とにかく我々に「共謀罪」という法律が適用されることになった。
それがどんな形で、どんな場合に適用されるのか。
全く五里霧中だし、その法律を知っている、理解している「一般人」はどれくらいいるのだろうか。
安倍政権は野党を舐めきっているし、国民をも舐めきっている。
「なめたらあかんぞよ」と任侠映画のセリフを吐いてみる。
単なる腹いせに過ぎないが。
「中間報告」という手法。それは違法ではない。国会法にもある。
“国会対策”というあの独特の世界ではあの手この手の手法が考え出される。
参議院手帳には憲法も国会法も、衆議院規則も参議院も記載されている。
さらには「先例集」という”虎の巻“みたいなものもある。
それらに熟知していれば安倍自民が、国会運営のいわば“奇策”に出ることも野党にとって想像の範囲であるべきだった。
手練手管を要する国会対策においては「有り得る」ことだったのだ。
それを自民から通告されて慌てた野党には国会対策のプロがいない。
あの奇策を思いついたのは、想像するに自民の国対の職員のはずだ。
“知恵”を出したのだ。
しかしそれは例えば野党が「寝て」しまいにっちもさっちもいかなくなった時に使われる奇策なのだ。
「国会は男を女に変える以外は何でもできる」。
「数の力、数の力」と言う。絶対多数を自公が持っているからだという。
ならば野党だって少数は少数なりの“知恵”の出し方だってあったのではないか。
国会は議論の場であるべきは当然だが、そこに議論を存在させない安倍政権。
数の力で押し切ると言うのはまさに「暴力」以外の何ものでもないが。
昔あった映画を思い出していた。
「11人の怒れる男」という映画。
殺人罪で有罪がほぼ確定していた17歳の少年。その裁判での陪審員の議論の物語。
12人の陪審員のうち11人は有罪派だった。11対1だった。
一人ヘンリーフォンダが演じる陪審員が、有罪に疑念を持ち、それこそ徹夜の会議を続けて、一人一人を議論と説得で考えを変えさせ、なんと気が付いたら1対11にし、最後は全員が無罪の意見に集約された。そんな映画。
この映画を模したような「国権の最高機関」のなかでの議論は出来ないのだろうか。
もちろん答えは「ノー」だ。
日本には制度としての見せかけの「民主主義」はあっても真の、真理としての民主主義は存在しないのだ。
今にはじまったことではないが。
世論調査を見ると「なんとなく安倍」「他に適任者がいないから安倍」という層が多い。
安倍に代わり得るような人がいればその層はひっくりかえるかもしれない。
人材の輩出、安倍に代わり得る人物。
いない。とうことは承知の上だが。
安倍が乱暴なことをするなら野党も乱暴をすればいい。
まだ会期はある。
野党全員が「議員辞職」をするということだ。
それは「国民の負託」に背くという議論も出てこよう。
でも「暴」をもって「暴」に対処するってこともありなんじゃないか。
「こんな国会やってられないよ」
既成政党は飽きられている。新たな政権の受け皿つくりに、そんな奇策だってありなんじゃないのか。という「一般人」の“暴論”だ。
メディアはこぞって意味をなさない表現をする。
「攻防」という常套語。
どっちが攻で、どっちが防なのだ。
メディアは単なる傍観者でいいのか。
「安倍1強」をもたらしたのは選挙民、国民だと決まり文句のようにメディアは言う。
今の選挙制度のもとで国民にどれだけの選択肢があるのか。
メディアは”忘れる“ことを忘れて、継続してこの政治の有り様を伝え、報じ、論ずるべきだ。
一連の流れと言ってもいいが、「加計問題」での“再調査”結果。文科大臣も官房長官も“偽証罪”にしてもいいのじゃないかな。
さんざんしらを切っていて。
これもどこか共謀罪の先行きを暗示しているようにみえるのだが。
2017年6月15日木曜日
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