2018年9月26日水曜日

美しき秋の、耐えられない「虚しさ」

当からから亭、ほぼ一月さぼっていました。
その言い訳。
先月末から体調不良にありました。
朝起きたら、左足に激痛が走り、歩行困難。坐骨神経痛ということでした。
それの合併症ではないものの痔が・・・。排便後の激痛。これまた歩行困難。
やっとこさの病院通い。後は寝転んでいるだけ。
言い訳は以上。



世間ではいろんなことがありました。いろんなことが起きています。
一喜一憂ならぬ「憂い」の多かりしこと。

自然災害が多発した。
そこにはなにがしかの人災もある。
いや、北海道のブラックアウトは人災だ。

それに乗じるかのように泊原発が稼働していればブラックアウトは防げたという暴論が跋扈する。

もはや日本は災害列島だ。いや、地球規模で天災が起きる。

災害が起きれば避難者が出る。
この国の社会構造は災害を想像してこなかった。

災害弱者。以前から「防災省」の設置の必要性を語って来た。
国土交通省や復興省など“思想”を持たない役所はいらない。

地震予知を学会はやめた。予知は不可能なのだ。だからこそ、政治のレベルで災害に向き合うしかない。不幸な被災者をなるべく少なくするのが政治だ。
防災省には有能な官僚や専門家や有識者を網羅する。あらゆる人災を無くし、災害後の対処にあたるために。

総裁選の数少ない機会の討論で安倍はそれを一蹴した。
自衛隊や警察、消防を動かすのは総理たる自分だと。そこになぜか厚労省が入っていた。解せないことなのだが。

安倍が3選。当然の帰結。言ってみれば5年以上、3選のために“工作”をしてきたのだから。
マスコミはこぞって石破善戦と書いた。数字が彼らの予測を上回っていただけのことだ。
善戦もなにもない。自民党には「一輪咲いても花は花」というまことしやかな“価値観”がある。
安倍はないがなんでもあと3年総理大臣でいたいのだ。

安倍は有能な為政者、政治家では無い。むしろ無能に等しい。彼がある時から抱いた願望は決して「改憲」では無い。彼は憲法そのものを“理解”していない。

彼の願望は2020の東京オリンピックの開会式の場にいたい。それだけだ。
東京招致が決まったIOCの会場で「アンダーコントロール」という虚言を吐いた。
福島を聖火リレーのスタートとしたり、野球やソフトボールの試合をもってくる。県民感情を「コントロール」するかのような子供だましのようなやり方。

傍ら、1F構内に溜った汚染水を海洋投棄が具体化している。
あの東日本大震災の爪痕を出来る限り無くそう、隠そうと図る。海外への眼くらまし戦法。

安倍3選が決まってから、なにやら“怪しい動きが”たちどころに始まっている。
文科省の次官らの辞職。それはもっと前にすべき始末であったものの、引き延ばしてきた。大臣の責任が言われるのを恐れ、自分の任命責任を問われるのが嫌だっただけのこと。

伊方原発再稼働承認の高裁判決。阿蘇の噴火も予想されない、地震だって予想出来ない。「社会通念上容認される」という司法の判断。
司法が天災を容認するという愚。

問題の東京オリンピック。ボランティアを多数必要とする。JOCの組織委員長の森喜朗の年俸は2千400万だ。運営に寄与する人達はボランティアの名の下に無償だ。交通費1,000円を支給すことになったそうだが。
オリンピックという祭典に企業や学生にボランティア供出を求める。
「一億総動員、お国のために」。そんな“歴史”が残滓として蘇る。

西日本の大水害、広島の水害、いや3・11時もそうだった。多くのボランティアが働いてくれた。いや、今もそうだろう。
2歳の迷子をたった30分で発見した78歳のボランティア。
「私の手で見つけて私の手で貴女にわたす」そう約束したから警察にもその子を頑なに渡さなかった人。
彼は年金生活者だ。困っている人を助ける。それだけがボランティアを志した動機だという。
困って居る人たちを助ける。そこには「正義」がある。
「東京オリンピック問題」に正義は存在しない。
殆どの官庁が身障者雇用数の水増しをしている。
そんな国にパラリンピックを主催する資格は無い。

かたわらにあるブルーリボンバッジを眺めながら、安倍の”ペテン“を思う。


うん、椅子の上の尻が痛みを増してきた。横になります。

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