きょうも伝えられるセシュウム藁を食べた牛肉問題。汚染牛肉、汚染牛肉の見出しが躍り。「牛はもうだめだ」。農家の嘆きが客観的事実のような見出しの立て方。どこまで不安を煽るのか。
イタリア在住の作家、塩野七生さんが書いた一文が目にとまりました。
言いえて妙なり。“つぶやき”と題するエッセイ。
メディアとは国内国外を問わず次の性格を持つ。
1. 何かが起こらないと報道しない。
2. 悪い事ならば何であろうと取り上げるのに、事態がうまく進んでいるような場合だと、報道心を刺激されないのか。取り上げられることはなはだ少なし、になる。
3. 自分の国や自分自身が興味を持つことしか報道しない。
4. とはいえ、報道人も職業人なので、毎日何かを書き言わねば仕事にならない。それでも何も無い時は予測記事をたれ流す。それがまたたいていの場合的をはずれている。
三か月が過ぎて、日本中が当初のショックを忘れ始めたのか、利己的な行為が見られるようになったらしい。福島産の食品や福島から避難している人々への拒否現象を聞くとまたもモンスターペアレンツが顔をもたげてきたのかと愕然とする。
醜く恥ずべき言動だと、誰かがはっきり言うべきだろう。このような行為が市民権を得てしまう前に、明確に断罪しておいたほうがいい。
それを明言してはいけないようになっている皇室は態度で示されているようだが、首相をはじめとする政治家やメディア人ならば口で言うことはできる。このようなことをはっきり言うこともまた、指導者層に属する人々の責務だと思う。
「真・善・美」とは古代ギリシャ人の考え方だが、美しい行為は真であり、それは善にもつながっていくとは、古今東西に関係の無い人生の処し方ではなかろうか。
まさに「寸鉄人を刺す」の箴言かと。遠く安全なところに身を置いてという自分の立場はわきまえた上で。外国にいるからこそ見えるもの、見えることもあるのだなと。
“指導者”菅は、誰かの入れ知恵で、塩野七生の言葉を悪用した。日本人へ、リーダー篇に書かれた一節。それは小泉純一郎に宛てて書かれたものだったのにもかかわらず。自分に置き換えて。
「私があなたに求めることはただ一つ。刀折れ矢尽き、満身創痍になるまで責務を果たしつづけ、その後で初めて、今はまだ若僧でしかない次の世代にバトンタッチして、政治家としての命を終えることなのです」。
聞いたことありませんかこの文言。
しかもこの本の巻頭に記されている言葉も菅を“刺激”しているのではなかろうか。
「危機の時代は、指導者が頻繁に変わる。首をすげ代えれば、危機も打開できるかと、人々は夢見るのであろうか。だがこれは、夢であって現実ではない」。
言っておくけど、これも菅に対してのメッセージではない。でも、菅は多分、カンチガイしてると思う。我々は夢をみたい。
不毛の国会、国政。牛歩に似た行政。なぞらえると牛が怒る。牛たちの”反乱”が始まるかも。
2011年7月23日土曜日
“チェルノブイリ”異聞
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