2018年2月20日火曜日

「平昌オリンピック」に思う事

オリンピックは必ず「物語」を連れてくる。その物語は誰をも心の美しさに誘ってくれる。その物語を求めてオリンピックを観る。
そこには閉塞感に満ち溢れた一般社会とはかけ離れた「人間の美しさ」があるからだ。

スケートの小平奈緒選手の光景は美しかった。彼女が勝利したと言うことだけではない。永遠のライバルと言われた韓国の李相花選手とのお互いをリスペクトした光景だ。

そして彼女を支援し続けた茅野市の相沢病院の存在だ。彼女に国は今まで何を支援したか。何もしていない。スケート連盟はプレッシャーだけを与え続けていた。

彼女と李選手の涙の抱擁の姿を見て普通の国民は感動したはず。
一部の嫌韓に凝り固まっている人は別にして。
スポーツの世界ではスポーツを通してしか実践できない“友好”があるのだ。
スケートフィギアの浅田真央とキムヨナもそうだった。

嫌韓のトップである安倍が祝意を表した。李選手との抱擁の光景に感動したとも言った。日の丸の小旗をちらつかせた自分の写真もつけて。

開会式に安倍は出かけた。全く無意味な訪韓だった。
北朝鮮から金与正という金正恩の妹らが韓国に来ていた。
「微笑み外交」と日本のメディアはある種の揶揄を込めた表現をし続けていた。
「北朝鮮に騙されるな」と。

南北朝鮮の合同チーム。文韓国大統領の政治的思惑がそこにあるかもしれない。北には北の思惑があるかもしれない。
それについて他国が憶測を持って論ずることに疑義がある。
同じ民族同士。それに意を用いるべきではないだろうか。
束の間の、見せかけの融和かもしれない。
しかし、何事にもきっかけというのがある。それになったとすれば、それこそオリンピックが平和の祭典と言われる所以に立ち返れるのではとも思う。

開会式での金与正の席の真近に席があった安倍。一度たりとも顔を見ようともしなかった。笑顔で挨拶を交わすだけでも日朝関係に変化がみられるかもしれないのに。

「北への圧力強化」は文大統領にいなされた。拉致を言ったと言うが相手からはそのことは聞かれなかった。


朝鮮半島、そこはかつては日本、大戦後はロシア、侵攻を阻止するアメリカ。
いわゆる大国にいたぶられてきたところだ。

米ロの覇権争い、領土争いで38度線で分断された民族だ。
南北朝鮮はいまだに戦争状態なのだ。単に休戦中なだけだ。理屈を言えばだが。

北と南の分断は果たして半島民族が望んだことだったのだろうか。

政府はすでに金メダルをとったフィギアスケートの羽生や小平に国民栄誉賞を授与する検討に入っていると聞く。国民栄誉賞なるものでオリンピック選手を表彰する。スポーツを人気取りにしようとしているの感大だ。

受けるか受けないかは選手の意思次第だ。
ただ、小平にはお願いしたい。なんとか時間を作って相澤病院にメダルを見せに行って欲しいのだ。
応援した入院患者はそれを心待ちにしているはずだ。
銀メダルを取った時病院に行った彼女は患者から大歓待を受けたとも聞く。

彼女の快挙に日本中が感動した。病床に伏せている人には尚更感動を与えるだろう。病を癒す最高の治療にもなるだろう。
金メダルを獲った選手は強者だ。獲っただけでは単なる強者で終わる。
弱者に目を向けることで真の強者となる。
小平はきっとそうするだろう。
「多くの皆さんに支えられて」。その多くの皆さんと言う言葉の中には病める身ながらも彼女に声援を送り続けたあの病院の患者さんが含まれていたと思う。
病人と言う弱者が強いアスリートに力を与えたのではないかとも。

メダルに手は届かなかったものの,勝者にはならなかったものの、力及ばずだった敗者も大勢いる。時には仲間のサポートに回った選手もいる。
悪びれない敗者も賞賛に値すると思うのだけど。

きょうもNHKのテレビはメダル獲得数を話題にするだろう。メダルだけがオリンピックだけではない。メダル至上主義の日本のメディアにこの国の“後進性”を見るのは“偏見”か。

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