2008年12月7日日曜日

貧困を語る人達・・・

景気悪化。失業者の問題、雇用の問題。年の瀬を控え、洋の東西を問わず深刻化しています。


テレビも派遣労働者の問題を連日のように。明日はおろかきょうどうやって食うか。仕事が無い、生活出来ないって人たちの実態を追う。極端に言えば着たきりすずめのような。貧しい食生活、乏しいサイフの中身・・・。


そんなVTRが流れ、スタジオではキャスターや識者が語りあう。そう、たしかに大問題なんです。日本でもアメリカでもその他の国でも。コスト削減、企業生き残り。リストラという名の首切り以外に方法はないのか・・・。


深刻な問題を語りあうテレビの出演者。ひがみなんでしょうか、皮肉に物を捉えているのでしょうか。皆、良い服を着ている。男性も女性も。きらびやかな。年収どれくらいあるんでしょうか。衣装はスタイリストが用意したものって言えばそれまでですが、自前も多い。どうみても"金持ち"。その人たちが「貧困」を語る・・・。違和感あるんですよ。なんとなく。地味な格好した元派遣労働者なんて人が出てきて実態を語られると、ちょっとほっとする・・・。


"金持ち"たちの結論。政治、政治。たしかにその通りなんですが、なんか「政治」に丸投げしてるようで。要は、誰も解決策を見出せないってことか。政治も動きだしてはいるものの有効な手立てとは思えない。


増え続ける"失業"にはもう施策は追いつかないのかも。


"健全"な日本社会党が存在し、労働組合が"権力"を持っていた時代なら、こんなに失業者は出なかったのか。


冨は偏在し、貧富の差ってのは時代を超えて存在するもの。そうは百も承知の上で、映像が伝える語る人たちと実態との皮相・・・。


昨夜、ある経済セミナーへ。講師が語ってました。年末に向け失業者はもっともっと増える。倒産もかなり出そう。景気回復は早くても再来年だと・・・



2008年12月6日土曜日

「未曾有」の出来事

麻生太郎が未曾有と「みぞゆう」と読んでから、この言葉が「市民権」を得たような(笑)。


マスコミってほんと面白いと思うんです。テレビのワイドショーからバラエティーに至るまで。新聞各紙も。最近こぞって「未曾有」って言葉をこれみよがしに使っているような。この言葉、余り日常では使われていなかった筈。昔なんか未曾有って書いたら「未だかつてない」って書き直されたもの。テレビ用語としては使うのが好ましくない言葉の一つだった。なるべく易しく書くように、読みやすい言葉になおすようにって、NHKのアナウンス読本にも書いてあったような。


メディアに氾濫する「未曾有」って言葉。巷でもよく使われるようになったとか。まさに未曾有の出来事なんであります。


なんで、敢えて使うのか。そこには麻生太郎を揶揄する、嫌味を込めた、時流に流される安易な風潮も見て取れ。


政治とは関係ないところでも使われる。どこかで麻生太郎を意識している。これほどバカにされた宰相もいないのではと思いたくなるんです。


流行語大賞かな(笑)。


マスコミって言えば、昨日今日、毎日「派遣切り」って話題。マスコミ造語。職場を無くして途方に暮れる労働者や、派遣を使っていた企業、政治の雇用政策は取り上げているが、派遣会社のことはあまり話題にされない・・・。そもそも国の公共職業安定所、ハローワークとやらがきちんと機能していたら派遣会社なんて出来なかったんでは・・・。


派遣会社。かつては人材派遣会社と言われ。古い記憶をたどるとテンポラリーセンターって会社を作ったのが南部靖之ってひと。一時面識ありましたが。やがて今のパソナって大手の派遣会社を。どこかカリスマ性を持ち合わせていた人物。阪神淡路大震災ではボランティアで活躍。その派遣の大本だった南部さんがどこのメディアにも登場して来ない。彼が、今のこの「派遣」の現状をどうみていて、どうすれば良いと思っているのか聞いてみたい気が・・・。


雨後の竹の子のように出来ていった派遣会社。ある意味、派遣会社という存在が非正規雇用の"温床"といえないこともないような。一時は大繁盛した「口入れ屋」。これも未曾有の出来事だったのか(爆)。



2008年12月5日金曜日

郵便局長が死んだ・・・


郡山、日和田の郵便局長、佐藤裕志君が・・・・。驚愕、悲しく、ただ合掌。享年62歳。病名は肺がん・・・。


きょうは東京の病院へ向かっていました。電車の中で彼の訃報が。「局長が急に逝ったよ。今朝。見舞いに行ったら、奥さんが泣いていて・・・」。友人、Iからの知らせでした。余にも急な死。そうなんです。12月1日に裕志君からメールもらったばかりなんです。信じようにも信じられない。まさに茫然自失であり。


メール貰った日。朝、彼からの空メール。本文無し。「なんで空メールなの?体調はどうだい?」。そんな返事を書いたら、しばらく時間がたってからちゃんとしたメールが来たのです。そこにはこう書かれていました。


「黙っていて申し訳けありません。病名を聞いて、目の前が真っ暗でした。今、少しずつ元気になりつつあります。年賀状よろしくお願いします。Iサマにも話しておきました。メールもかなり疲れます。じゃ、また。頑張ります」。絵文字も交えたメール。


彼が肺がんで入院しているのは秘せられていました。彼が誰にも教えたくなかった。たまたま病院でI君とぱったり会って入院が判明。I君は時々見舞いに行っていました。I君を通して様子は聞いていました。


7月の咳が出てひどくなり、検査に行ったら肺がん。すでに進行していたらしく手術は無理。放射線と抗がん剤。髪の毛は瞬く間に抜け・・。人に会いたくない気持はよくわかります。I君を通して見舞いに行きたい旨を伝えましたが、そのうち、そのうちという伝言でした。入退院の繰り返し。そして・・・。


あのカラメールは何だったのか。いまだ不思議です。ちゃんとメールを打てた人がその4日後に逝くなんて。彼が病室で隠れて打った最後のメールだそうです。


彼やI君たちとは「不良仲間」と自称していました。不良の忘年会。不良の花見。不良の新年会。不良の納涼会・・・。6人ほどの仲間。ほんとの不良も居ましたが。仕事には人一倍熱心。郵政民営化では地方組織を挙げての反対運動の急先鋒。代々続いた特定郵便局長。


よく飲み、よく歌い、よく喋り・・・。年賀葉書はいつも彼に発注していました。かなりの枚数。お礼に赤い昔風の郵便ポストの貯金箱を貰いました。種銭に100円入れてもらいました。彼がしていたネクタイを数本取り上げました。ノーネクタイで帰しました。「あの、その、ほら」。そんな単語で会話が成立していました。


電車の中で聞いた訃報。乗換えを忘れてしまい・・・。信濃町について見上げた空はあまりにも青く・・・。眩暈が襲ってきました。空を見ていたら涙が出て、あわててサングラスをかけました。不良オジンって格好になっていました。


亭主が肺がんと告知されてすぐ手術して14年。先週、一応ーーて医者の話でCT検査。きょうはその結果を聞きに行った。聞きに行く途中で入った肺がん患者の訃報。医者にそのことを伝えました。言わないではいわれなかった。あっちはわずか判明から半年で逝った。こっちは何事もなく生きて空を見上げている。


メールの事といい、今日の日といい、なんっていうタイミングなのか。なんという悲しい偶然なのか。


亭主の検査結果は癌に関しては異常なし。老齢化による肺の老化現象はあるものの。あとは前立腺。多少の甲状腺、腎機能の低下・・。それも許容範囲での。


郡山に着いたあとの足取りはあまりにも重くあり。冥福祈ることしか出来ず・・・。人と喋りたくもなく。


癌を患っても大丈夫な人もいれば、まさかと思えるくらい早く逝ってしまう人も。彼も喫煙者でした。亭主も変わらぬ喫煙者。彼のことを想い、吸う本数が今夜は多いようです。彼の分まで吸ってやろうか・・・。


「今年は不良の忘年会出来ないかな」。そうI君に尋ねようと思っていたばかり。そんなに進行していて、そんなに急に逝くなんて。頑健そのものだったんです。6月に会った時は・・・。


あす、彼の局に発注した年賀葉書が届けられる筈です・・・。




 



2008年12月4日木曜日

パソコン犬

東京の知人の家から愛犬の写真が送られてきました。芝犬のコタロくん。滅多に会わないんですが、最初に会った時から妙に気があって・・・。東京に行くたびに「訪問」させてもらい・・・。
コタロ.jpg

なんとーーーーパソコンの前に鎮座。どうもこれから「作業」にとりかかるらしい。メールを送るみたい。誰に???。


相手が居ましたよ。ゲンキ君らしい。ゲンキ君もパソコンの前でコタロ君からくるメールを待ってるみたい。二人は大の仲良しみたいで・・・。



げんきパソコン.jpg


いやあ、びっくりしましたね。今や犬同士がネットで会話する時代なんですね。黒ヤギさんと白ヤギさんのお手紙交換みたいに。


ご主人さまたちが寝静まった夜中に、パタパタと音を立てて犬たちの「会話」。想像してみてくださいよ。その"光景"を。楽しくなりますよ。


何を話し合っているのやら。エサの質、食の安全や量の問題か。人間社会の不条理か(爆)。


そういえば、事務所の近くのアンザイ家でも猫のミーちゃんが大のパソコン好きだとか。恐るべし。ワンニャンのIT革命(爆)。もしかして本当にそんな時代が来たらどうします(笑)????。


馬鹿馬鹿しい世に、馬鹿馬鹿しいお話でありまして・・・。



2008年12月3日水曜日

蜘蛛の巣、蜘蛛の糸

昨夕ー。友人のアトリエに車を走らせていました。西の空に朱い夕日が沈む頃。その空の向こうには雪を頂いた山が・・・。美しい光景。思わず車をとめて写真を撮ろうと。シャッターチャンスの場所が見当たらない。携帯カメラ。空と雪山を撮ろうとしてもどうしても自分がいる周りの風景が入ってしまう。その周りの風景とはー。建物の上に作られた看板、なにか醜悪ささえ感じられる建物の数々。そして何よりも邪魔なのが電線。まるで蜘蛛の巣、蜘蛛の糸のように張り巡らされている電線、電線・・・。


たまには上を見てみるものですね。あんなに電線が張ってあるとは。電気、電話、通信用・・・。ほんと蜘蛛の巣のような電線が、空を遮蔽している如く。すべて生活の為には必要な電線なんです。その下でボク達は暮らしているのです。


アトリエの場所は郡山の郊外。八山田。地中に埋蔵されてないからでしょうか。空を見ようとしなかったら気がつかなかった光景。


友人にその話をしたら、なんと平成6年時の航空写真を持ってきてくれました。当時はモダンであった鉄筋3階の建物。アトリエ、事務所、自宅兼用。なんと周りは田んぼと畑だけ。ちょっと離れて大きな農家が4軒だけ。電線の姿はまったく目立たず。15年の歳月が街の光景を大きく変えたのですね。田んぼはおろか空き地さえも無い。コンビニ、洋服屋、居酒屋、ガソリンスタンド・・・・。所狭しと立ち並び。往時の面影は伺うすべも無く。


「あの頃は、アトリエの屋上に上がって月や星を社員とよく見たもんだ」。友人がつぶやく。やがて宵闇の時間。アトリエの玄関に出ると、南の方の空に月と星が・・・。またもや携帯取り出して・・・。撮れない。建物と電線が邪魔をして。


それはそれは見事な月と星との三重奏でした。



今朝の朝日新聞に掲載されていた写真です。これと同じ、全く同じ月と星の三重奏。木星と金星と月のコラボ。


無くては生きていけない。大事な大事な電線。それの群れ。それを"醜悪"と言ってしまったら、それこそ罰が当たる。そうは思うもののちょっと垂れ下がって、強い風が吹いたり、何かがぶら下がった、プツンと切れてしまいそうな細い物も。その細い電線はまさに芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のようでもあり。主人公「かんただ」がぶら下がっていたお釈迦様がたらした蜘蛛の糸。地獄と極楽の境目。


芥川の世界では、「極楽の蜘蛛の糸は月も星も無い空の中途に短く垂れている」と書かれています。蜘蛛の糸の向こうに月や星が見えただけ、まだ良しとしなければいけないのでしょうが。地獄と極楽の境目でボク達は生きているのでしょうか。



2008年12月2日火曜日

自分党だそうで

森喜郎元総理大臣。時々面白い事を言われますが、またまた「名言」。麻生太郎を批判する党内若手に苦言。「自分たちが選んだ総裁を批判するなら、自民党から出て行けばいい。勝手なことばかり言っているなら自分党を作ればいい」とか。


軽妙洒脱。おやじギャグの秀作。思わず座布団一枚(笑)。いや何も彼の発言そのものを肯定してるわけじゃありませんよ。自民党というのは、もともと自由党と民主党の保守合同によって出来た歴史に成り立つ政党。清濁併せ飲み、幅広い政党というのがうたい文句の筈。自由闊達な意見を"封殺"してはいけませんよ。ま、過去に新自由クラブっていう河野洋平グループの造反離党っていう苦い経験があるからかもしれませんが。


政治家って言うのは選挙区の選挙民によって選ばれた人達。それぞれの選挙区の人達の意見を代表するっていうのも、一つの民主主義の在り方。なんでも党議拘束、一枚岩っていうのは"自由"って言葉の意味に背く。いいじゃないですか。自分党。個性があって・・・。


きょうは雲一つ無い青空。空気は凛として冷たく。吸い込まれそうな青空。今日の青空は空にとってはきょうの自分。あすは別の自分空かも。空だって自己主張している。


国道の並木。すっかり葉を落としてしまっていました。立ち枯れって風情。本格的冬へ準備。立ち枯れた木々も、木にとっては今の自分の姿・・・。


「どうしようもない私が歩いてゐる」。山頭火の句。私とは自分のこと。山頭火の思いを感じている人も、きょうも何処かに居るのかも。



2008年11月2日日曜日

頭の中にも風邪が

うまく表現できないのですが、とにかく、風邪が身体ではなく頭にも移ったみたいで(笑)。

思考回路が冒され、頭の中に異物があるような。

復活するぞ^^って言い聞かせ、今日は開店休業なり。

皆様ごめんなさい。明日も頑張ります。明日は明日の風が吹くっていいますから。




“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...