手帳を繰っていると、去年の塾で紹介した「詩」に再び目が行った。
原町に住む,住んでいた老詩人、若松丈太郎の詩。彼の「神隠しされた街」という作品を紹介していた。
過去、訪れたチェルノブイリをよんだ詩。
こちら側とあちら側というように
私たちが地図のうえにひいた境界は
私たちのこころにもつながっていて
私たちを差別する 私たちを難民にする 私たちを狙撃する
牛乳缶を積んだ小型トラックが ウクライナからベラルーシへと
国境を越 えていった こともなげに
空中の放射性物質も 風にのって 幻蝶のように
そして、3・11後に書かれた詩。
半径三〇kmゾーンといえば
東京電力福島原子力発電所を中心に据え ると
双葉町 大熊町 富岡町 楢葉町 浪江町 広野町 川内村
都路村 葛尾村 小高町 いわき市北部
そして私の住む原町市がふくまれる
こちらもあわせて約十五万人 私たちが消えるべきはどこか
私たちはどこに姿を消せばいいのか
人の声のしない都市 人の歩いていない都市
四万五千の人びとがかくれんぼしている都市
鬼の私は捜しまわる 幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具
台所のこんろにかけられたシチュー鍋
オフィスの机上にひろげたままの書類
ついさっきまで人がいた気配はどにもあるのに
日がもう暮れる 鬼の私はとほうにくれる
友だちがみんな神隠しにあってしまって 私は広場にひとり立ちつくす
現実、今の原町は帰還が進められているという。でも、帰る人は少ないとも。
村を愛した飯舘でさえ、帰らないという人が増えている。
神隠しにあった街。その街が日本にも存在したということ。
「神隠しの町」は「仮の町」へと変わるのだという。
富岡町に住んでいた84歳の佐藤シゲ子さんも詩作をつづけているという。
「情景を、素直に書いて感情を吐き出せば、心がいくらか休まるんです」と。
その一編。
泥棒みたいな服を着て
泥棒みたいな袋を持って
泥棒みたいにしのびよる
あれも、これも、と
手を出して触れてみる
一時帰宅は永久の別れか
佐藤さんも「仮の町」に行くのだろうか。
我が家の町内会の新しいメンバー。借り上げ住宅に暮らす富岡の4世帯。
訪ねれと一軒の家に皆が集まり談笑中。お茶の時間。漬物をつまみながら。
そのきゅうりの漬物を御馳走になり、さもない世間話を。
「郡山に来てよかったよ」。その人たちは言ってくれるのだが・・・。
2012年6月7日木曜日
2012年6月6日水曜日
「吉田昌郎所長」が気になる
東電の事故調、政府の事故調、国会の事故調、民間の事故調。原発事故をめぐり、いろんな調査委員会が出来、関係者の聴取が行われているが。
すべてに隔靴掻痒の感あり。たしかに、例えば菅にしても枝野にしても、東電の会長にしても、当事者ではあるが当事者ではない。
1号機の電源喪失から始まって、次々と起きた爆発事故。その対応。一番の当事者は第一原発の所長だった吉田昌郎のはず。
去年、突然病状を悪くし入院。その後どうしているのか。やはり気になるのです。
彼が「証言」しない限り、だれが嘘を言っているかも含めて、“検証”なるものの本質には届かないと。
新聞では小さく報じられている4号機の第二次冷却装置の故障。一昨日のこと。復旧できたのか。事の大小問わず、まだまだ問題山積の福島原発。
東電の最終報告書には、「初期対応は困難だった」と書かれる見通しとか。へ理屈言うようだけど、困難だったのは対応ではない。決断が無かったこと。海水注入しておけば連鎖のような爆発は防げたかもしれない。素人目にはそう映る。
「人よりコンクリート、人より原発機器」。そんな思惑あったのではないかと今更ながら。
当時の現場の事情を語れるのは、本当の事を知っているのは、本人が嘘さえいわない限り、吉田昌郎以外にはいないのに。
病状を知っている人はいるはず。東電は知っている。しかし、それを明かすことは無い。
気になるんです。どうしているかが。是非出てきて本当の事実を、様子を話して欲しい。
国政調査権を持っている国会事故調は声掛けしたらしいが断られたとの事。もちろん東電に。
東電にとっては彼はもはや「ペルソナノングラータ」。好ましからざる人物とされているのか。
少なくとも、オフサイトセンターは機能しなくなっても、免震重要棟なるものがあって、そこに吉田がいたから、もしかしたら、事故は今の程度だったのかもしれない。そんな風にも思える。
大飯にはオフサイトセンターも、免震重要棟も無いと聞く。原子炉そのものが“安全”だと言っても、福島にさえあった施設。それが無いのに再稼働って、こりゃ何じゃいと。
その重要性や必要性を語れるのも吉田所長。
キーパソンが抜けている事故調査、検証。関係者が自己弁護に走るだけのもの。仏作って魂いれずの例えじゃないけれど、やはり意味をなしていないのではと。
どこでどうしているんだろう。気になって仕方がない。快癒祈るのみとしか言えないのだけど。
すべてに隔靴掻痒の感あり。たしかに、例えば菅にしても枝野にしても、東電の会長にしても、当事者ではあるが当事者ではない。
1号機の電源喪失から始まって、次々と起きた爆発事故。その対応。一番の当事者は第一原発の所長だった吉田昌郎のはず。
去年、突然病状を悪くし入院。その後どうしているのか。やはり気になるのです。
彼が「証言」しない限り、だれが嘘を言っているかも含めて、“検証”なるものの本質には届かないと。
新聞では小さく報じられている4号機の第二次冷却装置の故障。一昨日のこと。復旧できたのか。事の大小問わず、まだまだ問題山積の福島原発。
東電の最終報告書には、「初期対応は困難だった」と書かれる見通しとか。へ理屈言うようだけど、困難だったのは対応ではない。決断が無かったこと。海水注入しておけば連鎖のような爆発は防げたかもしれない。素人目にはそう映る。
「人よりコンクリート、人より原発機器」。そんな思惑あったのではないかと今更ながら。
当時の現場の事情を語れるのは、本当の事を知っているのは、本人が嘘さえいわない限り、吉田昌郎以外にはいないのに。
病状を知っている人はいるはず。東電は知っている。しかし、それを明かすことは無い。
気になるんです。どうしているかが。是非出てきて本当の事実を、様子を話して欲しい。
国政調査権を持っている国会事故調は声掛けしたらしいが断られたとの事。もちろん東電に。
東電にとっては彼はもはや「ペルソナノングラータ」。好ましからざる人物とされているのか。
少なくとも、オフサイトセンターは機能しなくなっても、免震重要棟なるものがあって、そこに吉田がいたから、もしかしたら、事故は今の程度だったのかもしれない。そんな風にも思える。
大飯にはオフサイトセンターも、免震重要棟も無いと聞く。原子炉そのものが“安全”だと言っても、福島にさえあった施設。それが無いのに再稼働って、こりゃ何じゃいと。
その重要性や必要性を語れるのも吉田所長。
キーパソンが抜けている事故調査、検証。関係者が自己弁護に走るだけのもの。仏作って魂いれずの例えじゃないけれど、やはり意味をなしていないのではと。
どこでどうしているんだろう。気になって仕方がない。快癒祈るのみとしか言えないのだけど。
2012年6月5日火曜日
野田の“遺言状”
増税法案成立に「政治生命をかける」と言った野田。きのうの改造見ると、それはあたかも“遺言状”ではないかと斜めに眺める亭主・・・。
改造の目玉。防衛大臣の森本敏だという。防衛問題の専門家。ドジな国会答弁なんてありえない。
与野党こぞって、マスコミも加担してこの人事を批判する。政治家ではないからと。自衛隊の最高指揮官であり、シビリアンコントロールを為すためには国民の負託を受けた政治家でなくてはならないと。一応、建前としては正論。
だけど、民主党には人材はいないんですよ。今の政治家で防衛大臣に適任と思われるのは自民党の石破茂だけ。
遺言その一。「今の民主党にはもはや人材はいない」。くその役にも立たない政治家が大臣やるより、よっぽどマシかも。総理大臣が最高指導者。
遺言その二。「政治主導は幻想だった」。そう森本人事がそれを物がたっている。民主党の建前論が画に書いた餅だったと自覚したということ。
野田は財務官僚に乗っかっている。致し方無し。田中角栄に比するような官僚操縦術にたけた人物はいないのだから。
3・11後、菅は次々に官邸に呼びいれたのは学者とか、なんとか。政治家で周りを固めようとはしなかった。それが無意味なことがわかっていたはずだから。参与という肩書与えて何人呼びこんだのだろう。ただ、その人たちはくその役にも立たなかっただけ。
遺言その三。「マニフェストのいい加減さを認めた」。輿石に指示した。与野党協議進めろ。その逐一を自分に報告しろ、おれが指示する。自民党への秋波、すり寄り。それすなわち修正協議でマニフェストの非を認めること。
党を割って出ることもかなわぬ小沢。小沢たなざらし。これとても遺言の一つかとも。
それにしても、今まで何人の政治家が「政治生命」の安売りしてきたんだろう。
もはや売り物にもならない「政治生命」って言葉。
改造劇の陰に隠れるように細野担当大臣が大飯原発再稼働で福井県へ。安全性を担保するために副大臣か政務官を原発に“常駐”させると。
思い出します。♪男、山村新冶郎♪。よど号ハイジャック事件での人質身代わり。時の運輸政務次官。
ハイジャック犯は身代わり認めたけど、原発は身代わり認めませんよ。誰がそこにいようが、暴れるときは暴れる。
これとても原発再稼働を達成するための“遺言”の一つなのだろうか。再稼働も野田は近々決断するということらしいが。
“鳥の将に死なんとするその鳴くや哀し。人の将に死なんとするその言や善し”
論語の一節を当てはめる気はありませんが。せめて鳥をドジョウに変えましょうか。
改造の目玉。防衛大臣の森本敏だという。防衛問題の専門家。ドジな国会答弁なんてありえない。
与野党こぞって、マスコミも加担してこの人事を批判する。政治家ではないからと。自衛隊の最高指揮官であり、シビリアンコントロールを為すためには国民の負託を受けた政治家でなくてはならないと。一応、建前としては正論。
だけど、民主党には人材はいないんですよ。今の政治家で防衛大臣に適任と思われるのは自民党の石破茂だけ。
遺言その一。「今の民主党にはもはや人材はいない」。くその役にも立たない政治家が大臣やるより、よっぽどマシかも。総理大臣が最高指導者。
遺言その二。「政治主導は幻想だった」。そう森本人事がそれを物がたっている。民主党の建前論が画に書いた餅だったと自覚したということ。
野田は財務官僚に乗っかっている。致し方無し。田中角栄に比するような官僚操縦術にたけた人物はいないのだから。
3・11後、菅は次々に官邸に呼びいれたのは学者とか、なんとか。政治家で周りを固めようとはしなかった。それが無意味なことがわかっていたはずだから。参与という肩書与えて何人呼びこんだのだろう。ただ、その人たちはくその役にも立たなかっただけ。
遺言その三。「マニフェストのいい加減さを認めた」。輿石に指示した。与野党協議進めろ。その逐一を自分に報告しろ、おれが指示する。自民党への秋波、すり寄り。それすなわち修正協議でマニフェストの非を認めること。
党を割って出ることもかなわぬ小沢。小沢たなざらし。これとても遺言の一つかとも。
それにしても、今まで何人の政治家が「政治生命」の安売りしてきたんだろう。
もはや売り物にもならない「政治生命」って言葉。
改造劇の陰に隠れるように細野担当大臣が大飯原発再稼働で福井県へ。安全性を担保するために副大臣か政務官を原発に“常駐”させると。
思い出します。♪男、山村新冶郎♪。よど号ハイジャック事件での人質身代わり。時の運輸政務次官。
ハイジャック犯は身代わり認めたけど、原発は身代わり認めませんよ。誰がそこにいようが、暴れるときは暴れる。
これとても原発再稼働を達成するための“遺言”の一つなのだろうか。再稼働も野田は近々決断するということらしいが。
“鳥の将に死なんとするその鳴くや哀し。人の将に死なんとするその言や善し”
論語の一節を当てはめる気はありませんが。せめて鳥をドジョウに変えましょうか。
2012年6月4日月曜日
みんな”狼少年”だった
イソップ寓話に出てくる狼少年の話。人の気を引くため、狼が出た、狼が出たと騒いでいた少年がいて、誰もそれを信じなくなった頃、本当に狼が出てきて、少年は助けを求めたが、誰も来てくれなかったーーーそんなお話。
そのお話の教訓が「人は嘘をつき続けると、たまに真実を言っても信じて貰えなくなる。常日頃から正直に生活する事で、必要な時に他人から信頼と助けを得ることが出来る。嘘をつく意図はなくても、結果的に誤ったものとなる場合も同様」てなことになるわけですが。
今、この現生(うつしよ)を覆っている「不信」。まさに出元は「狼少年」の例えに匹敵かとも。
そして狼を強いもの、怖いものとちょっと拡大解釈してみたり、虎の威を借るキツネの寓話と重ねあわせてみると。昔むかしの寓話は現代にもそのままということですか。
「乾坤一擲」「一期一会」。2回も会うし、また会うかもとか。
離党、分裂。マスコミの勝手な推測だってかもしれないが、「お別れ」する気無しだし。
「電気無くなる」「電気足りない」。一部メディア少年が大合唱。電力不足“狼”に煽られて“容認”する知事さんや市長。
「福島の子供たちはみんな病気になるぞ、なるぞ」。どっこい皆元気に生きている。
自民党“狼”に脅されて、大臣の首切り。図に乗ったおじさんたちはまたまた“要求”をエスカレート。解散、解散。一番自分が怖いくせに。
おい、メガネ狼さんよ。
そして何回聞かされたことか「最強布陣内閣」。
「原子力は安全、安全」。電力“狼”に乗せられて。本当の放射能狼が来たら、誰もいなくなった・・・。
狼少年物語の数例。
もっとも主人公は皆大人。でも内容は、稀有な“少年達”。いや、それ以下。イソップさんに書き変えてもらいましょう。狼中高年と。
昔あった漫画かアニメ。狼少年ケン。この少年は違う。狼によって育てられ、やがて、双子の子供狼と一緒に、森を守り、動物を助け、邪悪な原住民と戦う。お姫様も助ける・・・。
福島の子供たちよ、狼少年ケンになろう。邪悪と戦おう。
おっと、これを書いている人・・。ケンイチだった。ケンだった。牙抜かれのケン。
なじょすっぺか。悶々とした日夜を送っているんだったとさ。
そのお話の教訓が「人は嘘をつき続けると、たまに真実を言っても信じて貰えなくなる。常日頃から正直に生活する事で、必要な時に他人から信頼と助けを得ることが出来る。嘘をつく意図はなくても、結果的に誤ったものとなる場合も同様」てなことになるわけですが。
今、この現生(うつしよ)を覆っている「不信」。まさに出元は「狼少年」の例えに匹敵かとも。
そして狼を強いもの、怖いものとちょっと拡大解釈してみたり、虎の威を借るキツネの寓話と重ねあわせてみると。昔むかしの寓話は現代にもそのままということですか。
「乾坤一擲」「一期一会」。2回も会うし、また会うかもとか。
離党、分裂。マスコミの勝手な推測だってかもしれないが、「お別れ」する気無しだし。
「電気無くなる」「電気足りない」。一部メディア少年が大合唱。電力不足“狼”に煽られて“容認”する知事さんや市長。
「福島の子供たちはみんな病気になるぞ、なるぞ」。どっこい皆元気に生きている。
自民党“狼”に脅されて、大臣の首切り。図に乗ったおじさんたちはまたまた“要求”をエスカレート。解散、解散。一番自分が怖いくせに。
おい、メガネ狼さんよ。
そして何回聞かされたことか「最強布陣内閣」。
「原子力は安全、安全」。電力“狼”に乗せられて。本当の放射能狼が来たら、誰もいなくなった・・・。
狼少年物語の数例。
もっとも主人公は皆大人。でも内容は、稀有な“少年達”。いや、それ以下。イソップさんに書き変えてもらいましょう。狼中高年と。
昔あった漫画かアニメ。狼少年ケン。この少年は違う。狼によって育てられ、やがて、双子の子供狼と一緒に、森を守り、動物を助け、邪悪な原住民と戦う。お姫様も助ける・・・。
福島の子供たちよ、狼少年ケンになろう。邪悪と戦おう。
おっと、これを書いている人・・。ケンイチだった。ケンだった。牙抜かれのケン。
なじょすっぺか。悶々とした日夜を送っているんだったとさ。
2012年6月3日日曜日
”日曜妄語” メルトダウンしている政治
メルトダウン。原発被災の福島県としては他の例えにしても、あまり使いたくない言葉ですが。
言葉といえば・・・大飯をめぐる「暫定的」とか「限定的」とかいう曖昧な言葉の羅列。去年「念のため」などという曖昧な言葉を今更持ち出したくはないものの。
政治の中では取り決めごとに「玉虫色」って言葉がよく使われる。外交交渉でも。どっちにもとれるって意味で。
曖昧さ。それは日本文化の特徴でもある。曖昧さが醸し出す雰囲気をよしとした時代があった。例えば平安時代など。和歌などがその一つ。曖昧。それは一つの心地よさにも通じる。はっきり言わないことで、良好な人間関係を作るとか。
その曖昧さを巧みに使って行われている政治や社会。何があっても、その伝統的精神は失われていない。それが、今、この時代では、かえって“害”のなっているというのに。
政治のメルトダウン。それは永田町だけではなく地方政治においても然りかと。
政治は党内向けや政党同士の駆け引きだけに終始すべきものではない。しかし、今はまさにそれ。「国民」ということが頭から抜けているバカ者ども。
野田を擁護する気はないが、小沢にしても、いや、野田の小沢に対することにしても。
「国民不在」なんて素人くさいことを言う気はないけれど。
自民党。これも一体なんじゃい。ああ言えばこう言うの駄々っ子。選挙、選挙と谷垣は言うが、選挙して政権奪還出来るはずも無し。ただ手前勝手な理屈並べての良い年こいたガキ大将のよう。
電力不足と原発再稼働の、それこそこの事故が無かったことのような政治の進め方、
政権のよって立つ基盤が無い。無策に等しい。
暫定的。その言葉の意味するところがわかりながらも、それを理由に再稼働を渋々認めて見せる関西広域連合。
「いつまでも認めるつもりはない、2,3年も」と橋下は言う。原発は13カ月で定期点検に入るはず。
政治家の頭の中がメルトダウンしている。目先の“欲”の溶融されているとしか。
とにかく、今、政治が行うことは、電力不足の中でどうやって行くかということを考え示すことのみ。
原発がある限り、停止させても維持費はかかる。莫大な。増税の比ではない。カネくい虫のエネルギーとしか言いよう無い。
立地自治体の財政、そこに住む人たちの雇用を含めた生活問題が、再稼働を後押しする。いくら疲弊しようとも、いったん事あればその町が、村が自治体が、なくなるんだよ。福島で実証されている。
真に「ふくしま」を思うこころありせば、「ふくしま」の教訓に感謝し、被害者の苦悩を糧として、「ふくしま」を別のところにつくらなこと。それこそが政治の要諦。過去に経験に学ぶということが。
福島県の立地地域は、たしかに原発マネーでおいしい思いをさせてもらったかもしれない。いや、たしかにそうだった。美味しい生活は崩れる。村は消えた。5年は戻れないと今朝も富岡の人たちと話し合って来た。5年後。それも無理だろと腹の底では思っている。彼らは。
他の立地地域の人ももう目覚めるか諦める方を進める。事があれば追われるは必定なり。
村が無くなって「ムラ」だけが残っている。そんな事わかっているはずなのに政治家は・・・。
言葉といえば・・・大飯をめぐる「暫定的」とか「限定的」とかいう曖昧な言葉の羅列。去年「念のため」などという曖昧な言葉を今更持ち出したくはないものの。
政治の中では取り決めごとに「玉虫色」って言葉がよく使われる。外交交渉でも。どっちにもとれるって意味で。
曖昧さ。それは日本文化の特徴でもある。曖昧さが醸し出す雰囲気をよしとした時代があった。例えば平安時代など。和歌などがその一つ。曖昧。それは一つの心地よさにも通じる。はっきり言わないことで、良好な人間関係を作るとか。
その曖昧さを巧みに使って行われている政治や社会。何があっても、その伝統的精神は失われていない。それが、今、この時代では、かえって“害”のなっているというのに。
政治のメルトダウン。それは永田町だけではなく地方政治においても然りかと。
政治は党内向けや政党同士の駆け引きだけに終始すべきものではない。しかし、今はまさにそれ。「国民」ということが頭から抜けているバカ者ども。
野田を擁護する気はないが、小沢にしても、いや、野田の小沢に対することにしても。
「国民不在」なんて素人くさいことを言う気はないけれど。
自民党。これも一体なんじゃい。ああ言えばこう言うの駄々っ子。選挙、選挙と谷垣は言うが、選挙して政権奪還出来るはずも無し。ただ手前勝手な理屈並べての良い年こいたガキ大将のよう。
電力不足と原発再稼働の、それこそこの事故が無かったことのような政治の進め方、
政権のよって立つ基盤が無い。無策に等しい。
暫定的。その言葉の意味するところがわかりながらも、それを理由に再稼働を渋々認めて見せる関西広域連合。
「いつまでも認めるつもりはない、2,3年も」と橋下は言う。原発は13カ月で定期点検に入るはず。
政治家の頭の中がメルトダウンしている。目先の“欲”の溶融されているとしか。
とにかく、今、政治が行うことは、電力不足の中でどうやって行くかということを考え示すことのみ。
原発がある限り、停止させても維持費はかかる。莫大な。増税の比ではない。カネくい虫のエネルギーとしか言いよう無い。
立地自治体の財政、そこに住む人たちの雇用を含めた生活問題が、再稼働を後押しする。いくら疲弊しようとも、いったん事あればその町が、村が自治体が、なくなるんだよ。福島で実証されている。
真に「ふくしま」を思うこころありせば、「ふくしま」の教訓に感謝し、被害者の苦悩を糧として、「ふくしま」を別のところにつくらなこと。それこそが政治の要諦。過去に経験に学ぶということが。
福島県の立地地域は、たしかに原発マネーでおいしい思いをさせてもらったかもしれない。いや、たしかにそうだった。美味しい生活は崩れる。村は消えた。5年は戻れないと今朝も富岡の人たちと話し合って来た。5年後。それも無理だろと腹の底では思っている。彼らは。
他の立地地域の人ももう目覚めるか諦める方を進める。事があれば追われるは必定なり。
村が無くなって「ムラ」だけが残っている。そんな事わかっているはずなのに政治家は・・・。
2012年6月2日土曜日
故事とクールビズ
管子、あるいは管仲。中国の戦国時代の政治家。有名な言葉があります。
「倉廩(そうりん)実(み)ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱 (えいじょく)を知る」。
つまり、「衣食足りて礼節を知る」ということ。多分、中学か高校で習ったはず。人は、物質的に不自由がなくなって、初めて礼儀に心を向ける余裕ができてくると解釈されています。これに”異議“あり。そんなはずは無い。日本語にもあるでしょ。武士は食はねど高楊枝ってのが。
論語にある、寄らしむべし、知らしむべからず。これが、君主の命令は聞かせるようにし、従わせる。何も民草に知らせることは無いと解釈されているのと同じように。違うんです。知らしめるってことは難しいと解釈するのです。政事を国民にわかりやすいようにすべきだという教えと解釈するべきなのです。
養老孟司の「超バカの壁」にはこうあります。「多くの人は衣食が足りないと礼儀知らずになる、下品になる。 というように受け止めているでしょう。 でもそういう意味では無い。人間は 衣食が足りないうちは、まともな考え方はできない。ある程度の衣食をきちんと保障するのがいかに大事なことかと解釈すべきだ」というようなことが。
衣を整えることが礼節の第一歩だと言っていると亭主は解釈します。
きょうは郡山も晴天。暑いくらいです。近くにある葬祭場では葬儀が執り行われていました。黒の礼服に身を包んだ人たちが集まって来ています。それは死者に対する礼だと思っているからと。
クールビズという服装。なんとかって言う女性の大臣が唱えてから大流行になった服装。ネコも杓子もクールビズ。あげく、なんでも飛びつくマスコミ。なんとスーパークールビズなんて言葉や格好が登場。ポロシャツツ、サンダルで。「仕事の能率が上がります」。インタビューに答える会社員。まだ、そんなに暑くはないのに。節電に名を借りた、なんとも言えない流行。
閣僚は沖縄のカリウシウエアで閣議に。国会の中を歩き回る。示しあわせて。
国会議事堂。本会議。政治家として最も礼儀をもって臨む場。スーツにネクタイ当たり前でしょ。
その服装が礼を失しっている。そこからは礼を持った政事は生まれてこない。
昔話で恐縮ですが、毎夜、目白の田中角栄邸に行っていた頃。夏。たまたま早帰りしていた角さん、湯あがりだったのでしょう。単衣の着物に三尺帯。額に汗をかきながら応接間に。開口一番。「こんな格好で申し訳ない」。たとえ相手がネタ欲しさの記者共だって「礼」を失してはならないという心意気があった。
もう無職になってどんな格好をしても許される亭主ですが、今でも人前に出る時や塾生の前で講義するときは、どんなに暑くてもスーツにネクタイという格好で臨みます。相手に「暑苦しい」と思われても。
胸襟を開いて話し合おう。それをネクタイをはずしてと思っている人もいます。違います。心がけの、心の問題。心を開いて話し合おう、打ち解けて話をしようという意味です。
あのテレビに映る“クールビズ”なる格好の、それも、全く似合わない服装。そこから、国民に対する「礼」は垣間見えないと。
節電の夏。しかし、我慢する、耐える、身を整える。それが肝要だと。それの方が身が引き締まるかとも。
ネクタイはずして、変な格好している人たちから発せられる言葉にはどうしても、それが軽々しく、信を置けないと思う亭主は変わりものの頑固ものでしょうか。
エアコンに無い時代にも人は皆、衣を整えていた。
「クールビズで売り上げ増」なんてニュース見ると腹が立つのは、やはりおかしいか、ファッションセンスの無い、古い時代を生きてきた老もうの世迷い言か。お許しくだされ。
「倉廩(そうりん)実(み)ちて則ち礼節を知り、衣食足りて則ち栄辱 (えいじょく)を知る」。
つまり、「衣食足りて礼節を知る」ということ。多分、中学か高校で習ったはず。人は、物質的に不自由がなくなって、初めて礼儀に心を向ける余裕ができてくると解釈されています。これに”異議“あり。そんなはずは無い。日本語にもあるでしょ。武士は食はねど高楊枝ってのが。
論語にある、寄らしむべし、知らしむべからず。これが、君主の命令は聞かせるようにし、従わせる。何も民草に知らせることは無いと解釈されているのと同じように。違うんです。知らしめるってことは難しいと解釈するのです。政事を国民にわかりやすいようにすべきだという教えと解釈するべきなのです。
養老孟司の「超バカの壁」にはこうあります。「多くの人は衣食が足りないと礼儀知らずになる、下品になる。 というように受け止めているでしょう。 でもそういう意味では無い。人間は 衣食が足りないうちは、まともな考え方はできない。ある程度の衣食をきちんと保障するのがいかに大事なことかと解釈すべきだ」というようなことが。
衣を整えることが礼節の第一歩だと言っていると亭主は解釈します。
きょうは郡山も晴天。暑いくらいです。近くにある葬祭場では葬儀が執り行われていました。黒の礼服に身を包んだ人たちが集まって来ています。それは死者に対する礼だと思っているからと。
クールビズという服装。なんとかって言う女性の大臣が唱えてから大流行になった服装。ネコも杓子もクールビズ。あげく、なんでも飛びつくマスコミ。なんとスーパークールビズなんて言葉や格好が登場。ポロシャツツ、サンダルで。「仕事の能率が上がります」。インタビューに答える会社員。まだ、そんなに暑くはないのに。節電に名を借りた、なんとも言えない流行。
閣僚は沖縄のカリウシウエアで閣議に。国会の中を歩き回る。示しあわせて。
国会議事堂。本会議。政治家として最も礼儀をもって臨む場。スーツにネクタイ当たり前でしょ。
その服装が礼を失しっている。そこからは礼を持った政事は生まれてこない。
昔話で恐縮ですが、毎夜、目白の田中角栄邸に行っていた頃。夏。たまたま早帰りしていた角さん、湯あがりだったのでしょう。単衣の着物に三尺帯。額に汗をかきながら応接間に。開口一番。「こんな格好で申し訳ない」。たとえ相手がネタ欲しさの記者共だって「礼」を失してはならないという心意気があった。
もう無職になってどんな格好をしても許される亭主ですが、今でも人前に出る時や塾生の前で講義するときは、どんなに暑くてもスーツにネクタイという格好で臨みます。相手に「暑苦しい」と思われても。
胸襟を開いて話し合おう。それをネクタイをはずしてと思っている人もいます。違います。心がけの、心の問題。心を開いて話し合おう、打ち解けて話をしようという意味です。
あのテレビに映る“クールビズ”なる格好の、それも、全く似合わない服装。そこから、国民に対する「礼」は垣間見えないと。
節電の夏。しかし、我慢する、耐える、身を整える。それが肝要だと。それの方が身が引き締まるかとも。
ネクタイはずして、変な格好している人たちから発せられる言葉にはどうしても、それが軽々しく、信を置けないと思う亭主は変わりものの頑固ものでしょうか。
エアコンに無い時代にも人は皆、衣を整えていた。
「クールビズで売り上げ増」なんてニュース見ると腹が立つのは、やはりおかしいか、ファッションセンスの無い、古い時代を生きてきた老もうの世迷い言か。お許しくだされ。
2012年6月1日金曜日
泣く子と電気と権力には勝てぬのか
「泣く子と地頭には勝てぬ」。よく言われる諺の類。泣く子のききわけの無いことを、鎌倉時代の地頭の横暴さにかけて言ったものであり、要は道理を持って争っても勝ち目のないことの例え。
翻って平成の世。泣く子とは「電気が無いと困る」という人たちの事か。地頭とは言わずと知れた政府、経産省か。
時代の寵児、橋下 徹くんもやっぱり大飯原発再稼働容認へ変身ときた。あれだけ強気に「反対」を叫んでいたのに。
メッキがはがれたってこととも思えるのです。
多分、この一事をして橋下人気は急落かとも。ブルータス、お前もか。
関西広域連合なるものも総崩れ。そうなんです、中央政府のお力は強いのです。
言いくるめられたというよりも脅しに屈した感あり。
「事実上の容認ですよ。この夏どうしても乗り切る必要があれば、暫定的な基準で暫定的な安全判断かもわからないが、もうそれは容認と」。
橋下のこの居直り、開き直りとも思える発言。
何が橋下をこうまで“変節”させたのか。
この夏、電気が足りなくなって大阪が停電となるかも知れないという恐怖。それに勝てなかったのでは。一時は「電力不足なんて関電の数字はあてにならない」まで言っていたのに。
「関電はわざと計画停電にまで持っていく。火力発電も事故を装ってわざと停める。関電は電力テロを仕掛けてくる」。橋下ブレーンの古賀君までがそう言ったんじゃビビるのは当然かも。
期間を区切っての再稼働なんて言っているが、もはやひかれものの小唄としか。
凄いですね。橋下も陥す、この電力パワー。そりゃ福島県が、当の昔にだまされていたのは当たり前かも。なにしろ県知事始め、多くの人が積極的に“誘致”したんだから。そうさせられたんだから。
かくて、粛々と、内容も、意味もわからない「責任」という言葉に全てを託して大飯原発は再稼働に向かいます。
関電管内は電力不足の心配ない、“安堵の夏”を迎え、送ることが出来ます。
今までと同じ生活が送れるのでしょう。節電はするでしょうが。
再稼働、電力不足。それに世の中の目をくぎ付けにして、福島原発問題から、いくらかでもマスコミの目をそらせる、国民の目をそらせる、忘れさせる・・・。そんな“心理戦”に負けたのです。
電気の無い夏。それを乗り越える知恵をさすがの橋下クンも出せなかったのでしょう。
「電力不足の夏」。税金上げる、高速道路は作る・・・。豊かになった日本はそれを“経験”してもよかったのでは。変わるべきだったのでは。
それが、せめてもの「ふくしま」への思いかと。数々の犠牲者への為にも。
かくて、大飯に続き、またぞろどこかの原発再稼働の動きが出てくるのも必定。
もう「ふくしま」はこの国にあってはならないことなのに・・・。
翻って平成の世。泣く子とは「電気が無いと困る」という人たちの事か。地頭とは言わずと知れた政府、経産省か。
時代の寵児、橋下 徹くんもやっぱり大飯原発再稼働容認へ変身ときた。あれだけ強気に「反対」を叫んでいたのに。
メッキがはがれたってこととも思えるのです。
多分、この一事をして橋下人気は急落かとも。ブルータス、お前もか。
関西広域連合なるものも総崩れ。そうなんです、中央政府のお力は強いのです。
言いくるめられたというよりも脅しに屈した感あり。
「事実上の容認ですよ。この夏どうしても乗り切る必要があれば、暫定的な基準で暫定的な安全判断かもわからないが、もうそれは容認と」。
橋下のこの居直り、開き直りとも思える発言。
何が橋下をこうまで“変節”させたのか。
この夏、電気が足りなくなって大阪が停電となるかも知れないという恐怖。それに勝てなかったのでは。一時は「電力不足なんて関電の数字はあてにならない」まで言っていたのに。
「関電はわざと計画停電にまで持っていく。火力発電も事故を装ってわざと停める。関電は電力テロを仕掛けてくる」。橋下ブレーンの古賀君までがそう言ったんじゃビビるのは当然かも。
期間を区切っての再稼働なんて言っているが、もはやひかれものの小唄としか。
凄いですね。橋下も陥す、この電力パワー。そりゃ福島県が、当の昔にだまされていたのは当たり前かも。なにしろ県知事始め、多くの人が積極的に“誘致”したんだから。そうさせられたんだから。
かくて、粛々と、内容も、意味もわからない「責任」という言葉に全てを託して大飯原発は再稼働に向かいます。
関電管内は電力不足の心配ない、“安堵の夏”を迎え、送ることが出来ます。
今までと同じ生活が送れるのでしょう。節電はするでしょうが。
再稼働、電力不足。それに世の中の目をくぎ付けにして、福島原発問題から、いくらかでもマスコミの目をそらせる、国民の目をそらせる、忘れさせる・・・。そんな“心理戦”に負けたのです。
電気の無い夏。それを乗り越える知恵をさすがの橋下クンも出せなかったのでしょう。
「電力不足の夏」。税金上げる、高速道路は作る・・・。豊かになった日本はそれを“経験”してもよかったのでは。変わるべきだったのでは。
それが、せめてもの「ふくしま」への思いかと。数々の犠牲者への為にも。
かくて、大飯に続き、またぞろどこかの原発再稼働の動きが出てくるのも必定。
もう「ふくしま」はこの国にあってはならないことなのに・・・。
登録:
投稿 (Atom)
“チェルノブイリ”異聞
ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...
-
新しい年となった。雪の中だ。 良寛の詩作を引く。「草庵雪夜作」の題名。 回首七十有餘年 首 ( こうべ ) を回(めぐ)らせば七十有餘年 人間是非飽看破 人間の是非看破(かんぱ)に飽きたり 往来跡幽深夜雪 ...
-
そう、あれは6月の初めだったか。 急に視力が悪く、パソコンの画面が見え難くなった。 脳梗塞で入院した時、最初に診察してくれた当直の麻酔科の医師が「白内障が出てます。手術した方がいいですよ」と教えてくれていた。 その後転倒して、それも二回。 CT 検...
-
ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...