2010年2月9日火曜日

身の丈

身の丈(たけ)。要は身長のこと。「身の丈を知る」という言葉があります。自分の身長を知れ、わきまえろということか。同じような言葉に「分をわきまえる」「身の程を知る」などがあります。己の力をわきまえ、自分を過大評価したりしない。何事も身の丈に合った生き方がよろしいかと。


身の丈に合わなくなったーーートヨタのプリウスリコール騒ぎ見ていて浮かんだ言葉なんです。トヨタは大きくなりすぎた。世界一を目指しての拡大路線。大男総身に知恵が回りかねとまでは言いませんが、ブレーキに欠陥、大きくなりすぎたゆえの"罠"かと。身の丈を越えた故に頭脳(トップ)が機能しない。対応の悪さ、遅さ。下手な言い訳。


身の丈に合わなくなった経営。身の丈を見誤った経営。それでつぶれた企業もいくつあったことか。マンション会社などもその一例。


朝青龍にも言える言葉かと。永田町にも言える言葉かと。


百貨店が続々閉鎖。若者が高級品を買わなくなった。嫌消費という言葉まであるとか。身の丈にあっった暮らしを好むということなのか。


「セレブな暮らし」「セレブが行く店」とかなんとか。セレブセレブと身の丈知らずを良しとして贅沢を賛美するようなテレビ番組の数々。テレビもそろそろ身の程わきまえないと(爆)。



2010年2月8日月曜日

リコール

トヨタのプリウスなどがブレーキに不具合。リコール決定。アメリカのみならず日本も。世界のトヨタにしてこのていたらく。暗澹たる思い。ことは安全にかかわること、リコール致し方なしとおもうのですが。


アメリカの反応にいささか怖さを。トヨタによってやっと外需が回復基調にのろうとしていた折も折。アメリカは政府が前面に出てきての「制裁」。国交省も追随。


折からー。沖縄米軍基地問題でぎくしゃくの日米関係。思い出してしまった沖縄返還交渉。時あたかも日米繊維摩擦のまっただ中。日本の輸出自主規制。


結果言われた。「糸で島を買った」。


ふがいないのがトヨタの危機管理能力。「フィーリングの問題」とはこれいかに。とっくにわかっていたのに知らぬ存ぜぬの態。


アメリカは事あるごとにとてつもない「脅し」をかけてくる。それもまたこの問題の一面かと。


リコールは致し方なし。株価始め我が国経済に与える影響大。暗雲晴れやらず。


きょうも凍てつく道路。亭主の車はハイブリッドカーでなし。一応、プリウスを見掛けると避けて通ってました(爆)。



2010年2月5日金曜日

「灰色高官」

小沢一郎、政治資金規正法違反は嫌疑不十分。よって不起訴。メディアも永田町も市井も侃々諤々。ああでもないこうでもないと。小沢の今後は全て世論だと。世論はマスコミが作る。こぞって限りなく灰色。グレーと書かれ、報道され。


かつてこの国を騒がしたロッキード事件。「灰色高官」という言葉が飛び交い。その筆頭は田中内閣の官房長官をつとめた二階堂進氏。いつも怒りをこめてぼやき、つぶやいていました。「灰色ってのはいつまでたってもいつになっても灰色だ。起訴されて裁判にならないかぎり黒白つかない。どっちでもいいからハッキリさせて欲しいよ。死ぬまで一生灰色っていわれるのはたまらん」と。二階堂さんのこのぼやき、小沢一郎だって聞いたことあるはず、知っているはず。グレーの背広を好んで着ていた二階堂さん。ぼやきついでに「オレは灰色だからグレーを着るんだ」と。


小沢vs検察という構図の中で、検察が負けたとかなんとか。見方様々。


灰色高官ついでに思い出す金丸信の佐川急便事件。検察と金丸側との闇取引。罰金20万円の代わりに役職退くという。いったん成立したこの闇取引も憤懣やるかたない特捜現場が探し出した"金塊"問題。


小沢不起訴でもどこかに"取引"あったはず。役職を辞める気配はないけれど。どことなく似ているような感じあり。何かがあるはずだけどメディアは探れない。


死んでも口をわらない。墓場まで持っていく。そんなことがよく言われた時代。政治家も秘書も。灰色と言われながらも口をわらなかった事実ありやなしや。リークしたくても出来ない"事実"を検察は知っているはず。


叩けば埃の出るからだ。うん、うん、あらためて名言かと(笑)。いや、迷言かも(笑)。



2010年2月4日木曜日

春立ちぬ

如月も早や4日。今日は立春。暦にはやっと春という字が登場。年賀状の初春のお慶び・・・はなんとなく季節はずれの感もありますが、今頃になると春という字が、言葉が、手に届きそうで。


立春は旧暦では正月。元日。昨日の節分を境に年が改まる。だから古人は初春という言葉を年始の挨拶に用いたのか。


如月は更衣とも書き。


「重ね着の袖をひじるや薄氷」


きょうも外気は零度。雪の残滓があちこちにみられ、雪解け水が氷となって足元を驚かす。もちろん春は名のみ。雪の下や雪の間から春の芽吹きも。


この季節。児童詩誌「青い窓」を主宰されていた佐藤浩先生のことを思い出します。「氷が溶けたら何になるかって子供に聞くんです。大人は溶けたら水っていうでしょ。子供は違うんです。春になるっていうんですよ」。子供の感性を受け止めて育んできた佐藤先生。この話が今でも頭に残っています。


送られて来た青い窓の最新号。


「ふわふわとまいおりてくる ゆきのようせいが あっ てにのったよ つめたいな でもすぐいなくなちゃった」


小学校4年生の詩。


今夜も雪が舞ったら妖精に会ってみようかと。



2010年2月3日水曜日

いい加減にしてよ「常套句」

例えば火事。「警察と消防で出火原因を詳しく調べています」。当たり前でしょ。調べるのは。テレビのニュース。火事の時には必ずつく最後のアナウンサーの言葉。常套句。新聞ならば「原因を捜査中」と。


火事があったら原因を調べるのは当たり前のこと。それも詳しく調べるのは当然。それがお仕事。それがニュースとして伝えられるなんて。変わらぬ安易な報道姿勢。調べるってのはニュースでも何でも無い。調べなかったらニュースになる。


犬が人を噛んでもニュースではないが人が犬を噛んだらニュース。そんな"名言"あり。


百歩ゆずって原因を調べていますって一回報道したら、後日判明したときそれを扱かったことあるんでしょうか。大事件や放火でないかぎりニュースにはならない。というか、放送した途端にその火事は忘れられている・・・・。


きょうも火事のニュースあり。はい、予期に違わず常套句で締めくくられていました。記者もデスクもアナウンサーもこれでよしと思っている。テレビ報道の貧困さ。


常套句をもう一つ。「成り行きが注目されます」。NHKでよくあるんです。特にニュース9のあの田口さん。注目されるなら後追いしろよ。略して「なりちゅう」。一応ご法度の常套句とされているんですが。


雪や風。天気予報。「今後の気象情報にご注意下さい」。誰だって気にしているよ。


どいつもこいつも、もう少しまともなこと言えないのかって(爆)。



2010年2月2日火曜日

雪の日に生まれまして

亭主は数十年前、雪の降る日に生まれたそうです。本人はもちろん記憶無し。母親から聞いた話なんです。もちろん病院、産院じゃない。お産婆さんが取り上げたとか。当時の家屋だものみなさんさぞ寒かったであろうと。


生まれた時の天候がその人の人生になんかかかわりがあるのかどうか。なにやらもっともらしく言い伝えを説く人もいますが。「雪の日に生まれた子はなにかと雪に・・・・」。母親からなんか言われたような気がするんですが覚えておらず。でも、たしかに誕生日にはよく雪が降るのです。東京でも郡山でも。


肺腫瘍(肺癌)とかで東京の病院に入院したときもその日の夜から大雪でした。あらら・・と思って病室の窓から雪景色を見ておりました。


昨夜も雪。だからどうってことないんですが、数年前の誕生日も雪だった。大雪の部類。友達三人と酒飲み。店の人に煙草を買いに行って貰ったら、その人転んでしまい骨折。とんだプレゼントを差し上げてしまい。頭があがりません(笑)。


雪の降る夜に生まれた子はなにかと人生の節目で雪とかかずりあうのか。だとすれば亭主のあの世への旅立ちも雪の日・・・・(爆)。なるべくならそれは避けたい。弔問に来てくれる人に迷惑かける。葬式出すのも大変だし。暖かい季節がいいな。


雪の日に生まれたせいでしょうか。寒がりだし。でも雪は嫌いじゃないし。腹の中含めてどこも真白じゃないけど。雪の日に生まれたせいか。宮沢賢治が詠んだ詩が好きです。


永訣の朝。


「わたしのけなげな妹よ この雪はどこを選ぼうにも余りにも真っ白なんだ  あんな恐ろしい乱れた空から  この美しい雪がきたのだ お前が食べるこの二椀の雪に ワタシはいまこころから祈る どうかこれが天上のアイスクリームになって お前とみんなとに聖い資糧をもたらすように わたしのすべての幸いをかけて願う」。


昔。亭主の人生を変えた大好きだった先輩が亡くなった時、社報に書いた弔詞にこの詩を引用させて貰ったことを思いだし・・・。



2010年2月1日月曜日

縦書きと横書きと

広告も含めてこのところの話題。電子書籍。I?PADとかで本が読める。いや、前からそんなツールはあったようですが。そこに携帯電話も"参入"。流行ってすたれた携帯小説(笑)。


外国語、英語は全て横書き。たしかにアルファベットを縦にしたら多分読めない(笑)。我が日本語は・・・。縦書きと横書きが共存。少なくとも本、書籍は縦書きが主流。主流というか、そうあるべき。辞書だって縦書きだし、六法全書も縦書き。ネットで見ると横書きの辞書あったり、憲法全文もあったりしますが。


新聞だって縦書き。ところが横書きのページが挟み込まれていたりして。


日本人の脳の動きがどうなのかはわかりませんが、基本的には縦書きの文章を読むように出来ているのではと。役所の資料やあちこちからの案内文は横書き多いのですが、少なくとも亭主は横書きの文書はどうも頭に入らない。読みにくい。目の移動。左右がいいのか上下がいいのか。


で、なんでも便利、なんでも電子。小さい液晶画面で本を読む。嫌だね。書店の経営がどうとか著作権がどうとか、出版界がどうとかっていう観点ではなく、本は紙に書かれた、印刷された文字を読むってのが読書と。自分の指でページを繰るのがいいのだと。画面の上で指を動かしてページを繰るなんて・・・・。嫌だね。


本には本の香がある。匂いがある。新聞にはあの懐かしい印刷インクの匂いがある。匂いが欲をそそる。古書には古書の匂い。カビくさい匂い。これが"歴史"を呼びさまされてくれたり。


電子書籍、縦書きに変換出来るともいうけど。装丁や厚さや表紙の図柄含めて本は本。紙の本が本。なんでも電子化しないで頂戴。本の重みが読んだ人の重みにもなってくる。


手紙とて然り。やはり縦書きの年賀状のほうが素直に気持ちが届く。


頑迷固陋なるかなこの亭主。おもわずはやっていない本屋に行って本を買ってきました。またまた。さていつ読むのか(爆)。買った本の一つ。「ネット帝国主義と日本の敗北」。サブタイトルに惹かれたのです。「搾取されるカネと文化」。


日本の文化は縦書きにあると存知候なり。



“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...