2009年1月29日木曜日

悪化

悪化。悪くなることです。


財務省は「景気は悪化している」と経済情勢報告で発表しました。まれに見る出来事。なかなか政府は「悪化」という表現は認めてこなかったんですが。どうもにっちもさっちも行かなくなっているんでしょう。


病状が悪化。そんなことを医者に言われたら、それこそ重体。医者は回復に向けて全力で治療をするのでしょうが、景気とやらは治療の方法さえ見つからない模様。もっと悪くなったらなんていう表現をするのでしょうか。


今日の新聞を見ても「悪化」のニュースばかりです。パナソニックが今年度1,000億円の赤字。ソニーや東芝はすでに営業赤字を発表。唯一の勝組だったパナソニックまで。証券会社も軒並み。野村が五千億円弱の赤字。前年は860億円の黒字だったのに。


車も売り上げが20%減、百貨店も軒並み減。売り上げをコンビニに抜かれる。


そして失業者が増大している。雇用情勢悪化。悪化。年度内に製造業では40万人の失業者が。他の業種を合わせるととんでもない数の失業者が出るとか。欧米では一日で7万人の失業者を出しているとか。


「虚業」は破綻するのはわかるけど「実業」の世界が崩壊しかかっているようです。


政府や自治体が打ち出す雇用創出。もはや焼け石に水かもしれません。悪化のスパイラルに落ち込んでしまっているようです。抜け出せない・・・。


マスコミ不況とも言われます。マスコミ業界の収益は、ま、これもひどいもんですが、マスコミが伝える不況、景気悪化、雇用悪化の話題、話題・・・。これがネガティブ情報として伝播され、消費活動を萎縮させているとも。


これで銀行に公的資金注入なんて話題が広まったらその心理的影響ははかりしれないものになるかも。


風邪を悪化させている人もおおいようです。一日の寒暖の差が激しすぎるせいか。


「悪化」という二文字が世界を覆い尽くしている・・・。「景気悪い、悪い、どうにもならない」。身近でもそんな声ばかり聞く昨今。世界中が病巣に冒されている。「医者」が見つからないのだから、自己治癒しかない・・・。金は使わない・・・・。嗚呼。



2009年1月28日水曜日

時代遅れの男・・・

テレビで河島英五が歌っていました。ピアノの弾き語り。「時代おくれ」。サラリーマンに成り立ての頃、新宿のゴールデン街のスナックでよく流れていた歌・・・。久しぶりに耳にしたこの歌。あの頃は聞き流していたのに、なぜか染みいるものがあるんです。作詞は阿久 悠。彼の詩は憎らしいくらい上手い・・・。


♪一日二杯の酒を飲み 肴は特にこだわらず マイクが来たなら微笑んで 十八番(おはこ)を一つ歌うだけ 妻には涙を見せないで 子供に愚痴を聞かせずに 男の嘆きはほろ酔いで 酒場の隅に置いて行く  目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心をみつめつづける 時代遅れの男になりたい♪


♪不器用だけどしらけずに 純粋だけど 野暮じゃなく 上手にお酒を飲みながら 一年一度酔っぱらう  昔の友にはやさしくて 変わらぬ友と信じ込み あれこれ仕事もあるくせに 自分のことは後にする 妬まぬように 焦らぬように 飾った世界に流されず 好きな誰かを思い続ける 時代遅れの男になりたい♪


すっかり忘れていましたが、1960年代、この歌を聞きながら、"そんな男"に憧れを抱いていたようでした。男の嘆きを隅に置いていかれた酒場のママさんはどうそれを処理すればいいんだい?ゴミとしても出せないぞ。なんて与太飛ばしながら・・・・。


you tubeであらためて聴く河島英五。阿久悠節。


倉本聡のドラマのワンシーンが浮かんでくるようでもあり、宮沢賢治の世界に引き込まれるようでもあり・・・。そう、彼らの世界にはいつも時代遅れの男達が登場していた・・・・。時代遅れの男になりたいーーーそういうものにワタシはなりたい・・・。


阿久悠は「歌は時代を語り続けた」と言っています。男の"美学"を歌に託しました。ちょうどトレンドなる言葉が登場し、誰もが皆流行っていうものを追いかけた、追いかけようとしていた時代。そんな時代へのアンチテーゼのような歌・・・。


歌詞の何処かに自分が重なります。そして思います。時代遅れの男になりたいではなく、時代遅れの男になったーーーと。


今朝、どの服を着ようかと迷いました。結局取り出したのが、昔の服。今のようにスリムな仕立ててでなく、タックがついたダブダブ系。時代遅れの服・・・(爆)。


飾った世界、虚飾の世界に、今の時代に生きる人は流されています。流され過ぎです。IT革命、先端技術の進歩が飾った世界を加速させた・・・・。それにあらがって生きていくのは難しい・・・・。だけど、皆、阿久悠的"美学"には憧れているのでは・・・・。


今夜は時代遅れのような男と酒を飲む予定です。もちろん二杯では済むはずも無く(笑)。もし彼と歌うはめになったらこの歌一曲だけを口ずさんでみようかと。そして自分自身へつぶやいてみます。「時代遅れの男になりたい」と・・・・。                 



2009年1月27日火曜日

ペテン師

恒例の飲み会。紫酔会。今月も皆集って楽しくワイワイ。この会、毎回なんか話題が生まれる会。今回は誰が言い出したか「ペテン師」。話の前後の脈絡は覚えていないのですが・・・。誰かが誰かをペテン師と言ったことからかも。もしかしたら亭主の事だったかも。(爆)。


きまじめ弁護士クン。早速出ました。質問。「ペテン師って犯罪に問われるのかどうか。法律にはペテンって言葉無いし、語源は何なんでしょうね・・・」。


ペテンって言葉の語源はどうも中国語のようです。peng-tzuとかbengziとか書くらしい。意味は。そう詐欺です。詐欺師が何でペテン師って言われるのか。どうも日本語にすると微妙なニュアンスの差があるようで。


「おれおれ詐欺」って犯罪はあるけど「おれおれペテン」とは言わない。詐欺は犯罪で捕まるけど、ペテンに掛けた、人を騙したってことじゃなかなか捕まらない。そんな感じ・・・。


誰かが面白い例を言いました。結婚詐欺ってのは結婚しないで金巻き上げるけど結婚した後、この人に騙されたって思うのはペテンに掛けられたってことじゃない?ーーーって。


詐欺師は憎むべき犯罪者。ペテン師は時として憎めない場合もある・・・・。


明治時代に流行った言葉らしいんですが、当時の流行の舶来かぶれの一つなんでしょうかね。


最近、時々、日常使っている言葉の"語源"がやたら気になる時がある(笑)。知っているのもあれば知らない物も多い。


シカトするーーー。シカト。花札が語源。十月は鹿。その鹿は横を向いている。だからソッポを向くことをシカトするって言う。これは昔警察官に教わりました(笑)。どうも警察の"隠語"だったらしい。


グレル。ぐれる。はまぐりをひっくり返すと「ぐりはま」。蛤をひっくり返すと裏表が合わなくなるってことから来たとか。これも"隠語"の類でしょうかね。


亭主もグレています(笑)。どこかペテンにかけているかもしれません(爆)。世の中ペテンだらけだし。語源を知りたくなるーーーそれは自分の源を知りたくなったってことかも(嗤笑)。



2009年1月25日日曜日

ネットで本を買うということ

ついつい便利なので本をネットで買ってしまいます。アマゾン。


今朝また本が届きました。直木賞受賞作。「利休にたずねよ」。"過剰包装"の包みをあけて新刊書の匂いを。手触りを。その瞬間が好きなのです。


利休に関してはけっこういろんな本を読んだつもりです。ちょっとだけ、ほんのちょっとお茶をかじったことと、利休にまつわる番組を昔作ったこともあり。資料も含めて、その生涯をちょこっと調べたことがあります。いくらいろんな本を読んでも、理解出来ないところが多い人物。作者がどう見るかによって正反対の人物像も生まれるし。まして、利休と秀吉の確執に及んでは・・・・。それはともかく・・・。


ゆっくり読むつもりです。もう一つの直木賞。「悼む人」ーーはすでに受賞前に発作的に(笑)購入しており。


で、読んだ先から内容を忘れて行く。この本は読んだという記憶だけは残るのですが、内容を反芻しようとするとダメ・・・。


パソコンで本が買える。便利な時代です。使っていますが、いつも????があるのです。本は本屋で買うもの。手にとって、パラパラ数枚めくって買うもの。これは面白そうだって感じて買うもの。そういう長年の習慣を破っている。一つには町に本屋さんが少なくなっているってこともあるんですが。


新聞の書評欄を見てつい買ってしまう。ネットで。こういう買い方は常に失敗を伴っており・・・。字が小さかった。ま、これはしょうがないとしても手にとってみていたら多分買わなかった。


書評にごまかされ、まどわされて買ってしまう。直近の例は藤原新也の「メメントモリ」。加筆されているという書評、紹介を真に受けて買ってみたのですが、昔の本と比べてみるとそんなに大差ない。装丁が変わっているだけといえば極論ですが。


買わなくてもよかった本でした。「語前語後」もそうでした。絵描きさんの世迷い事が並べられている感じ。これも本屋で買おうとしていたら買わなかった類・・・。


ことほど左様。通販、テレショップ然り。やはり手にとって現物見てから買わないと・・・。ツンドクにしてしまうと本にも申し訳ないし。ネット買いは"博打"に似ているかも。当たり外れありっていう意味では(爆)。


とりあえず「利休」は当たりのようでした。早く読みたい。読みたい本が手元にあるってのは楽しみなのであります。


面倒臭いと思わずに、やはり本は本屋で買うべきと思いながら。



2009年1月24日土曜日

現世はデジャヴ・・・

デジャヴ。辞書によると「既視感」「既視体験」とあります。フランス語。心理学用語。dejavu。一度も経験したことがないのに、かつて経験したことがあるように感ずることーーーと書かれています。また、過去に実際に体験したという確固たる感覚ーーーという意味もあるそうです。


昨日、友人の会社の新年会。出入り業者さんも交えての恒例の集まり。友人の社長が挨拶でこのデジャブを言い出しました。「我々は中小企業である。長年中小企業をやってきた。昨今の経済危機。まさにデジャヴ、既視感だと思っている。1974年以降、円高、狂乱物価、総需要抑制策などが次々と打ち出され、景気は急速に悪化した。仕事もなかった。だけどどうにかそれを乗り切ってきた。今、またそれが目の前にある。今はどうやって我々が持っている経営資源を生かすかが大事。大企業の今の経営者は、1975年当時の経営の厳しさをわかっていない。経験していない。我々には既視感がある。厳しいのは皆同じ、その中で何をやるかが問題だ。学者やアナリストに答えを求めない」。そんな事を熱く語っていました。


デジャヴ。心理学用語が経営に使われる。というよりも懐かしい言葉を聞いた気がしたのでありまして。昔、郡山にデジャブって名前のクラブがあった(笑)。若い頃聴いた歌の中に♪デジャブの香♪ってフレーズがあって、どんな香水だろうかって気になっていた(笑)。日頃耳のすることのない「コトバ」に久々接した気分で。


デジャヴという現象。なんと70%に人が体験してるということです。亭主にもあります。ある街に行った時、「ここ知っている、来たことある」って感じたことが。テレビでみる光景。「そこ知ってる」って思ったことが。どう考えても行っていないのですが。


光景だけでなく、人との出会いにもデジャヴ的なことがある。政治にもあるかも。いつか来た道ってことじゃないでしょうが、夢幻とは違うデジャヴ現象。歌の題名にも、歌詞にも最近、デジャヴって言葉が登場しているようです。♪恋はデジャヴ♪とか♪久しぶりにデジャヴ♪とか♪さよならデジャブ♪とか。


現世(うつしよ)はデジャブ・・・・なのかも。


 



2009年1月23日金曜日

間抜けなサンタさん(笑)

駅前広場。夜ともなるとイルミネーションが輝きます。なんで今頃でもイルミネーションか。年末、クリスマス時期はとうに終わっているのに。不思議な光景です。
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郡山駅前の夜の光景。トナカイさんが並んでいます。後ろは駅舎。裏に廻ってみます。噴水がある駅前広場。



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よく見てください。右端にはなんとソリに乗ったサンタクロース。隣はもちろんトナカイさん。全くのクリスマスバージョンのイルミネーションが堂々と駅前広場を埋め尽くしている・・・。


たまたま駅に用があって出かけて発見。驚きました。


年末、点灯された時は各マスコミも格好の話題として取り上げ、乗降客をはじめ寒いご時世、その灯りで少しは人のこころを温め、、目を楽しませてくれたのでしょうが・・・。12月25日でサンタさんはお役ご免。もうとっくにフィンランドに帰った筈と思いきや。居心地がいいのかどうか郡山駅前には滞在されているんです(爆)。


この駅前イルミネーション、市街地活性化の一環としてJC,青年会議所の面々が始めたものとか。その後経費の問題もあり商工会議所がバックアップ。暮れの風物詩とされていたのですが。


年が明けてもあのままってのはどうもいただけない。まさに間抜けって。ツリーだけならまだしもサンタとトナカイは・・・。


誰も気づいていないのでしょうか。予算が無いからほってあるんでしょうか。正月バージョン、新年バージョンに差し替えって出来ないんですかね。郡山市民としてはちょっと「恥」かも。まさか一年中このまま????。


街を歩いて見ると時々おかしな光景に出くわすもんですな



2009年1月22日木曜日

「変革」とは「原点回帰」


バラク・オバマの就任演説。「変革」、チェンジを訴えてきたオバマ。危機に瀕するアメリカが耐え抜いて来たのは国民が先人の理想に忠実で、独立宣言という建国時代の文書に忠実だったからだ。今もアメリカは危機の最中にいる。経済も疲弊している。それを乗り切るには一人一人の米国人が国や世界に対し責任があると認識することだ。今求められているのは新たな地代の責任だ」・・・・。


オバマのいう変革は極論すれば、見果てぬ夢を追う変革ではなく、建国の精神に戻る、それを想起するという原点回帰というのだと感じ取った次第です。


そう。人は原点を忘れている。政治だけでなく全てのところで。日本にだって良い言葉があるじゃないですか。「初心忘るべからず」って。世阿弥が言った。


論語にもあるじゃないですか。しかも為政編に。「温故知新」と。古きを温ねて新しきを知る 以て師となるべし。


どんな時代であっても、先人に学ぶことは多い。先人の智慧は計り知れない。そんな思いが去来しました。


アメリカ再生を訴えるオバマ。その言葉に聴いていた聴衆は、少なからず勇気と自信を取り戻し、かすかであっても希望を持つことができたのでは。


残念なことにニューヨークの株式市場はダウ平均を下げました。ご祝儀相場はなかったようです。でも、それも原点回帰かも。投機、投資マネーの"暗躍"で一喜一憂するのは、まさに現代人だけのアサハカさだと言わんばかりに。


もう少しだけ「学ぶ」ことをしてみようかと思いつつ・・・・。



“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...