2011年7月27日水曜日

「思い」のままに

民主党政権になってから日本語の使い方が乱れた。曖昧になったような気がして。

「思い」。思えば鳩山の得意な言葉だった。毎日、「それが私の思いです」を連発。国民にすれば全くの片思いとしか思えなかったけど。

菅も言った。というか、側近までもが言った。「脱原発」それは個人の思いですと。

政治は「思い」でやるものではない。実行あるのみ。「ある意味」「いまのところ」。曖昧な言葉が横行し、それが通用している永田町。おかしな言語を持った町です。

恐ろしいかな。それが国民に伝染していく。女子サッカーでも世界水泳でも。インタビューで放たれる言葉は「今、どんな思いですか」。そればかり。一呼吸あっての答え。「よかったと思います」。

ふるさとを追われた人たち、その思いは・・・。いまやテレビの常套句。

被災地は、避難している人たちは、真の意味での「思いやり」が欲しいのです。その思いやりは永田町からは消えてしまったような。

思い返せば懐かしい。金丸信が名付けた米軍への「思いやり予算」。

菅の「思い」発言が頭に来て、流行言葉になったような「思い」について、思いつくまま書いてしまいましたが、思いの外反響なかったりして。

酷暑の避難所や仮設に行って、今も、「今、どんな思いですか」って聞いているオバカなテレビ屋さんたちいるんだろうか。

よう、昔のお仲間さん、思い出話しでもしましょうや。いや、やめようね。

今、こんなことになってしまったこの時代。「思い」という言葉は,二文字は、被災した人たちの、心の中にだけある言葉としてとっておいてあげるべき。
家族を失い、家庭を失い、全てを失った人たちの心の糧としてとっておくべきかも。

“チェルノブイリ”異聞

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