2014年10月7日火曜日

かくも「暴力的」なることども

自然災害に「暴力的」と言う言葉を用いるにはいかがかとも思うが。やはり台風は大きな爪痕(常套句)を残していった。
田んぼはまだ水に浸かったままだ。
御嶽山の捜索。泥の中での決死の作業と聞く。
“暴力的”な溶岩流が襲ってくるかもしれない・・・。

「従軍慰安婦問題」にかかわった、元朝日新聞記者が勤める大学二つが激しく「攻撃」に晒されているという。

学校を爆破するとか、学生を痛めつけるとか。脅迫めいたメールが殺到だとか。

経済産業大臣のところには「刃物」が送り付けられるとか。

いずれも「面白がっているのか」「本気なのか」。まことに嫌な気分だ。

これがこの国の有り方だとは思いたくない。

政治の雰囲気と絡み合わせたくはないが、「安倍政治」によって、言論の自由という言葉が大きく言われるようになった。
当たり前のことが当たり前で無くなったからか。

「言論テロ」とでも言った方がいいのか。

川俣町の自死した渡辺はま子さんのこと。裁判で「個体の脆弱性」という反論があった。どう考えても「暴力的」だ。
裁判を起こすと、遺族には「そんなに金が欲しいのか」と激しい中傷が浴びせ掛けられる。

いわゆる「ヘイトスピーチ」なるものも、この暴力的言辞の範疇に入るのかもしれないし。

暴力的言辞が、脅迫がはびこる気風。少なからずネットにその一因があるようにも思える。

いわゆる2チャンネル。そこに吐き出される言葉の数々は、おおむね暴力的だ。
ツィッターのやりとりでも、時折そんな傾向を見る。

ネットの匿名性を論じてはいない。しかし「匿名」という鎧をまとって、ひたすら攻撃を、口撃を仕掛ける。
その背景にある「心理」とはいかなるものだろうかと。

県外避難者にも、所によっては暴力的言辞が浴びせられるとも聞く。

攻撃された方が立ち向かうのか、委縮するのか。引くのか・・・。

暴力的では無いにしても、避難者に対して「賠償金を貰って・・・」と非難する人達だって後を絶たない。

いじめの問題も同じだ。言葉の暴力が子供の世界に侵入している。
セクハラ、パワハラといわれる現象だってそうだ。

そしてマスコミの報道姿勢も時として“暴力的”でさえあることがある。

いまさら始まったことではないということか。

3・11後の「空気」がそれを醸成しているのか。

言葉の暴力、暴力的表現の数々。

豊かな表現力を持ち、誇れる文化としての日本語を持っているはずの日本人。

短絡的な言語だけで意に沿わない人達を、その周辺を攻撃対象とする。それに何をもとめているのだろうか。

暴力的ではないが、いぎたない言葉、醜悪な言葉、人を傷つけかねない言葉。
「まともではない日本語」が巷に氾濫している。

止める手だては無い。

なんだかきょうは、心がすさんでいるようだ。

2014年10月6日月曜日

「台風」と「オオカミ少年」

台風18号、接近している模様だ。風雨激しくなっている。昼前の郡山。
なにせ“自由業”。外出はやめた。用事は電話で済ませ。
なにせ、雨の中で転倒して「おおごと」を経験した身、年寄は引っ込んでいろ!の見本と。

時折テレビを見る。次々と出される避難勧告。いわき市にも避難準備勧告だとか。32万人、どこに避難するのかと・・・。

上陸する台風が多くなったような気がする。

台風、暴風雨。気になるのはやはり1F,原発事故現場だ。汚染水は流れ出すのだろうか。カバーを外した号機は・・・。
林立しているクレーンは・・・。

対策だって立てているはずだが、限界ってあるのだろうとも。杞憂に終わることを願うのみ。

2011年、大震災の対応もままならないか中、台風が県内を襲った。阿武隈川の水位が急上昇した。
阿武隈川にそそぐ河川の排水ポンプを止める止めないで、国と市が激しくやり取りをしていた。

対応を巡って周辺住民と当局との間に険悪な状況さえ生まれていた。
そんなことも思い出す。

台風が通過した地域。避難勧告が相次いで出されている。暴風雨の中、どうやって避難所に行くのか。避難所は確保されているのか。

災害列島日本。

国も行政も、街づくりに当たって避難所の確保ということは、最大の国土強靭化だとも思うのだが。

雨が風が来る前に避難所に行くのが一番賢明だ。だから予報や警報は早い方がいい。

昔、気象情報の収集が進歩していなかった頃、台風は進路をそれると、「オオカミ少年」だと盛んに言われた時があった。

でも、天災に対しては「おおかみ少年」であっていいのだ。

それは、御嶽山の火山情報で経験したこと。レベルを2にしておけば、火口付近への入山禁止をしておけば、被害はいくらかは少なかったはず。

天災に対しては、批判を恐れず、警報、避難を早めに呼びかけるべきなのだ。
それが「空振り」に終わったとしても、それを責めてはならないとも。

多少の混乱を招こうとも。

「避難」。この二文字には敏感に反応する。原発事故、避難、過酷な避難状況。それが重なるからだ。

刈取りが終わっていない、隣の田んぼの稲は、もはやなぎ倒されている。収穫はどうなるのだろう。稲は暴れる風に耐えうるのか。

台風18号のスピードは速い。今夜には「台風一過」となるのだろう。

通過した各地。一過後に、その被害状況が判明してくるのだろう。

今、通過中の、これから来るところの消防や自治体職員、警察は大変だ。仕事とは言え。

おおかみ少年の逸話含め、避難の問題含め、考えなければならないことは多々ある。

台風一過で、青空が戻ってきても、“恐怖”の一夜“恐怖”の一日を過ごした人は、そのことを、そんなことがあったなと忘れてはならないということ。

喉元過ぎれば・・のことわざは無しだ。

凄いな。窓の外の風雨。

それでも出かけなければならない人も多々いる。社会の営みとはそういうことなのだ。

テレビを見ているしかないのだけど・・・。出かけなくて済むのは恵まれているということか。

多くの人の安全を願う。1Fに災いが来ないことを願う。

正午の時点で記したこと。停電だって起こりうること。

2014年10月5日日曜日

「県外処分」法案は出されたけれど

今日は早朝から町内会のクリーン作戦とやら。
もう寒い季節なんだな・・・。
ゴミ拾いからの連想で。

汚染土、30年以内に最終処分場は福島県外にするー法律は閣議決定され、国会に提出された。

特殊会社「日本環境安全事業」設置法の改正案。
「中間貯蔵開始後30年以内に福島県外で最終処分を完了するための必要な措置を講ずる」とされている。会社名も「中間貯蔵・環境安全事業」に改めた。
法制化するまで汚染土は施設に搬入しないという。

これで最終処分は県外でということが、しっかり「担保」されたと言えるのか。
まだまだ疑問は尽きない。

法律は時に応じていくらでも変えられる。お手の物だ。

現状に即したものに変えられる。役人たちの都合のいいように。
都合のいいものは、明治時代の法律だって、そのまま、現状にそぐわないのに放置され、適応されているのにだ。

野積のフレコンバッグ。仮置き場に置かれた。その量は増えている。山はより高くなっている。除染が進めば尚更。
それがある場所の県民は、大方が中間貯蔵施設の早期完成を了とする。

その施設建設の候補地の地権者はすなおに了とは出来ない。
土地の買い取り、借り上げ。一坪いくらの条件闘争のような側面も見える。
価格の基準をどこに置くかということでの。それに加えての賠償、補償も加味して。

住民説明会も遅々として進まない。

そんな中で「30年以内県外処分」だけが法律化される。スタートが無いのにゴールが決められるといった具合だ。
しかしだ。いったいどこが永久施設、処分場を受け入れるのだろうか。
どこも受け入れないと言ったら、国はどうするのだろうか。
たぶん、受け入れ先は見つからないと思うのだけど。
法律は出来たけど、実際は・・・ということになるはずだ。

パブリックとコミュニティー、そして個。そんな“視点”を考える。

県内にはさまざまな意見がある。多様な意見がある。

迷惑なものは嫌だ。嫌だけど致し方ない。だったら甘んじて受け入れよう。それが永久貯蔵になろうとも。だから、堅牢な、“迷惑にならない”ものにすべきだという意見もある。

原発事故被災県としての“犠牲を伴った覚悟”と言えるかもしれない。

昔からあった一つの考え。

パブリックを公共という言葉に置き換えよう。

「公の為には私を滅することが問題解決策だ。自己犠牲を伴った」。

そして民主主義という考えに立てば、「公」の意思決定は多数決ということになる。

コミュニティーではどうなるか。そこでの意思決定は全員一致だ。そこには建前と本心の葛藤がある。

個となればどうだ。

自分の家の近くに迷惑な“ごみ”がおかれるのは嫌だ。早くどこかに持って行ってくれということになる。

そもそも、その「ゴミ」をある日突然ばらまいたのは誰か、なぜゴミが生まれたのか。その「ゴミ」による迷惑を、どこまで共有できるのか。そんな問いかけは現実の前では無意味になってさえ来ている。

「迷惑なゴミをどうするか」。それを巡って、福島県は、ある意味“分断”に晒され、それぞれの“価値観”が錯綜するなかで、模索に疲れ切っているような空気。

一つの県に「異土」が出来ることをやむをえないとする空気。

まして「県外」となった時に、その当該地域が明示されたときに、その地の人たちは、自己犠牲を、価値観として受け入れることが出来るのだろうか。


法律化されることで、あらたな“苦悩”が生まれるかもしれないと言った皮相的考えだって成り立ちうるし。

なんにしろ、横たわる「30年」という数字・・・。

2014年10月4日土曜日

♪若者たち♪・・・

あれはいつ頃だったのだろうか。
フォークソングの全盛期だったのか。巷にあふれていた歌声。
「若者たち」という曲。

君の行く道は 果てしなく遠い
だのになぜ 歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで

君のあの人は 今はもういない
だのになぜ 何をさがして
君は行くのか あてもないのに

君の行く道は 希望へと続く
空にまた 日が昇るとき
若者はまた 歩き始める


この曲のメッセージは何だったのか。何の意味が込められているのか。

でも、まだ、この頃の若者たちはこの歌をひっさげ、歯を食いしばり、何かを探して歩き始めようとしていたように思える。

今、若者たちはどうしているのか。

「沈黙の砦」の中にこもってしまっているような気がしてならない。
就職難、非正規雇用。そんな話題の時だけ若者はメディアに取り上げられる。

彼らにこの国を変えようとする気概はあるのか。無いのだろうか。

選挙という簡単な、足を運びさえすればいい意思表示の場からも逃避している。

「どうせ、何を言っても、何をしても、何にも変わらないさ」。と。

明治維新、この国の姿を一変させたのは薩長の若者たちだった。
次元は違うかもしれないが、2・26事件で決起したのも若手の将校、兵士だった。

安保闘争、国会を包囲し、それを阻止しようとジグザグデモを繰り返していたのも若者だった。自分たちの動きで、国を変えられると思ってもいた。

全共闘世代の終焉。それは若者の時代の終焉だったのかもしれない。沈黙へと向かう道筋・・・。

スコットランドの独立をめぐる住民投票。街中で若者が議論を交わしていた。
投票率80%。

かつてあった天安門事件。学生が中心だった。

ウクライナ。若い民兵が戦っている。

香港、傘の革命。中国の押し付け選挙制度に、行政府の長官を選ぶ選挙制度。
若者が決起している。反対だとして。

目抜き通りを若者が埋め尽くしている。その動きは世界をも動かす勢いだ。
中国は神経をとがらせ、アメリカは若者を支持する・・・。

香港政府はデモの指導者と話し合いをする用意があるとした。頓挫している。
どう展開していくのか。

日本・・・。

毎週のように再稼働反対集会、デモがある。ドラム隊という中には若者の姿も見える。
しかし、集会の演壇に立つのは高齢者。
デモの先頭にいるのも高齢者。そう見えてしまう光景。


国の有り様をめぐる動きの中に、若者が、まるで神隠しにあったように姿がみえないということ。

若者が目を向ける、関心を寄せる問題が、あまりにも多様化しているからなのか。

いや、すべての若者がそうではない。それぞれが与えられた「使命」の中で、それぞれが自発的に探し出した「課題」の取り組んでいる人達もいる。

東北3県、被災地。その再生を目指して目を輝かせながら働いている人達もいる。

しかし、東京の街中を捉えた、さまざまな映像から見えてくる若者は、みな「疲れている」ように見える。

多様化する価値観。その中で「明日の自分」を見いだせないかのような若者。

でも、彼らにこの国の将来を託していかなければならない。

どうしたら「戦う若者」を取り戻せるのか・・・。若者だけが持つ「エネルギー」を発散させられるのか。

「若さとは若者だけが持っているには、あまりにももったいないものだ」。そんな古言があったけど。

学生運動が挫折してからか。サブカルチャーという言葉が出現した。その語意や、成り立ちは熟知していないが。

反意語はメインカルチャーか。ハイカルチャーか。呼び名や位置づけはともかく、サブカルには最初、既成の文化への「抵抗」があった。「反発」があった。

サブカルの中に、どんなジャンルの文化が包含されているのか。漫画、アニメ、音楽・・・。

アキバ系、オタク。それはサブカルとは一線を画した文化なのか。
今、若者文化の主流派「オタク」なのかもしれない。「OTAKU」と英字表記されるまでになった。

オタクの語源もよくわからない。誰ともなく言い出した表現。家に籠るという意味もあるのだろう。

だからか。若者は籠ってしまっているのかもしれない。自分たちの“文化”に耽溺することに意味を見出しているのかもしれない。

なんとなく思ったそんなこと。若者と話し合いがしてみたくなっている。

2014年10月3日金曜日

「噴火予知はギャンブルのようなもの」

午前中、アジア大会のマラソン中継を観ていた。突然、携帯電話が「異音」を。
緊急地震速報。三陸沖震度4と。

鳴ったり鳴らなかったり、“気まぐれ”な地震速報なんだけど。

東日本大震災は、大きな地殻変動をもたらした。地震列島、火山列島としての日本。あの大震災はマグマの変動に大きな影響をもたらしていると思う。
余震なのか、他の地震なのか。

長野県の栄村の直下型も、その余波ではなかったのかと思っている。

地震予知連絡会は相模湾、東京湾、南海トラフの異常による地震を言う。

火山だって、地震の影響で動きを見せる。富士山の爆発だって最近しきりに言われていた。

地震も爆発も、いつ、どこで起きてもおかしくないという今の列島なのじゃないかと。距離的に近い、遠いの問題ではない。

いまだ御嶽山の惨事は収束に向かっていない。あらたに16名の不明者がいることが判明した。

救出にあたる自衛隊、警察、消防の疲労も、労苦も大変なものだ。きょうの御嶽山は雨。捜索活動は中止だと言う。

自然災害から逃れる方途はない。突然の無念の死。水中に呑み込まれての死。火山灰や噴石にとっての死。
その状況だって酷似しているような。
逃げるに逃げられなかったということ。

「3・11」はこの国の姿、有り様を大きく変えた。当時はみなそう思った。
その中に火山の爆発だって想像の範囲に入れるべきだったのだ。
でも、それには目がいかなかった。
なぜか。研究体制の問題もある。時流に乗った原子力学者は大勢いたが、地味な火山、地質学の研究者はあまりいない。

気象庁を“悪者”にしたくは無いが、きっと予算だってろくに付けられていないのだろうし。でも、その予知予告には問題が残る。

火山予知連絡会。報酬は驚くほど少ないという。会議に行って日当1万円程度と交通費。研究費用だって潤沢では無い。

原発開発に比べて月とすっぽんの差だ。

御嶽山の場合、20日ほど前から火山性地震が増え始めていた。気象庁も驚いていたはず。しかし、その勢いがいくらかおさまったことから気を抜いていたのか。突然の爆発・・・。

予知連の会長も「お手上げ状態」だったと言い、他の火山地震学者も、「今の技術レベルでは、予知はギャンブルみたいなもの」と嘆く。

折しも、山は紅葉シーズン。観光登山客は後を絶たない時期。気象庁は警戒レベルを上げなかった。どこか「安逸」に流れていた空気が無かったのか。

14年前の北海道有珠山噴火では「予知」がある程度功を奏した事例もあったのに。

事故の後だから何でも言えるのかもしれないが、9月11日に85回も火山性地震が観測されていたなら、入山の警戒レベルを、通常の1から2に引き上げるべきだったのではないかとも。

レベル2、火口周辺への立ち入り規制。

犠牲者は火口付近が多かったと言う。山を“管理”する県や地元の町はどう受け止めていたのか。毎日、“山の顔”を見ている現地の人もいただろうに。

入山した人の中には、ネットで調べて“地震の多発”を知っていた人もいる。しかし、現地では規制は無かった・・・。

せめて登山道の入り口に「地震が続いています。十分警戒してください」ぐらいの掲示でもあれば、入山を逡巡した人もいたかもしれないし。まして子供連れでは。

やはり、現代人は、「科学の力」を信じているようだ。予知が出されなければ“安心”だというような。

だから何度でも言う。「自然に意志は無い」と。いつどうなるかわからないものだと。

御嶽山の惨事。ギャンブルと比較することではない。火山予知連絡会、火山噴火学者。地震予知連絡会、地震学者。衝撃が走っているのではないか。

東日本大震災が残した多くの教訓。それが生かされないという現実。
まして川内原発おや。だ。
再稼働を認可して規制委の科学的レベル。より疑念が湧く。

2014年10月2日木曜日

昔あった「1億円のばら撒き」

竹下内閣時、地方の時代と言われていた頃か。「ふるさと創生事業」というのが目玉政策になり、全国各市町村に1億円ずつが配られた。

地方に活気を取り戻そうということか。地方の振興を図ろうということか。

結局、その1億円はなんの功も奏しなかったように記憶している。
使い道は笑うしかなかった。降ってわいたようにもらえた1億円。

山形県の何処かは「風力発電」に使った。これは立派だった。笑えるのは“金塊を買った”。“村営キャバレレーを作った”。“町の特産品のモニュメントを作った”。
“自治体が貯金した・・・”。

受け皿となった自治体の方が、使い道を知らなかった。わからなかったということか。

ふるさと創生、カネはばら撒かない方がいいという過去の経験。

竹下が田中派を割って作った派閥の名称は創政会。

「そうせい」という啓示があったのか(笑)。

日本創成会議というのが「3・11」後に出来た。
学識経験者、産業界、労働界の有識者を集めた会議。
そこの人口問題分科会の増田座長が出した「消滅都市」という“レポート”が物議を醸している。

今にして思えば、安倍内閣が打ち出した地方創生。石破を担当大臣に据えた。
その地方創生政策の地ならしとしてのレポートとも受け取れる。

安倍は、所信表明演説で、今度の国会を「地方創生国会」と名付けた。そして言う。

「人口減少や超高齢化など、地方が直面する構造的な課題は深刻だ。しかし、若者が将来に夢や希望を抱き、その場所でチャレンジしたいと願う。そうした若者こそが危機に歯止めをかける鍵だと確信している。
若者にとって魅力ある町づくり、人づくり、仕事づくりを進めるために“まち・ひと・しごと創生本部”を創設し、これまでとは次元の異なる大胆な政策をとりまとめ、実行する」と。
「この国会に求められているのは若者が将来に夢や希望を持てる地方の創生に向けてスタートを切ることだ」とも。

その言や善しだ。しからば何を為すのか。それはまだ見えない。

使い道を地方自治体に任せるといったばらまき型の補助金や交付金はごめんだ。
かつてのようなバカな使い方はしないだろうが、補助金や交付金は使ってしまえば終わりとなる。ゼロに1を足して、1がなくなれば、またゼロ・・・。

具体策が出るのはまだ先のこと。来年だ。

他の「懸案」を置いておいて、地方に言及する。それは地方統一選に向けての票集めだと政治評論家は言う。

しかし、国が「地方創生」と言い出したことは間違いない。「創生」の意味はともかく。

極論言えば、地方の「ボスたち」、いわば中年以上。やはり、カネを欲しがるだろう。
若者は違うようだ。補助金を貰わないで、自分たちの力とアイディアで町を村を立ち上げようとしている。

地方創生という「ムード」が高まった中で、受け皿である地方が、何を考え、どう出るかも焦点だ。国頼みの地方創生は無いはずと。

実際に、岩手や宮城ではそういう機運が生まれていると聞く。

福島・・・。きのう、川内村の大方が避難指示が解除された。
喜ぶ人もいれば、帰還を受け入れない人もいる。
帰村率は2~3割だという。それも高齢者が主。
すでに再開されている学校もあるが、村から子供のはしゃぐ声は聞こえないと言う。

子供やその親は、他地区に住む。県外避難者もまださほど減らない。

ひとくくりに言われる「地方創生」。その中からは「福島」は除外視されているようにも思えて・・・。

きょうの感想かな。

それにしても御嶽山の爆発。まだ結末は無い。不明者だっているという。無情の雨が降るともいう。

これが、あちこちの火山に連鎖反応をおこしていかなければいいなと。火山列島であることの再確認・・・。

2014年10月1日水曜日

50年前、“新幹線”が生まれた・・・

そう、もうあれから半世紀になるのだ。東京オリンピックの時、1964年。夢の超特急、東海道新幹線が生まれた。
たしか、当時は東京・新大阪間が、新大阪まで開通していたか・・・3時間10分が「売り」だった。

新幹線。それは戦後からの急速な復興の象徴でもあり、早い事、スピードを是とする“価値観”に支配される始まりだったのかもしれない。
同じころ、今は老朽化が懸念される首都高も完成した。羽田から都心を結ぶ。

つまらない私事を書く。

開業運転に先立ち、報道関係者の試乗会があった。なぜかそれに“参加”した。
まさに驚きの乗り物だった。早い。
つい5~6年前まで、学生時代、全国をまわっていた頃、まだ蒸気機関車が走っていた。夏でも冷房なんて無い。窓は開けたまま。トンネルに入る。窓を閉め忘れると黒煙が、ススが社内に充満してきた。

トンネルのたびに窓の開閉。窓際に座ったものの役目(笑)。

新幹線が、浜松か静岡だったか。停車した。原稿を送りに駅の公衆電話に行った。
気がついたら、発車のベルが鳴っている。原稿の吹き込みもそこそこに列車に。
寸前でドアが閉まった。開けてくれと手を振った。開いた。飛び乗った。
おかげで新幹線は何十秒か1分か。発車が遅れた。

その模様は、テレビで中継されていた。

会社に戻ったら「新幹線を遅らせたバカ」という異名を頂戴した(笑)。


閑話休題。

先ごろ亡くなった理論経済学者の宇沢弘文さんはこんなことを言っていた。
「効率化」を求める風潮に絡めて。

「日本の狭い国土を広く使うのには、電車の速度を半分に落とせばいい。二つの地域を高速で結べば、途中の地域は捨てられてしまう。遅くすれば途中駅にも人が降りて栄える。つまりは広く使えるということだ」。

東海道新幹線から50年、今、話題になっているのが、東京と大阪を1時間で結ぶ「リニア中央新幹線」だ。

山梨、長野、岐阜。多くがトンネルだ。巨大なコンクリートが山を穿つ。穴をあける。
自然体系は見事に崩壊される。

完成はこれも東京オリンピック。2020年。

それほどスピードは求められるのか。欲しているのか。料金はともかく、膨大な建設費用。

時間をカネで買うということか。

人はすべからく速さを求めているのか。

片や、のんびり、ゆったりを謳った在来線の旅が推奨されている。鉄道会社の自己矛盾ではないのかなとも。

50年前の東海道新幹線開通と期を同じくするように、原発政策が躍起になって進められた。

経済成長とはこういうことなのか。

なんでも「速いことはいいことだ」ということなのだろう。

パソコンだってそうだ。サクサク動かないとフラストレーションがたまる。ストレスを感じる。パソコンは起動も含めて、ネットとのアクセスも速いほうがいいと。

速いことを良しとしているのに、なぜか、原発事故の時の情報の伝達、放射能の汚染情報。それが伝えられるのは余りにも遅かった。

なんだかな~~と。

年齢のせいか、時の立つのがあまりにも早く感じられる。だから「速さ」に関しての脅威があるのかもしれない。

今なお捜索、救助活動が続く御嶽山。噴火で落下し、襲いかかってくる岩石の速さは時速200キロ以上だったとも言われる。

「速さの違う時計」。そんな発想があってもいいのじゃないかととも。

アジア大会。水泳でも陸上でも、「最速」「最速」というアナウンサーの声が聞こえる。中継を見ている人は、自分も含めてそれを求めている・・・。

やんぬるかな・・・。

“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...