2019年8月15日木曜日

あの日も今年も暑い日だった

終戦の玉音放送を聴いたのは4歳。
姫路大空襲で家を焼かれ、玉蜀黍畑で一夜を過ごし、伝手をたどっての明石か飾磨の農家の離れに暮らしていた頃だった。

ラジオから流れてくる声は聞き取りにくく、何を言っているのかよくわからない。父親が教えてくれた。
「戦争が終わったよ」と。

子ども心に感じた「解放感」。その離れから見える海はこれ以上なく青く、その手前にはヒマワリが無数に咲いていた。そして暑かった。

近親者を戦争で亡くすことも無く、過ごしていた4歳児。
いつも覚えていたのは「飢え」。もしかしたら戦争の記憶は「飢え」と共にあったような。

翌年は東京にいた。バラックの“復興住宅”。そこではなぜか秋刀魚を焼く匂いがあった。しばらくして初台に住んだ。
家はあるけれど食糧が無い。
来る日も来る日も「すいとん」。お湯に醤油をいれ、その中にメリケン粉をこねたものをちぎっていれるだけ。
姫路の知り合いから素麺が木箱で大量に送られて来た。
来る日も来る日も素麺。三食とも。
以来素麺が喉を通らなくなった。食えなくなった。

あばら骨が出ているパンツ一枚の写真が残っている。

食糧の買い出しに行く母親に付いて行った。
上野の地下道にはいわゆる戦災孤児が溢れていた。
彼らの餓えた目つきが忘れられない。

戦災孤児は東京大空襲で親を亡くした子供だけでは無い。
学童疎開に出され、終戦後東京に戻ってきた子供もいた。帰ってきたら家も無く親もいなかった子ら。

戦死の原因の半分は餓死だとも聞く。


小学校の給食。コッペパンと脱脂粉乳。同じクラスに裕福な家の子がいた。女の子。ジャムを持って来ていた。これ食べないと言われたがなぜか頑なに拒んだ。

「お米の通帳」、米穀通帳が配布された。質草になるほど貴重な物。いわば住民票かわり。

中学の時は「ネコ飯」が弁当だった。カツオ節をご飯の上に載せたもの、時折海苔の佃煮が乗せてある。

大袈裟な言い方だけど「飢え」との戦争だった。遠足の弁当はおにぎり二つ。

小学校5年の時、習字の宿題があった。「平和日本」と書いた。
担任の梅田育子先生が、その字の前で話をした。

「まだこの国は平和じゃないのよ。だからそうあってほしいと平和という言葉が使われる。本当の平和な国になったら平和と言う言葉も無くなる。そういう国にしようよね」。この話だけは今も覚えている。

高校は上板橋だった。毎朝山の手線で高田馬場を通るとき、ドアに顔を付けるようにしてその光景を見ていた。
戸山の公共職業安定所。その日の職にありつけるかどうかの長い列。
貧困・非正規雇用があった戦後・・・。

きょうの戦没者追悼式。天皇は深い反省という言葉を発した。父親のならって。
安倍はそれを言わなかった。

戦没者の遺族はだんだん減っていく。今年の最高齢は97歳。

戦争を語り継ぐ。数年後には語る人はいなくなる。
当時者の時代はなくなる。
あった事実は書物でも学べるが生の声では聴けなくなる。

「平和」と名付けられた憲法は戦争を知らない政治家によって書き換えを画策されている。
選挙の争点に憲法を。そんな世論は少ない。しかし為政者は限りなくそのことに固執する。

大学入試の勉強の為新宿図書館に毎日通っていた。毎日、憲法を読んでいた。前文を読むだけで感激があった。

その時だけは僕の心は「平和」だった。毎日のように食べていた図書館前のラーメン屋。一杯35円。満足だった。「平和の記憶」かもしれない。

2019年8月11日日曜日

広島・長崎、そして福島

唯一の被爆国である我が国。
八月六日のヒロシマ。今年はいつもの年よりも酷暑だったろう。
広島市長は核禁条約への署名を求める。国を代表した安倍は真正面から答えない。
相変わらずの光景。

広島の原爆資料館が改装されたという。
展示物を大幅に変えた。
被爆地周辺から掘り起こされた被曝死した人たちの遺品が展示されている。
ボロボロになった瞬間に来ていた服の切れ端。唯一残った子供のつけていたズボンのベルト。ひねまがったバックル。

今年11月にはローマ法王が来日する。
「焼き場に立つ少年」という写真がある。死んだ妹か弟の亡骸をおんぶ紐で背負い、唇をかみしめながら、焼き場が空く順番を待っている少年。
その写真をローマ法王はSNS配信し、信者に拡散を呼びかけた。

長崎―。爆心地の大浦天主堂にあった十字架がアメリカから返還された。
長崎の悲劇のシンボルとして。
長崎市長も核禁条約への批准書署名を訴えた。
安倍はここでも言及を避けた。

発効50年を迎える核不拡散条約(NPT)に触れ、「核兵器をなくすことを約束し、その義務を負ったこの条約の意味を、すべての核保有国はもう一度思い出すべき。それは「唯一の戦争被爆国の責任」と訴えた。

この日南米のボリビアが批准書に署名した。「ヒロシマ」に合わせて。
批准書採択にはまだ20か国以上の批准が足りない。

アメリカはもちろんNPTに参加しようとしない。
日本はアメリカの核の傘の下にある。アメリカの意向に従うしかないというのが本音。
被爆者たちの声よりもアメリカの意向に追随する政治。

被爆経験者はどんどん老いて行く。
直に体験を語る人がいなくなっても、若い人たちの間にはそれを「語り継ごう」とする気運が芽生えている。

「放射能が移る」というという“デマ”で彼らは忌避され阻害され排除されて来た。

長崎市長は言っったー。
 原爆は「人の手」によってつくられ、「人の上」に落とされました。だからこそ「人の意志」によって、無くすことができます。そして、その意志が生まれる場所は、間違いなく、私たち一人ひとりの心の中です。と。
そして
 「長崎は、核の被害を体験したまちとして、原発事故から8年が経過した今も放射能汚染の影響で苦しんでいる福島の皆さんを変わらず応援していきます
。」と。

僕の周りでも原発事故後、放射能が移るという“デマ”に洗脳され、いわれなき差別を体験した人が数多くいた。
僕自身も言われた。
「あんた放射能が恐くて東京に逃げていたんだって」と。誰が言っているのかと誰何すると、「皆言っている」と。
その人達との接触を絶った。あのころ毎日避難所に通っていたとは言わなかった。無意味だから。

いわれなきデマに悩まされたという一点では広島・長崎・福島は通底する。しかし、福島県人は原爆の被災地のような阿修羅の状態にはいなかった。

ここ数日、元ちとせが歌う「死んだ女の子」という曲を繰り返し聴いている。
彼女が最初にその歌をプロデューサーから渡された時、歌詞を自分の物と出来ず、歌は封印されていた。
彼女が原爆資料館に立ち寄った時、そこをみて考えた時、咄嗟に言ったという。
「あの曲歌います」と。

♪あの時も七つ、今でも七つ。
死んだ子は決して大きくはならないの
平和な世界にどうかしてちょうだい。
炎が子どもを焼かないように♪

・・・

そして間もなく15日。日本の一番暑くて長い日。

2019年8月3日土曜日

真夏の夜の夢

この数週間、ほとんど“夢の中”にいた。
原因不明の頭痛、それもかなり激しい片頭痛。痛み止めを飲んでは結果寝てばかり。
MRIなど医学的検査ではどこにも異常なし。気象病と診断されたわけでも無く。そして、白内障がいささか進行の気配。ま、年を取るというのはこういうことかと観念。
検査で見つかったのは「無呼吸症候群」。結果、象さんスタイルで寝てばかり。
何か夢は見ているようだが、それが何だったのか思い出せない。
やっと、いささか頭痛がおさまってきているようで。
「放置」してきたからから亭を久々に開けてみる。

参院選があった。
何処が勝って何処が負けたのか。投票率48,8%と言う数字。
政治は有権者に負けた。
何故負けたのか。政治が身近なものにならなかったこと。
「無党派層は寝ていてくれればいい」と豪語した元総理を想起する。
今の政権もそう思っていたのかもしれない。

世論調査で関心があると答えた人が8%とか3%の憲法問題や原発問題。

人生100年、年金足りない。2千万の貯蓄を。
そんな金融庁の報告書も“受け取り拒否”する政治。

今度の選挙の意義がわからない。

「あなたが政治を見放しても政治はあなた方を縛り続ける」。そんな“持論”も意味を為さなかったようだ。

今度の選挙で国の形を変えたのは「れいわ新撰組」という政党の出現。
2人の当選者が車椅子で議席を獲得し、議場の「形」を変えたこと。
これだけは特筆すべきことだったのでは。

政治を上から見る既存の政治、下から見ようという山本太郎の思考。
こいつは化けるかもしれねえぜ。
「生産性」という言葉への抗議。生きている人にはみな意味があるという思想。
この「れいわ現象」がこの無意味な参院選の唯一の「収穫」だったのかもしれない。
多分、指呼の間にある衆院選の“焦点”になるかも。
既存政党は敢えて語らないが、この現象を恐れているはず。

選挙が終わった途端、マスコミが伝えるのはこぞってのオリンピック、オリンピック。
連日の猛暑報道。こんな気候の中でオリンピック・パラリンピック。
狂気の沙汰じゃないの。
特別な環境が整備されていても猛暑は猛暑だ。

「温暖な気候です」と“気象予報士”の安倍くんは嘘を言い、挙句原発はアンダーコントロールと来たもんだ。
この時期のオリンピック開催となったのは巨大なスポンサーであるアメリカの三大ネットワークに強要されたから。放映時間と視聴率。

すべては「オリンピック・パラリンピック」に向けて進んでいく。
原発を巡っては排気塔の取り壊した2Fの廃炉。
アンダーコントロールのためのお膳立て。
東電は政権のいう事なら何でもやる。
県民の要望は、裁判所を巻き込んで、大方無視。

もし、オリ・パラで熱中症患者が出たら、誰が責任を負うの。
「自己責任」だと片付けられるのがオチだ。

福島も猛暑だ。野球とソフトボール開催県にされて舞いあがってる場合じゃない。
「お・も・て・な・し」という奇妙な日本語が“大流行”。
オリンピック期間中の一炊の夢にうつつを抜かしている。

橋本治ではないが「バカになったか日本人」だ。

北朝鮮がいくらミサイルを撃っても「Jアラート」は鳴らない。
韓国との関係は“不穏”だ。アメリカは手助けをしてくれない。

「経済の安倍」とアベノミクスが“誕生”した時、マスコミは誉めそやした。
いつの間にか「外交の安倍」と「タグ」を付け替えた。
成果だと自賛した北方4島。ロシアの首相が実効支配を誇示する。
中国もロシアも“無視”“無視”無視“。

マスコミは沖縄を伝えなくなった。米軍基地の為に5倍の経費負担を要求するトランプ。黙して語らぬ安倍。
♪馬鹿と阿呆の絡み合い♪ってとこか。

やがて来る「日本の一番暑い夏」に向けて、誰が、何処で、何を語るのか。

「京アニ」の放火殺人事件。アニメ好きの麻生も何も語らない。
暴力的政治、暴力的社会の空気が具現化された一つの現実なのに。

頭痛人の戯言でした。

2019年7月4日木曜日

「猿芝居」のいくつか

もう七月。「思う」ことはさまざま為れど、書けない、書く気にならない無力な日々。
政治が世の中の動きがあまりにもバカバカしすぎているから。

トランプと金正恩の板門店の「会談」を見て、思わず“猿芝居”という言葉が浮かんだ。トランプが猿に人相が似ているというわけでも無いが。
ツイッターでトランプが正恩に秋波を送り、正恩が即反応、会談に至ったと多くの無能なメディアが報じている。

外交交渉とは「裏方」がいて、何回も意向をすり合わせ、「首脳」はそれに乗っかっての「いいとこどり」と相場は決まっている。
というより、そうやって成り立って来たのだ。

ツイッターが取り持つ縁なんて有り得ない。

「拉致問題解決に協力するとトランプは安倍に言ってきたという。被害者家族は騙されている。板門店で「拉致」のことなど話題にもならず、それをメディアは誰何しない。
「自分が直接出向く」と息巻く。
ミスターX。小泉訪朝時のような黒子はもはやいない。

盟友ドナルドからは“報告”はないようだ。

参院選が公示された。安倍はまたぞろ福島で郡山で遊説第一声を上げた。
選挙のたびごとに福島を選ぶ。
あの「3・11」後の時ならそれも理解できないことは無かった。

安倍の「オトモダチ」のNHKの世論調査でも、もはや原発問題に関心があるとの答えは8%だった。
選挙の争点から「原発」は徐々に薄まって行く。

悲しい現実。

年金、2千万円の貯蓄。争点に急浮上した。
「年金2千万問題」を公表した官僚は金融庁、経産省から更迭された。
クビ・・・。

自分たちの都合の言い様に選んだ“有識者”なる鵺のような“専門家”。
その“答申”を政府は受け取り拒否というストライキ的対応。

結局、高齢者の不安を煽り、年金の世代間格差が国民を“分断”する。
マクロ経済スライドなどという言葉で煙に巻いて。

消費税10%へ。サヤを稼ぐかのような「悪巧み」に走る奴らのなんと多い事か。
キャッスレス決済が「便利さ」の名の下に社会に混乱をきたしている。

反政府の歌を歌った歌手は、「音楽が政治に介入すべきでない」と叱られる。
安倍は芸能人を招きよせ、若者を理解しているようなフリをする。

たしかにNHKさまによれば18歳から30歳までの若者には安倍支持が多いという。
「権力」と戦ったものだけど。昭和の若者は。香港の若者は。
国民栄誉賞を“拒否”したイチロー。格好いいな。

思いつくままに、取りあえず思いつくままの事象を列記しても、事に限りが無い。

身近なメディアのテレビは安倍批判からすっかり腰が引けている。
大方、コメンテーター含め「応援団」が闊歩している。
一部の番組を除いては。

選挙になるとテレビは各党党首を並べての“討論会”をやる。
1人の持ち時間を強制されて雁首をならべてしゃべっている。
なんとも「茶番」としかいいようがないのだ。

一月振りの“暴論”でした。


2019年6月9日日曜日

“暴力的“な社会、あるいは世間

しばらく入院していました。脳梗塞のリハビリ、あらゆる検査。
白い天井を見上げながらいろんなことを考えていました。
忍び寄ってくる老い。その身が何をどう考えて生きていくのか。
つまり老後をどうやって生きていくのかということかも。

病院で登戸の“通り魔事件”を知り、農水省事務次官の子供をころしたことを知りました。
まだ、それを自分の中でどう整理し、考えればいいのか。一言では言いきれず、確たる考えもみつかっていません。

あの時、瞬間的に頭をよぎったのは、これは「8050問題」の象徴的事件だ、ということでした。
高齢者の運転事故が連発しました。凄惨な事故。
これでもか、これでもかと言わんばかりのテレビの放送。

入院中、家内は「買い物難民」になっていました。
家から数百メートルにあった「スーパー」が唐突に無くなってしまったからです。

帰宅後買い物に来るまで行きました。
高齢者の交通事故。それは自己催眠、自己暗示の世界に導いてくれる物でした。
完全に自己を「萎縮」させてくれました。

自動運転の電車、横浜シーサイドラインで機械の故障による逆走事故がありました。人間の運転に運行は変わりました。
人間が運転する自動車は機械が運転する車に取って代わられようとしています。
嗤える出来事、世相。

おかみはタクシーを使えと奨励します。免許証を返納しろと迫ります。
しかし、その乗務員は大方が「高齢者」です。
安全のためにタクシーを使う。しかし、そのタクシーが事故を起こす。
嗤てはいけないけどやはり嗤える。

少子高齢化はますます顕著になってきています。
それが顕著になってきた30年前から、国は無策の策すらも取ろうとして来ませんでした。無策、不作為が与えた影響は大なるものがあります。

戦争だけではなく、形を変えた暴力はいつの時代にも存在します。

死語になったような言葉に「交通戦争」というのがありました。
あおり運転という暴力。それを警察は大方罪に問いません。
半ば公然とあおり運転と言う行為がまかり通っている感じがします。

形を変えた暴力。公害や原発事故。それらの事象は国が推進してきたものです。
貧困・差別・偏見。我々の社会は、そんな構造的暴力の上に成り立っています。

そんな暴力、罪科から抜け出す方途はないのでしょう。
2千万の蓄えが無いと老後は過ごせない。責任を放棄した「おかみ」の言い分です。
数年前には「人生百年安心プラン」などというお題目で人気取りはかった政権。

幼子や乳呑児を殺める「親」。施設で殺される高齢者。
そんなこんなの出来事に行政はあまりにも無策すぎるし、自分たちが果たすべき役割を認知せず、叱責の声が頭を通り過ぎるまでとりあえず頭をさげてお詫びだけはしてことを済ませようとする風潮。

「人類に与えられたことの全てには為政者が、政治が関わっている」。

テレビのワイドショーのコメンテーターと称する人の中に、キチンとした時代認識をもって語れる人がどれほどいるか。
大方は“ギャラ稼ぎ”の感情論ばかり。

それでも懲りないテレビ。
お前らいつまでも正義顔してんじゃねえよ。

見えないものを見る眼を養ってくれよ。ネット礼賛から引いてくれよ。
いつの頃からか蔓延しているミーイズムの発想。

暴力的社会構造は「平成」という時代から引き継がれている「政治課題」なのに、それが国会で議論されたと言うことは未だ聞かない。

2019年5月3日金曜日

憲法と個人~憲法記念日に思ったこと~

「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

憲法13条の規定。幸福追求権の条文とされている。

世情はこの条文から大きくかけ離れた状況の中にあるような気がしてならない。

この条文の中に、例えばプライバシー権と言うものも読みこまれるはず。
憲法が保障している権利が、今は「危うい」立場になっている。

それは思想信条の問題だけでは無い。
AIという「シロモノ」が跋扈し、より肥大化していく時代、いわゆる“個人情報”はAIによって、その人を“切り分ける”
必要な人間か、不必要な人間か。

極端な例だが、「相模原障害者施設で19人が殺された事件」。
犯人は障害者には生きている意味が無いと言い放った。
機能的に使えるか使えないかをイチかゼロ発想で結論を出す。
この“デジタル化した論理”に行きつく先にはなにがあるのか。

まさしく憲法の冒涜だ。

今年の憲法記念日、このことをしばし考えていた。

「個人として尊重されていない」。それは国の施策のいくつかにも垣間見られることだ。憲法が捻じ曲げられて通用している。

令和天皇はその「即位後朝見の儀」の「お言葉」で「憲法にのっとり」という言葉を使われた。
平成天皇は「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓う」と宣言をしていた。

「守る」と「のっとり」には憲法に向かう姿勢にいささかの違いがあると感じた。
令和天皇が考えて語った言葉なのか、他からの助言で語ったものなのか。

「令和」の始めに思った憲法記念日のつぶやき。

2019年5月1日水曜日

「令和」が“ディストピア”でないことを

暦を一枚めくり時代の呼称は「平成」から「令和」に変わった。
形としてはっきり見えるのは天皇が変わったということだけだ。
時代は一日にして変わることはない。

平成の時代にあった事はそのまま令和に受け継がれていく。平成の時代に起きた最大の国難「原子力発電所」の爆発、メルトダウン。
汚染水は元号が変わろうとも、漏れ続けている。
原発事故の処理は終わりが見えない。避難者はあくまでも避難者であり続ける。

昭和の後期から平成。文明なるものは進化を続けた。
人間が良かれと思って作り上げた“文明の象徴”としての原発は、それが猛り狂った時にそれを処理することが出来なかった。
人間が文明と言うものに負けた。自分たちが作り上げた物で自分たちの生活が壊された。

しかし、文明はとどまることをしなかった。
AIという優秀な計算装置を「よきもの」として受け入れ、人工知能と人間の知性を競わせようとしている。
バカバカしい限りとしか表現できない。
やがてAIなるものが“事故”を起こし、この国が壊滅する事すらありうるかもしれない。ディストピアとして。

社会政策はまともに機能せず、日々の暮らしに喘いでいる人のなんと多いことか。
政治はそれらのことに概ね無関心だ。

ゴールデンウイークの人の賑わい。令和を“祝う”人の群。それは政治家がいう「声なき声」ではない。

令和の最初の“試練”はオリンピックだ。オリンピックという美名が国の実相をおぼろげなものにしてしまっている。
テロ対策に不安がある原発の再稼働は認めないと規制委員会は言う。たぶん、オリンピックと言う「おまつり」を意識した上でのことだろう。

平成天皇は象徴としての意味を行動で示された。象徴天皇の意味を教えてくれた。
その教えは令和天皇にも受け継がれていくであろう。
天皇が象徴であるということには大きな意義がある。

グローバル時代のキーワードは「分断」だ。
もし、社会の分断に政治が直面しても、社会の統合が象徴天皇によってなされるという一種の安心感のようなものが日本人にはあった。

元号の呼称にはあまり意味を見出せない。
「平成」と言う名の時代が終わり「令和」と言う時代が始まるだけのこと。
その元号によって、その時代を生きた、生きて来た人たちが何を考え、行動するかということに“時代”と言うことの意義がある。

少なくともジョージオウエルの名著「1984」に書かれた“ディストピア”は現実としては杞憂であった。
1984年と言えば昭和59年。ロサンジェルスオリンピックのあった年。
来年2020年は東京オリンピックの年。

「戦争は平和なり。自由は隷従なり。無知は力なり」。そんなスローガンが、テレスクリーンを通して我々の前に登場するかもしれないと言う“夢想”。

令和の“騒擾”は来年を目指してさらに進行する。
メディアは特に国営放送はメダルを言い募り、選手が過酷な環境に追い込まれることもいとわない。すでにして、テレビのここ数日の「令和」報道、その過剰なること。「同調」を促しているかのようだ。
この国は令和とともに次は「オリンピック一色」になる。

“悲しいまでの凡庸”な政治家たちによる“まつりごと”が繰り返される。
それはディストピアの始まりを予感させるものとなるのかもしれない。

平成への懐古、それは令和と言う時代への一抹の不安からくるものかもしれない。

令和天皇の名前を騒ぐ人たちに聞いてみればいい。「徳仁(なるひと)」と答えられる人は驚くほど少ないはず。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...