2021年5月10日月曜日

コロナは「無策」、五輪に「執着」。菅の醜さ。

 

新型コロナという言葉、事象が発生してから500日が経とうとしている。

感染は拡大している。まさに「感染列島」の様相だ。

 

「コロナ」は発生当初から言ってきたが。まさしく「安全保障」問題である。

しかるに、危機管理能力が皆無の政治家どもが指揮を執っている。

最高指揮官の菅の言葉にはなんら意味も持たず、出口戦略も無い。語れない。

安倍内閣時に、初動を間違えた。それが、今の感染拡大を招き国は“危機”に瀕している。

 

武漢由来のウイルスが話題になった時、先見性のある政治家や科学者はいなかったのか。

 

日本は島国だ。空路と海路を閉鎖すれば様子は変わっていたはず。

ダイアモンド・プリンセス号というクルーズ船で感染者が出た時、即座に入港させ、急いでPCR検査を実施し、陽性者はホテルに隔離し、陰性者は“船内から釈放”すべきだった。長期滞留をさせたことで船内感染が広がっていった。

船内に乗り込んだ医師がその「惨状」を訴えたが、今や過去の話とされ、その医師はメディアの露出を忌避されている。

 

犯罪捜査でも「初動」が成否を左右する。初動で政府は間違いを犯した。

事態収拾に向けての国の対応は、「後出し」「小出し」。戦略として最悪な選択。

オオカミ親父と言われてもいい。最初から大きく網を被せるべきだった。

 

安倍は「PCR検査」を全国民に実施すると公言した。為されなかった。それが今も尾をひいている。

 

菅政権になってから、無策はひどい。

「緊急事態宣言」なるもので切り抜けようとした。弱い者いじめ。

感染者は減らず、またも緊急事態宣言。コロナ対策と経済対策を両立させようとした。

 

二兎を追うものは一兎も得ず。

 

国民に自粛要請だけをお願いする。おかしな日本語。自粛とは国民の側からいうこと。要請じゃない。擬似強制。

 

政府は何をやって来たか。皆無に等しい。

宣言の期間は日付ありきにせず、「感染をここまで抑制する」という目標を示し、達成の目安として国民の協力を求めるべきだった。

。検査や保健所の体制充実など、政府としての対策を急ぐべきだった。

「自粛をお願いする」だけでは国民にメッセージは伝わらない。

 

増え続ける患者。医療は完全に崩壊した。

入院治療はかなわず、自宅待機の名のもとに亡くなっていく人が増えている。

医師・看護師の疲弊も甚だしい。

 

テレビを見ていた。ICU担当の看護師が見守っていた患者が命尽きた時、納棺袋の遺体にすがるように号泣していた。

その光景を見ながら、脳裏にジャズの名曲が浮かんでいた。流れてきた。

 

St,James Infiramary♪

“聖ジェームス病院に急いで向かった。そこで俺の可愛い彼女に会ったんだ。

彼女は長い白い台に伸びていた。冷たく美しかった・・・

 

ある看護師は過酷な勤務の日々を「使命感」という言葉で自分を納得させてきた。でもその日々に「心が折れた」。退職した。同僚は花束で彼女を見送って持ち場に戻った。

 

3次救急の病院は過酷だ。

人員不足、ベッド不足。過酷すぎる。命を守る医療は崩壊している。

しかし、為政者どもは崩壊とは言わない。逼迫と言い換える。

 

迷走する新型コロナ対策。「もう打つ手がないと関係者は言う。自粛にも限界がある。

死者が1万人を超える中、菅はきょうもしらじらと国会答弁で言う。「国民の命を守る政治」と。何を聞かれても官僚の書いた紙に目を落とし棒読み。

 

5月末までの宣言延長は五輪開催に影響を及ぼしかねないが、官邸関係者は「ワクチン普及が間に合えば問題はない」と強調する。

 

ワクチンだけが出口戦略なのだ。果たして思惑通りに確保出来るのか。

「首相の関心はもはや人流ではなく、完全にワクチンだ」と指摘する身内もいる。

そのワクチン、7月中に100万人に接種すると菅は大見得を切った。

まだ供給のも見通しもついていないのに。

 

 

国も主催都市も、「五輪至上主義」に陥っている。

有森祐子も杉山愛も「疑念」を呈している。

 

招致以来のいきさつは抜きにしても、あえて言う。

 

「東京五輪は反対」だと。

 

「文化」は人類にとってある種のビタミン剤だ。と言った人がいた。

人流抑制の名のもとに、文化は疎外され、心が壊されていく。

 

テレワークが推奨され、この5百日、自宅でパソコンに向かい合って来た知人は散歩で歩くことも辛くなった、足が弱った、と言って来た。

コロナ以前は、電車まで速足で歩き、乗り換えで足を使って来た体。弱ってきたのだ。

近所の買い物にも行かず、ウーバーイーツなる配送人になんでも依頼する社会。

歩かない、歩けない。不健康な人間が増産されている。

 

ヌエのような存在。政府の分科会。

一回解散してはどうか。人流抑制策などを医学者が話しても無理。

大衆行動心理学者や社会学者を加えるべき。

 

人出が減らないのは指導者が嘗められているから。

かれの発言は右の耳から左の耳に流されている。

菅の発する言葉には何ら訴えるものが無い。説得力皆無なのだ。

 

台湾のオードリータン大臣やニュージーランドのアーダーン首相のように「自分の言葉で会見の時間に制限を設けず、毎日会見。情報を国民に公開する政治家としても資質も持っていない。

 

菅よ汝、その任に非ず。

 

東京の一部ロックダウンを検討した小池も然り。

ワクチン接種巡り高齢者の混乱が続いているという。

 

きょうも何故か悲しいのだ。

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