウンサーの仕事を探すことになります。一生アナウンサーをやりたい。それが彼女の「夢」なのだそうです。夢が叶うことを祈っています。
好きな言葉の一つを彼女に送ります。
  過去が咲いている今  未来の蕾でいっぱいの今


「政治判断」なるものの怪

「五輪」と「コロナ」。コロナウイルスが急速に拡大していく中、当然の事だが、五輪の延期が決まった。安倍は自らの主導権を言いつのり、IOCのバッハ会長は40日以内に結論を出すという前言を翻し、延期は自分の判断だという。安倍の提案を受け入れたと。 電話会談に陪席した、小池都知事や五...