2021年2月1日月曜日

生まれるにも時がある

 

旧約聖書の伝道の書という節の中に「コヘルトの言葉」という章がある。

そこにある言葉。

すべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
 
生るるに時があり、死ぬるに時があり・・・」

 

人が生まれてくるにはその時がある。生まれた時はその人にとって意味があることだというのか。

 

間もなく東日本大震災から10年となる。

あの日、2011年3月11日、東北の被災3県で約100人の子供が生まれた。地震に揺れる最中の病院のベッドの上で、停電の中、懐中電灯の灯りを頼りに・・・。

その一人に「瀬川虎」という名の子がいた。

翌年2012年の3月11日に、このブログで虎ちゃんのことを書いた。苗字が「瀬川」だと云うことだけだが。

 

その中で虎ちゃんに手紙を書いた。

虎ちゃん、100人の赤ちゃん。満1歳の誕生日おめでとう。キミ達のこれからにはどんな前途が待っているかわからないが、生まれるべくして生まれた、希望の光であり、大きな宿命を持ってこの世に登場した救い主かもしれない。

虎ちゃんと見ず知らずのおじさんは、キミに何もしてあげられない。でも、キミの名前は忘れない。

虎ちゃん、そして100人の子供たち。「生まれてきてくれてありがとう」。それぞれのお母さん。「産んでくれてありがとう」。

福島県でも30人の君の仲間がいる。そして、君たちに、君たちだけの手作りの椅子を送るというプロジェクトクトもあるという。

椅子は貰ったかい。その椅子は、君が大きくなってからも、座れなくなってからも、君の大きな宝物だ。

キミ達に一つの言葉を贈る。「ひこばえ」。ひこばえとは大きな樹から生まれて来た春の新芽を言う。そして、その樹の根、原点を忘れるなという意味がこめられている。
もう一つ。「ゆずり葉」。老葉が落ちて、若い葉に代わることを言う。ゆずり葉は柏の葉を指すともいう。虎ちゃん、端午の節句には、がんばって、大きな柏餅を食べてね。

西洋のことわざに「銀の匙をくわえて来た赤ん坊は幸せになれる」という言い伝えがある。椅子は作ってあげられないけど、せめておじさんはキミ達に、この文章の上でだけだけど「銀の匙」をプレゼントに贈る。

 

こんなことをしたためた。

 

ところがだ、びっくりした。その月の終わりごろ、虎ちゃんからお返事が来た。ネットでからから亭の記事を見つけた人が、虎ちゃんのお母さんに知らせたらしい。

 

さんざん探してFBのメッセンジャーに返事を書いてくれた。その経緯から始まって・・・。
””
瀬川虎の母です偶然ネットで、息子の事を書いてくださっているブログを読みとても嬉しかったので、コメントを入れようとしたらいれれずフェイスブックで検索したらヒットしたのでコチラからメッセージさせて頂きました。『ひこばえ』『ゆずりは』『銀のさじ〜』どれもちゃんと息子が解るようになったら頂いた言葉だよと、教えたいと思います。虎は元気にすくすくと育っています瀬川さんが言ってくれたように、沢山やんちゃして、甘えています♫”

 

そして過日、新聞でまた虎ちゃんの姿をみた。

父親はベガルタ仙台のコーチ。虎ちゃんもサッカーに熱中しているらしい。

可愛い姿だった。

 

80年前の今日、僕は生まれた。産婆さんが取り上げてくれたとか。

戦災も経験したし、極貧生活も経験した。

何んら生きていることに意義を見出すこともなく、何も残さず、ただ川の流れに乗ってきたようだ。

80歳になった今後どう生きていくのか。何も考えていない。

 

加島 祥造の『求めない』を目標にしていくのもいいかなと。

2021年1月28日木曜日

「知恵を出せ、知恵を」彼はしばしば口にしていた

 

今年最初の投稿です。体調ままならぬまま年を越し、はや2月が目前。

圧迫骨折の後遺症は強烈であり、だんだん背骨が湾曲してくるという具合。

椅子の背もたれに背骨が当たるだけで痛い有様。痛み止めと共存するのは情けない状況なのです。

 

政治は政治の態をなしていません。

コロナ禍は、政治の貧困を露呈させてしまった。

政治に知恵が無くなった。

国民と政治の間に信頼関係が無くなった。

 

現役時代の彼との交流、彼の言動、行動が様々思い起こされている。

まさに「過去への旅」をしているような。

彼とは田中角栄の事。彼が好んで使った言葉に「決断と実行」があった。

 

昭和40年代の事。政治の中心課題に「本四連絡橋」の問題が大きく横たわっていた。

神戸―鳴門ルート・児島―坂出ルート・尾道―今治ルート。

その3ルートを巡り、どのルートを選択するか。地元の政治家、首長らを筆頭に、連日のように世論もマスコミも沸き立っていた。

 

昭和45年だったと思う。いつものように朝、目白の田中邸にいた。陳情客をさばき終えた後、朝周りの記者が呼び込まれる。

応接セットに皆が座り終えた時、彼がおもむろに口を開いた。

「本四架橋は3ルート同時に着工する」。驚いた。彼の話は続く。

「どれかのルートを選べば、隣接県からの“恨み”が残る。

政治は公平であるべきだ。キミらもいろいろ言っていたが、知恵を出すとはこういうことだ

いがみ合っていたのでは日本のためにならない。」

田中政治の一つの真骨頂だった。

 

その3ルートは、明石海峡大橋、大鳴門橋・瀬戸大橋・瀬戸内しまなみ海道と呼ばれ、人々の往還が日常化されている。

 

今の時代に通用するような話も一つ。

話のきっかけが何であるかは忘れたが、彼はこんなことを言った。

「君たちは我々を批判することが仕事だ。どんどんやればいい。わしらはその批判に負けないような政治をすること、それがわしらの仕事だ」と。

 

彼が総理大臣の頃、記者会見は概ね1時間だった。幹事社が各社の意向を取りまとめ、その内容は秘書官に通知した。「出来レース」はそこまで。あとは最前列の各社のキャプクラスが自由に質問した。官僚の司会者もいなかった。まして、追加質問は認めないとか、一人一問とか、当局側が質問者を指名するなんてことはなかった。活発な議論があった。答弁が飽き足らないと二の矢、三の矢を放つのも自由だった。

今はどうだ。特に安倍以降・・・。

各社の質問を認めます。指名します。報道官と呼ぶのか広報官と呼ぶのか、その人の裁量に任されているようだ。よくよく見ていると、答える首相は常に紙を見ている。質問内容はすでに手渡してあり、その人を指名すると言った具合の”猿芝居”会見。

「後に予定がありますからあと一問で」。

 

記者会見とは政府と国民との仲立ちをする重要な予定なのだ。首相は記者が納得するまで答えるものなのだ。

 

アメリカの政権が変わった。報道官も変わった。サキ報道官の記者会見は時間無制限だそうだ。

ドイツの首相のメルケルは国民に不自由な生活を強いる会見時、メモも見ないで2時間真剣に話しかけたという。

ニュージーランドの女性首相も毎日記者会見を行い、全ての情報を国民に開示したという。

 

田中角栄なら、今のコロナ禍にどいう対処をしただろうか。

対策を小出しにして、後手後手を踏むことは無かったろう。

想像力を働かせて「知恵」を振り絞って、1年前のコロナが蔓延する前に、大きな「網」を被せていたのではないか。

国家の緊急事態が予想される中、「自分の言葉」で連日のように国民に話しかけけていたのではなかろうか。

 

コロナは人災である。しかし、その指導者は余りにも心もとない。

その指導者の下で生命すら左右されかねない。

我々の現在地だ。

 

2020年12月30日水曜日

年の終わりと年の始まりと

 

2020年が終わり、2021年が始まります。

今年はコロナに始まり、政治家は自分の言葉を持たないことを実感しました、首相は紙を読むだけの“操り人形”に過ぎないことが明らかにされました。

コロナ禍が浮き彫りにしたのは「政治家は最悪」という事実です。

 

安倍は「嘘」と「言い訳」に終始する政治家の風上にも置けない醜い政治家でした。菅は「その任に非ず」。権力欲の亡者にしか見えません。

 

コロナ禍を差配する力量もこれなし、政治倫理、政治哲学も持たずその地位に鎮座している「裸の王様」。

安倍は悪あがきに終始している。この期に及んでも。

 

今、この国が一番苦しんでいるのは「コロナ」という厄災です。

武漢の第一報が入ってから、即座に対応に乗り出すべきでした。

ところが、「経済を回す」という悪魔のささやきに乗り、春節の中国からの観光客をやすやすと受け入れていました。

ダイヤモンド・プリンセス号の乗客を“クラスター状態”にしてしまいました。

 

事の重大さに気付いても後の祭り。

 

防疫や感染症に対する危機感がなかったのです。

 

禍の芽は小さいうちに摘め。

 

台湾もニュージーランドも島国です。“鎖国”を決断すれば島国の日本はウイルスの侵入を阻止できたのでは・・・。

 

検査に勝る治療なし。今もって「PCR検査」はその体制含め、不備のままです。

盟友羽田 孜の長男が感染して急死しました。国会内の診療所では対応できませんでした。

 

コロナはやたらとカタカナ語をつれてやってきました。言葉の感染症とでも言えばいのか。

ウイズコロナ・アフターコロナ・ステイホーム・ニューノーマル・おーば^シュート・ロックダウン・ソーシャルディスタンス・テレワーク・パンデミック

 

 

こんな言葉が我々の生活の中に根付こうとしている。専門用語が日常用語とされる。忸怩たる思いです。

 

日本語では三密。どこへ行っても「密を避ける」。「密」は秘密の密とも読める。

安倍に始まって政治家の特権意識とカネまみれ

 

安倍政権、菅政権はコロナと経済を回すことを両立させようとしました。

コロナを早期に終息に向かわせたら、自然に経済はまわるのに。

 

二兎を追うもの一兎も得ず。

 

「静かな年末年始を」と菅は訓示を垂れる。

政治は“常在戦場”、国民に求めるだけで、国会は開こうとしない。

誤った政治の在り方です。

 

医療崩壊は現実のものとなってくる。

コロナの死者より多い自殺者。

非正規社員の首切り。生活苦。

富者はより富み、貧者はより貧困に。

 

資本主義の矛盾をコロナが露呈した・

 

“去年今年(こぞことし)貫く棒の如(ごと)きもの”

高浜虚子の句。

 

去年今年という時間の区切りを超えてあり続けるものを「貫く棒」に例えた。ている。

 

来年は、と言っても明後日だが、新聞の一面トップをどんな記事がかざるのだろう。

コロナは衰えを見せない。多分東京は1000人を超える罹患者となるだろう。

 

ワクチンは4月。

7月からオリンピックを予定通り開催すると菅は断言している。

早い方が良い。中止の判断を下すべきだ。アスリートのためにも。

これ以上コロナの感染者を増やしてどうする。

GOTO再開。お得感という人間の欲望を刺激する愚策。

 

政治音痴にも程がある。

 

コロナは変異しているようです。やっと「入国制限」に踏み切ったが、すべてが後手後手なのです。

 

菅政権を倒閣するのは野党だけの力だけではない。

自民党の若手に是非立ち上がって貰いたいのです。

 

自民党の歴史の中では常に自浄作用が働いてきました。

それが無ければ「亡国」を覚悟しなければなりません。

 

折を見て来年も筆をとります。今年最後の妄語でした。

2020年12月6日日曜日

「言葉」の無い国

 

菅が二回目の記者会見に応じた。

案の定、空虚な会見だった。安倍のようなプロンプターは使ってないが、冒頭発言も手元の紙の棒読み。読むことに「全集中の呼吸」。

相変わらずの「出来レース」の記者会見。

幹事社の質問は先刻ご承知。答えは紙を読み上げるだけ。

内閣記者会と首相との記者会見は記者会側が主催することになっている。

しかし、実態はどうか。

政府側というか、官邸官僚の差配のもとに事は進行する。

代表質問をする幹事社の質問内容は官邸官僚のもとに差し出し済み。

答えは紙になっている。

幹事社以外の質問は挙手した人の中から広報官の女性官僚が指名する。

その人の質問も予め提出済み。菅はよどみなく紙を読む。

そして、時間切れでセレモニーは終わりを迎える。

 

空虚で無駄な記者会見。

 

外国特派員協会か日本記者クラブの会見に任せるとするか。

 

この八百長会見の中でも「菅語」が連発される。本題には踏み込まない。

「人事に関することですからお答えは差し控えます」。

 

一人一問と制限をされているから、菅の言うがままに終わる。

 

安倍政権時から何度も見せられていた光景。

菅の政権公約には「前例踏襲を止める」というのがあったようだ。

記者会見のあり様はまさに前例踏襲なんだけど。

 

コロナはその猛威は依然衰えない。

ウイルスは勝手に“一人”“では移動しない。

国は「不要不急の外出」を避けろと要請する。

不要不急という定義がさっぱりわからん。

片やお国は、そこにどんな利権構造があるのか、GO TO トラベルというキャンペーン張り、人間の「お得感」なるものを刺激して旅行に。手荷物とともにコロナウイルスが旅をする。

医療崩壊、それを防ぐには人の移動を止めさせることだ。

やっと、日本医師会も東京都医師会も、政府の諮問機関のような”分科会”の尾身会長もGO TOの中止を迫る。

国家はそれを是としない。規模を縮小して期間を延長して”愚策”を強行する。

 

 

旅館業を支援することにはなるだろう。観光地の商店も人の賑わいでいくらか売り上げ減の地獄から逃れられるだろう。

 

昔、諺で習った。「二兎を追うものは一兎も得ず」。

コロナ対策と経済とは同時並行には成り立たない政策だ。

 

国は、また補正予算を組めばいい。コロナに特化した予算。

医療機関の真摯な支援、経済対策ならその予算から支援金をだせばいい。

 

紙を読んで「人命第一」という言葉からは何もつたわらない。

 

バカバカしいことを書く。病院はひっ迫しているのに、贈収賄の恐れがある吉川元農相は「不整脈」と言って入院する。かつては「睡眠障害」と言って入院した安倍側近もいた。コロナ病棟とは違うが、大病院が「避難先」になって居る愚。入院する方もさせる病院側もだ。

 

紙芝居が得意な小池の姉御は5つの「小」を守れと言った。少人数で会食することを「小食」と言った。「孤食」の境遇にある人はいる。少人数で会食することを、それを我々は「少食」(しょうにん数の食事会)という。

 

「言葉を生でしゃべる能力が不足しているのが安倍さんと菅さん」。

ある識者がこんな表現をしていた。

菅にはさらに「コメントを控える」という逃げ口上が身についている。

 

自分の言葉でしゃべり、識見をのべるのが政治家の資格なのに。

 

2020年11月23日月曜日

斯くも長き不在にて

 

前回投稿したのが先月のはじめ。あれから2か月になんなんとしています。

 

先月の12日に歯科に行きました。治療が終わって椅子から降りようとしたとき、何がどうなったのかはわかりませんが、背中から転んでしまいその時は大した痛さもなく帰宅、ローテーションにしているリハビリの家での作業をやりました。

 

ところが翌日から腰回りに強烈な痛み。湿布や痛み止めで対処してきたが、痛みは止まず。ついに病院へ。

安静もかねて即入院。検査の結果は「圧迫骨折」だとか。

 

コロナ禍の入院は不便なること多々でありました。

家族の面会も禁止。ベッドの上に座り、テーブルを引き寄せ食事も不可能。

ベッドに座ることが痛くて出来ないから。

痛み止めの座薬を一日4回、飲み薬も4回。ただ寝ているだけの日々。

鎮痛剤はよく眠らせてくれる。

無為なる日々。

 

外国からの帰国者が2週間、“隔離生活”を強いられるというのは、こういうことかと思ってしまう。

 

入院中もテレビのニュースは見ていた。

あらためて思う。菅首相の無知・無能さを。

官邸に巣食う官僚どもの悪知恵を。

官邸に跋扈する「偉い人」に人々は違和感を覚えない。

日本の統治機構、社会システムは崩壊している・・・。

 

退院したが入院時と同じく「痛み止め」生活。ベッドに臥せる日々。

「からから亭」を書きたいが、パソコンの椅子に座っているのが辛い。

 

あげく、入院時に骨密度検査をした。59%。常人の半分以下。

骨粗しょう症への恐怖。

一週間に一錠、骨粗しょう症の薬も飲んでいる。

 

GO TO キャンペーンを巡るごたごたの日々。

 

この国には「政治」は存在しない。あるのは形骸化した統治機構の慣れの果て。

責任のなすりあい。

政治が為すべきことを「専門家」の意向を聞いてと来る。多少の医学者としての良心がある、分科会はGO TOの中止を申し入れる。すると、各地方自治体の判断に任せるとくる。

小池は責任は国にあると切り返す。

 

蛇と女狐の争い。女狐は幼稚園の先生になっての紙芝居。無理やりの「語呂合わせ」。♪七つの子♪という童謡は知っているが・・・。

菅はマスクをつけての食事のマナー教室。厚労大臣はフェイスシールドを上げたり下げたりの食事教室。

政治家はいつからマナー教室の先生になったのだ。

毎日3食ホテルで秘書官を突き合わせての菅。

「私もこれからマスクつけて食事します」ときたもんだ。

 

国民はそんなバカバカしい政治に慣らされて行く。“お得感”という自己愛に支配されて。

 

痛くなってきたのでこれまでとします。

 

体調はすこぶる不良なれど生きています。

とりあえずの安否情報とします。今後ともお忘れなく。()

2020年10月3日土曜日

歪んだ政権、歪んだメディア

 

安倍が退陣してからもう一月以上になる。

菅政権の存在意義がわからない。

 

安倍退陣劇には“真相”が全く分からない。病気を理由にした退陣だが、今はすっかりお元気であらせられる。

有能な薬師(くすし)が不老長寿の薬を調合したかのようだ。

 

フランス料理を楽しみ、ワインまでも口にすると報道があった。

ならば辞める必要は無かったのでは、と思いたくなる。

古巣の派閥に復帰し、一議員として活動すると言ったそうな。

 

自民党の派閥とは摩訶不思議な存在だ。時運の赴くところ「派閥解消」を内外に宣言した時代があったものの、“政局騒ぎ”になると突然のように復活する。

 

菅は「無派閥」を旗印に首相の地位を手にした。

辺見庸は菅を早くから特高の匂いがする男と喝破していた。
権力をかさに着た官僚やメディアに対する官房長官時代の菅のこれまでの政治的暴力は安倍の無知性・凡愚な暴力の陰に隠れてあまり真正面から問題視されることはなかった。が、その特高まがいの陰湿な政治的暴力は早くもその本領を露わにした。

いま菅が行っていることは、安倍政権の延長にとどまらず、「自身が内包している」陰湿さが、権力を傘に、「暗い、いやな時代を呼び込もうとしているかのようだ。

官房長官として、彼の顔をずいぶん見てきた。

そこから感じたのは暗い影のあるまことに陰鬱で危険な男という印象。

菅は安倍が「憑依」した政治家かもしれない。そして、安倍退陣に当たっての「密約」があったと察する。

安倍内閣時の“不祥事”の後始末をすること。

 

すでに「桜を観る会」は“廃止”にした。無くせばチャラよという具合。

モリ・カケをどうするか。五月蠅いマスコミを黙らせるため、補佐官に共同通信の柿崎某を起用した。そして、内閣記者会のメンバーとの定例食事会。

柿崎は安倍批判でテレビで名を売った奴。

カネで転んだのか。

政治家とマスコミとは同じ穴のムジナ的なところがある。

佐藤栄作は大津さんという長年仕えた人の代わりにサンケイから楠田実氏を据えた。

三木武夫は読売の中村氏を起用した。

菅直人はTBSの下村健一を起用した。

ざっと上げただけでもこんな“人脈”

 

国会も開かず、国会演説もないまま、メディアは世論調査を書く。

60%以上の支持率・・・。

かなり「盛られた」立志伝物語。集団就職という言葉を知っている世代には響く。だけどそれは違っているが支持されているその物語。。

何かの手ずるで小此木彦三郎の事務所へ。それを足掛かりに国政へ。

今度、機会あれば「ハチ」に聞いてみよう。八とは彦三郎さんの息子。

「令和おじさん」として名を馳せ、パンケーキを好む。安里被告と舌鼓を打っていた写真はバカバカしかった。

 

働く内閣と彼は言う。ならばこれまでの内閣は働かない内閣だったのか。

縦割り行政を排すという。7年余りの官房長官時代にそれは出来たはず。

デジタル庁と言う。わざわざつくべき組織なのか。

 

歪んだ構図である。

すり寄ってくる記者を可愛がる。これが一番の問題。

嫌なメディアの言うことを聞く度量が求められるのに。

メディアだけではない。学術会議の人選にも口を出す。

政権批判してきた学者は排除する。これを陰湿と言わずに何というか。

 

木枯しの季節だ。

紋次郎のセリフが生きてくるのか。追及に対して。

「あっしには関わりのないことでござんす」。

何事もそうされるのかも。

  

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...