2015年7月16日木曜日

「忘れる」のだろうか、「忘れない」。

安保法制、不正常な形で衆院を通過した。参院がどうなるか、法案の帰趨がどうなるかは今は語るのをやめておこう。

昨日の委員会。採決強行。官房長官はじめ政府与党の一部は、採決を強行しようと、「国民はすぐに忘れる」と言った。

そう、彼らの政治経験からすればそういうことは言えるのだろう。

人間には「忘れてはならないこと」がある。忘れるという事がいかに罪深い事か、それは「風化」という言葉に置き換えられた3・11の被災地、特に福島の人達は知っているはずだ。

55年前のあの国会前の光景や、あの時の政治の有り様、醜さを僕は忘れていない。
70年以上前からの、全く鮮明な記憶として残っている戦争の幼児体験。戦後の体験。それも全く忘れてはいない。

55年前の国会前の安保反対闘争。そのデモはほとんどが“組織化”されたものだった。労組や学生運動も。
今の国会をとりまくデモ。ほとんが“素人”が集まっている。

18歳の高校生もいた。高齢者もいた。始めた参加するという人もいる。
その場に立った人たちは、決して忘れない。忘れるのは傍観者だけだ。

政治に無関心と言われてきた若者が反対を叫ぶ。若者は、もちろん全部ではないが、「考える」ということをした人は目覚めた、覚醒したのだと思う。

「国民の理解は深まっていないと思う」。安倍はそう言った。“理解”の意味合い、取り方が違うのだ。
彼らは”理解“したのだ。彼らが理解したのは、あの日本語とはとても言えない、常に逃げの答弁に終始している安倍政治の体質を理解したのだ。

集会の輪の中で、持ってきたIT機器で安保法制そのものを読み込んでいる若者もいた。

国会の中で「戦争」という言葉が使われるたびに、それは安倍が連呼している言葉だが、「戦争は嫌だ」という感覚が国民の中に増えていくのだ。

60年安保闘争。それはすべからく暴力的だった。デモにしても本会議の強行採決にしても、警官隊を院内に入れたことも含めて。

今は様相は全く違う。デモの側から「自制」が呼び掛けられ、ある意味整然とした抗議行動だ。今夜の国会周辺の天候がどうなっているか。
雨の中でも抗議の声は上がるだろう。

雨に打たれながら国会の前に行って声を上げた。そのことを忘れる人はいない。
「忘れる」のは常に政治の側だ。

一旦は引くかもしれない。しかし、参院審議が進むにつれて、その勢いは増すだろう。

政権の姿勢は、国民を舐めている。舐められてたまるか。これまで鬱屈してきた感情が、安保法制と重なって“爆発”するはず。

全くの余談、横道を書く。
国会というのはどこか“茶番”の世界だ。強行採決にしても事前に与野党のすり合わせは出来ている。

昨日の採決強行。そこにはかってあったような、それとても打ち合わせ済みではあったのだが、委員長を羽交い絞めにしたり、席から引きずりおろそうという“暴力的風景”はなかった。委員長を守ろうとする与党の議員はいなかった。
プラカードを掲げるだけの、詰め寄る野党議員はいたが、「醜い国会」の姿をさらすのは止めようという前提での“打ち合わせ”があったからだと“推測”する。

採決を待たず安倍は“逃げる”ように委員会室を去った。浜田委員長は仁王立になって「成立しました」と二回言った。「可決されました」のはずなのに。
そんな採決は無効だ。言い間違いの採決なんて。

福島県の南相馬市議会は安保法制廃案の決議を採択した。賛成した自民党の市議は言う。
「原発事故の収拾で身体を張ってくれた自衛隊員を危険な立場に追いやることは出来ない」と。

若者は覚醒した。眠りから醒めようとしている。安穏とした日々に懐疑の念をいだいている。
次に覚醒しなくてはならないのは誰か。

自民党の議員達だ。本音を言えよと呼びかける。往時の自民党を知悉している者の一人として。

2015年7月15日水曜日

速さの違う時計

出来るだけ冷静になって書こうとしている。
安保当別委でのバカバカしい採決強行の様子を見て、街に出てみた。なぜか、いつもとは違って街が静かなのだ。人も車も往来が少ない気配。
暑さのせいだろうかとも思いながら、自転車に乗ってあの黒ずくめの衣装を纏った教会のシスターが走り過ぎて行くのを木陰のベンチに座りながら視線は後を追っていた。物理的に難しいことは承知ながら東京・永田町に向かいたい気持ちをも鎮めていた・・・。

何度も「経験」している国会の強行採決。今回だけはその意味が全く違う。
全く持って民意とは逆行する国会内の愚行・・・。

除染作業員の暑そうな姿を見ながら原発を想う。

福島原発の廃炉作業。その工程は常に遅れに遅れの作業なのであり。不具合の連続なのであり。
40年先の廃炉だ。まだ先は長いとたかをくくっているような。
国は原発に関わるおおよそのことにあまり関心をはらっていないようだ。

今の職分を2年もこなせば、大過無く過ごせば次のポストが待っているって思っている官僚。
大臣の任期なんて所詮しれたもの、事を荒立てないでやり過ごすのが賢明って考えているだろう政治家。

遅れ、遅れの時計が回っているのが「1F」、「福島」。

“いかがわしい”新国立競技場建設問題。間に合わないという言葉が「必殺業」か。時計を早回ししている一部の人達。

そして何よりも国会。

なぜに急ぐのか“戦争法案”の採決。見苦しい光景だった。
仁王立ちで何か叫ぶ委員長。安倍の野党攻撃の餌にされないように、「暴力をもって採決を阻止しようとした」なんて言いがかりをつけられないようにするためか、国会では異様な議員がプラカードを掲げて抗議するの図。
委員長には手を出さない。しかし、速記録、議事録には書かれているだろう。「騒音多く聴取不明」という文字。

後からその「空白」は自公の議員の手によって書き加えられるのだろう。

速く、早くが合言葉のような政権。明日の本会議に向けて野党はどんな手を打ってくるのだろうか。不信任案の連発でもやるのだろうか。先議案件として。
本会議に出るのかどうするのか・・・。

議事堂の外では「反対」を叫ぶ民衆の声がある。
昨日、石破がいみじくも言った「国民の理解は深まっていない」という、どこか“正直”な発言。
今日の委員会でも安倍もそれを認めているにも関わらず。採決は委員会の問題と逃げを打つ卑怯な言辞。

丁寧な説明で理解を求めると言い続けて来たはずなのに。

バカに馬鹿にされているのだろうか、我々は。

あげくあの菅官房長官は「2,3日経てば、冷却期間を置けば、国民は忘れる」というようなことも言った。

馬鹿にされているんだよ。謙虚さも丁寧さも無いも無い、何も考えていない政権に。国会内の民主主義と国会外の民主主義とは全く相いれない。
多数決民主主義を民主主義といえるのかどうか。

世論調査で不支持が上回る政権。世論は安倍政権に「ノー」を突き付けている。
でも、国会の中では議会制民主主義の名の下に多数決が物を言う。

明らかに安倍政権は、この国の民主主義を壊しているのだ。この国は民主主義国家ではなくなってしまった。

冷静にそう思う。

折しもイランは「核不拡散」の転換した。米、英、独、仏、中、ロとの協議で。
安倍の言う、集団的自衛権行使の対象だった「ホルムズ海峡」問題は、杞憂になったのだ。

「国際情勢が変化しているから」が安保法制の理屈付けだった。その理屈付けの根拠は無くなった。
国際情勢は変化した。だから、あの愚考はもう成り立たないのだ。

まだ、まだ議論の余地は多々ある。なんで採決を急ぐや。アメリカとの約束か。

たぶん、今のこの国の民主主義の在り方を、諸外国は笑っているだろう。民主後進国と位置付けるだろう。

どうもこの国は「早さの違う時計」を持ってしまっているようだ。

同じ速で動く時計は、どこの時計屋さんが直してくれるのか。
強行採決の口実を「審議時間」で区切ると言う政権。彼らの「時の感覚」は民衆からあまりにも乖離している。

2015年7月14日火曜日

「法の支配」と「力の支配」

誰がどう考えようと、民主主義を標榜する国家は「法の支配」のもとで成り立っている。

何を今更、何を今頃・・と言われるかもしれないが。

そして「法」の最高法規は「憲法」である。これは改憲論議とは別だ。
たとえ「改憲」が実現しても、「法の支配」という思想は変わらない。

法の支配を否定するという事は、憲法を否定するという事は、この国のアイデンティティーを無くすということに等しい。

憲法学者が“戦争法案”をいくら「違憲」」だと言っても、それに聞く耳を持たず、あまつさえ憲法学者の存在すら否定するという今の政権のやり方。

なんでも「政権が決める」という発想は、「力の支配」以外何ものでもない。

そう、なんで今更、、、なのだが。

安保法制をめぐる国会審議。その特別委員会の審議のやり方は予算委員会に似ている。
総括質問があり、一般質問があり、一言で言えば首相が出席しているかどうかの違いなんだけど。そして公聴会、締めくくりの総括質疑、採決という段取り。
予算委員会と一つ違う点がある。分科会審議という手順が無いということ。

11の法案を一括りにした安保法制。一本一本の法律について、11の分科会があっても然るべきなのに。なんで野党はそれを強行に言わなかったのだろう。

もはや門外漢の立場ではあるが、かっての“住人”としては合点の行かないところだ。

審議時間が110時間になった。審議は尽くされた。そろそろ採決。相撲の制限時間ではあるまいし、80時間と言うのを誰が決めたんだ。野党もそれになんで異を唱えなかったのだ。

論点は整理されたという。そう論点が整理されたというのはそこから審議がはじまるということだ。

この国の存在そのものが問われる法案。時間で縛る性質のものでは断じて無い。
あくまでも「内容」なのだ。

安倍は「丁寧な説明」をしてきたという。どこが丁寧なのだ。はぐらかし、逃げ、意味不明の答弁や、泥棒や不良に例えた的外れの語録。
あのネットテレビの長広舌に納得した人はいない。むしろ「疑問、疑念」が深まるばかりだ。

でも、「力の支配」を目指す安倍は、言われるように採決を強行するだろう。
言ってみれば“ど素人”ばかりの議員。親方の意向に背けない議員たち。
中にあって、衆院議長の大島は手練れだ。

どんな形で本会議採決に持ち込もうとするのか。まさか清瀬一郎の二の舞はしないとも思うけれど。

きょう、永田町界隈ではあらゆる“策略”が練られているはず。

毎日、朝日、日テレ、NHK。世論調査の結果が報じられた。いずれも安倍内閣支持は不支持を下回った。

世論がどうであろうと、国会の中で働くのは多数決の原理。

果たして二者択一ともいえる多数決原理、多数決民主主義が、本当の民意を反映した民主主義といえるのだろうか。

24日までには参院に送付される。参院の野党がどう戦えるのか。

いろんな意味で、この国の民主主義が今ほど試されている時期は無い。国会を始め、全国で起きている反対行動。

そんな光景を見るのは55年ぶりのことだ。

原発再稼働反対のあの運動を凌駕している。老いも若きも、国民はバカではないということだ。

それにしてもNHK。世論調査の結果を伝えたのは昨夜の7時のニュースの終わり頃だった。
自民党の役員会など、採決に向けた動きはトップで伝え、審議時間110時間と字幕でも掲げておいて。
どう考えても関連するニュースなのに。世論調査の結果は。

一週間前、東京であった昔仲間の会合。最後まで一緒にいたのはNHKにいた記者だ。彼は別れ際に言った。
「もうロクなもんはおらん」と。

2015年7月13日月曜日

「KY式略語」の今・・・

いつの頃からか。コンビニ敬語という言葉が登場し、マニュアル敬語という”気持ち“を伴わない言葉が溢れ、その多くは日本語の”誤用“であったにもかかわらず、ある意味一般化されて行った。

テレビのバラエティー番組に登場するタレントと称する人達が、しきりに独特の“業界用語”をばらまき、若者はそれを「格好いい」と受け止めて真似していた。

そう言われていたのか、僕が勝手に命名したのかは覚えていないが、「KY式略語」なるものが「当たり前」のように使われていた。

それらを好んで使っていたのが、その頃の中学生や高校生、大学生、そして若者に媚びる大人・・・。

日本語の読めない総理大臣が登場してから、「おたく文化」なるものに迎合した総理大臣が登場してから、この国の「言葉」は完全に劣化していっていた。

KYとは「空気読めない」の略だとされた。その場の空気、つまり雰囲気を「阻害」するような言動、行動は仲間うちから排除の対象とされ、「空気の読めない子」は仲間外れにされていた。
これが「KY世代」の実相を的確に表現しているかどうかは疑問だが、とにかくそんな風に解していた。

もうすこし突き詰めて言えば、世の中の事には無関心。世の中の空気を読もうとしない。その日だけが楽しければいいという世代と言えないこともない。

KYから始まって、そのカテゴリーの用語。例えばJK。女子高生だというのだ。
JKと言えば、ジョン・F・ケネディと思う世代の僕。

PKはパンツ食い込む。サッカーのペナルティーキックだと思っていたが。
ITはアイス食べたい。CBは超微妙・・・。

そう、KYは「漢字読めない」の事だとも思っていた爺。

これらの「言葉」をおおよそ全否定していたが、どうもそれらの世代の子たちの深淵は覗いていなかったような。反省だ。

戦争法案反対、安倍政権打倒を訴える若者たちが確実に増えている。集会でマイクを握り、恐れることなく自分たちの主張を訴え始めた。

かつての全共闘は、全員がマスク姿。顔は隠していた。今の若者はそれをしない。露出することでの「不利益」はあるかもしれないが、「今言わないでいつ言うのだ」という強い意志。

シールズという若者を中心にした集会でこんなことを言っていた女の子がいた。
「私たちはKY世代です。KYの中で育ちました。もちろん政治にも関心はありませんでした。でも、今は違います。“空気を読まない”“読めない”ではなく“空気を読んだ”のです。ここに来て空気を知ったのです。とにかく民主主義を否定する政府のやり方には納得がいかないのです」。

その子の言葉を聞いてハッとした。
いつの時代でも、若者は「考えている」のだと。「考え始めた」のだと。
KYは「空気を読もう」という呼びかけ語になったのだと。

おこがましい言い方だけど「見直したぜ。君たちを」だ。
新たなKY世代が生まれたのだとも。

警備に囲まれた塀の中にいる大人たち。塀の中の懲りない面々。世論、世論と口にはするが、表の空気を全く読まない。読もうともしない。騒音と片付けている。

KYは今や、安倍政権に付けられた言葉なのかもしれないと。
世論調査でも安倍内閣の支持率は低下している。不支持が上回っている。
その空気も読まいのだろう。

支持率の低下。なんか55年前の岸の時代にそっくりだ。

空気、流れ、風・・・。見えないものを見る眼とでも言えようか。「研究」する価値は大きいのだと思う。

2015年7月12日日曜日

「パンパン」という言葉があった時代

70年前、戦争が終わって東京が焼け野原だった時代。ポツンポツンとバラックの建物が立ち始めていた時代。
どこからか隠退蔵物資というものが出てきて闇市が立っていた時代。
闇成金なんて言葉もあった時代。実際に闇市で大儲けした人がいた時代。
子どもがロクな食い物も無く、遊びはベーゴマかメンコだった時代。

進駐軍が、その兵士たちが、アメリカ兵が街を闊歩していた。その米兵の腕にぶら下がるようにして日本人の若い女性が、派手な洋服に身を包み、煙草をくわえ、真っ赤な口紅をつけ、パーマネントをかけた髪型。

そのカップルの脇を身をすくめるように歩いている復員服姿の元兵士など。

進駐軍の兵士に「春をひさぐ」女性たちを、なぜか大人たちはパンパンと呼んでいた。彼女たちの巣窟はたとえば銀座の一角とか新宿の一角にあった。
そこは日本人はオフリミットのような場所であり、しかし、経営しているのは日本人だった。

我が家の近くにもそういう女性が住んでいた家があった。夕方、派手な格好で出かけていっていた。
その家の向かいには「オンリーさん」と呼ばれた囲われた子持ちの女性が住んでいた。

その家の女の子は米兵が帰るまでは家には入れなかった。帰るまで、出来るだけ一緒に遊んでいてあげるようにしていた。無口な子だった。

戦後風俗史の垣間見た一端だ。

子どもの頃の遊び場だった明治神宮にも米兵と日本人女性のカップルが林に中に消えていく光景を何度も目撃した。

満州から引き揚げる時に、逃げる時に強姦を恐れて髪を切って男になっていた女性。
戦後、米兵と行を共にするようになっていた女性。

大方は好んでその道に入ったのではなかろう。カネを稼ぐ手段がそれしか無かったということなのだと思っている。

母親が時々派手な服装をして口紅を塗っている時があった。それは父親との「隠れデート」をするためだった。場所は新宿の寄席。
祖母はその恰好を見ていう。「なんや、そのパンパンみたいな恰好は」と怒った。

なぜあの女性たちが「パンパン」と呼ばれていたのか。その字解、語源、謂われはわからない。

「戦争に負けるということはこういうことなんだ」と子供ながらに思っていた。
淋病とか梅毒とかいう言葉も世間に満ち溢れていたような。
進駐軍の言うがまま、したいがまま。まさに米国への隷従という姿の一つがそれだった。
神奈川県の逗子海岸は汀ホテル(米軍が接収していた)の前のビーチにはロープが張られ、その中は米兵やその家族しか入ってはいけなかった。一番泳ぎ易い場所だった。

もちろん沖縄に比べるべきも無いが、東京やその界隈にも米兵の思うがままといった光景があったということ。

そして、いつの頃か。パンパンは消え、それは死語となった。
銀座、有楽町にあった闇市やパンパン宿の光景。その写真を先日見ることが出来た。その写真が“記憶”を呼び覚まさせてくれた。

そして今・・・。

日本と言う国が、まさに終戦直後のように、対米追従、米国隷属の国になろうとしている。同盟という言葉を金科玉条のようにして、言いなりになろうとしている。
なぜアメリカと一緒に戦争をしなければならないのか。それが国民を守り、国民の幸福を守るということなのか。
アメリカがするかもしれない戦争は日本の為の戦争では無い。アメリカを、アメリカ人の「世界の警察官意識」を維持するための戦争だ。
ホルムズ海峡問題だって、もちろん日本のエネルギー事情、経済活動に影響を及ぼす問題だろう。しかし、そこを「守る」とうことはアメリカにとっても利益であるはずだ。
日本経済が維持されなければアメリカ経済にだって影響が及ぶのだから。

アメリカの戦争をなぜ日本が「支援」しなければならないのか。その問いかけは的を射ているのだ。

戦後の光景と今の光景が全く重なると言うことではないにしても、「戦争」というキーワードの中では合わせ鏡のような気がしてきて・・・。

2015年7月11日土曜日

「有識者会議」とは、あるいは「有識者」とは。

今日は4年4か月の「11日」。その“国難”は隅に追いやられてように、この国の中枢ではわけのわからないことが進んでいる。

原発の各種事故調査委員会が設けられた時もそうだった。事故調や第三者委員会なるものが次々と生まれた。
そして、そこから出された“結論”は、大方、政権には「利用価値」が無いとして無視されているような感ありだ。

いつの頃からか。第三者委員会とか、有識者会議とかが言われるようになったのは。

学校の「いじめ問題」でもそうだ。学校も教育委員会も何かが起きると機能しない。第三者委員会なるものの手に“結論”や“審判”を委ねる。
下世話な物の言い方をすれば「他人に下駄を預ける」ってこと。つまり当事者が当事者能力を失い、解決の手段や原因を部外の人の手に委ねるという事。

都合が悪い憲法審査会での学者の意見は無視する。


最近目に余るのが2020年の東京オリンピックをめぐる混乱。
競技場建設をめぐる有識者会議って何なんだということ。

だいたい、有識者という言葉すらなにやら「うろん」ですらある。
少なくとも、政府が設ける、それが民主的な方法であるとする会議。そのメンバーは大方が政府の息のかかった人達だ。

隠れ蓑であり、統治能力を欠いたが故の他人任せの言い訳手段だ。

とりあえずは2520億円、その後の費用はまさに“青天井”のような。何を意味しているのかさっぱりわからない「キール型アーチ」からは青い空は望めるのだろうが。

こんなばかばかしい話って無いんだと思う。オリンピックというスポーツの祭典、スポーツ界の最大イベント。それを”利用“した政治的意図。

昨日の国会の安倍の答弁。「ザハド案は民主党政権時に出来たもの」。自分には罪は無いと言わんばかり。口裏合わせに麻生や菅が利用され。いた、かれらこそそう思っている輩なんだろう。

何でも悪いことは民主党政権時とする安倍の幼児性。すぐに自分の政権が出来たのだ。いくらでも直せたはずだ。それを是認して持っていった招致委員会。
あの時、演説する安倍の後ろのスクリーンにはあの奇怪なスタジアムの容姿があったはず。

あげく有識者員会なるもの。真相は不明なれどあの時の責任者の安藤忠雄は雲隠れ。森喜朗が取り仕切る。

よって、2019年のラグビーワールドカップに間に合わせるのが国際公約だと。
いやいや、元清話会がかばい合うおかしな論理の競技場建設。

責任逃れのよううな事ばかり言うのが当たりまえのような精神性。

オリンピック終了後は各種のスポーツ大会やコンサートなどのイベントに使用されるという。その収益で、屋根をつくり、“完成品”にするのだという。

福島にJビレッジというサッカー施設があった。もちろんカネの出元は東電だったが。
そこのコートの芝は立派なものだった。毎日、“グリーンキーパー”が手入れをして丹念に養生していた。
そこに革靴で立ち入ることは厳禁だった。運動靴に履き替えても歩き方に細心の注意を求められた。

その芝生は一夜にして、トラックやバスの駐車場に様変わりした。丹念に育てられた芝生は“車輪の下”となった。
Jビレッジ復活の動きがあるが、芝をサッカーコート、練習場に復元するには多額の費用や労力、年月が必要とされるだろう。

新国立競技場だって、サッカーに使用されるという。その芝の上に観客を入れてコンサートをやるってことなのだろうか。音楽に合わせて身を躍らせる観客。芝は踏み荒らされるのだろうに。門外漢の想像かもしれないが。

一旦出来た流れは変えない。将来の事は考えない。みんなで流れに乗りましょうや。
間に合わないというは土建屋の主張。それを鵜呑みにしての断言。

無謀な話を通していく有識者会議ってなんだい。有識者って言う人はどういう範疇の人なんだい。
アスリートと言われる人たちもどこか居心地悪いのでは・・・。

立ち止まって考える。それをやめてしまった人々の群れ。

2015年7月10日金曜日

「見切り発車」のあれこれ

どうやら今の政界では「見切り発車」という言葉が飛び交っているらしい。
見切り発車。なんとも古色蒼然とした表現のようにも思えるが。

高度経済成長期、朝の通勤、通学ラッシュ時は主要な駅では「見切り発車」の連続だった。
なんとか時刻表通りに電車を運行したいとする側は、とにかく乗客を車両に押し込み、押し込み、押し込みしてやっとドアを閉める。
駅には大勢の乗客が残されてはいるものの、駅のアナウンスは「次に電車をお待ちください」と繰り返し、乗った車両のドアに顔をくっつけたまま。身動きすら出来ない車内。

わざとではないだろうが運転手が時々ちょっと強めにブレーキを掛ける。乗客は倒れそうになる。そしていさかか出来る隙間。次の駅でまた乗ってくる・・・。
降りるのも乗るのもまさに体力勝負だった時代があった。

路線バスも定時運行を心がけていたということか。停留所目指して走ってくる人がいるにも関わらず、見えるにも関わらず、ドアが閉まり発車・・・。まさに見切り発車だったっけ。走り去るバスの後姿を呆然と見送る時のあの悲しさ。

今はそんな混雑の光景はほとんど無い。駅のアナウンスが繰り返すのは「駆け込み乗車はお止め下さい」。

見切り発車に駆け込み乗車。庶民の中にあった光景が国会の中で、政治の舞台で幅を効かせている。その言葉を見聞きすると不謹慎だが「笑える」のだ。

丁寧な説明なんて出来ないまま、それはしようと思っても所詮無理なこと。
自民党のネットテレビで泥棒の話しに喩えたり、不良少年に喩えたりと、まさになんの例えにもならない類例を列挙している「ラッシュ」を知らないお坊ちゃまたち。

見切り発車で安保法制の、駆け込み提出の法制を強行採決で成立させようとする。
川内原発の再稼働もいわば見切り発車。
沖縄問題、辺野古移転も、それがアメリカの本音かどうかはわからないまま、まるで媚を売るような「作業の見切り発車」。

原発事故避難者たちの「帰還問題」も言ってみれば見切り。
そして国立競技場の問題も、異論噴出であるにも関わらず「間に合わない」と見切り発車。国立競技場という電車に乗る人の意志とは無関係に。

「見切り発車の安倍内閣」と名付けようか。

見切り発車には取り残される人が出るは必定なるにもそれへの忖度は無し。

安倍の「見切り」は「非情」へと通じる。

語呂合わせだが・・・。

見切り発車はするけれど身切り発車はしない。選挙制度改革。参院の10増10減。総数は変わらないってこと。

身を切る改革なんて言っていたはずの議員さんたちなのに。議員報酬だって元に戻すし。

見切りを身切りに置き換えれば、また「嗤える」。

身を切る、削るような生活をしている人達は大勢いるというのに。議席を失う恐怖感だけで論じられる選挙制度改革。

だからね、選挙制度は参院はすべて全国区、比例区にすればいい。衆院の真似をすることは無い。選挙制度改革だって、言ってみれば「見切り発車」の類だ。

政治家は国民を見切ることはたやすい。国民は政治を見切っていいのか。

ああ、また螺旋の森に迷いこんでしまうぜ。メビウスの輪だぜ。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...