2018年4月30日月曜日

4月の終わり、5月の始まり。

しばらく入院をしていました。
病院生活はどうも体や精神を衰えさせるようで、退院しても気力・体力整いません。
気が付けば4月はもう終わる。一年の三分の一が過ぎる。
時間さえも世の風潮に呼応したかのようにスピードを速めている。

ベッドの中から世情のいろいろを眺めていました。
国会は停滞したまま。
高級官僚による「セクハラ」事件。
そして南北朝鮮の首脳会談。

次々と展開するさまざまな事柄に一つ一つをじっくり考えさせてくれる時間が与えられてもらえないようです。

財務次官のテレビ朝日女性記者に対する「セクハラ」問題。
立場によってどこに焦点を当てて考えるか。
さまざまな問題をはらんでいます。

かつて世を騒がせた毎日新聞の西山記者による機密文書漏えい事件を思い出しました。
外務省の女性事務官を通して沖縄返還にかかわる機密文書を入手して「特ダネ」記事を書いた西山氏。その秘密文書を社会党の、たしか楢崎代議士にわたして国会で追及させた事件。

女性事務官は国家公務員法違反で逮捕された。西山記者も教唆の罪で東京地検特捜部に逮捕された。
「過情を通じて」という司法の表現が話題になった。

西山氏を毎日新聞の政治部は必死に応援した。「報道の自由」ということで。
西山氏が出頭する際、毎日新聞の政治部は総出で彼を見送った。


少なくとも毎日新聞政治部は「ジャーナリズムの在り方」の問題として、その問題と向き合った。
テレビ朝日の女性記者の場合、セクハラ言辞を録音し、社に報道するよう迫ったが、報道することをやめさせた。彼女がセクハラを受けながらも財務省の不祥事に関する「ネタ」はとれなかったようだ。
社は彼女を守り、ジャーナリズムの観点から報道すべきことをしなかった。
なぜ彼女がその録音テープを新潮社に持ち込んだのか。
それはわからない。

しかし、そのことを含めて、どこかに「闇」を感じさせた出来事。

このセクハラを含め、日本のジャーナリズムは大きな曲がり角を迎えていると。

南北朝鮮の首脳会談。半島ではなにやら動きが急だ。
かつて何度も北朝鮮には「裏切られた」としても、たとえ、また「騙されたって」いいじゃないか。

騙す国より騙される国のほうがいい。

金正恩の本音はわからない。
しかし、半島情勢が融和に向かうことは歓迎すべきことなのだ。
どこかに「民族自決」はあるべきなのだし。

ピョンチャンオリンピックを契機に南北は関係改善、融和にむけて急速に動き出した。
米朝会談によって事態は“確定”してくるだろう。
およそ「常人」とは思えぬ言動を吐き、信頼に値しないような二人が話し合ってどういう結果が導き出されるか。

「北」について、ジャーナリズムは、特にテレビのワイドショーでは北に対する「固定観念」に基づく言説が飛び交っている。
時には本質とは無関係な、ニセ者説までが真面目に語られている。

テレビジャーナリズムの“限界”を見る思いだ。

日本にとっての重要課題、「拉致」について話は俎上に上ったと伝えられる。詳細は知らされていないようだ。
拉致を真剣に考えてるのなら、安倍は即刻韓国に飛び、詳細を聞くべきだ。金正恩の意向も。

それが拉致被害者家族への「礼儀」でもある。

安倍は、ゴールデンウイークを外遊の名の下に満喫している。
イスラエル和平に、中東和平になんら貢献できる策も持たずに。
後世に残る名演説でもしたらどうか。
言葉を持たない彼には無理だ。

とりあえず思いつくままにの空白を埋める思いを書き連ねて。

徐々に復調を目指します。

来年の今日は「平成」について感慨を込めて書いているでしょう。
来年の明日からは新元号となっていることについても。

“草むらに白き十字の花咲きて罪なく人の死にし春逝く”
美智子平成皇后が春にあたって詠まれた歌。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...