2019年4月25日木曜日

平成へのレクイエム

間もなく「平成」という時代が終わる。元号とは天皇に付随したものだが、一つの「時代」として語るための区切りとなるとも思う。

平成は昭和天皇の崩御により始まった。
国は喪に服し、“歌舞音曲”は自粛となり、テレビのCMで井上陽水が「みなさんお元気ですか~」と車の窓を開けて叫ぶCMは禁止のやり玉にあがる筆頭だった。

昭和の時代に東京から郡山に来た。平成という時代を「地方」からずっと見、考え時には語って来た。

平成のバブル。その萌芽は昭和の終わりごろからあった。そして「開花」し「はじけた」。バブルの余禄に与った人は当然いただろうが、多くの庶民は困惑の中に放り込まれ、さまざまな社会問題を生んだ。
それに対して政治は“処方箋”を書けなかった。
すでにして、人口減少・少子高齢化が言われ始めていたものの、政治は何ら手を打てなかった。

地方の時代が標榜された。為政者(おかみ)がやったことは「ふるさと創生基金」と称する1億円のばらまきだった。無意味な所為だった。
かくほどさように、政治は明らかに劣化し、格差の拡大を止められず、政治倫理が言の葉に上り続けた。
劣化した政治は平成から令和へと続いていく。
暴言と虚言と詐言の政治・・・。

暴力的政治はいつまでつづくのだろうか。

災害・天災の多い時代だった。しかし誰一人として「方丈記」の世界を想起した人はいなかったようだ。

阪神淡路大震災がボランティアという“相互扶助”のシステムを作り上げた。
国の“無策”への“一揆”のように。
東日本大震災でもその後の熊本地震や西日本豪雨でもそれは機能した。

東京電力福島第一発電所の爆発、メルトダウン。
梅原猛は「文明災」と呼んだ。
今もこの「爆発事故」は継続中だ。
この時、文明と言うものの脆さと危うさに多くの人は意を用いなかった。
次世代、次々世代いやもっと先までこれは続く。

平成が残した財産とはこのボランティア・子供食堂の誕生。
政治とは無縁のことばかりだ。

表立った戦争は無かった。それを想起した政治家や一部の人たちはいたけれど多くの国民は「否」の意志を堅持した。

「3・11」と同時進行のようにテレビのデジタル化が完成した。
国のご加護を受けたかのようにデジタル用の液晶テレビを量産し、儲けに儲けた家電メーカー。今は倒産の危機にあえいでいる。
テレビはスマホにその地位を明け渡し、大方「くだらない」番組作りに勤しんでいる。

人びとはインターネットを手にし、AIという言葉の実相を理解しようと必死だ。
高性能なインターネット、つまりAIが人間を凌駕するかどうかに血道を上げている。
人びとはSNSなどを通じて思いを述べるようになった。広報機材として活用する様になった。
しかし、大方SNSで書かれる言葉は「思い」であって「考え」ではない。
その結果、“反知性主義”が世を席巻する。

令和へのツケは山積だ。
急速な少子高齢化の進行。それがもたらす社会システムの社会公共政策の無策。
国債と言う名の国の借金。
国力国情とは不似合いな借金の積み重ね。それは令和以降の人たちへのツケとなってのしかかる。現世代が無意味な浪費を重ねて来たツケ。

オウム真理教事件も平成で特筆される悲劇だ。テロだ。
高学歴の若者がなぜ麻原の下に入って行ったのか。
平成の終わりごろニュージーランドやスリランカでテロが相次いだ。
ISは殲滅されていなかった。9・11を思い出す・・・。

我々の世代は「本」を読んで育った。本を読むという行為は“娯楽”にも匹敵した。
ついでテレビと共に生まれ育った世代が登場する。考えることがだんだん出来なくなった世代。そしてスマホが無ければ生きていけない社会に・・・。

時代は同じでも、価値観が違う世代が同居している「平成」。

最後に一つだけ。天皇ご夫妻のことだ。
かれらに限りない「畏敬の念」を持つ。
3・11後、日本は一つだ。というスローガンめいたものがあちこちでいわれた。
一つにしたのは両陛下の象徴としての慰問の旅。その在り様。
陛下の行いがこの国の根幹を救った。

「天皇陛下のおかげで日本は助かった」。かつて田中角栄がしみじみとして言うのを何回か耳にした。もちろんそれは平成天皇では無く昭和天皇のことを指したものだが。

象徴天皇の在り方。それを問いかけたのが平成と言う時代。

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