2017年2月12日日曜日

「The Fool on the Hill」、VOL2

病気にはなるけど病人にはなるな。そんな言葉がある。

病院とは医者・看護師・患者のトライアングルで成り立っていると思う。
そのトライアングルは、文字通り、限りなく正三角形であることが必要だ。

病気を治すのは医者だ。外科手術を含めて。
病人を治すのは、いや、病人を作らないのは、患者本人の心の問題であり、そのサポートは看護師の役割だ。と、かねがね経験に基づいて思ってきた。
そして、患者は、その両者に信頼を置くことが肝要だとも。

20数年前、右の肺の中葉に出来た肺癌の摘出手術をした。数か月前から背中に激痛を発症。もろもろの検査結果から肺癌と診断され、結局摘出手術。
背中を肩甲骨のあたりから右わき腹まで袈裟がけに。

3か月間の入院。おもな愁訴は痛みだった。どうも癌が神経にさわっていたとかで。

執刀医は慶応病院の教授。見事な手術だったというが・・・。
痛みの解消についてはあまり関与してもらえなかった。

痛みの症状を理解し、多くの助言をくれ、別の医師も紹介してくれたのは、その病棟の看護師。
励ましも含め、「病人」にならずにすんだのは、数人の看護師“軍団”だった。

彼女たちとは今でも、交流がある。紹介してくれた当時の助教授とも。

病気を治すのは医師。病人を治すのは看護師。なぜなら彼女たちは患者の日常、症状に触れているからよくわかっているのだ。
患者の性格含めて。


この時以来、どうも痛みには滅法弱くなったようだ。
一月前の手術の痛みが取れず、より強くなっているの感。

あすからまた入院します。痛みの緩和やあわよくば治療のため。

また丘の上の住人にしばしなってくるのであります。

DPCとか、90日ルール。オブジーボなどの新薬。高野病院のこと。
丘の上で考えたことのいくつかはまたにということで。 

2017年2月4日土曜日

The Fool on the Hill

「放牧」と勝手に称した事が終わりました。
逆説として「放牧」と言ったのであり、実際は入院していました。

病名は「肺がん」。切除手術。退院した今も傷が痛みます。

痛み止めとの共生です。元来、「痛み」には弱い体質であり。20年以上前、右の肺の中葉を切除しています。
その手術は背中を大きく切り開くというものであり。

術後の痛みが激しく、なかなか退院できませんでした。
そして今度は左の肺。
胸腔鏡手術という方法であり、2カ所「穴」をあけ、ちょっと切りのものでしたがやはり痛みがやってくるのです。


その病院は丘の上にありました。丘の上の白い建物。丘の上から四方が見渡せるのです。

病棟は呼吸器外科病棟。

大方は高齢者がベットに横たわっています。

病室の窓外を眺めながらもろもろのことを考えました。


♪The Fool on the Hill♪、ビートルズの楽曲です。
フールをなんと訳せばいのか。

単に“バカ”か、あるいは“愚者”か、はたまた“おろかもの”か。あるいは“変人”か。

ま、さしずめ「丘の上の変人」と自分には当てはめてみました。

曲を作ったポールマッカートニーによれば「モデル」は天動説に異を唱え、教会に反発して異教徒としえ排斥されても地動説を唱えた、ガリレオ・ガリレイだそうです。
それと彼が飼っていたマーサという名前の犬だそうです。

丘の上で雲を見ていると地動説が立証できるということのようです。

♪今日も変人は丘の上に立って太陽が沈むのを眺めていた。
 先入観の無い眼は真実をみた。
 今日も変人は丘の上に立って太陽が沈むのを見た。
 真実をその目で見た。
地球は太陽を中心に回っている。
真実を見る眼が外側から地球をみる。
彼はわかっていた。誰が本当に愚かなのかを。
その彼を皆が嫌う♪

もろもろ考えたことの一つが大統領に就任したトランプのこと。そして安倍政治のことです。

安倍もトランプも“唯我独尊”、自分を中心に世の中は回っていると思っている。
それは全くの確信に満ちた物であり、まさに両者の思考回路は”同盟“に違わぬ、相似たりの、相似形のようなものだということでした。

偉大なアメリカを取り戻す。日本を取り戻す。似た物同士の思考。
これまでも、事あるごとに言ってきた「何から取り戻す」のかということが霧の中の思考。

病院の起床時間からしばらくすると、日によっては窓外が霧に霞んでいることもある。

飼い主とポチとの関係。三権分立をものともせず、ひたすら独裁者の様相を呈しているということ。

「移民排斥」をトランプは言う。笑ってしまう。だって数百年前にはアメリカ人というのは強圧的な「移民」として、先住民から土地を奪った、いわば「移民の末裔」じゃないのかとも。

やはり痛み故、本日の愚言はここまでとします。
折に触れて丘の上で思ったことを書いていきます。

ご無沙汰をひたすら謝し、今後とものご愛顧を願いつつ。