2019年11月28日木曜日

ローマ教皇と福島

ローマ教皇が来日した目的の主眼は「核廃絶」を唯一の被爆国で訴えること。

国連が核禁条約の批准を決めると、一番先に批准した国はバチカンだったという。
そして、来日の決め手となったのが、中村長崎県知事と松井広島市長の度重なる要請に応えたこと。もう一つが長崎の被爆直後アメリカ人カメラマンが撮った「焼き場に立つ少年」と題された一枚の写真だったとも聞く。

焼き場に立つ少年の写真がベッドの脇に置いてある。
気がつけば、何気なく置いたその写真の「彼」といつも顔を合わせているような気がする。
死んだ弟を帯紐でたすき掛けに背負い、まさに直立不動、両手をきちんと揃え、即席で作られたであろう「焼き場」が空く順番を待っている。幸いなことに背中の弟の顔は被ばくの影響をうけていないようだ。
少年の唇は固く噛みしめられている。歯が唇を噛んだのか。唇が傷ついているように見える。

かって聞いた話しでは、焼き場の順番が来ると、少年は背中から弟を下ろし焼き場に静かに横たえ、寝かせ、何も言わずにその焼き場を去って行ったと言う。
多分10歳くらい。弟は幼子だ。

その少年が何処の誰で、今はどうしているのか。
誰も知らない。

長崎・広島でのミサや集会で、教皇は核廃絶・平和・差別撤廃・貧困問題・環境問題について語って来た。
そのいずれもが「納得」出来る、いや、させられるものだった。

長崎のミサではあの「焼き場に立つ少年」の写真を正面に掲げていた。

天皇との会見のあと、安倍首相とも会談した。
核廃絶を巡る教皇の発言に対し、安倍首相の反応はあまりにも悲しいものだった。
核保有国と非保有国との仲立ちに努める、といった具合。
核禁条約の批准については触れなかったという。

東京でのイグナチオ教会、カテドラル教会で信者に語りかけ、東京ドームでのミサ。
福島のいわきの高校生の語りかけに耳を傾け、彼を癒すように抱擁した。

そして、東京での原発被災者との集会ではこんなことを語ってくれた。

“東日本大震災は地震、津波、原発事故の「三つの大規模災害」だ。災害は岩手、宮城、福島の3県だけでなく日本全土と全国民に影響を及ぼした。
 被災者は、自らの言葉と姿で多くの人々が被った悲しみや痛みを伝えてくれた。
 原発事故で汚染された田畑や森林、放射線の長期的な影響など、継続的な問題と向き合わなければいけない人も多い。
 震災からの完全復興までは時間がかかるかもしれないが、助け合い、力を結集すれば必ず果たせる。
 原発事故は科学的、医学的な懸念に加え、社会構造を回復するという途方もない課題がある。
 地域社会が再び築かれ、人々が安全で安定した生活を送れるようにならなければ福島の事故は完全には解決されない。
 この時代には技術の進歩を人類の進歩にしたいという誘惑があるが、立ち止まり、振り返ることも大切だ。“

その通りだ。

教皇帰国後、原子力規制委は女川原発の再稼働を認めた。
地域住民、近隣の町や村に表だった反対の首長はいない。

高浜原発を巡っては多額の金品が関電と町の助役とでやり取りされていた。
愛媛県の伊方原発。あの地域では昨今地震が多いようだ。

カトリックのミサ曲でもあるベルディ―のレクイエム。
キリエ、エレイゾンと言う祈りの言葉で始まる。キリエとは「主よ憐れみたまえ」という意味だとか。
そして「怒りの日」という楽章。
それが現実味を帯びてくるような。

全くの余談。
麻生太郎はカトリックの信者である。洗礼名はフランシスコ。
幼児洗礼だった故か。彼からその信者としての倫理観、哲学は全く感じられない。
名ばかり信者。この国の空気と重なるような。偽という字で。

2019年11月18日月曜日

「桜を観る会」で思う安倍の軽さ、嘘の強弁

安倍首相主催の桜を観る会のことが連日、報道されている。
中味は周知のような事だ。

“一度嘘をつくとそれをごまかすため、また嘘を言う。
「ウソの上塗り」。よく言われてきた言葉だ“。

桜を観る会には行った事がある。
内閣総理大臣名の案内状を貰って。

いわゆる官邸記者会のキャップには送られていたもの。
“観桜会”(かつてはそう呼ばれていた)はきらびやかな風情も無く、人もまばらで、テントに設えられたテーブルの飲食物も簡素なものだった。
写真を撮る人もいた。
しかし、今のスマホブームとは大違い。
スマホとはまことに“不行儀”な文明の“利器”だ。

新宿御苑は子供の頃の遊び場だった。たしか20円くらいの入苑料を払い、新宿高校の側から入り、遊びまわって、四谷側の大木戸門から出る。
常に閑散としたところだった。


桜については複雑な心境がある。「3・11」以来だ。
あの年も桜は見事に咲いた。被災者と接しながら「それでも春は恨まない」と納得させていた。
梶井基次郎の作品に「桜の樹の下には」という短編がある。その中にある一節「桜の樹の下には屍体が埋まってゐる」という一行が頭に残っていた。記憶が呼び起こされた。
坂口安吾の「桜の森の満開の下」も3・11時に思い出された小説。山賊が、夜道の峠で、“鬼女”と出会う。妖艶でありながら残酷な女との物語。

誰を何に喩えたかと言うことでは無いけれど。

今回の疑惑の一つの前夜祭の会場、ホテルニューオータニ。
「角福戦争」時、ニューオータニは田中派の“本陣”だった。
連日、そのホテルに通っていた。

安倍の源流「清話会」、つまり福田派。その“本陣”は赤坂プリンスホテルだった。
どっちのホテルに行くにも弁慶橋を渡った。橋の近くは昔、貸しボートがあった。その濠にも桜が咲き誇っていた。

時代はめぐる・・・。

ニューオータニが安倍の後援会の定宿になったとは・・・。
そう、赤プリは無くなったと聞く。解体されたと。

ホテルで行われる政治資金パーティー。事前の振込が原則。おひとり様2万か3万円。手渡しの現金制度は無い。

安倍のパーティー。5千円。会費は会場で安倍事務所の職員が現金を受け取り、まとめてホテル側に払ったという。領収書は渡されてるのかどうか。

パーティーに関るすべての書類は無いと安倍は言う。
菅に至っては「遅滞なく、内閣府で破棄しました」とほざく。
日本語の使い方を間違っているし、必要とされている政治を遅滞なく行う、という使い方だ。

言葉の“誤用”がこの問題の全てを物語っているのかもしれない。

会費5千円の前夜祭。立食と言えどもあり得ない。ホテルにはそれなりの「格」がある。立食といえども5千円の会費だと言うにはニューオータニの「格」が下がる。

「現金貰い、ホテル発行の領収書を手渡した」。一人一人から現金貰い領収書を手渡す。その所要時間は?
子供に計算してもらえばいい。受付で1時間以上はかかるはず。
これはカネにまつわることのおかしさの一例。

桜を観る会は、総理大臣名のいわば公文書的招待状で成り立つ。
安倍事務所のツアー参加呼びかけ文書そのものが“インチキ”だ。
私文書に過ぎない。

安倍は連日の様に官邸内で「総理番」記者との立ち話で釈明に躍起だ。
立ち話を「ぶら下がり」と全メディアが呼ぶ。誰が何にぶら下がるの?

あれはかつてのテレビ、ラジオのいわば「業界用語」。一本のマイクコードから、記者たちの後ろに設置したカメラに音声を分岐することから付けた“造語”。

新聞はぶら下がりと言う言葉を使うのを止めなさい。

その立ち話しでも安倍は開き直る。
“いわばですね”“いってみれば”“ようするに”。しどろもどろの接続語。
紙を読んでしかしゃべれない奴が、即座に反応しようとするとしどろもどろの意味不明言語となる。

“うそ”をついている証拠。

そして開き直る。喧嘩腰で。これ以上なんかあるかと。
総理番は政治記者に成り立ての若者。二の矢、三の矢を放つ力量は無い。
でも、食らいつくべきだ。
マスコミが世論から非難されないためにも。

国会の議席からの醜い野次。どうもお育ちと関係してようだ。

安倍の所業で日本は醜い。異形の国になって来た。
芸能人よ、納得の上の参加ならともかく「偉い人」に「ぶら下がる」のは辞めろよ。
もっとも、芸能人、タレントの類は「昭恵夫人」のお気に入りだから。
おお、夫婦善哉か。

各界の功労者や業績のあった人が招待の対象と言うのなら、あの「ボラ爺」こと、尾畠春夫さんでも招待して見ろや。
ま、見事に断られるだろうけど。

もう安倍の話しはきょうはこれで終わります。

2019年11月4日月曜日

「ウソ」で始まった東京五輪のこと。

このブログで何回も書いて来たつもりだ。
担当しているラジオの番組でも何回か言って来た。

「2020東京オリンピック反対」と。「開催を返上しろ」と。

復興五輪と言う呼称も名目だけ。五輪にカネはかけても被災地は蚊帳の外。

酷暑の中での、マラソンなどに投入された国土改革のカネ。
海の中の競技。汚泥と腐臭が漂う海。

そんな中、マラソン、競歩が札幌にさせられた。IOC会長のいきなりのような鶴の一声で。

IOCもJOCも組織委員会もすべて伏魔殿だ。
そして、招致にあたり、「アンダーコントロール」と虚偽の状況を天下に恥じることなくのたまい、「7月の東京は温暖な気候だ」とにわか気象予報士になった安倍の大いなる嘘。

それが「嘘」だと大方の日本人は、国際社会は知っていながら嘘を黙認した。
アンダーコントロール発言も然り。

平然と「ウソ」を言い放つは彼の生来の持つ環境か。

招致にはあれだけ舞い踊っていた安倍が今度の混乱に沈黙を守っているのが解せない。言いだしっぺはケツを拭くべきなのに。

オリンピック招致には必ず「カネ」が絡んでいる。汚職として辞任したIOC委員が何人いたことか。
今回のオリンピックの開催時期。
アメリカのテレビ、三大ネットワークによる圧力だ。大きなスポーツイベントが無い時期だから。
そのテレビがIOCに払う「放映権料」は莫大だ。放映権料が無いと肥大化したオリンピックは成り立たなくなった。

そして、公式スポンサーなるものが日本のテレビ界をいように扱っている。
カネ・カネ・カネ。


タヌキおやじと女狐の無意味な争い。IOC会長がなんで今さら札幌を言ってくる。日本の夏の気候なんてとうにご存知のはずなのに。
いや誰しも知っていることなのに。ドーハを引き合いに出してのイチャモン。

札幌市長も寝耳に水と言ってはいるが。
国民も選手も不在の権力者の暗闘。

過日、熱中症に詳しい医者と話をした。
「MGCにしても、ドーハの大会にしてもマラソンに勝った選手は、身体を暑さに耐えうるよう作り上げてきた。栄養から体組成まで。
ドーハで倒れた選手は暑さを甘く見ていた。速く走る練習と暑さに耐える練習とでは違う」と。彼とは全く“合意ある決定”をみた。

ドーハで選考をかち得た選手は札幌では勝てない。

アスリートファーストというはやり言葉。都民ファーストという無意味な言葉。
連呼されてきた。

小池の最後の嫌味言葉。まさに借り物。
ブレグジットをめぐる英国を悩ませている“合意無き離脱”の借りもの。
嗤える。

復興五輪という別名があると聞く。どこが復興したのか。出来上がったのは東京の道路整備だけ。
選手村のマンションは払い下げになると言う。
埋立地の怖さは今度の台風災害でわかったはずだ。

地球温暖化は確実に進んでいる。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさん、16歳の少女を支持する。

温暖化によって台風はますます熾烈になってくる。
「アンダーコントロール」の敷地内、その周辺の海。
台風の大雨で遮水壁の中が逸水寸前になった。翌日水位は下がっていた。あの雨水は何処にいたのだろう。誰が考えてもわかることだ。

温暖化対策で人間が出来ることはCO2の削減を図ること。その国際会議に中国、アメリカ、日本は加わろうとしない。

プラスチックごみを無くせと政府は言う。コンビニでも来年7月からはレジ袋3円となるとか。その「罰金」はどこにいくのだろう・・・。

政府の各種会議。テーブルの上にはペットボトルが並べられている。
嗤える。

クーベルタン男爵が「参加することに意義がある」としたオリンピックの位置づけ、ある意味哲学。それはもう五輪の何処にも無い。
あるのは「商業主義」と「国威発揚」。

もろもろ考える。

オリンピックはその役割をもう終えた。撤収作業に入ろう。

オリンピックが夢、表彰台に立ちたい。異口同音にアスリートと言われるスポーツは言う。そしてそれを目指す。
敢えて言う。「オリンピックという名の名誉の対象、それは子供の頃から植え付けられた一種のマインドコントロールだ」と。

各種の世界選手権がその最終目標だっていいじゃないか。

書き連ねるにつけ、無為なる日々と行為と出費が連綿と続いて行くようにさえ思えて来るのだが。

男の「矜持」

「矜持」とは、「自信と誇り」「自信や誇りを持って、堂々と振る舞うこと」という意味だ。 アフガニスタンの支援活動に心血を注いでいた医師の中村哲氏が襲撃されて亡くなった。 往時、登山隊の医師としてアフガニスタンとパキスタンの国境に赴いた際、治療を懇願する貧しい人々を助けられな...