2009年1月31日土曜日

糞害、憤慨

亭主の駐車場はコンクリート敷きではありません。自宅ではありません。事務所。道路に面した土の駐車場。雑草も生えています。安さ優先(爆)。


車を停めて降りた途端、なにか靴底に違和感。踏んでしまいました。糞を。きょうは雨。雨の中のオサンポってことも無いので昨夜のものか。とりあえず、草に靴をこすりつけ、雨の道路で靴を引き摺って・・・・。水たまりの中に靴をいれて足でゴシシ・・・。悲しい出来事(笑)。


亭主がオサンポの時は必ず持参しています。ビニール袋に紙を入れて。愛犬の排出したものはちゃんと大事に持ち帰ります。東京ではペットボトルを持参していて小便した後にも水をかけて流す飼い主もいる。夏場は特に臭いから亭主も持ち歩いていましたよ。


そういえば・・・・。郡山の町を歩いていると「愛犬の糞お断り」だの、「持ち帰れ!!」だの私製のものもあれば、多分市役所が作って立てかけたのでしょう。変なイラストの糞持ち帰りを促す看板も各所に見られます。看板があるという事は「放置」が多いってことなんでしょう。


そして、たしかに時々見掛けます。道ばたに放置された大きな糞、糞。マナーとか公徳心とかって問題じゃない。当然のように放置されていく糞。やたら多いみたい。知り合いの愛犬家も嘆いていました。他のワンチャンの糞を踏まないように散歩させるのは大変だって。


街中にポイ捨て煙草の吸い殻はあまり見掛けなくなりました。コンビニ前にたむろしている若者が棄てる以外は。糞は無くならない。たしかに「うんち袋」持たないで散歩させている飼い主も見掛けます。普段はあまり気にしなかったんですが、思い出すとそんな光景けっこう見てる。


人間の心理というものは不思議なものであります。煙草の吸い殻が捨てられている道路では、そこに皆捨てていく。誰かもやっているんだから俺だって・・・。"犯罪"意識が欠如していく。その習性が犬の糞にも当てはまるかも。他の犬の糞を見つけた犬はその臭いに誘われるようにその近くに糞をする。飼い主は、「どうせあるんだから、ま、俺のも(わたしのも)いいか」って心境になるのか。かくて糞だらけの道路が出来上がる・・・・。


いくら奇特な人でも自分の犬の糞は始末するけど、他の犬の糞はさわれない。当然ですよね。


東京では煙草のポイステは法律で禁止されており罰せられる。犬の糞の場合は・・・。当局(笑)に聞いてみました。軽犯罪法違反に該当するかもって話です。「汚物を捨ててはならない」っていう条項。これで取り締まれるのか。「捨てたんじゃない。犬が勝手にした。持って行かなかっただけ」。こう抗弁されたら・・・・。


その仕組みをどうするかは別にして、我が住む町の美化運動。道ばたの犬の糞を一斉に取り去る"運動"なんか出来ないでしょうか。綺麗な道路では糞を放置するのは気が引けるって人もいるのでは・・・。やはり"良心"に訴えるしかないかも。


犬を飼う人の資質、資格、品格の問題。犬のサンポとは運動だけでは無い。排泄を伴うもの。


こんど「放置」していく人みたら呼び止めて注意するつもりですが、誰もがそれを出来るわけでも無い。争いは避けたがるのも人間の習性。


糞害には憤慨しています。毎日犬を連れて通る道が、ある日、糞が除去され綺麗になっていたら、あなたはそこに放置できますか。良貨は悪貨を駆逐する・・・。反グレシャム理論はいかが。煙草で実践されているはずと思うのですが。



2009年1月30日金曜日

あまりに元気な中高年(笑)

時々通っているジム、プール。健康増進施設。そこで知り合った中高年会員が二月に一度、飲み会をやっています。昨夜はその会合。駅前の定食屋。食堂。15,6人はいたでしょうか。長老は72歳。だいたい50歳以上。とにかく普段運動をしている人達だけに皆お元気、お元気。飲み、食い、喋り・・・・。見る間に無くなっていく焼酎のボトル・・・。


この会は一応「二十日会」と名付けられているようです。毎月20日がジムの休館日だったから。休みの日を選んで集まっていた。毎月10日、20日、月末、月三回の休館日。去年から休館日変更。毎週水曜日に。で、二十日ではなく水曜日の集まりとなったわけで。会の名称変更しなくっちゃ(笑)。


宴たけなわの頃、長老が発言を求めました。この長老とても72歳には見えません。筋骨隆々。昨夜のいでたちも半袖Tシャツ一枚に黒い皮ジャンの上下。眼光鋭く。どうみても堅気には見えない御方(爆)。車は真っ赤なスポーツカーだし。ジムで走り、筋トレし、プールで泳ぎ、サウナで汗をしっかり出して・・・。ボス的存在ですかね。


「休館日が毎週水曜になった。単純に言えば営業日が月に一日減ったことになる。会員の立場からすれば遺憾である。休館日を増やしてそれが従業員慰安になっているかというとそうでもないらしい。インストラクターも辞めていくのが目立つ。我々のクラブをもう少し会員本位に出来ない物か・・・。」。なにせ口うるさい中高年。怖い物無しの人生経験者、強者ども。堰を切ったように発言が飛び交い。


「スタジオやプールのプログラムが明らかに減っている。インストラクター陣の人材不足だ」。「ロッカーの配置がおかしい、脱水機を増設しろ」。内部事情に詳しい人に至っては、「コーチの補充は派遣らしいぞ」などなど・・・・。「社長に申し入れよう」。ちょっと待った。今度社長と話してみるから。なんとなく中途半端な"裁定"に入る亭主(笑)。とにかく皆様お元気なのです。もの申す方々達。血気盛んナオトシヨリ・・・(爆)。


この施設、確かにこういった"不満"は会員にあるようです。去年でも何人のインストラクターが辞めたか。一回会社更生法の適用申請を出した経緯もあり、経営者は大変だと。辞めたのもいわゆるリストラではなさそう。自発的意志。しかし底辺には待遇面での不満もあったかも。


会員の集まりで"不満"が出るってことは、それだけそのクラブが好きだってこと。どっかに移ればいいのに、それはしない。


経営者もいろいろ大変でしょう。ましてこのご時世。倒産している企業も枚挙にいとまがない。どうにか会員の為にも維持しなくては。そういう気持ちもあるのでしょう。従業員、スタッフも皆いい人です。会員の面倒をよく見てくれます。一生懸命に職務をこなしている姿は気持ちがいいものです。


会社でもそうでしょうが、関係者皆が意識を共有することが大事なんでしょう。経営者の方針や考え方を従業員にどうやって理解して貰い納得し、働く意欲を湧かせるか。会員にも経営方針やシステム変更をその意図も含めて理解して貰い、皆のためのクラブにするーーー一つの場所に集った人達。立場は違えど、「こころ」で一つになれることって無いんでしょうかね。社長・社員・お客さま。このあるべき関係を再構築していくのがこの時代の企業の在り方だと。


皆、居心地がいいクラブだと思っているんだから。怪気炎を聞きながらなんとなくそんな思いが去来し・・・。カラダを動かしている人はお口もよく動く・・・・(爆)。



2009年1月29日木曜日

悪化

悪化。悪くなることです。


財務省は「景気は悪化している」と経済情勢報告で発表しました。まれに見る出来事。なかなか政府は「悪化」という表現は認めてこなかったんですが。どうもにっちもさっちも行かなくなっているんでしょう。


病状が悪化。そんなことを医者に言われたら、それこそ重体。医者は回復に向けて全力で治療をするのでしょうが、景気とやらは治療の方法さえ見つからない模様。もっと悪くなったらなんていう表現をするのでしょうか。


今日の新聞を見ても「悪化」のニュースばかりです。パナソニックが今年度1,000億円の赤字。ソニーや東芝はすでに営業赤字を発表。唯一の勝組だったパナソニックまで。証券会社も軒並み。野村が五千億円弱の赤字。前年は860億円の黒字だったのに。


車も売り上げが20%減、百貨店も軒並み減。売り上げをコンビニに抜かれる。


そして失業者が増大している。雇用情勢悪化。悪化。年度内に製造業では40万人の失業者が。他の業種を合わせるととんでもない数の失業者が出るとか。欧米では一日で7万人の失業者を出しているとか。


「虚業」は破綻するのはわかるけど「実業」の世界が崩壊しかかっているようです。


政府や自治体が打ち出す雇用創出。もはや焼け石に水かもしれません。悪化のスパイラルに落ち込んでしまっているようです。抜け出せない・・・。


マスコミ不況とも言われます。マスコミ業界の収益は、ま、これもひどいもんですが、マスコミが伝える不況、景気悪化、雇用悪化の話題、話題・・・。これがネガティブ情報として伝播され、消費活動を萎縮させているとも。


これで銀行に公的資金注入なんて話題が広まったらその心理的影響ははかりしれないものになるかも。


風邪を悪化させている人もおおいようです。一日の寒暖の差が激しすぎるせいか。


「悪化」という二文字が世界を覆い尽くしている・・・。「景気悪い、悪い、どうにもならない」。身近でもそんな声ばかり聞く昨今。世界中が病巣に冒されている。「医者」が見つからないのだから、自己治癒しかない・・・。金は使わない・・・・。嗚呼。



2009年1月28日水曜日

時代遅れの男・・・

テレビで河島英五が歌っていました。ピアノの弾き語り。「時代おくれ」。サラリーマンに成り立ての頃、新宿のゴールデン街のスナックでよく流れていた歌・・・。久しぶりに耳にしたこの歌。あの頃は聞き流していたのに、なぜか染みいるものがあるんです。作詞は阿久 悠。彼の詩は憎らしいくらい上手い・・・。


♪一日二杯の酒を飲み 肴は特にこだわらず マイクが来たなら微笑んで 十八番(おはこ)を一つ歌うだけ 妻には涙を見せないで 子供に愚痴を聞かせずに 男の嘆きはほろ酔いで 酒場の隅に置いて行く  目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心をみつめつづける 時代遅れの男になりたい♪


♪不器用だけどしらけずに 純粋だけど 野暮じゃなく 上手にお酒を飲みながら 一年一度酔っぱらう  昔の友にはやさしくて 変わらぬ友と信じ込み あれこれ仕事もあるくせに 自分のことは後にする 妬まぬように 焦らぬように 飾った世界に流されず 好きな誰かを思い続ける 時代遅れの男になりたい♪


すっかり忘れていましたが、1960年代、この歌を聞きながら、"そんな男"に憧れを抱いていたようでした。男の嘆きを隅に置いていかれた酒場のママさんはどうそれを処理すればいいんだい?ゴミとしても出せないぞ。なんて与太飛ばしながら・・・・。


you tubeであらためて聴く河島英五。阿久悠節。


倉本聡のドラマのワンシーンが浮かんでくるようでもあり、宮沢賢治の世界に引き込まれるようでもあり・・・。そう、彼らの世界にはいつも時代遅れの男達が登場していた・・・・。時代遅れの男になりたいーーーそういうものにワタシはなりたい・・・。


阿久悠は「歌は時代を語り続けた」と言っています。男の"美学"を歌に託しました。ちょうどトレンドなる言葉が登場し、誰もが皆流行っていうものを追いかけた、追いかけようとしていた時代。そんな時代へのアンチテーゼのような歌・・・。


歌詞の何処かに自分が重なります。そして思います。時代遅れの男になりたいではなく、時代遅れの男になったーーーと。


今朝、どの服を着ようかと迷いました。結局取り出したのが、昔の服。今のようにスリムな仕立ててでなく、タックがついたダブダブ系。時代遅れの服・・・(爆)。


飾った世界、虚飾の世界に、今の時代に生きる人は流されています。流され過ぎです。IT革命、先端技術の進歩が飾った世界を加速させた・・・・。それにあらがって生きていくのは難しい・・・・。だけど、皆、阿久悠的"美学"には憧れているのでは・・・・。


今夜は時代遅れのような男と酒を飲む予定です。もちろん二杯では済むはずも無く(笑)。もし彼と歌うはめになったらこの歌一曲だけを口ずさんでみようかと。そして自分自身へつぶやいてみます。「時代遅れの男になりたい」と・・・・。                 



2009年1月27日火曜日

ペテン師

恒例の飲み会。紫酔会。今月も皆集って楽しくワイワイ。この会、毎回なんか話題が生まれる会。今回は誰が言い出したか「ペテン師」。話の前後の脈絡は覚えていないのですが・・・。誰かが誰かをペテン師と言ったことからかも。もしかしたら亭主の事だったかも。(爆)。


きまじめ弁護士クン。早速出ました。質問。「ペテン師って犯罪に問われるのかどうか。法律にはペテンって言葉無いし、語源は何なんでしょうね・・・」。


ペテンって言葉の語源はどうも中国語のようです。peng-tzuとかbengziとか書くらしい。意味は。そう詐欺です。詐欺師が何でペテン師って言われるのか。どうも日本語にすると微妙なニュアンスの差があるようで。


「おれおれ詐欺」って犯罪はあるけど「おれおれペテン」とは言わない。詐欺は犯罪で捕まるけど、ペテンに掛けた、人を騙したってことじゃなかなか捕まらない。そんな感じ・・・。


誰かが面白い例を言いました。結婚詐欺ってのは結婚しないで金巻き上げるけど結婚した後、この人に騙されたって思うのはペテンに掛けられたってことじゃない?ーーーって。


詐欺師は憎むべき犯罪者。ペテン師は時として憎めない場合もある・・・・。


明治時代に流行った言葉らしいんですが、当時の流行の舶来かぶれの一つなんでしょうかね。


最近、時々、日常使っている言葉の"語源"がやたら気になる時がある(笑)。知っているのもあれば知らない物も多い。


シカトするーーー。シカト。花札が語源。十月は鹿。その鹿は横を向いている。だからソッポを向くことをシカトするって言う。これは昔警察官に教わりました(笑)。どうも警察の"隠語"だったらしい。


グレル。ぐれる。はまぐりをひっくり返すと「ぐりはま」。蛤をひっくり返すと裏表が合わなくなるってことから来たとか。これも"隠語"の類でしょうかね。


亭主もグレています(笑)。どこかペテンにかけているかもしれません(爆)。世の中ペテンだらけだし。語源を知りたくなるーーーそれは自分の源を知りたくなったってことかも(嗤笑)。



2009年1月25日日曜日

ネットで本を買うということ

ついつい便利なので本をネットで買ってしまいます。アマゾン。


今朝また本が届きました。直木賞受賞作。「利休にたずねよ」。"過剰包装"の包みをあけて新刊書の匂いを。手触りを。その瞬間が好きなのです。


利休に関してはけっこういろんな本を読んだつもりです。ちょっとだけ、ほんのちょっとお茶をかじったことと、利休にまつわる番組を昔作ったこともあり。資料も含めて、その生涯をちょこっと調べたことがあります。いくらいろんな本を読んでも、理解出来ないところが多い人物。作者がどう見るかによって正反対の人物像も生まれるし。まして、利休と秀吉の確執に及んでは・・・・。それはともかく・・・。


ゆっくり読むつもりです。もう一つの直木賞。「悼む人」ーーはすでに受賞前に発作的に(笑)購入しており。


で、読んだ先から内容を忘れて行く。この本は読んだという記憶だけは残るのですが、内容を反芻しようとするとダメ・・・。


パソコンで本が買える。便利な時代です。使っていますが、いつも????があるのです。本は本屋で買うもの。手にとって、パラパラ数枚めくって買うもの。これは面白そうだって感じて買うもの。そういう長年の習慣を破っている。一つには町に本屋さんが少なくなっているってこともあるんですが。


新聞の書評欄を見てつい買ってしまう。ネットで。こういう買い方は常に失敗を伴っており・・・。字が小さかった。ま、これはしょうがないとしても手にとってみていたら多分買わなかった。


書評にごまかされ、まどわされて買ってしまう。直近の例は藤原新也の「メメントモリ」。加筆されているという書評、紹介を真に受けて買ってみたのですが、昔の本と比べてみるとそんなに大差ない。装丁が変わっているだけといえば極論ですが。


買わなくてもよかった本でした。「語前語後」もそうでした。絵描きさんの世迷い事が並べられている感じ。これも本屋で買おうとしていたら買わなかった類・・・。


ことほど左様。通販、テレショップ然り。やはり手にとって現物見てから買わないと・・・。ツンドクにしてしまうと本にも申し訳ないし。ネット買いは"博打"に似ているかも。当たり外れありっていう意味では(爆)。


とりあえず「利休」は当たりのようでした。早く読みたい。読みたい本が手元にあるってのは楽しみなのであります。


面倒臭いと思わずに、やはり本は本屋で買うべきと思いながら。



2009年1月24日土曜日

現世はデジャヴ・・・

デジャヴ。辞書によると「既視感」「既視体験」とあります。フランス語。心理学用語。dejavu。一度も経験したことがないのに、かつて経験したことがあるように感ずることーーーと書かれています。また、過去に実際に体験したという確固たる感覚ーーーという意味もあるそうです。


昨日、友人の会社の新年会。出入り業者さんも交えての恒例の集まり。友人の社長が挨拶でこのデジャブを言い出しました。「我々は中小企業である。長年中小企業をやってきた。昨今の経済危機。まさにデジャヴ、既視感だと思っている。1974年以降、円高、狂乱物価、総需要抑制策などが次々と打ち出され、景気は急速に悪化した。仕事もなかった。だけどどうにかそれを乗り切ってきた。今、またそれが目の前にある。今はどうやって我々が持っている経営資源を生かすかが大事。大企業の今の経営者は、1975年当時の経営の厳しさをわかっていない。経験していない。我々には既視感がある。厳しいのは皆同じ、その中で何をやるかが問題だ。学者やアナリストに答えを求めない」。そんな事を熱く語っていました。


デジャヴ。心理学用語が経営に使われる。というよりも懐かしい言葉を聞いた気がしたのでありまして。昔、郡山にデジャブって名前のクラブがあった(笑)。若い頃聴いた歌の中に♪デジャブの香♪ってフレーズがあって、どんな香水だろうかって気になっていた(笑)。日頃耳のすることのない「コトバ」に久々接した気分で。


デジャヴという現象。なんと70%に人が体験してるということです。亭主にもあります。ある街に行った時、「ここ知っている、来たことある」って感じたことが。テレビでみる光景。「そこ知ってる」って思ったことが。どう考えても行っていないのですが。


光景だけでなく、人との出会いにもデジャヴ的なことがある。政治にもあるかも。いつか来た道ってことじゃないでしょうが、夢幻とは違うデジャヴ現象。歌の題名にも、歌詞にも最近、デジャヴって言葉が登場しているようです。♪恋はデジャヴ♪とか♪久しぶりにデジャヴ♪とか♪さよならデジャブ♪とか。


現世(うつしよ)はデジャブ・・・・なのかも。


 



“チェルノブイリ”異聞

  ロシアがウクライナに侵攻し、またも多くの市民、日常が奪われて行く。 ウクライナという言葉、キエフという言葉、チェルノブイリ・・・。 そう、あの最大の原発事故を起こした地名の幾つか。 「チェルノブイリ原発事故」。1986年4月26日。 ウクライナの北部にあるその...