中学生の時、英語の授業で習った英文がある。
「リバティー オア デス」。自由をさもなくんば死を。
As for me, give me liberty or give me death
“余には願わくは自由を与えたまえ, かなわずば死を選ばん”。
アメリカの独立戦争時、バージニア州の弁護士パトリック・ヘンリーが州議会で行った演説だ。
「自由と権利を失いたくないのならば、それを守るために戦わねばならぬ。
諸君は平和、平和と叫ぶかもしれないが、それはもうここにはないのだ。戦争は、既に始まっているのだ。
誰がどの道を選択するかなど、私の知るところではない。しかし私はこの道を選ぼう。おお、神よ、我に自由を、しからずんば死を与えん」。
この時から、その文章に感化されてか、「自由」ということを再三考えるようになった。
東京、永田町。国会議事堂に並んで憲政記念館があり、その隣に国立国会図書館がある。さまざまな書籍刊行物が所蔵されている。
その図書館の2階ロビーに初代館長だった金森徳次郎が揮毫した額がある。
「真理が我らを自由にする」という言葉だ。
金森徳次郎は大蔵官僚から内閣法制局長官を勤め、国会議員となり国務大臣も歴任した。
図書館が完成した昭和28年、初代の館長に就任した。
国立国会図書館法という法律の前文にはこう書かれている。設立の理念が。
「真理が我々を自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和にとに寄与することを使命として、ここに設立される」。
今、永田町に生息する国会議員で、この図書館に出向いて、何かを学ぼうとした人がいるだろうか。
皆無であろう。その存在すら知らない人もいるように思えてならない。
真理とは何か。難しい命題だ。
広辞苑には「本当のこと、まことの道理」と平易に記述されている。
真理を探究するのは学問の場だ。
国会とは政治の真理を議論、追求し、真の政治を実践する場だ。
およそ今の国会で交わされている間違いだらけの言葉の応酬。
レッテル貼りだの印象操作だのの「安倍語」による決めつけ。
今の政治家には「真理」なるものは存在しない。
同音異議語で真理を心理に置き換えると安倍政治はわかりやすい。
彼を語るに政治学者をもってしては語り得ない。
心理学者をもって語らせれば「サイコパス」という解説・分析が当てはまる。
“嘘を平気でつく。しかし、それを嘘だとは思はない”という心理分析。
独裁が民主主義だと思いこんでいるサイコパス。
国民の自由を限りなく剥奪することもいとわない人。
真理を探究し、実践した過去の政治家を何人か知っている。
首相に対して諫言し、身を挺して時の首相の政治判断を変えさせた男を。
金森が揮毫した文言は聖書のヨハネの福音書から引用したとも言われる。
「真理はあなた方を自由にする」。
キリストの言葉だ。
ヨハネはこうも言っている。
「イエスのなさったことはたくさんある。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう」と。
だから金森はそのイエスの言葉をもってして収用出来ない言葉や知識があることを「図書館」の理念としたのだろう。
真理と自由。今の安倍政治には全くふさわしくない言葉だと。
ま、無知、無教養な男にはそれを求めてもなんの意味も無いのだが。
しかし、それはある意味、歴史の”冒涜“であるとも思えてきて・・・。
2017年6月4日日曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
男の「矜持」
「矜持」とは、「自信と誇り」「自信や誇りを持って、堂々と振る舞うこと」という意味だ。 アフガニスタンの支援活動に心血を注いでいた医師の中村哲氏が襲撃されて亡くなった。 往時、登山隊の医師としてアフガニスタンとパキスタンの国境に赴いた際、治療を懇願する貧しい人々を助けられな...

-
1945年6月6日。沖縄根拠地隊司令官の太田實中将は本土の海軍次官に宛て打電した。 “本職の知れる範囲に於いては、県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ、残る老幼婦女子のみが、相次ぐ砲爆撃に家屋と財産の全部を焼却せられ、僅かに身を以って軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、...
-
東日本大震災から8年だ。毎年考えて来たのが「復興」という言葉、その事象。 未だもって、「復興」を言う言葉には“わだかまり”があり、自分の中で“消化”されていない。納得できる“回答”を持っていないのだ。 今も「3・11」は続いている・・・。 勤労統計の“偽装”は、この国の根...
-
暦を一枚めくり時代の呼称は「平成」から「令和」に変わった。 形としてはっきり見えるのは天皇が変わったということだけだ。 時代は一日にして変わることはない。 平成の時代にあった事はそのまま令和に受け継がれていく。平成の時代に起きた最大の国難「原子力発電所」の爆発、メルトダウ...

0 件のコメント:
コメントを投稿