2016年12月31日土曜日

年の終わりと年の始まり

「大晦日、定め無き世の定めかな」。

井原西鶴の残した句です。諦念をも含んだようなこの句に惹かれるのです。

あと数時間で2016年が終わります。
終わると同時に2017年が始まるのです。

2016年、何があったか。いろいろなことがありました。おかしな日本語ですが「ありすぎました」。

どうもこの国の政治は「退化」への道を歩んできたようです。
政治家の発する「ことば」は、まったく意味を失い、なんらの価値すら見られませんでした。

世の中は、暴力的になり、格差は増大し、憎悪や排斥、差別がいたるところで散見されました。

ご承知のとおりです。

いささかの願いも込めて「寛容」という言葉も使われましたが、世の中から寛容と言う気持ちは失われる一方だったという気もします。

2017年、年が改まっても、何かが劇的に変わることはなさそうです。

2017年の干支は「丁酉」。ひのととり。上が下を剋するという相があるそうです。

政治が国民をより支配したがるという傾向もあるそうです。

そんな予感は確実に、現実になりそうです。

私事を言えば、とにかく病院とのお付き合いが多い年でした。前年からの連続ですが。
2017年も、どうやら病院とのお付き合いは続きます。

丁酉(ていゆう)という干支には、頭が働いても体がついていかない年だという謂れもあるそうです。

この干支占い、妙に的を射ているような気がします。

いや、頭も働かなくなっていくような予感すらあるのです。

年金暮らしの後期高齢者、日常生活の悩みも時折頭をもたげてきます。

まさに「定め無き世の定め」なのでしょう。

“きのう また かくてありけり
 きょうも また かくてありなん
この命なにをあくせく明日をのみ おもいわずらう・・・“

藤村の詩が沁みるのです。

2016年12月28日水曜日

「ライター」が作ったものなのであり・・・

安倍とオバマがそろってハワイでスピーチした。
ともに「平和を希求する」という思想のもとで。

双方ともに「美しい言葉」がちりばめられた、“感動的”でもあるスピーチだった。

彼らは「読み上げた」。書いたのはそれぞれが“抱える”スピーチライターだ。
彼らの「実語」ではない。

彼らの言葉に酔っている人たちがいるとすれば、それはライターの文章に酔っているのだ。

歌手のスマップが引退した。
スマップの歌に感動を貰い、励まされたと言う人はそれこそ星の数ほどいる。

でも、彼らの歌は、彼らは歌い手(上手いかどうかはともかく)であり、詩を書いた人は別人だ。

世界に一つだけの花・・・は槙原敬之だし、夜空ノムコウはスガシカオの作詞だ。
その詩が彼らのために、彼らの物として書かれたのであったとしてもだ。

ハワイのスピーチをテレビを通して見聞きし、そこにあった言葉の数々に「感想」を持った人も、それは「ライター」の文章に、ライターが彼らのために、彼らの言葉として書いたものに、ある人は感動し、ある人は批判しているに過ぎない。

安倍のスピーチを聞いていて、まず浮かんだのは「沖縄」だ。
“”この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、すべての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜の民の魂に・・・“。まずは沖縄に向けて語られる言葉ではないか。

沖縄の米軍基地。それがあることゆえのこの国の終わらぬ戦後。なぜ、沖縄で語らぬのか。なぜ沖縄を語らぬのか。

”戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない“。
しかし、実態はこの国は再び戦争の惨禍をつくりだそうとしてはいないか。

“戦い合った敵であっても、敬意を表する。憎しみ合った敵であっても、理解しようとする。
そこにあるのは、アメリカ国民の、寛容の心です”。

年末恒例のベートーベンの第九。その端緒を開いたのは坂東俘虜収容所の松江豊寿所長だ。薩長によって朝敵とされた会津藩士、斗南藩で辛酸をなめた父を持つ人。
松江豊寿は「寛容の心」をもってドイツ人捕虜に接したのだ。
第九の演奏を許したのだ。


“”戦争が終わり、日本が、見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました。
皆さんが送ってくれたセーターで、ミルクで、日本人は、未来へと、命をつなぐことができました“。

終戦直後のあの飢餓と貧困。それを救ってくれたのは進駐軍ではない。セーターももらった覚えは無い。

毎日、サツマイモを食べさせられていた。セーターは親や祖母の物を編み直したものだった。それは戦後しばらくしてからだ。

進駐軍の物で、「命をつないだ」記憶はさなきだに無い。

米兵がやったことは単に「関心をかう」という行為であり、アメリカの国策とはにわかに承服しがたい。

脱脂粉乳のミルクはたしかに給食にでた。DDTを頭から撒かれた・・・。


ハワイにいる安倍の念頭には、あの戦争で犠牲になった日本人のことは無いのかもしれない。

“寛容のこころがもたらした和解の力”というくだりもあった。
なぜ、沖縄に寛容の心をもって接し、沖縄県民と和解の努力をしないのか。

そう、僕は極東の小さな島国の、島国根性の抜けない一人なのかもしれない。
「日米同盟」というおざなりの、おもねるような言辞にはいつも不快感を覚える。

でも、待てよ。これらの言葉は「スピーチライター」がまさに“おもねる”ことを意識して書いた文章なのだ。と思えばいい。
安倍は単にそれを読んだに過ぎないのだ。と、思えばいい。

「ゴーストライター」、いっとき流行った言葉だ。ゴーストには“幽霊”という意味もある。

2016年12月20日火曜日

嗤説「平成の決闘巌流島」

先般の安倍・プーチン会談なるもの。プーチンが“遅刻する”との報道を聞き、咄嗟に思い浮かんだのが、あの歴史小説にある武蔵と小次郎の巌流島の決闘のも・の・が・た・り。

決戦に遅れた、いや、わざと遅れた、心理戦に持ち込んだ武蔵。おお、プーチンがだぶる。
じりじりしながら集中力を切らさないようにしていた小次郎。おお、安倍が重なる。

場所は山側と海岸とは違うものの、同じ山口県。

ま、この時点で「会談」の結果は見えていたようなものだ。
勝敗に例えれば、プーチンの勝ち、安倍の負け。
会談実現が報じられた頃は、北方領土返還にいささか糸口が付くのではないかと言う期待感もあったにはあったが、だんだんそれもトーンダウン。

試合の結果は、検分役の見込み違いもあっただろうが、背負い投げ一本を取られた格好なり。

日本の武道が趣味だというプーチン。厳流島の故事も知っていたのかも。

プーチンが遅れた理由は「シリア問題に対処していたため」と外務省から説明があった。
アサド政権側に加担し、“無差別爆撃”で、子供までもが巻き込まれるシリア、アレッポ。

“人道的見地”から南スーダンに“派兵した安倍政権。

「シリアの内乱回避」「シリア和平に日本が貢献できることは」「難民保護は」。
“シリア”が遅刻したことの理由なら、そう切り返すくらいの度量と見識を持つべきなのに。

今をさかのぼること40年ほど前、田中・ブレジネフ会談というのがあった。
ソ連の招待による日ソ首脳会談。
会談を終えた田中の顔は紅潮していた。北方領土をめぐり「のらりくらり」の言辞を弄するブレジネフの対して、テーブルを叩いて、まさに膝詰談判をしたという。
「俺が何のために来たのかわかっているのか」と詰め寄ったという。
ブレジネフが降りた。

特別機がまさに飛び立つ数時間前に出された共同声明。そこには「日ソ両国には戦後未解決の問題がある」と明記されていた。未解決の問題とは北方領土。

この声明は”たなざらし“にされてしまったようだが。

何故、今、田中角栄か。角栄本が売れている理由の一つには、こんなこともあるのかもしれない。

角栄は「今太閤」と呼ばれたものの、栄華は続かなかったが・・・。


武蔵の書いた兵法書「五輪の書」。読み解くのは難解だ。
その中で、「何れの道においても人にまけざる所をしりて、身をたすけ、名をたすくる所、是兵法の道なり」と書いている。これとても難解だが。


外交交渉には、首脳会談には、おおむね「おみやげ」がつきものだ。物ではない。“得点”になる内容だ。

プーチンは土産を持参しなかった。領土の領の字も持ってこなかった。
安倍は「経済協力」と言う名のお土産を持たして帰した。

ロシアに北方領土を返還する意志はない。北朝鮮は拉致被害者を返す気はない。
なのに、わかりきっているのに安倍の襟にはいつもあのお飾りとしてのブルーリボンバッチ。

そして、ロシア再訪の機も伺っているとも聞く。

この人、いったい何をしたいのだろう。自分が目立っていたいだけか。
どこかには平成の五輪の書、兵法本があるはずだが。

「五輪」とはオリンピックということに如かず、なのかも。

この御仁といつまでお付き合いしなければならないのか。

2016年12月13日火曜日

歳の瀬に想うこと


歳月人を待たず・・・なんてことを言われるが、歳の瀬は、年末の日々は足早に過ぎて行くようだ。
その速さの中で、何を心にとどめておくか、それが問題なのだとも思う。

12月、あの8日があり、11日も当然あった。
真珠湾攻撃、奇襲。1941年12月8日(日本時間)。
「大本営発表、我が帝国陸海軍は米英と戦闘状態に入れり」。

宣戦布告と戦闘状態との時間差は・・・。奇襲攻撃といわれる所以。

日米開戦を阻止しようとした日本人、朝河貫一を思い、寺崎英成を思う。

僕は「あの時」すでにこの世に生を受けていた。

今、12月8日は何の日だ、と問われて真珠湾攻撃があった日。開戦の日だと即答できる人は少なくなった。
「忘れてはならない日」を無意識に「忘れている」ということ。

11日、ある集まりに出向いた。「一言挨拶を」と言われ、「今日は何の日ですか」と会場の人に問いかけてみた。
無言だった。

あれから5年9ヶ月ですよと言う。やっとそこで納得したような、はっとしたような声が会場を支配した。

瞬時にして多くの死者を出した日。
僕の知り合いはその「死者」の中には含まれてはいない。
しかし、そこに数の問題では無く、多くの死者がいたということを忘れてはいない。

死者の問題だけではない。福島にあった出来事。
「変わる」と言って「変わらない」ことを選択した「我らがニッポン」。

人は2度死ぬという。
命が断たれた時が一回目の死。そして忘れられた時が2度目の死。

日本は死ぬべきなのか、死なざるべきなのか。

歳末の慌ただしさは、人から「考える時間」をも奪うのだろうか。

考える、ということを考えましたか。むのたけじの言葉が胸に刺さる。

先頃来日したウクライナのノーベル文学賞受賞作家、スベトラーナ・アレクシェービッチはこんな事を言い残して行った。

「私が福島で目にしたのは、日本社会に“抵抗”がないということです。
人々が団結して国に対して、自分たちの悲劇を尊敬すべきだという形での”抵抗“が日本の社会にはない。”抵抗の文化“がないのです。

この言葉の持つ意味を考えている。

そして、「時代を追うこと、それは人間を追うことです」と言った作家としての言葉も。

幾つかの言葉を携えてこれから「塾」に向かう。
「言葉を友達に持とう」という寺山修司をも懐かしみながら。

歳の瀬に想うこと。何本か書いてみるつもりだ。

2016年12月4日日曜日

「壊れる」ということ

投稿すっかりご無沙汰でした。
なぜか。サーバーが壊れた、サーバーというよりドメイン会社が不具合を起こした、それに気づかなかった。ということのようです。

ようやく“復活”。気をとりなおしてそこはかとなく書いていきます。

今回の“事故”であらためて痛感したこと。それは「機械は壊れる」という自明の理。
いつの頃からか、ネットがパソコンが世の中を「支配」するようになってから、それに依存しているか、いないかはともかく、その「機械」のお世話になってきた。

「機械」を操る力量は僕には無い。壊れたらお手上げなのだ。
そのことだけが気になり、ストレスが溜まる。
他人任せで直るのをひたすら待つのみなのだ。

皮肉ぽく言えば、壊れるということは経済成長を、経済活動を支えているということかもしれない。

それこそパソコンも数年が寿命だと言われている。スマホ・携帯だって2~3年で電池消耗、買い替えを余儀なくされる。

家電製品だって、音響製品だって、いや、車だって「壊れる」ことを前提に作られているような。

日本語が壊れていく。
「新語・流行語大賞」なるものがその一つの例だ。

言葉が壊れていくと言うことは・・・。

寺山修司が言っていた。
「言葉を友達に持ちたい」と。
「確かに言葉の肩を叩くことは出来ない、言葉と握手することも出来ない。
 だが、言葉には言いようのない旧友の懐かしさがあるものだ」とも。
言葉が壊れる。言葉が劣化する。
だから人の心も劣化する。
そして、政治は劣化を加速させている。

政治の中の言葉の劣化も甚だしい。

劣化を止める手立てはありやなしや。

経年劣化という言葉がある。
全てのことに当てはまるのかもしれない。

原発事故だってその一因に劣化なる事象があったのではないか。いや、あったはず。
政治の劣化はついに「賭博」行為にまで及んでいる。

総合リゾートなる美名に隠れたバクチを国家が容認するということ。

誰が国の“運営”する「バクチ」に手を出すのか。
他国の富裕層か。国内の富裕層か。
貧乏人には無縁の観光立地政策だ。

バクチで儲けた人はいない。胴元が儲けるようにあらゆる仕組みが出来ている。

儲かった胴元は、それを「国富」に充てるのか。カジノが日本の経済に寄与出来るのか。
「経済効果」という幻の”言葉“だけが残るような気がする。
儲けはタックスヘイブン地域に密かに隠されるのが関の山だ。

国の劣化に“付き合う”きはないが、人間誰しも年を取ると、そこには「劣化」が待っている。
身体が「壊れていく」感覚をひしひしと覚える。

なんか「ひとくくり」にしたような愚痴三昧なのでありました。