2011年7月31日日曜日

「村人」たちはお金持ち

デジタル村なんて変な「村」を勝手に作って書いてしまったけど・・・。ついでにもう一発。僻み、嫌味の一言を。

原子力村の方々はどうもお金持ち。電力会社の方々は高給をはんでいる。その給料の一部が「政治献金」に化け、自民党に流れている。欲張りというか欲の塊というか。退職金や企業年金も手放さない。

電力は人間の欲望の象徴。電気を作っている人たちもどうも欲が強く。
村の周辺住民である学者さんたちは、事故後こぞって本を書く。テレビに出る。
危険、危険を手のひら返しのように言う。印税で儲かる。金持ちになるはず。

多くの難民を出し、明日の生活もままならないような人たちを大勢作って、貧乏な人たちをつくって、自分たちは金を持っている。

東電OL殺人事件。彼女は社内でエリートだった。高給をもらっていた。それなのになぜ体を売っていたのか。「村」の闇に心は病んで行ったのか。

地デジ村の住民もおしなべてお金持ち。
すべてのテレビ局の幹部の方がそうではないようですが。

カネがあればなんでも出来るみたいなことをほざいたホリエモンと株の取り合いをして勝ったテレビ局。その会長さん、どうも年俸は1億7千万円とか、社長さんも1億4千万円とか。韓流ブームなんたらでタレント切った切らないはともかく、震災後の番組は見るに値わず。
しかもこの会社の株式。電波法の上限20%を越えた外国人株主。

作り出す番組、商品はお粗末な限り。こころの汚染をまき散らすようなものばかり。

デジタル村は「地デジ難民」なる人たちを作り出す。アンテナ建てられない、チューナーすら買えない人もいるし。

「村」は金持ち多く、“欠陥商品”作り、社会への影響大きく、難民を生み出す。
なんとなく共通点があるような、無いような。

「格差社会」なんて言い古された陳腐な言葉は使いたくないけど、なんか納得いかない村社会。

原子力村や地デジ村には大きく官僚が関与している。多くの官僚の実態。民主政権の欺瞞。天下り。天下り。下る、下る。退職金はいかばかりなりや。おそるべし「霞が関村」。

復興予算めぐっての財源論。飛び出す増税論議。
官僚OBの大学教授曰く。「高齢者は金持ち。その金を出してもらって。例えば国債かってもらうとか」。え、そうなんですか。高齢者は金持ちなんですか。

たしかに多額の資産持っている人たちいます。だけどそれらは、これら村に居住していた人が大半。1000分の一、いや一万分の一以下。

大方の高齢者は、被災地の高齢者はほとんど貧乏。ひとくくりで物を論ずるのが、やはり元官僚の官僚たるゆえんかと。

基本的に年金生活者の亭主。わずか数百万の貯金取り崩し生活。折に触れ明日を思い煩う身。

金持ち見ると腹が立つことしきり。市民運動家であったはずの菅。いつの間に金持ちになったのか。なんで北朝鮮関係団体に数千万もの「献金」出来るのか。

2011年7月30日土曜日

半夏雨

みちのくの放射能ふる半夏雨

福島県の人が読んだ句。
半夏雨(はんげあめ)。半夏生(はんげしょう)の時期に降る雨のことをいいます。半夏雨は時として大雨になるといわれてきました。

半夏生とはいわば季語。二十四節季などの暦日の他に、季節の移り変わりをとらえた言い方とでもいうのでしょうか。特別な暦日。雑節。
草の葉が半分白くなって化粧しているようになることから来ているともいわれます。半化粧、半夏化粧。

半夏生の日に雨が降ると、そのまま大雨が降り続くという言い伝えがあります。この大雨によって起こる洪水を「半夏水(はんげみず)」などとも呼ぶそうです。
半夏生の時期は、梅雨のちょうど真ん中付近。今年は7月2日だったようです。
夏至から数えて11日目とされているようです。夏至の半分というところからつけられたという説もあります。

梅雨が明けて真夏。なのに半夏雨のように集中豪雨が新潟や福島を襲っている。
河川は氾濫し、死者も出し、家屋は浸水。田畑も冠水。

まだまだ降り続くようです。なんか思う。自然災害が多い。なにかおかしいと。

コメどころの豪雨。魚沼もやられた。コメも牛肉も野菜も。雨や放射能で。「食料危機」。そんな言葉もあながち杞憂ではないかも。

過日、友人の画家の来年のカレンダーの作品打ち合わせ。東北六県を題材にしようと。二か月に一枚の絵。
福島の画は半夏祭りにしました。多分豪雨の真っ最中かもしれない会津下郷町の大内宿で毎年行われる祭り。半夏祭。集落の氏神さま高倉神社のお祭り。五穀豊穣を願ったものです。
昔ながらの白装束に黒の烏帽子という装束で男衆が神社に向かって行列を作って歩く。会津の夏景色。

時期外れの半夏雨、集中豪雨、郡山は避けてくれました。あの雨が降っていたら放射能汚染はどうなっていたのだろうなどど思案。
原発に降ったらどうなっていただろう。むき出しの発電所に降ったら・・・。

豪雨の被災地。原発から避難していった人達の多くを受け入れてくれているところです。新潟の三条は南相馬から。三条の汚泥掃除に南相馬のひとが加わる光景が浮かびます。

そしてきのうも亭主の周りで見た光景。

日常の会話も悲し線量と 逃げる逃げない堂々巡り

これも原発難民であろう方の詠んだ句。

2011年7月29日金曜日

「日本沈没」

日本沈没。もちろん小松左京氏の小説の題名である。昭和48年に書かれたSF小説。まさに高度成長をひた走っていた時代。地震により国土は消滅。流浪の民が地球を覆う。空前のベストセラー。それは単なるSF,サイエンスフィクションではなく、現実に有りうることとして受け取られたから。

その後「日本沈没」という言葉は一つの流行語となり、事あるごとに引かれた言葉。

まさに警世の書だった。今、この国は沈没寸前である。小松左京が伝えていたメッセージ。「人間は科学技術の進歩に酔い。自然をなおざりにしてきた」。
そう、まさに。

この未曾有の国難の時、多くの日本国民が流浪の民と化そうとしているこの時。彼は亡くなった。死をもって警告を発したとしか思えない。日本沈没。この4文字が今を生きる人たちにどう伝わるか。

死の直前、東日本大震災について彼は語ったという。「今は大変な時期かもしれないが、この危機は必ず乗り越えられる。この先日本は、必ずやユートピアを実現できると思う。日本と日本人を信じている」。嘘でしょ。小松さん。無理ですよ。ユートピアなんて。

いや、そうじゃない。遺言は実践しなければ。死をもって警鐘を鳴らしたのだから。国民は、彼の愛読者や映画を見た人たちは、その「願い」に答えようとする。するかもしれない。しかし、それを阻害する奴らがいる。為政者という奴らだ。官僚も含め。

記憶をたどると、小説に登場してくる為政者たちは、ただうろたえ怒鳴るだけの無能者だったような。

もちろん、いまのところ巨大地震は相次いで発生していない。発生するという予測はあるが。日本列島は完全に水没していない。しかし、この時期はずれのような連日の豪雨を見ると水没という妄想があながち嘘ではないような気さえしてくる。

沈没とは船が海に沈むことである。得てして陳腐に「日本丸」という言葉が使われる。官邸にも日本丸と書かれた帆船の模型が飾られてあった。総理大臣は「船長」を自認していた。舵取りを任されたと豪語していた。

沈没寸前の日本丸。船長はもとより機関士も航海士も無能である。害毒である。
沈みゆく船の上層階で、権力争いにふけり、「脱」だの「減」だのと将来の問題について口先だけで語っている。
いま、まさに舳先に掴まり海になげだされみとしている乗船者のことは意に介していない。今して欲しいのはただ一点。「除」放射能なのだ。

日本国民はタイタニック号に乗り合わせたつもりはない。しかし・・。
原発からあがる白煙を見て、現場の下士官が舵を切るよう怒鳴ったにもかかわらず次々と爆発。あげく豪華客船の「隔壁」が避難を阻害したように、原発隔壁神話も崩れ、立ち入り禁止という「隔壁」が多くの難民を作っている。

その作家の「死」によって「日本沈没」という事実が、正夢のように目前に迫ってきているような。儚い夢なのか、見果てぬ夢なのか。「ユートピア」という辞世をしばし信じてはみたいけれど。

「復活の日」はあるのでしょうか小松さん。

2011年7月28日木曜日

2011年 子供たちの夏

大震災からまもなく140日が経とうとしている。何かが変わった。しかし、何も変わっていない。震災後の光景は。

原発から避難してきた人たちの仮設住宅。郡山には大きな仮設住宅群が二つあります。仮設には千人規模の人たちが暮らしています。

「仮設」は、それが建つ以前の光景と建った後とでは、その地域の光景を全く変えました。人がいなかった場所に人がいる。

仮設住宅群を見ていると、なぜか戦後の東京を思い出します。復興住宅、復員者住宅。引き揚げ者住宅。そのほとんどは「長屋」でした。そして「バラック」と呼ばれました。その頃に「プレハブ」という言葉は無かった。共同住宅。

炊事場もトイレも共同。七輪で焼かれる秋刀魚の匂いと煙。炊事場から聞こえてくる賑やかな“会話”。職にありつけず、その意欲さえ失った男たちが昼間から飲む酒。酔っぱらいの怒声。喧嘩・・・。

夏。子供たちは上半身裸か、ランニングシャツ(当時の呼び名)で、壊れた自転車のリムだけを外して、その輪に長い箸のような棒をあてて転がして遊んでいました。朝から晩まで。遊び疲れて道端に寝転んで、「腹減ったな~~」と言い合っていました。皆、飢えていました。その子供達の中になぜか亭主もいた。

いじめっ子もいた。磁石で釘拾いをやってる子もいた。モク拾いに専念する子もいた。

仮設の光景とバラックの光景。そこにはかなりの「時差」があるのだが。

仮設にも子供はいる筈です。でもあまり見かけない。年寄りだけが歩き回っているような。

仮設からちょっと離れると、町の光景は3・11前と同じです。もちろん壊れた建物や修復中の建物や解体されて更地になったところもありますが。津波にもっていかれた町とは違う。町としての形は維持されています。形は変わらないけど中味が違った。

子供がいない。子供が消えた。神かくしにあったように。

夏休みです。日本全国学校は夏休み。福島県内から他県に避難した子供たち。数え切れないくらいです。夏休み中だけ「疎開」という子供も大勢います。
沖縄の海で夏休みを過ごす子供たちもいます。

近所の御宅からペットの訃報が寄せられました。とりあえずお見舞い。御宅を訪問すると顔なじみだった子供たちが次々に顔をみせてくれて。

夏休みどうしているんだい?と亭主。「家でゲームやてるから」。時々大声を出して家の中を走り回ったり。家の中は兄弟達の操るゲーム機の金属音がこだましており。

去年の夏は家の近所を走り回り真っ黒に日焼けしていた子供たち。真っ白です。
近所の田んぼでクワガタ取りに熱中していた子供たちだった。

表には出られないのです。その子達と話をしているときのテレビ画像。「さ、夏休みです。こどもたちは・・・」。アナウンサーの嬌声。海やプールで遊ぶ放射線の無いところの子供たちの姿。屈託の無い笑顔。

その映像を見る放射線下で暮らす子供たちの姿。くぎずけになっているような、無視するような。なんにも変わっていないテレビは、この時期の当然の話題を伝えている。全国ニュース。そのニュースや話題を伝えている人たちには「被災地」への思いやりがあるのかどうか。

まともなニュースでも子供たちに見せるのは酷だと感じる2011年の福島県の夏・・・。

2011年7月27日水曜日

「思い」のままに

民主党政権になってから日本語の使い方が乱れた。曖昧になったような気がして。

「思い」。思えば鳩山の得意な言葉だった。毎日、「それが私の思いです」を連発。国民にすれば全くの片思いとしか思えなかったけど。

菅も言った。というか、側近までもが言った。「脱原発」それは個人の思いですと。

政治は「思い」でやるものではない。実行あるのみ。「ある意味」「いまのところ」。曖昧な言葉が横行し、それが通用している永田町。おかしな言語を持った町です。

恐ろしいかな。それが国民に伝染していく。女子サッカーでも世界水泳でも。インタビューで放たれる言葉は「今、どんな思いですか」。そればかり。一呼吸あっての答え。「よかったと思います」。

ふるさとを追われた人たち、その思いは・・・。いまやテレビの常套句。

被災地は、避難している人たちは、真の意味での「思いやり」が欲しいのです。その思いやりは永田町からは消えてしまったような。

思い返せば懐かしい。金丸信が名付けた米軍への「思いやり予算」。

菅の「思い」発言が頭に来て、流行言葉になったような「思い」について、思いつくまま書いてしまいましたが、思いの外反響なかったりして。

酷暑の避難所や仮設に行って、今も、「今、どんな思いですか」って聞いているオバカなテレビ屋さんたちいるんだろうか。

よう、昔のお仲間さん、思い出話しでもしましょうや。いや、やめようね。

今、こんなことになってしまったこの時代。「思い」という言葉は,二文字は、被災した人たちの、心の中にだけある言葉としてとっておいてあげるべき。
家族を失い、家庭を失い、全てを失った人たちの心の糧としてとっておくべきかも。

2011年7月26日火曜日

東京に出来た新しい「村」

東京に新しい村が誕生しました。もちろん行政組織に書かれた村では無く。
その村は「原子力村」という原子力発電に群がった、関係した人たちのような極端に閉鎖的な村社会ではなく、もっとオープンなものではあるようですが。

その村の主な構成員は、テレビ局、テレビに出資している新聞社、そして総務省というお役所。数年以上前から綿密な計画を立て、時には秘策を用いて、国策として、テレビの地上波デジタル化を成し遂げました。

そして、そのモニュメントの如く、東京の墨田区に634Mという世界一高いタワーを完成させました。近代建築技術の粋を集めた構造物。3・11の震災にも大揺れしたものの無傷で耐えた人類の叡智。


「村」にはどことなく共通点が多い。明日を照らす希望の光。明るいテレビの未来。

電力というエネルギーは経済成長の源。その電力があったから進化したテレビ。
地デジ村は多額の金を使ってその伝播につとめ、設備投資に多額の金が費やされた。
鮮明な画像、双方向、データ放送、通信。いかほど人の日常に役立つことなのか。

電力が無ければ人々の生活は成り立たない。テレビが無くても生活は成り立たない。
原子力発電が生活スタイルを変えた。テレビの登場もお茶の間の在り方を変えた。
原発事故以来、原子力離れが急速に高まっている。テレビ離れも進んでいるという。

原発事故は多くの「難民」を生んだ。デジタル化でも「地デジ難民」を生んでいる。

震災、原発事故の被災地。デジタル化延期。来年3月まではアナログ見られる。デジタル化率の低かった福島県。難民はまだしばらく誕生しない。宮城、岩手でも。

原子力村の被害を被った福島県。地デジ村の“攻撃”から暫時猶予をもらえた福島県。なんかこう見ると皮肉っぽい。
地デジ村はこれから“暴走”することあるのか。世の指弾浴びることあるのか。
634Mの“バベルの塔”は神の怒りをかうのか、かわないのか。

やがて塔から発せられる電波が何かを汚染することはないのか。放射能汚染はないけれど。地デジ村が”頭の汚染“の大元にならないこと祈る。

当店事務所、未だもってアナログ受像機。少々延命です。

2011年7月25日月曜日

国民恥辱賞をどうぞ

政府はなでしこジャパンの国民栄誉賞を授与するという。個人が対象の栄誉賞だけど今回は団体。その特例の理由を枝野はこう語ったと。
「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与える業績があり、国民栄誉賞の目的にぴったり合致する」と。

大いに結構。大賛成なんですが、どうも両手を挙げてとう気持ちになれない。なぜか。当然です。授与するのは菅だから。

枝野が言う“偉業”を達成したメンバーに異形の異業しかしていない菅がまたぞろ満面の笑顔で登場し、彼女たちの偉業のおすそわけにあやかるどころか、人気に乗っかるようにしか見えないこの政権だから。

菅にも賞をあげましょう。栄誉の反対語は恥辱。国民がこぞって「国民恥辱賞」をあげましょう。理由。枝野発言をちょっとひっくり返してそのままいただき。
「広く国民に敬われず愛されず、社会に暗い気持ちを与え、希望を奪った業績」と。

政局混乱。官僚の多くはサボタージュを決め込んでいるような。行政は機能不全に陥っているような。

民主党執行部は菅に辞めてもらいたいと思っている。国会が機能すると思ったから。ところがどっこい。野党は逆に菅を辞めさせない。失政をことごとく「私の責任です。謝罪します」と菅が答弁しても、じゃそれはどうするのってとこにはいかない。菅にやっていてもらって解散総選挙。自民失地回復が狙いだとか。

民主は居座り拒否。野党は口とはうらはらに居座り歓迎。おかしな図式が出来上がってきてしまっている。これがまさに政治の実相。

政治家たちの暑い夏。被災地の暑い夏。夏休みでも戸外で遊べないフクシマの子供たちの夏。その極端な「乖離」を嘆き怒り続けることしかできないのか。

「ある意味で」。菅の常套句。意味不明。その「意味」たるものを誰も問いたださないから。だから「あらゆる意味で」菅は国民に大いなる恥辱を味合わさせている。国民は恥辱を受けている。賞を贈りましょうよ。

ショウガナイから。なでしこの佐々木監督のようにオヤジギャグやってもしょうがないけど。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...