2017年6月24日土曜日

「忠恕」という言葉

天皇陛下の座右の銘は「忠恕」という論語の中にある言葉だそうだ。
忠恕とは「自分の良心に忠実であり、他人に対して思いやりが深い」ことを指す。「仁」という言葉のもとでもある。

3・11後両陛下が被災地を再三訪れ、励ましの言葉をかけたのも、忠恕の精神を実践されたということではないか。熊本を訪れたこともそうだ。

そして何よりも数度にわたり沖縄を訪問され、戦没者の霊に頭を垂れられたのもその言葉によるものでは無いかと思っている。

皇太子時代も摩文仁の丘を訪問されている。
その時のことを詠ったのがこんな句であるという。

摩文仁 昭和五十年
ふさかいゆる木草めぐる戦跡くり返し返し思ひかけて

 生い茂る木や草の間の戦跡をめぐり、戦争のことを繰り返し繰り返し思った。おういう意味なのだろう。

昨日は沖縄慰霊の日だった。その前夜には琉球のしきたりにならって“前夜祭”がある。島民は唄い、踊る。
そこで唄われるのがこの陛下の皇太子時代に詠んだ句、それを島民は、天皇陛下の「琉歌」と呼ぶ。

今でも昔作られた「ざわわざわわ」ではじまる「さとうきび畑」という歌が多くの歌手によって歌い継がれている。
作者の寺島尚彦さんが50年前に作った曲。

摩文仁の丘に続くサトウキビ畑を案内された時、地元の人の言葉に衝撃を受けたという。
「この土の中には戦没者の遺骨が埋もれたままなんです」。

畑を吹き抜ける風の音に戦没者たちの嗚咽(おえつ)と怒号が聞こえたという。

音楽家としてそれを書かねばならないと決意したという。

反戦歌ではない、鎮魂歌として。

「サトウキビ畑を逃げ惑い、茎をかじって生き延びた一人一人の魂の記憶に訴えかける。歌い続けることが不戦の誓いになる」。島民の人はそう言っているという。

天皇陛下の中には「言葉が生きている」。

昨日の式典には安倍首相も参列した。翁長知事との間には、知り得る限り同胞と言う雰囲気は全く感じ取れなかった。

空港での見送り含め、二人は果たして言葉を交わしたのだろうか。官房長官は相変わらず”敵意“をむき出しだ。対立を煽っている。あたかもそれが敵国であるかの如く。

数日前の記者会見で、安倍は「信なくば立たず」という言葉を使った。
論語にある言葉である。

政治は国民大衆の信頼なくして成り立つものではないと言う意味だ。
「民無信不立」。 安倍がそれを座右の銘としているとは思えない。

格好つけの言葉に聞こえた。付け焼刃の。

口さがない友人が言った。
「晋なくば立たず」だよ、と。「俺がいないとこの国は成り立たないと言っているんじゃないか」と。

今の自民党の政治家のなかの、あまりにも酷い暴言、失言、全くの無知性。

政治は言葉から乱れ、腐敗していく。

ふと思う。政治家への登竜門とも言われた「松下政経塾」は、今、どうなっているのだろうと。
そこから輩出されたまともな政治家がいるのかどうか、不明にして未だ知らない。

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