牀前月光を看る
疑うらくは是れ地上の霜かと
頭を挙げて山月を望み
頭を低れて故郷を思う
朝びっくり。まさに地上の霜が・・・。冬、実感なのであります。
遠望する山の稜線は美しくありました。
昨夜、部屋の灯りを消して、ペレットストーブの炎を眺めていました。
炎は想念をもかきたてて・・・。光は、炎は希望の灯りだともいうけれど・・・。
昨日、何かと忙しくはあるのだけど気分転換に本を整理してみた。災後に買った本。
よくもまあ、こんなにと言うくらい。よく買えたもんだとも。50冊を優に越えている・・・。そんな中に、ツナミの涙含めて、あの時、あのころを記録した本も多数あった。
あの時、いや、それ以降も「本」に何を求めていたのだろうか。何かを、求めていた。
たとえば放射能の知識を得るため、たとえば、自分の“空白”を埋めるため、東北の歴史、原発の歴史を知るため、この国の姿を掘り下げるため・・・。もろもろだ。
あの頃、この国は、自分自身は勿論だが、「絶望」に支配されていた。今も続いていることではあるのだが。
「希望」と題する本が数冊あった。希望の国・希望の地図・希望の王国・・・。
絶望と希望。その対極にある二つの心理を、どう消化していくのか。
そんな心情が本を求めさせたのかもしれない。
作家が紡ぎ出す「言葉」の数々にすがりたかったのかもしれない。
希望とは何か。たとえば一冊にはこうある。
「そもそも、希望とは与えられるものなのか。自分の外で光輝いているものなのか。さらに言えば、希望とは未来にあるものなのか。
そうではない。希望はいまの自分の中にある」と。
別の本にもこうあった。
「人々の切なる声は、震災と言う試練だけではなく、大きな試練を前にした私たちに本当に必要なのは、自ら見出す“希望”であることを教えてくれた」。
だけど・・・未だに「希望」ということがわからない。
そして、作家たちも、その多くが被災地に対して「希望」という言葉を使わなくなった。
なぜなのだろう・・。そんな“哲学的”問いかけ。絶望と希望の狭間にある「現実」。
未だに「復興」ということに理解が出来ない。誰でもが口にすることだけど。
元に戻すことが復興なのか。もうすべては元に戻らないはずだし。
カネをいくら積んでも「心の復興」には行き着かない。
復興とは、想像力に基づいた新たな創造なのかもしれないし。
被災地からそれが生み出されれば復興ということになるかもしれないが。
まだ、財布の中に一枚の切符を持っている。釜石発復興未来行き。諦めない限り有効の切符を。三鉄は開通した。でも、まだ「復興駅」には行き着いていないと思うから。
きょうもまた「明日行き」の切符を思いの中で買うだろう。明日に向かう電車に乗るかもしれない。明日になって何かが変わっているとは思えないが。
すでにして、変わることを誓った人々が、国が、それを“放棄”したようにも思えてならない。
変わることを放棄した。それは思考の停止だ。
受け身の楽観主義だ。
それを排したい。そして、死を想え。メメントモリ。
真夜中の静寂はそれを思うに恰好な時間でした。
無残ともいえる写真集をも見ました。
あの光景は忘れ去られているように思える今。
そして蘇るあの日の夜の寒さ。
忘れるという字は、心を亡くすと書きます。こころよ、どこにも行くな。ここにとどまっていてくれ。そして俺をもっと、もっと悩ましてくれ。
寒いであろう街に暫時出かけます。あの頃と今の街の光景はたしかに変わったけれど。確実なのは「空き地」が増えたこと・・・。
2014年12月7日日曜日
2014年12月6日土曜日
冬の日
きょうは晴天の分だけ、余計に表は寒く感じる。風が冷たい。まさに冬晴れ。
狭いと言っても日本は広い。
全国を寒波が襲っているという。大雪のところも。立ち往生の車、閉じ込め10時間もとか。
寒さの中の選挙。候補者も運動員も、動員された聴衆も大変だ。ごくろうさんの一言しかないが。
なぜか大好きな三好達治の詩が浮かんできた。「冬の日」。
失意の中にあった当時の会社の役員が長野の善光寺別院のようなところに寄寓していたとき、この詩を手紙で送った。メールも無い時代だったし。
『ああ智慧(ちゑ)は かかる静かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絶えた境に
山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前触れもなくそれが汝の前に来て
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあらう」』
菅原文汰のことを考えている。特別のフアンでもなかったが。
「まさに死せんとするやその言やよし」ということかもしれないが。
沖縄で短時間行った選挙の応援演説。
「政治の役割はふたつあります。
一つは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。
もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと」
餓えてる子供がいる。貧困と呼ばれる子供が10人に一人はいる。その現実。
そして、さまざまな意味で戦争の匂いがする。なんか感じる。
それでも日本人は戦争を選んだ。そう、その論考が現実味をおびて来ているの感ありだ。
特定秘密保護法が施行される・・・。
ある日突然「平和」を奪われた多くの人たちがいる。奪われたではない、失ったが正しい表現か。
そこに言う「平和」とは、特別大仰なことではない。
冬は寒いと感じ、夏は暑いと感じる。その四季を「恵み」として受け取りながら、何気ない日々の普通の暮らしをしていたということだ。
「戦後」と「災後」に通じるものがある。
そこに違いを見つけるとすれば、「戦」は人間が起こすものであり、「災」は自然の事象ということか。
石巻出身の菅原文太は、災後、被災地を訪れた。見た、聞いた、知った。肌で体験したものがある。彼はこう思ったという。俳優をやめようと。
映画を作り、映画に出ている場合じゃないと。そして農業者の道を選ぶ。
それは映画を否定したものではない。彼自身の生き方の問題だが。
そして言う。
「東日本大震災では、戦後の日本が築いてきたものが一瞬にして見る影もなくなった。被災地の状況が問いかけてくる。幸福ってなんだったのかと。
原発もこれまで一般には考える必要のないこととされてきたじゃないか。安全神話が覆い、自分もまさか福島のようなことが起こるとは思っていなかった。だから科学技術って何だったのだと考えてみてもいいのじゃないか。
産業革命が起き科学技術が人間に恩恵をもたらし始めて250年くらいになる。そして、現代に至り、人間が宇宙を制覇したとまではいかないにしても、そんな科学技術は万能だという意識が我々を覆っている。
しかし、科学を中心とした発展の末に、日本人が昔からよりどころにしていた精神の土台を自ら破壊してきたことと無関係ではない。
日本人は、自然に対する畏敬の念を抱いて生きてきた。一木一草に神が宿っていると考えた。それをいつの間にか放棄してしまって、人間としてのよりどころがなくなってしまったんじゃないだろうか」。
まさに、災後、僕が折に触れて書いてきたこと、話してきたことと合致する。
大晦日、全国の「トラック野郎」が1万台、東京湾岸に集結し、鎮魂のクラクションを鳴らすという・・・。その場に居たい衝動に駆られる・・・。
狭いと言っても日本は広い。
全国を寒波が襲っているという。大雪のところも。立ち往生の車、閉じ込め10時間もとか。
寒さの中の選挙。候補者も運動員も、動員された聴衆も大変だ。ごくろうさんの一言しかないが。
なぜか大好きな三好達治の詩が浮かんできた。「冬の日」。
失意の中にあった当時の会社の役員が長野の善光寺別院のようなところに寄寓していたとき、この詩を手紙で送った。メールも無い時代だったし。
『ああ智慧(ちゑ)は かかる静かな冬の日に
それはふと思ひがけない時に来る
人影の絶えた境に
山林に
たとへばかかる精舎の庭に
前触れもなくそれが汝の前に来て
かかる時 ささやく言葉に信をおけ
「静かな眼 平和な心 その外に何の宝が世にあらう」』
菅原文汰のことを考えている。特別のフアンでもなかったが。
「まさに死せんとするやその言やよし」ということかもしれないが。
沖縄で短時間行った選挙の応援演説。
「政治の役割はふたつあります。
一つは、国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。
もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと」
餓えてる子供がいる。貧困と呼ばれる子供が10人に一人はいる。その現実。
そして、さまざまな意味で戦争の匂いがする。なんか感じる。
それでも日本人は戦争を選んだ。そう、その論考が現実味をおびて来ているの感ありだ。
特定秘密保護法が施行される・・・。
ある日突然「平和」を奪われた多くの人たちがいる。奪われたではない、失ったが正しい表現か。
そこに言う「平和」とは、特別大仰なことではない。
冬は寒いと感じ、夏は暑いと感じる。その四季を「恵み」として受け取りながら、何気ない日々の普通の暮らしをしていたということだ。
「戦後」と「災後」に通じるものがある。
そこに違いを見つけるとすれば、「戦」は人間が起こすものであり、「災」は自然の事象ということか。
石巻出身の菅原文太は、災後、被災地を訪れた。見た、聞いた、知った。肌で体験したものがある。彼はこう思ったという。俳優をやめようと。
映画を作り、映画に出ている場合じゃないと。そして農業者の道を選ぶ。
それは映画を否定したものではない。彼自身の生き方の問題だが。
そして言う。
「東日本大震災では、戦後の日本が築いてきたものが一瞬にして見る影もなくなった。被災地の状況が問いかけてくる。幸福ってなんだったのかと。
原発もこれまで一般には考える必要のないこととされてきたじゃないか。安全神話が覆い、自分もまさか福島のようなことが起こるとは思っていなかった。だから科学技術って何だったのだと考えてみてもいいのじゃないか。
産業革命が起き科学技術が人間に恩恵をもたらし始めて250年くらいになる。そして、現代に至り、人間が宇宙を制覇したとまではいかないにしても、そんな科学技術は万能だという意識が我々を覆っている。
しかし、科学を中心とした発展の末に、日本人が昔からよりどころにしていた精神の土台を自ら破壊してきたことと無関係ではない。
日本人は、自然に対する畏敬の念を抱いて生きてきた。一木一草に神が宿っていると考えた。それをいつの間にか放棄してしまって、人間としてのよりどころがなくなってしまったんじゃないだろうか」。
まさに、災後、僕が折に触れて書いてきたこと、話してきたことと合致する。
大晦日、全国の「トラック野郎」が1万台、東京湾岸に集結し、鎮魂のクラクションを鳴らすという・・・。その場に居たい衝動に駆られる・・・。
2014年12月5日金曜日
「選挙報道」をめぐって
一昨日、大手新聞各社が一斉に衆院戦の“序盤”の情勢調査を載せた。
まるで申し合わせたように。
朝、毎、読、日経。
表現に多少の違いはあれ、予測は「自民300」。
たしかに驚きであり、衝撃だ。それは与野党問わずだ。
公明合わせれば、また三分の二が確保出来る数字だ。
「マスコミの世論操作」だという人達もいる。確かに、安倍批判を手控え、“萎縮”した感があるメディア。でも、これは、意識的な“操作”ではない。
選挙前の世論調査。それもたしかに調査方法には“疑念”がぬぐえなくもないが、安倍内閣の支持率は40%台だった。不支持が上回っていた調査もある。
だから「予想獲得議席」と問われた時に、安倍も「自公で過半数」と言っていた。
蓋を開けてみたら300。早速「緩み」警戒の指令を出して。
支持率40%台が獲得議席70%という怪。
自民支持がイコール安倍支持なのか。そうではないと思うけど。
党首力という言葉がある。党首討論を見ると、不甲斐ない野党の党首がとも見える。その通りなのだが。
この数字をどう選挙民が受け止めるかだ。
流れに身を任せようとするのか、安倍政治を阻止しようと振り子が動くのか。
かつて言われていたこと。選挙区ごと。「有利」と書かないでくれ、陣営のタガが緩み、どうせ勝つんだからと他に票が流れると言う“定説”。
あと10日、野党がどう巻き替えせるか・・・。
選挙民の意識とは別に、選挙には“戦術”が“戦略”がついてまわる。
不意打ちを食らったのは野党だけではない。自民にとっても不意打ちだったのだ。
問題は野党が「バラバラ」ということ。統一出来なかったということ。
受け皿足り得なかったということ。
頼りない、だらしない野党を責めるべきだ。
「300」という数字を念頭に置いた選挙戦となって行く。だいたい、自民自身も減ると思っていたし、マスコミもそう思っていた。でもそれは違っていたという「調査結果」。
300という数字が、どんな影響を与えていくか。
寄らば大樹の陰、ということになるのか。とんでもないってことになるのか。
安倍政治には数々の疑問点があるにも関わらずだ。
きょうの東京外為市場は円安が進む。ついに120円だ。円安になったらどうする。
それは目先の選挙には無関係のことなのかもしれない。
多分、この「300」という数字は“既成事実化”されるだろう。
そして・・・。14日の午後8時。テレビ各社は画面いっぱいに出す。自公で安定過半数、3分の二確保と。具体的な議席数まで出す。
いわゆる「出口調査」を基礎とした、大方はあたっている数字を。
それを「おかしい」と批判する人もいる。たしかに理屈から言えばおかしい。どこも開票されていないのだから。
夜を徹して開票速報を見ている時代ではなくなった。テレビに合わせての「バンザイ」がすぐに映し出される。奇妙な光景なのだが。
それはともかく、序盤の議席予測、情勢調査の報道をどう読み取り、どう自分の投票行動に結びつけて行くのか。
言えることはただ一つ。確実に投票率は下がるだろうということ。
いまさら公明党は結党の本旨にさかのぼって「野党」で有るべきだ。なんて言っても始まらないし。
自公圧勝が福島にとっていいことなのか、そうではないことなのか。それを考えていかねばならないし・・・。
とにかく、今はそういう国の姿だということ。あらゆる意味で。
2014年12月4日木曜日
人を育てるということ。選挙番外編
新聞数紙が書いている。議席予測を。自民300越えとか迫るとか。
なんとも言い難しの感。
政治が劣化している。多くのひとがそう言う。異論はない。
マスコミも劣化したと人は言う。たしかにそうだ。
誰が劣化させたかが問題だ。国民の劣化がそうさせたのだ。
「劣化」の伝染・・・。いや連鎖。
こんなことを考えてみる・・・。
例えば音楽家。耳の肥えた聴衆がいることが、その音楽家を育てる。いくら上手な先生に付いても、技術を学んでも、感動を聴衆に与えなければその音楽家は成功したことにはならない。
上手なコーチが技術を教えても立派なスポーツ選手が育つとは限らない。
選手を上手くさせるのは、選手にその楽しさを教えることが先だともいう。
敵味方に分かれていても、サッカー選手が意識するのは観客だ。フアンだ。
フィギアスケートは、お客さんの反応がその選手の力量を決める。
技術よりも「楽しさ」。それが選手にあるかどうか。お客を楽しませることが出来るかどうか、それが一流の必須条件。」
「お客が役者や演奏家、選手を育てる」ということ。
かつて経営の神様と言われた松下幸之助。彼が常に口にしていたのが「お客様が」だったと聞いた。
だから・・・。
政治家を育てるということ。誰が政治家を育てるのか。どうやって政治家は育つのか。
政治家を育てるのは選挙民だ。利益誘導だけを政治家に求めている限り、その政治家は利益還元しか考えない。
永田町という狭い範囲でしか日常を過ごしていない人。そこからは国全体が見えない。
例えば松下政経塾というのがある。政治家への一つの登竜門だ。しかし、そこで政治のテクニックだけを学んでも、まともな政治家にはならない。
誰とは言わないが、思い当たる節もある。
政治の劣化とは何か。視野狭窄に陥っていることもその一つだ。
そして、その座にいることに連綿としているその価値観だ。
「自民党の中に人がいなくなった」。党の幹部すらそう公言する。
なぜ政治家は育たないのか。
選挙制度に問題があるのだ。そう、今の小選挙区比例代表制。
小選挙区は一つの選挙区で一人しか当選しない。そこには「勝てる」と思われる候補しか立てない。あげく比例代表、重複立候補。落ちても当選という馬鹿げた仕組み。
小選挙区制。それにより政権交代をより可能なものにする二大政党の実現。
旗を振ったのは小沢一郎だった。今、かれはどういう境遇に置かれているのか。
中選挙区制に戻そうよ。定数3人のところに一つの政党が3人立ててもいい。
そこには切磋琢磨が生まれるし。仮に5人立ったとしよう。落ちた2人は選挙を経験する。
その経験が、次の選挙に役立つ。やがて日の目を見たときには、すこしはましな政治家になっているはず。
有権者の選択の幅も広がる。自民党支持でも、そこに立っている候補者には入れたくないという人も多い。棄権はしたくない。なくなくそこの一人の自民候補に入れる。
嫌な人は選挙に行かない。棄権する。選択肢を広げた方が投票率は上がるのだ。
定数と合わせて、選挙制度を大本から変えるべきなのだ。ダメな奴は落とせるのだ。
同期の人間でこれはと思うやつを二人競わせる。同じ社内で、組織で。指定席は作らない。それが企業の発展への人材育成策でもある。
多くの若者が選挙に無関心だと言う。僕はそう思っていない。関心はあるが入れたい人がいないのだ。若者代表が入り込む隙が無いのだ。
小泉進次郎などは稀有な例なのだ。
若者が入り込める余地をつくること。それが政治家を育てるということにもつながると思っているのだが。
そうなのだ。後から来る者の為に、道を空けて置かねばならない。のだとも。
なんとも言い難しの感。
政治が劣化している。多くのひとがそう言う。異論はない。
マスコミも劣化したと人は言う。たしかにそうだ。
誰が劣化させたかが問題だ。国民の劣化がそうさせたのだ。
「劣化」の伝染・・・。いや連鎖。
こんなことを考えてみる・・・。
例えば音楽家。耳の肥えた聴衆がいることが、その音楽家を育てる。いくら上手な先生に付いても、技術を学んでも、感動を聴衆に与えなければその音楽家は成功したことにはならない。
上手なコーチが技術を教えても立派なスポーツ選手が育つとは限らない。
選手を上手くさせるのは、選手にその楽しさを教えることが先だともいう。
敵味方に分かれていても、サッカー選手が意識するのは観客だ。フアンだ。
フィギアスケートは、お客さんの反応がその選手の力量を決める。
技術よりも「楽しさ」。それが選手にあるかどうか。お客を楽しませることが出来るかどうか、それが一流の必須条件。」
「お客が役者や演奏家、選手を育てる」ということ。
かつて経営の神様と言われた松下幸之助。彼が常に口にしていたのが「お客様が」だったと聞いた。
だから・・・。
政治家を育てるということ。誰が政治家を育てるのか。どうやって政治家は育つのか。
政治家を育てるのは選挙民だ。利益誘導だけを政治家に求めている限り、その政治家は利益還元しか考えない。
永田町という狭い範囲でしか日常を過ごしていない人。そこからは国全体が見えない。
例えば松下政経塾というのがある。政治家への一つの登竜門だ。しかし、そこで政治のテクニックだけを学んでも、まともな政治家にはならない。
誰とは言わないが、思い当たる節もある。
政治の劣化とは何か。視野狭窄に陥っていることもその一つだ。
そして、その座にいることに連綿としているその価値観だ。
「自民党の中に人がいなくなった」。党の幹部すらそう公言する。
なぜ政治家は育たないのか。
選挙制度に問題があるのだ。そう、今の小選挙区比例代表制。
小選挙区は一つの選挙区で一人しか当選しない。そこには「勝てる」と思われる候補しか立てない。あげく比例代表、重複立候補。落ちても当選という馬鹿げた仕組み。
小選挙区制。それにより政権交代をより可能なものにする二大政党の実現。
旗を振ったのは小沢一郎だった。今、かれはどういう境遇に置かれているのか。
中選挙区制に戻そうよ。定数3人のところに一つの政党が3人立ててもいい。
そこには切磋琢磨が生まれるし。仮に5人立ったとしよう。落ちた2人は選挙を経験する。
その経験が、次の選挙に役立つ。やがて日の目を見たときには、すこしはましな政治家になっているはず。
有権者の選択の幅も広がる。自民党支持でも、そこに立っている候補者には入れたくないという人も多い。棄権はしたくない。なくなくそこの一人の自民候補に入れる。
嫌な人は選挙に行かない。棄権する。選択肢を広げた方が投票率は上がるのだ。
定数と合わせて、選挙制度を大本から変えるべきなのだ。ダメな奴は落とせるのだ。
同期の人間でこれはと思うやつを二人競わせる。同じ社内で、組織で。指定席は作らない。それが企業の発展への人材育成策でもある。
多くの若者が選挙に無関心だと言う。僕はそう思っていない。関心はあるが入れたい人がいないのだ。若者代表が入り込む隙が無いのだ。
小泉進次郎などは稀有な例なのだ。
若者が入り込める余地をつくること。それが政治家を育てるということにもつながると思っているのだが。
そうなのだ。後から来る者の為に、道を空けて置かねばならない。のだとも。
2014年12月3日水曜日
「争点は有権者が決めることだ」と識者は言う・・・
大義なき解散と言われ、争点無き選挙だと言われた。
最初はアベノミクスなる経済政策、消費税の増税延期、それが争点だといい、
「この道しかない」と政権側は言った。
安倍の土俵で相撲を取るということ。ーーそんな事を書いてみた。
メディアもこぞって「争点無き選挙」と書いていた。そんな“風潮”を潔しとしなかったのかどうか。
争点は有権者が決めるもの。そんな社説や論調が現れ始めた。
一見、合点がいくようで、合点がいかない問い掛け。
あまりにも、的確な表現かどうかはともかく、「哲学的」とさえ思える投げかけに思えたから。
メディアとしての格好いい綺麗ごとのような、相も変わらぬ「放り投げ」と読めてしまったから。
福島の有権者は、何を争点としてほしいと思っているか。簡単に「復興」の二文字で片付けられてしまうことへの大いなる違和感があったはず。
12万人の仮設や借り上げ住宅で慣れない暮らしをする人達。4万人ともいう県外避難者。
それらにどういう眼を向け、対策を言うのか。それが「福島」の争点。
1Fの処理、汚染水。原発事故の後始末。
除染・・・。
彼らにとっての喫緊の課題は俎上に上らない。
有権者に争点を丸投げしていたメディアも、その愚に気づいたのか。メディアの側から争点を書き始めた。
もちろん、アベノミクス、経済政策もあるが、「経済・安保・原発、幅広い争点」と書きはじめた。
しかし、その原発とは「再稼働」の話しであり、福島のことでは無い。
昨日の安倍の相馬入り。滞在わずか1時間足らず。せっかく福島に足を運んだのだ。見て回る、話を聞いてまわるところも多々あったろうに。
案の定、聴衆からの反応は冷めたものだったと聞く。
遊説日程は自民党の事務局が決める物ではあるが・・・。
大義なき解散は、選挙で勝つための各党の戦術に移っている。候補者調整含め、仁義なき戦いが展開されているようにも映る。
大義にしても仁義にしても、そこにある「義」とは何ぞや。
新聞もテレビもこぞって各党党首の討論会をやっている。討論会では無いな。あれは。主張、意見の開陳の場でしかないな。
1局みればもう見なくてもいい。同じことの繰り返しなのだから。
なんだかんだと言いながら、野党もすっかり安倍の土俵に乗っているし。
アベノミクスは失敗だったと言い募るけど、そんなこと先刻承知の介(笑)。
沖縄は全くと言っていいほど“争点”のもされない。争点どころか言及すら無い。
選挙の「興奮」もあまり感じられない。
所詮は「数」を争うだけの選挙なのだろう。
「3・11」後、日本という国は「変わる」ことを誓ったはずだ。でも、結局、何も変わっていない。
選挙の在り方も。
とにかくわかっていること。それは2年余りのちには消費税は10%になるということ。
その時になって、嘆いてみてもすべては後の祭りなんだけどな。
「一国の国民は普通、自分たちの平均的レベルを超える国会議員を持つことは出来ない。また一国の政治が総理大臣の器量を超えることは無い。
国家の価値は、結局、これを組織する人民の価値である」。
英国の哲学者、ジョン・スチュワート・ミルの至言だ。
だから争点は有権者が決めると名が返されたのかもしれないが・・・。
最初はアベノミクスなる経済政策、消費税の増税延期、それが争点だといい、
「この道しかない」と政権側は言った。
安倍の土俵で相撲を取るということ。ーーそんな事を書いてみた。
メディアもこぞって「争点無き選挙」と書いていた。そんな“風潮”を潔しとしなかったのかどうか。
争点は有権者が決めるもの。そんな社説や論調が現れ始めた。
一見、合点がいくようで、合点がいかない問い掛け。
あまりにも、的確な表現かどうかはともかく、「哲学的」とさえ思える投げかけに思えたから。
メディアとしての格好いい綺麗ごとのような、相も変わらぬ「放り投げ」と読めてしまったから。
福島の有権者は、何を争点としてほしいと思っているか。簡単に「復興」の二文字で片付けられてしまうことへの大いなる違和感があったはず。
12万人の仮設や借り上げ住宅で慣れない暮らしをする人達。4万人ともいう県外避難者。
それらにどういう眼を向け、対策を言うのか。それが「福島」の争点。
1Fの処理、汚染水。原発事故の後始末。
除染・・・。
彼らにとっての喫緊の課題は俎上に上らない。
有権者に争点を丸投げしていたメディアも、その愚に気づいたのか。メディアの側から争点を書き始めた。
もちろん、アベノミクス、経済政策もあるが、「経済・安保・原発、幅広い争点」と書きはじめた。
しかし、その原発とは「再稼働」の話しであり、福島のことでは無い。
昨日の安倍の相馬入り。滞在わずか1時間足らず。せっかく福島に足を運んだのだ。見て回る、話を聞いてまわるところも多々あったろうに。
案の定、聴衆からの反応は冷めたものだったと聞く。
遊説日程は自民党の事務局が決める物ではあるが・・・。
大義なき解散は、選挙で勝つための各党の戦術に移っている。候補者調整含め、仁義なき戦いが展開されているようにも映る。
大義にしても仁義にしても、そこにある「義」とは何ぞや。
新聞もテレビもこぞって各党党首の討論会をやっている。討論会では無いな。あれは。主張、意見の開陳の場でしかないな。
1局みればもう見なくてもいい。同じことの繰り返しなのだから。
なんだかんだと言いながら、野党もすっかり安倍の土俵に乗っているし。
アベノミクスは失敗だったと言い募るけど、そんなこと先刻承知の介(笑)。
沖縄は全くと言っていいほど“争点”のもされない。争点どころか言及すら無い。
選挙の「興奮」もあまり感じられない。
所詮は「数」を争うだけの選挙なのだろう。
「3・11」後、日本という国は「変わる」ことを誓ったはずだ。でも、結局、何も変わっていない。
選挙の在り方も。
とにかくわかっていること。それは2年余りのちには消費税は10%になるということ。
その時になって、嘆いてみてもすべては後の祭りなんだけどな。
「一国の国民は普通、自分たちの平均的レベルを超える国会議員を持つことは出来ない。また一国の政治が総理大臣の器量を超えることは無い。
国家の価値は、結局、これを組織する人民の価値である」。
英国の哲学者、ジョン・スチュワート・ミルの至言だ。
だから争点は有権者が決めると名が返されたのかもしれないが・・・。
2014年12月2日火曜日
「福島」から選挙を語るは愚なりや
昨日東京新聞が書いていた。
福島第一原発から出る汚染水のことを。
「東京電力福島第一原発至近の海で、本紙は放射能汚染の状況を調べ、専用港の出入り口などで海水に溶けた状態の放射性セシウムを検出した。事故発生当初よりは格段に低い濃度だが、外洋への汚染が続く状況がはっきりした。一方、東電は精度の低い海水測定をしていながら、「検出せず」を強調する。事故当事者としての責任を果たしているのかどうか疑問がある」と。
汚染水は外洋に漏れているのだ。完全にブロックだ、アンダーコントロールなどと言った張本人はどう思っているのだろうか。
12万人、寒い仮設の冬が始まる。そこに戯れ歌のようなものも張ってあるという。
「毎日パチンコ屋に通えるのも東電さんのおかげです、東電さんよありがとう」のような。
除染が続く毎日。黒い袋がますます増えている。
1F構内では寒い中、作業が続く。浜通りにではもともとの住民と避難者との間で、軋轢がより深刻になっている。
国道6号が通行可能になった。常磐道がほぼつながった。そこを自転車で走らせる。そんな「明るいニュース」をメディアはこぞって伝える。
間違いではない。でも、その脇を見てくれ。
人はいない。草ぼうぼうの廃屋同然の家・・・。
あの時のままの光景が、そこにはあるということを。
全てが政治のせいではない。が、政治に結びついて行く問題だ。
今日からの選挙戦。アベノミクスが連呼され、かたや再稼働反対や集団的自衛権の問題が言われる。
福島も津波被害も、もう過去のことのように争点にはされない。
きょう安倍は相馬に入った。常磐道を来年3月に全線開通させると言う。
海江田も来ると言う。
福島は「ダシ」にされていると思う。
郡山市議が選挙応援で支持者回り。あまり関心が無いようだとの感想を言う。候補者のリーフレット渡すも反応は「いまひとつ」と。
アベノミクスの影響が及んでいるのかどうか。それらへの言及はその道の人に委ねよう。一言だけ言えば「及んで無い」と思うけど。
「選挙に行ったって意味が無い」「何も変わらない」。無関心な人が多いことは事実だ。
だから言う。「無駄なことは無い。今の政権は、それが福島と同じように、国民が諦めることを狙っている。無力感を味あわせようとしているのだ。みすみすその手に乗ることは無い」と。思う壺にははまるなと。
今はどうだか知らないが、昔、総理官邸には「日本丸」という帆船が飾ってあった。毎日のようにその船の前を通っていた。
福島の海を考えながら、海に浮かぶ船を想う。
言い古されて言葉のようだが。「日本丸よどこに行く」。
選挙の争点になるかどうかはわからないが、目くらましのような「経済」に埋没してしまうのかどうかも分からないが、安倍政治の行く先、目指す先を思う。
言いたいことも言えない、おかしいこともおかしいと言えない。普通に生きることもできそうにもない。そんな社会が待っていると。
物言う俳優が一人逝った。菅原文太。高倉健とは違った意味で、痛惜の念に堪えない。物言う人がどんどん亡くなっていくのだ。
彼の夫人はこう言っていた。
「落花は枝に還らざるとも」・・・と。
会津藩士、秋月悌次郎を書いた小説の題名だ。
菅原文太の“遺言”は、死して参政権を行使しているようにも思えてくる。
中島みゆきの歌は彼の死に相応しいものかもしれない。
♪宙船(そらふね)♪
・・・その船を漕いで行け、おまえの手で漕いで行け、おまえが消えてよろこぶ者に、お前のオールを任せるな・・・
「君たちが、あなた方が、政治を見捨ても、政治は、決してあなた方を見放さない。縛り付ける」。2年前の選挙時に書いたコラムの一行だ。
それしかない自らの権利を、自らが無視することなかれと。公示の日に。
福島第一原発から出る汚染水のことを。
「東京電力福島第一原発至近の海で、本紙は放射能汚染の状況を調べ、専用港の出入り口などで海水に溶けた状態の放射性セシウムを検出した。事故発生当初よりは格段に低い濃度だが、外洋への汚染が続く状況がはっきりした。一方、東電は精度の低い海水測定をしていながら、「検出せず」を強調する。事故当事者としての責任を果たしているのかどうか疑問がある」と。
汚染水は外洋に漏れているのだ。完全にブロックだ、アンダーコントロールなどと言った張本人はどう思っているのだろうか。
12万人、寒い仮設の冬が始まる。そこに戯れ歌のようなものも張ってあるという。
「毎日パチンコ屋に通えるのも東電さんのおかげです、東電さんよありがとう」のような。
除染が続く毎日。黒い袋がますます増えている。
1F構内では寒い中、作業が続く。浜通りにではもともとの住民と避難者との間で、軋轢がより深刻になっている。
国道6号が通行可能になった。常磐道がほぼつながった。そこを自転車で走らせる。そんな「明るいニュース」をメディアはこぞって伝える。
間違いではない。でも、その脇を見てくれ。
人はいない。草ぼうぼうの廃屋同然の家・・・。
あの時のままの光景が、そこにはあるということを。
全てが政治のせいではない。が、政治に結びついて行く問題だ。
今日からの選挙戦。アベノミクスが連呼され、かたや再稼働反対や集団的自衛権の問題が言われる。
福島も津波被害も、もう過去のことのように争点にはされない。
きょう安倍は相馬に入った。常磐道を来年3月に全線開通させると言う。
海江田も来ると言う。
福島は「ダシ」にされていると思う。
郡山市議が選挙応援で支持者回り。あまり関心が無いようだとの感想を言う。候補者のリーフレット渡すも反応は「いまひとつ」と。
アベノミクスの影響が及んでいるのかどうか。それらへの言及はその道の人に委ねよう。一言だけ言えば「及んで無い」と思うけど。
「選挙に行ったって意味が無い」「何も変わらない」。無関心な人が多いことは事実だ。
だから言う。「無駄なことは無い。今の政権は、それが福島と同じように、国民が諦めることを狙っている。無力感を味あわせようとしているのだ。みすみすその手に乗ることは無い」と。思う壺にははまるなと。
今はどうだか知らないが、昔、総理官邸には「日本丸」という帆船が飾ってあった。毎日のようにその船の前を通っていた。
福島の海を考えながら、海に浮かぶ船を想う。
言い古されて言葉のようだが。「日本丸よどこに行く」。
選挙の争点になるかどうかはわからないが、目くらましのような「経済」に埋没してしまうのかどうかも分からないが、安倍政治の行く先、目指す先を思う。
言いたいことも言えない、おかしいこともおかしいと言えない。普通に生きることもできそうにもない。そんな社会が待っていると。
物言う俳優が一人逝った。菅原文太。高倉健とは違った意味で、痛惜の念に堪えない。物言う人がどんどん亡くなっていくのだ。
彼の夫人はこう言っていた。
「落花は枝に還らざるとも」・・・と。
会津藩士、秋月悌次郎を書いた小説の題名だ。
菅原文太の“遺言”は、死して参政権を行使しているようにも思えてくる。
中島みゆきの歌は彼の死に相応しいものかもしれない。
♪宙船(そらふね)♪
・・・その船を漕いで行け、おまえの手で漕いで行け、おまえが消えてよろこぶ者に、お前のオールを任せるな・・・
「君たちが、あなた方が、政治を見捨ても、政治は、決してあなた方を見放さない。縛り付ける」。2年前の選挙時に書いたコラムの一行だ。
それしかない自らの権利を、自らが無視することなかれと。公示の日に。
2014年12月1日月曜日
・・・そして12月
1年の終わりの月、12月。
この12月っていうのは嫌いだ。世俗を大方離れた身と雖も、なにか慌ただしいし、寒いし・・・。
案の定風邪気味だ。
何事も始まりがあれば終わりがある。
今年の一月、「あっと言う間に12月だぜ」と言っていたような気がする。
そのあっと言う間が経って。
明日は総選挙の公示。あっと言う間に投票日。そして・・・。
一年の終わりの時、なぜか寂寞感が伴ってくる感じもする。
始まりと終わりと。
確か、田中角栄から聞いた言葉のように記憶している。いや、彼がだれか先達から言われていた言葉を敷衍したのかもわからないが。
「俺はね、総理大臣になって、組閣を終え、執務室で一人になった時から、いつ引退するかを考えていたんだ。いや、それはまず考えることだと思ったのだ。その期間に何をするか、有限の期間の中で」。
彼の退陣は、己の予想を超えて、あまりにも早かったが・・・。
第一次安倍内閣。突然の退陣は、まさに断腸の思いだっただろう。察するに余りある。
捲土重来を期していたかどうかはしらないが、転がり込んで来た第二次安倍内閣。「敵失」による最高権力者の地位。
6年間総理の座にとどまる。自分自身にも言い聞かせ、墓前にも誓ったのかもしれない。
そして6年後、意のままになる者を後継指名し、院政を敷く。そんな人生の、政治家としての設計図。
そのためには阻害要因は切って捨てる。国民、民意などと言うものは、単に“野望”を達成するための「民主主義に名を借りた手段」にしか過ぎない。
明日から本格化するであろう「遊説」。あれはまさに強行日程だ。並の体力や精神力では務まらないくらいの。
安倍は国民に言うだろう。己の成果を。しかし、国民の声には見ざる、聞かざるを貫く。
田中角栄は、恐ろしいほど、地元の人の就職の面倒を見た。あちこちに口をきた。もちろんマスコミにも。
田中の口利きで、いわゆるコネで入った人たちは、その会社の中で「誠心会」というのを作る。いや、入ると言ったらいいのか。
橋本登美三郎は自身が朝日、NHKだったこともあってか、「西湖会」というのを“作らせ”ていた。NHKの海老沢勝二はその会長だった。
マスコミと有力政治家との関係。口利きがまかり通る。その融通無碍な関係。いわば“業界的”には当たり前だったのだ。
安倍の、安倍事務所の口利きによる、いや、その父の晋太郎まで遡ってみても。その口利き、一致する“利害関係”、その実例は数例見てきた。
民放幹部と電通との子弟の就職をめぐる相互補完関係もある。
新聞社でもテレビ局でも、新社長が就任すれば、必ず総理大臣のところに挨拶に出向く。地方では、知事や市長が地元紙に挨拶に出向く。
だからどうだって言っているわけではないが・・・。
「恫喝」もどきをする前に、すでに「自主規制」は行きわたっているはずだけど。脅したつもりが、逆に国民の側から顰蹙を買う。なんか、やはり“劣化”なのだろう。
そういえば、かつて「虚礼廃止」なんて申しわせが与野党でなされた時があった。そんな言葉って今もいきているのだろうか。
明日から、選挙事務所の中は、それが意味を為すのか為さないのか、虚礼ではないが、各種の推薦状が壁一面に並べられ、「祈る必勝」の色紙で覆い尽くされる。事務所を覗いてみてください。こんちはと入ってみてください。
お茶は出ますよ、コーヒーは出ませんが。笑顔で迎えられますよ。この時だけは(笑)。
「安倍政権は倒されるためにだけ存在する」。作家の辺見庸が述べた言葉。この“アイロニー”をどう読み取るかに腐心してみたりして。
歴史に残る日となるのか。2014年12月14日は。
この12月っていうのは嫌いだ。世俗を大方離れた身と雖も、なにか慌ただしいし、寒いし・・・。
案の定風邪気味だ。
何事も始まりがあれば終わりがある。
今年の一月、「あっと言う間に12月だぜ」と言っていたような気がする。
そのあっと言う間が経って。
明日は総選挙の公示。あっと言う間に投票日。そして・・・。
一年の終わりの時、なぜか寂寞感が伴ってくる感じもする。
始まりと終わりと。
確か、田中角栄から聞いた言葉のように記憶している。いや、彼がだれか先達から言われていた言葉を敷衍したのかもわからないが。
「俺はね、総理大臣になって、組閣を終え、執務室で一人になった時から、いつ引退するかを考えていたんだ。いや、それはまず考えることだと思ったのだ。その期間に何をするか、有限の期間の中で」。
彼の退陣は、己の予想を超えて、あまりにも早かったが・・・。
第一次安倍内閣。突然の退陣は、まさに断腸の思いだっただろう。察するに余りある。
捲土重来を期していたかどうかはしらないが、転がり込んで来た第二次安倍内閣。「敵失」による最高権力者の地位。
6年間総理の座にとどまる。自分自身にも言い聞かせ、墓前にも誓ったのかもしれない。
そして6年後、意のままになる者を後継指名し、院政を敷く。そんな人生の、政治家としての設計図。
そのためには阻害要因は切って捨てる。国民、民意などと言うものは、単に“野望”を達成するための「民主主義に名を借りた手段」にしか過ぎない。
明日から本格化するであろう「遊説」。あれはまさに強行日程だ。並の体力や精神力では務まらないくらいの。
安倍は国民に言うだろう。己の成果を。しかし、国民の声には見ざる、聞かざるを貫く。
田中角栄は、恐ろしいほど、地元の人の就職の面倒を見た。あちこちに口をきた。もちろんマスコミにも。
田中の口利きで、いわゆるコネで入った人たちは、その会社の中で「誠心会」というのを作る。いや、入ると言ったらいいのか。
橋本登美三郎は自身が朝日、NHKだったこともあってか、「西湖会」というのを“作らせ”ていた。NHKの海老沢勝二はその会長だった。
マスコミと有力政治家との関係。口利きがまかり通る。その融通無碍な関係。いわば“業界的”には当たり前だったのだ。
安倍の、安倍事務所の口利きによる、いや、その父の晋太郎まで遡ってみても。その口利き、一致する“利害関係”、その実例は数例見てきた。
民放幹部と電通との子弟の就職をめぐる相互補完関係もある。
新聞社でもテレビ局でも、新社長が就任すれば、必ず総理大臣のところに挨拶に出向く。地方では、知事や市長が地元紙に挨拶に出向く。
だからどうだって言っているわけではないが・・・。
「恫喝」もどきをする前に、すでに「自主規制」は行きわたっているはずだけど。脅したつもりが、逆に国民の側から顰蹙を買う。なんか、やはり“劣化”なのだろう。
そういえば、かつて「虚礼廃止」なんて申しわせが与野党でなされた時があった。そんな言葉って今もいきているのだろうか。
明日から、選挙事務所の中は、それが意味を為すのか為さないのか、虚礼ではないが、各種の推薦状が壁一面に並べられ、「祈る必勝」の色紙で覆い尽くされる。事務所を覗いてみてください。こんちはと入ってみてください。
お茶は出ますよ、コーヒーは出ませんが。笑顔で迎えられますよ。この時だけは(笑)。
「安倍政権は倒されるためにだけ存在する」。作家の辺見庸が述べた言葉。この“アイロニー”をどう読み取るかに腐心してみたりして。
歴史に残る日となるのか。2014年12月14日は。
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